共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

勝共運動による救国救世

震災復興の日本は何でも政府に頼り、社会主義国の様相を呈している。まるで、戦時中の国家総動員体制と同じだ。…続きを読む

麻生内閣で財務・金融・経済財政の3閣僚を兼務した政界随一の政策通が、民主党政権の経済政策を批判し、日本が進むべき方向を提案している。もちろん、政権入り前の著書。…続きを読む

日本教職員組合(日教組)の政治と金をめぐる違法な活動は、…続きを読む

92歳の元総理が思いのたけを語っている。ほとんど記憶されていないが、1952年4月28日は日本が独立を回復した日。本来はその時点で憲法を改正していれば、今に続く解釈の上塗りは避けられただろう。…続きを読む

イタリアに住む著者によると、日本の最大の欠陥は戦略のなさだという。日本人について外国人の歴史家ならば、「持てる力を活かせないでいるうちに衰えてしまった民族、と評するのではないだろうか」と。…続きを読む

普天間基地の移設をめぐる鳩山総理の迷走は、政策の継続性を怠ったからだ。橋本政権以来、丹念に積み上げてきたガラス細工のような現案を、沖縄での選挙に勝つためだけに、あっさり否定した。…続きを読む

民主党代表選挙では721対491ポイントで菅直人氏に大敗しながら、国会議員票ではわずか6ポイント、3人差まで迫った小沢一郎氏は、…続きを読む

東日本大震災から1カ月目の記者会見で、「総理の存在自体が最大の障害ではないか」と質問した著者に、菅直人総理は「阿比留さんとは考え方が違う」と答えた。…続きを読む

仲正昌樹・金沢大教授の『今こそアーレントを読み直す』は、米国の女流政治哲学者ハンナ・アーレントの異色の入門・解説書と言える。…続きを読む

この書評は2011年11月に投稿されました。

新自由主義の復権

著/八代尚宏 中公新書 840円

日本経済を停滞から救う

新自由主義の復権 震災復興の日本は何でも政府に頼り、社会主義国の様相を呈している。まるで、戦時中の国家総動員体制と同じだ。政治主導、公務員改革を唱えながら、民主党は官公労や企業組合の意向に反する政策を断行できないでいる。自民党をぶっ壊すと言った小泉元首相のようなリーダーが、同党にはいないようだ。
 そこで、小泉政権時代に活躍した著者が、新自由主義に基づいて経済から教育、社会保障まで論じ、日本再生のビジョンを示している。基本になっているのは、高度成長期の田中政権で作られた均衡ある国土発展の見直しだ。
 過疎化、高齢化が急速に進んでいる地方を公共事業で維持するのをやめ、利便性の高い地域に居住を集約するコンパクトシティーを進める。農耕に不向きな中山間地は自然の森に戻す。それには、農家への戸別補償をやめ、兼業農家を減らし、専業農家の大規模化を進める必要がある。農業の競争力を高めるには、企業の農業参加も自由化すべきだ。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)も農業改革、農産品の輸出増大のチャンスとなる。
 新自由主義の思想は日本にも昔からあった。平清盛が福原(兵庫)に港を開き、遷都したのは、日宋貿易がもたらす利益に注目したからだ。ところが、貿易を知らない源氏に滅ぼされたので、日本は内向きになってしまった。自由市場の形成では、織田信長の楽市楽座が有名だ。江戸時代には米を元に先物取引も始まっていた。
 成長期に設計された年金制度も、安定期に合わせて変える必要がある。著者が提案するのは年金目的の消費税方式で、国の役割はそれにとどめ、それ以上は民間に任せる。現状では、実質的に未納者が50%を超え、国民年金は破綻している。
 医療費の抑制では、人口に応じて家庭医を配置し、その紹介によって専門医にかかるようにする。高速道路の料金は混雑迷惑料と捉え、段階的に料金を変えられるようにする。電車などにも応用すれば、通勤ラッシュの緩和になる。
 夫婦別姓制度の勧めは同意できないが、自由と倫理を基盤とする経済思想は再考の価値がある。

この書評は2011年4月に投稿されました。

民主党が日本経済を破壊する

著/与謝野馨 文春新書 809円

マニフェストは“毛ばり”

