共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

勝共運動による救国救世

柿本人麻呂の歌に「ひがしの野にかぎろひの立つみえて かえりみすれば月かたぶきぬ」(万葉集)がある。陽炎とは厳冬の晴れた日に見られる曙光のこと。飛鳥は、まさに日本の夜明けであった。その時代を、聖徳太子を主人公に、学究の徒の著者が小説に仕上げた。 …続きを読む

「宗教の本質というのは、学問的な研究書では、とうてい描き切れない。…フィクションこそが宗教の核心に迫るベストな表現手段ということになる」として、比較宗教学者の著者が書いた初めての小説。…続きを読む

3年前、夫・吉村昭(享年79)を膵臓がんで亡くした著者が、ようやく筆を執った短編3作を含む最近の5作を収録。いずれもほぼ事実を書いたもの。…続きを読む

2月8日、62歳で急逝した著者の絶筆。1997年の『毒 風聞・田中正造』に続く著作で、明治24年から37年にかけての足尾銅山鉱毒反対運動が、正造と農民の視点から小説に描かれている。…続きを読む

村上春樹の『1Q84』BOOK3が発売12日目で100万部に達した。紀伊国屋書店によると、購入者の24%は30〜49歳の女性だという。…続きを読む

著者の寺の近くと思われる、東北の田舎町を流れる四雁川(しかりがわ)の流域に題材を得た7つの短編集。 …続きを読む

奈良・斑鳩の有名な尼寺・尊宮寺に、五歳で施設から養女にもらわれた櫻香をめぐるミステリー。…続きを読む

インテルとマガジンハウスによる「あなたを作家にするプロジェクト」(2010年3〜12月)への応募作品8442点の最優秀作。…続きを読む

この書評は2011年4月に投稿されました。

陽炎(かぎろい)の飛鳥

著/上垣外憲一 アートヴィレジ 1,785円

「聖徳太子の平和」を描く小説

陽炎の飛鳥―小説聖徳太子 柿本人麻呂の歌に「ひがしの野にかぎろひの立つみえて かえりみすれば月かたぶきぬ」(万葉集)がある。陽炎とは厳冬の晴れた日に見られる曙光のこと。飛鳥は、まさに日本の夜明けであった。その時代を、聖徳太子を主人公に、学究の徒の著者が小説に仕上げた。太子の師となった高句麗の僧・慧慈(えじ)に語らせているのも面白い。柿本人麻呂の歌に「ひがしの野にかぎろひの立つみえて かえりみすれば月かたぶきぬ」(万葉集)がある。陽炎とは厳冬の晴れた日に見られる曙光のこと。飛鳥は、まさに日本の夜明けであった。その時代を、聖徳太子を主人公に、学究の徒の著者が小説に仕上げた。太子の師となった高句麗の僧・慧慈(えじ)に語らせているのも面白い。
 物語は、大和朝廷に招かれた慧慈が、難波津に到着するところから始まる。大和で仏教に基づく国づくりが進んでいることに期待を寄せ、その中心人物である若き太子に会えるのが慧慈の楽しみだった。勿論、隋の圧力を受け、大和の国と絆を強めたいという母国の意向を受けた身でもある。
 太子を教え始めた慧慈は、仏教の本質を捉えた太子のみずみずしい感性に驚く。百済からもたらされた仏教は、鎮護国家を目的とするかなり呪術的なものであったが、そこに息づく平等思想を太子は発見していた。小さな島国の中で、和を旨として暮らしてきた日本民族の伝統を呼び覚ましたと言ってもいい。
 太子が最初に慧慈に訊ねたのは、仏法における「捨身」とは何かだった。念頭にあったのは「皇帝菩薩」と呼ばれた梁の武帝である。慧慈は、仏への供養だと答える。次いで太子は、仏への供養と衆生へお供養とに差はあるかと聞く。慧慈はないと答えながら、太子の政治感覚に驚いていた。
 仏への供養は「三宝の奴」と自身を呼んだ聖武天皇において頂点に達する。大和王権は平城京において完成したと言えるが、一方で仏教原理主義の危険をはらんでいた。
 しかし、大仏造立における行基の役割で明らかなように、信仰に基づく大衆の力なしに国は成り立たないことも自明だった。その意味で、太子の思想は衆生の救いを志向する日本仏教の流れを生んだと言える。
 それはやがて、太子を「和国の教主」と呼ぶ親鸞らの日本仏教として鎌倉時代に結実し、今に続く日本人の精神をはぐくむことになる。
 物語は、大和朝廷に招かれた慧慈が、難波津に到着するところから始まる。大和で仏教に基づく国づくりが進んでいることに期待を寄せ、その中心人物である若き太子に会えるのが慧慈の楽しみだった。勿論、隋の圧力を受け、大和の国と絆を強めたいという母国の意向を受けた身でもある。
 太子を教え始めた慧慈は、仏教の本質を捉えた太子のみずみずしい感性に驚く。百済からもたらされた仏教は、鎮護国家を目的とするかなり呪術的なものであったが、そこに息づく平等思想を太子は発見していた。小さな島国の中で、和を旨として暮らしてきた日本民族の伝統を呼び覚ましたと言ってもいい。
 太子が最初に慧慈に訊ねたのは、仏法における「捨身」とは何かだった。念頭にあったのは「皇帝菩薩」と呼ばれた梁の武帝である。慧慈は、仏への供養だと答える。次いで太子は、仏への供養と衆生へお供養とに差はあるかと聞く。慧慈はないと答えながら、太子の政治感覚に驚いていた。
 仏への供養は「三宝の奴」と自身を呼んだ聖武天皇において頂点に達する。大和王権は平城京において完成したと言えるが、一方で仏教原理主義の危険をはらんでいた。
 しかし、大仏造立における行基の役割で明らかなように、信仰に基づく大衆の力なしに国は成り立たないことも自明だった。その意味で、太子の思想は衆生の救いを志向する日本仏教の流れを生んだと言える。
 それはやがて、太子を「和国の教主」と呼ぶ親鸞らの日本仏教として鎌倉時代に結実し、今に続く日本人の精神をはぐくむことになる。

この書評は2011年4月に投稿されました。

法然の涙

著/町田宗鳳 講談社 1,995円

浄土宗誕生の核心に迫る

法然の涙「宗教の本質というのは、学問的な研究書では、とうてい描き切れない。……フィクションこそが宗教の核心に迫るベストな表現手段ということになる」として、比較宗教学者の著者が書いた初めての小説。
 14歳で自ら出家し、臨済宗大徳寺で20年間修行した著者は、34歳で渡米、ハーバード大で博士号を取った論文が法然。臨済宗の著者が法然を日本のルターと評価するのも興味深い。昨年、NHK教育TV「こころの時代」の「法然を語る」は、やさしい語り口が好評だった。それに基づく小説。
 小説ならではのドラマチックな展開で、法然が専修念仏に目覚める心の道程が語られる。そのみずみずしさは、著者の長い修行体験が反映されているからだろう。法然は、決して万民が救われやすいから「南無阿弥陀仏」の専修(せんじゅ)念仏を説いたのではない。あらゆる仏典を学んでも救われるとの確信が持てず、悩みの果てにたどり着いたのがそれだった。阿弥陀仏を信じ、おすがりすればよいとの教えは、単純なようで、その奥はとてつもなく深い。
 親鸞の説のように思われている悪人正機も、法然が始まりであることは、思想の系譜からも明らかだ。法然が悪を勧めるわけがないが、都合よく解釈される危険性もあった。そのため土佐へ流されるのだが、その途中、舟でこぎ寄せてきた遊女に、春をひさぐ仕事はやめた方がいいが、やめられないなら,そのままでも念仏で救われる、と諭したのは、イエスと姦淫の罪を犯した女との物語を連想させる。人々の今に真剣に向き合おうとした宗教者は、同じような言葉を残すのだろう。さらに、身分の高い人から庶民まで、あらゆる人に相対できる法然の人格の広さ、深さが生き生きと描かれている。
 念仏における法然の革新は、修行により仏を見る観相を体験しながら、万民には求められないと、それを否定したことだ。宗教ヒューマニズムの始まりとも言えよう。800回大遠忌を来年に控え、好著にめぐり会えた。