民主党が日本経済を破壊する 麻生内閣で財務・金融・経済財政の3閣僚を兼務した政界随一の政策通が、民主党政権の経済政策を批判し、日本が進むべき方向を提案している。もちろん、政権入り前の著書。
 民主党は「コンクリートから人へ」をスローガンに、公共事業をはじめ無駄な支出を削り、子ども手当てや高校無償化、高速道路の原則無料化、農家の戸別所得補償など家計を直接助ける政策を打ち出している。
 これらの効果が見えてくるのは数カ月先のことだが、著者は“毛ばり”だと手厳しい。確かに、東京都が家を失った失業者に宿舎を提供し、ハローワークへの交通費などとして2万円を渡したところ、百十一人がそのままいなくなったというから、子ども手当ても子どものために使われるという保証はない。
 問題は、これらの政策で16兆円が必要になるため、税収を上回る国債の発行になったこと。さらに、マニフェストに縛られて、長期的な成長戦略が見えてこないことだ。今の危うい景気は、前政権のエコカー減税・補助金や家電のエコポイント制、中国などへの輸出回復で支えられているにすぎない。公共事業削減は小泉政権から始まっている。
 著者は、日本は「安心社会」を目指すべきだと言う。それは「働くことが報われる、公正で公平な社会」であり、「家庭や地域で豊かなつながりが育まれる社会」である。具体的には、欧州型福祉国家をモデルに、高福祉・高負担へと移行していく。それには消費税率の上昇が避けられない。
 団塊世代が70歳に近づくと医療費が急増し、少子化による労働人口の減少で成長力はさらに鈍化する。さらに3年後、世界経済が大不況を脱し、成長路線に戻ると、借金の金利が財政を苦しめる。ここで国の舵取りを誤ると、日本は衰退への道を転げ落ちてしまいかねない。
 ドイツやスウェーデンが超党派で年金制度改革をやり遂げたように、国の基本問題については選挙の対立軸とすることなく、与野党を超えて取り組んでいくべきだろう。

この書評は2011年4月に投稿されました。

決定版 民主党と日教組

著/阿比留瑠比 産経新聞出版 1,575円

民主党最大のタブーを暴く

決定版 民主党と日教組日本教職員組合(日教組)の政治と金をめぐる違法な活動は、民主党の小林千代美衆院議員をめぐる北海道教組の選挙資金提供で表面化したが、もちろん氷山の一角にすぎない。日教組出身の民主党国会議員は5人、そのトップが元山梨県教組委員長の輿石東参院議員だ。本書は、民主党の最大のタブーともいえる日教組との癒着を、輿石氏に焦点を当てルポしている。
 「親が労働者として子供の教育をしないのと同じく、教師も労働として子供の教育にあたるべきではない」と正論を吐くのは、『日本改造計画』を書いた頃の小沢一郎氏。ところが、民主党の幹事長に就任するや、「教師は労働者だ」とする日教組に急接近した。日教組は選挙で確実に票が稼げるからだ。その結果、輿石氏は小沢氏の最側近となり、良識の府とされる参院議員会長に就任した。ちなみに、横路孝弘衆院議長も日教組の支持を受けている。
 輿石氏というと昨年1月14日、日教組新春の集いで「教育の政治的中立などと言われても、そんなものはありえない。政治から教育を変えていく」と発言したように、思想性を前面に出し、恥じるところがない。その時、会場には共感の笑いが広がったという。そんな先生たちがこの国の教育を牛耳っていることに、もっと敏感になるべきだろう。世界史が物語るように、共産主義者による独裁ほど恐ろしい独裁はないからだ。
 根を探ると、そんな人物を国政の場に出した山梨県の問題にたどり着く。選挙になると校長3万円、教頭2万円、教師1万円のカンパがノルマで、以前は輿石氏が学校に来ると授業を自習にして教師が集められていた。日教組の組織率95%で一種の恐怖政治が行われ、保守系の県知事も山梨県教組と妥協しているという。平成16年の参院選挙では山教組が組織的に資金を集め、民主党議員に献金したことが摘発され、地元の幹部が有罪判決を受けた。
 今、民主党政権は外交問題で揺らいでいるが、本当の問題は足元にあることがよく分かる。