この書評は2011年4月に投稿されました。

遍路みち

著/津村節子 講談社 1,680円

夫を亡くした妻は、四国へ

遍路みち 3年前、夫・吉村昭(享年79)を膵臓がんで亡くした著者が、ようやく筆を執った短編3作を含む最近の5作を収録。いずれもほぼ事実を書いたもの。
 「遍路みち」では、夫の死の3カ月後、著者が3泊4日の四国遍路に出かける。遺稿の整理や回顧展などで忙しくしながら、「とにかく、夫を看取った家、夫と三十八年間を過ごした街を一刻も早く出て、誰も知りびとのいない小さな町で暮したいと思いながら、現実には不可能だった」からだ。
 夫が最後の時を過ごした自宅の部屋を著者は壊し、マンションに引っ越した。収集した膨大な資料はゆかりの自治体に寄贈し、衣類などは身近な人たちに形見分けした。しかし、夫の存在感は増すばかり。夕暮れ時、帰り着いた家の近くで夫が待っているのを見て驚く。よく見ると、体型の似た電柱だった。
 そんな思いに駆られるのは、死に臨んでいた夫のそばにいながら、自分の仕事に没頭していたことへの罪の意識から。よく悲しみは日薬で消えると言うが、「とり返しのつかぬ罪である。罪に対する悔いは、一生癒えることはない」と。
 遍路旅は、先達が運転するタクシーで、徳島県の1番霊山寺(りょうぜんじ)から高知県の29番国分寺までを巡る。一緒になったのは、やはり夫をがんで亡くした中年女性と定年前の男性。結婚生活以上に長い独りの人生をどう生きるか悩む彼女の話に、著者は自分の方が幸せだったのかと思う。比較の問題ではないが、つい比べてしまうのも人間のさが。
 喪失感から執筆できなかった著者の背中を押したのは編集者だが、「今はこれを書いたためにいくらか気持の整理がついたような気がしている」と言う。夫を満足に看取れなかったのも、そこから抜け出せたのも、作家の業のゆえ。
 作家夫婦の道は、世に出るまでは苦しみに満ちていたことも、少しつづられている。長い歳月のつらかった、楽しかった思い出よりも、最後の1週間への悔いが先立つのは、夫への愛が深いからだろう。

この書評は2011年4月に投稿されました。

白い河 風聞・田中正造

著/立松和平 東京書籍 1,470円

足尾鉱毒事件を描いた絶筆

白い河 風聞・田中正造2月8日、62歳で急逝した著者の絶筆。1997年の『毒 風聞・田中正造』に続く著作で、明治24年から37年にかけての足尾銅山鉱毒反対運動が、正造と農民の視点から小説に描かれている。著者の家族も足尾銅山に関係していたことから、何としても書き続けたいと語っていたという。
 実業家・古河市兵衛が足尾銅山を取得したのは明治10年。14年に大鉱脈を掘り当て、大銅山に発展する。しかし、同時に日本の公害の原点とも言われる鉱毒事件を起こし、山の木は枯れ、下流の渡良瀬川流域に深刻な被害をもたらした。明治23年に衆院議員に初当選した田中正造は、下野国小中村(栃木県佐野市小中町)の生まれ。地元農民の惨状を見て、24年から足尾銅山閉山運動に取り組む。
 当時の日本は、明治27年の日清戦争から37年の日露戦争にかけて富国強兵の時代。戦略物資の銅の増産は国家命令でもあった。政府も鉱毒を認め、脱硫装置の設置などを銅山に勧告していたが、古河市兵衛は農商務大臣・陸奥宗光の次男を養子に迎えるなど政府中枢との関係を強め、操業継続を図っていた。
 鉱毒被害を一気に拡大させたのが明治23年の台風による大洪水で、栃木県、埼玉県、茨城県の広大な農地で稲が立ち枯れし、野菜類も食べられなくなった。洪水の原因は、鉱山による水源地の山の荒廃だ。サケが遡上し、アユが採れた豊かな川が、死の川に一変したのである。鉱山から出た土で白濁した流れから「白い河」と題したのだろう。
 明治33年、東京に陳情に行こうとした農民たちが警官隊と衝突、流血の惨事となる。これを受けて正造は国会で、「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」という憲政史上に残る大演説を行った。だが、政府は動かなかったため34年、正造は議員を辞職し、明治天皇への直訴という死を賭した行動に出た。
 鉱毒に苦しめられながらも、ひたすら土を入れ替え、大地を耕して生きる農民の姿に、著者の生き様を見る思いがする。

この書評は2011年4月に投稿されました。

都市小説から世界文学へ

著/松本健一 第三文明社 1,575円

村上春樹『1Q84』の挑戦

村上春樹―都市小説から世界文学へ村上春樹の『1Q84』BOOK3が発売12日目で100万部に達した。紀伊国屋書店によると、購入者の24%は30〜49歳の女性だという。それが意味するのは何か。21世紀の日本文学の地平を開く「ハルキワールド」を、文芸評論家でもある著者が読み解いている。
 『1Q84』を書いた村上を、著者は「従来のフィッツジェラルド流の『都市小説』ではなく、ヘミングウェイやオーウェルのように、同時代への世界メッセージを持ち、流行に流されることのない普遍的な『世界文学』への挑戦をした」と見ている。
 夏目漱石の時代に始まる日本の近代文学は、一人称で語られる私小説へと進んできた。それは日本人には理解できる心の世界だが、ドストエフスキーのような世界文学にはなり得ないものである。村上はその伝統を継承しながら、米国に住み、世界の空気を吸って、飛躍しようとしている。世界の反響を見ると、それは手応えを得ているようだ。
 村上の作品が先進国だけでなく途上国でも読まれているのは、都市という共通の生活空間を舞台にしているからだ、と著者は言う。その意味では、日本文化に深く根ざした三島由紀夫とは好対照である。共同体から離脱したことによる孤独、それが生み出す現象は、極端な事件としてはオウム真理教のようになって現れる。『1Q84』でも、一人で自由に暮らしながら、一方で人とのつながりを求める都会人の姿が描かれている。事件性を取り去れば、それは現代人の生活感覚そのものだろう。地方でも生活文化は既に都市化している。
 では、村上文学は世界文学になれるのか。著者は、オウム真理教の事件を「これは私の事件だ」と思った村上に、作家としての使命感を見ている。村上は事件の被害者だけでなく加害者にも取材を重ね、ドキュメンタリーを出した。それを、オーウェルの『1984』に重ね冒険したのである。「これは村上春樹の現代文学への挑戦であり、高く評価されるべきだ」と期待を寄せている。

この書評は2011年4月に投稿されました。

四雁川流景

著/玄侑宗久 文藝春秋 1,500円

めぐり合う命の不思議な輝き

四雁川流景著者の寺の近くと思われる、東北の田舎町を流れる四雁川(しかりがわ)の流域に題材を得た7つの短編集。
 「Aデール」は、結婚を間近に控えた、グループホームの介護福祉士・千鶴の話。所長の方針で、9人の老人たちが大家族のように楽しく暮らしている。心のこもった家庭料理が用意されるたびに、千鶴は精神病で入院した父に、何も作ってあげられなかったことに心を痛めていた。
 そんな千鶴も、数日後には小学校教師の恋人との結納が迫っていた。所長の口からホーム全員に知れ渡り、みんなの心がどこか華やいでいる。いつも世話をしている老婦人は、娘を諭すような口調で語りかけてきた。両親を失っている千鶴が、ありがとうございますと答え、「母さん」と付け加えたのは、所長の影響。所長の口癖は「(認知症の)彼らには神さまが宿っていて、……呆けて、神さまの通り道になっている」だった。
 結納の前日も千鶴は夜勤。いつもは世話を焼かせる人たちが、早めに起きて、千鶴の手を煩わせないようにしていた。懐メロ歌いのユリさんが突然歌いだしたのは「ここに幸あり」。誰もが千鶴を祝福する思いで、気持ちを高揚させていた。まさに家族だった。
 ちなみにAデールは、正しくはADL(日常生活動作)で、それを上昇させることが介護の基本とされている。
 「スクナヒコナ」は、神社の巫女に引かれる小学5年の浩太の話。祭りを通して子供から大人へと成長していく様子が、性の不思議を散りばめながら、少年の視点で語られる。
 人間の成長とは、簡単に言えば性の発達であり、それに突き動かされて人間関係を広げながら、社会に適応していくことだろう。
 スクナヒコナは浩太が思いを寄せる同級生が教えてくれた神さまの名前。困ったときにその名を唱えるといいと言うのだが、性の衝動は少しも言うことを聞いてくれない。命の不思議さに戸惑いながらも、少年は大人への階段を駆け上がって行く。

この書評は2011年3月に投稿されました。

風のなかの櫻香(さくらこ)

著/内田康夫 徳間書店 1785円

有名尼寺の養女誘拐事件

風のなかの櫻香奈良・斑鳩の有名な尼寺・尊宮寺に、五歳で施設から養女にもらわれた櫻香をめぐるミステリー。事件を解決するのはご存知、フリーライターの浅見光彦。
 中学生になった櫻香に危険が迫っていることを感じた寺から、母を通して浅見に調査の依頼が来た。相続がらみと推測した浅見は、櫻香の出自を探る。その途中で早くも殺人事件が起こる。不思議な女性の誘いで、浅見は鳥羽の財閥の家へ。当主の亡くなった息子の隠し子が櫻香らしい。その母親を探ると、京都のセラミックの大企業に行き着いた。公家出身の会長の、家出した娘で、親の勧めで結婚しながら、大学生と駆け落ちしていた。
 背景が見え始めた浅見に、櫻香が誘拐されたとの知らせが。そして、身代金1億円の要求が鳥羽の財閥に届く。さて、浅見はどうやって櫻香を救い出すのか。
 事件の鍵を握るのは櫻香の母の父親だと考えた浅見は、名前を頼りに佐賀県へ飛ぶ。50年前の同級生の話からたどり着いたのは、思いがけない人物だった。
 去年、平城遷都1300年祭で賑わった奈良には、光明皇后が創建した法華寺など由緒ある尼寺が多い。その大半が皇族や貴族の女性が住職を務め、門跡寺と呼ばれる。仏に生涯をささげた女性には、気高さと悲しみが漂う。櫻香もそんな風に描かれている。
 尊宮寺とは聖徳太子が創建の中宮寺のこと。何と住職の日野西光尊師が実名で登場するのは、本人が許可したから。著者も気を遣ったのか殺されるのはやくざ一人で、それほど傷つく人もおらず、気品の漂う作品に仕上がっている。

この書評は2011年2月に投稿されました。

マリアの涙

著/ピーター・シャビエル マガジンハウス 1785円

聖母の実像探るサスペンス

マリアの涙インテルとマガジンハウスによる「あなたを作家にするプロジェクト」(2010年3〜12月)への応募作品8442点の最優秀作。前作『イエスの涙』に続き、カトリックのタブーにサスペンスとファンタジー仕立ての小説で挑んでいる。
 新進気鋭の彫刻家・藤原道生は高校生の時、聖母マリアとの不思議な出会いがあった。教会の前で「無原罪のマリアの不思議のメダイ」と呼ばれるメダルを拾い、「入っていいのよ」という声を聞いたのだ。洗礼を受けた道生は熱心なカトリック信徒となり、芸術家への道を進んだ。
 「聖母マリア美術館」の落成記念に道生が制作したミケランジェロのピエタ像のレプリカは絶賛を浴びるが、その2年後、何者かによって像の顔半分が壊された。そして道生は再び「あなたのピエタを彫って欲しい」というマリアの声を聞く。ところが、その制作に入った道生が、自宅で不審死する。警察は自殺と処理したが……。そして、ピエタ像のマリアが涙を流しているのが発見された。
 道生の像のお披露目演奏会で指揮をした高津真理夫は、幼児洗礼を受けていた。一時、司祭を目指したが、偶然、自分が母の私生児だったことを知り、母への信頼を失って音楽の道に戻る。道生の死後、元婚約者で美術館オーナーの娘エリカから、最後の頃の道生の様子を聞いた真理夫は、彼の死の背後に大きな問題があるのを感じ、調べ始める。
 イタリアを訪れた真理夫は、ミケランジェロのピエタ像は全部で4つあり、サン・ピエトロ大聖堂のは一番最初の作で、その後の3作はいずれも未完なのを知る。それは、納得できるマリア像を彫れなかったからか。そして、真理夫の前に謎解きの鍵を握る女性、谷川美香子が現れる。
 カトリックには、仏教の観音信仰にも似たマリア信仰がある。著者はその「無原罪のマリア」をマリア自身が悲しんでいるとし、新しいマリア観を提示する。それが「悔い改めるマリア」だが、果たして事件の行方は……。