この書評は2011年4月に投稿されました。

保守の遺言

著/中曽根康弘 角川oneテーマ21 760円

保守せんがために改革せよ

保守の遺言 92歳の元総理が思いのたけを語っている。
 ほとんど記憶されていないが、1952年4月28日は日本が独立を回復した日。本来はその時点で憲法を改正していれば、今に続く解釈の上塗りは避けられただろう。鳩山由紀夫総理の父、一郎らも「国防軍をつくれ」と主張していたという。
 52年10月に警察予備隊は打ち切りとなるので、著者は衆院予算委員会で吉田首相に防衛問題を質問したが、「防衛隊を研究中、装備は米国からの援助によりたい」と言うだけで、憲法論議には消極的だった。当時は国民の間に厭戦気分が強く、護憲の社会党が大きな勢力を持っていたことも影響している。
 しかし著者は53年9月に訪米した折、ニクソン副大統領に会い、日本の国防と経済の自立を訴えた。その1カ月後に来日したニクソン氏は、岸信介氏との会談で「日本に憲法を押しつけたのは誤りだった」と公式に発言したという。こうした動きから、55年の保守合同で結成された自民党綱領に、憲法改正が盛り込まれたのである。
 保守とは何かについて、著者は英国のエドマンド・バークの言葉「保守せんがために改革する」を引用する。事実、革新をうたう勢力ほど改革を嫌う。戦前の日本の大きな誤りは、天皇の統帥権をめぐり、明治憲法が機能不全に陥るのを斎藤隆夫などに指摘されながら、その時点で政治家が改正を提言しなかったことにある。手入れを怠ると機能が落ちてしまうのは、憲法も車も変わらない。
 国の成り立ちから、著者は日本を自然国家だと言う。その意味で、天皇を象徴とする現憲法は日本の伝統に合う、とも。むしろ、明治の方が人工的だった。また、国には海洋型と大陸型のタイプがあり、日本は海洋国家を維持しながら中国に対すべきだと言う。著者が提唱する東アジア共同体も、その構想に基づくものだ。
 民主党政権が迷走し、自民党が分裂気味な今、政治家の力量を見極めるためにも、じっくり読みたい本である。

この書評は2011年4月に投稿されました。

日本人へ 国家と歴史篇

著/塩野七生 文春新書 893円

戦略のなさが日本をだめにする

日本人へ 国家と歴史篇イタリアに住む著者によると、日本の最大の欠陥は戦略のなさだという。日本人について外国人の歴史家ならば、「持てる力を活かせないでいるうちに衰えてしまった民族、と評するのではないだろうか」と。
 これには、指導者の覚悟の度合いが大きいようだ。沖縄返還の「密約」に関連しては、「たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、と考えるような人でなくてはならない」と、自分が天国に行きたがる指導者ばかりなのを嘆く。
 戦争で奪われた領土が、平和裏に戻ることは難しい。密約が成されたからこそ沖縄が返ってきたのであり、それのない北方領土は、いまだにロシアに取られたままだ。祖父の遺志を継いだ鳩山由紀夫前首相がそれを実現していれば、歴史に名を残しただろうが。
 八月のメディアは、相変わらずの戦争の反省一色だが、「はっきりしているのは日本が敗れたという一事で、負けたから侵略戦争になってしまったのだ」と、著者は単純に論じる。侵略か防衛かの神学論争はやめ、論ずべきことは一つ、「どうやれば日本は、二度と負け戦をしないで済むか」だ、と。それだけのリアリズムが、メディアにも国民にも必要だろう。
 世界から見て、今の日本がなすべきことは、「安定政権の樹立と、憲法改正により海外派兵を可能にすることだ」と、これも明快。そのための大連立の実現を小沢一郎氏に進言している。
 歴史上、最高の後継人事として著者が挙げているのが、イエス・キリストから初代教皇ペテロへの、もう一つはユリウス・カエサルからローマ帝国初代皇帝アウグストゥスへのバトンタッチ。いずれも、性格も資質も正反対の人物を選んだのが成功の要因だ。
 聡明で革命家のイエスに対しペテロは無学で純朴、戦闘好きなカエサルに対してアウグストゥスは冷徹さが取り得。後継者を選ぶ能力が指導者には不可欠だ。政権の安定にもそれが第一なのだが、果たして著者の声は日本の政治家に届くだろうか。

この書評は2011年4月に投稿されました。

日本人へ リーダー編

著/塩野七生 文春新書 893円

今は体力をつけ、時を待て

日本人へ リーダー篇 普天間基地の移設をめぐる鳩山総理の迷走は、政策の継続性を怠ったからだ。橋本政権以来、丹念に積み上げてきたガラス細工のような現案を、沖縄での選挙に勝つためだけに、あっさり否定した。
 著者は言う。「なぜか、危機の時代は、指導者が頻繁に変わる。首をすげ代えれば、危機も打開できるかと、人々は夢見るのであろうか。だがこれは、夢であって現実ではない」。ローマ帝国が衰退した「3世紀の危機」を論じたもので、その原因は政策の継続性が失われたからだ。
 法には「法律」と「律法」とがあるというのも面白い。前者はローマ人の、後者はユダヤ人の考え方。人間に法を合わせるか、法に人間を合わせるかの違いだが、これは大きい。「ユダヤ教の律法が有効なのはユダヤ教徒の間だけであって、法律であったローマ法がもっていた国際競争力はついにもてなかった」と警告する。その上で、改憲では第9条より日本国憲法を事実上の「律法」にしている第96条を改めるべきだと言う。衆参両院の総議員の2分の1以上の賛成で発議し、国民投票の過半数を必要とする、と。
 「自己反省は、絶対に一人で成されなければならない。決断を下すのも孤独だが、反省もまた孤独な行為なのである」との言葉も鳩山総理に聞かせたい。同情を買うかのように、人前で反省すべきではないのだ。
 今の時代、日本は何をすべきか。著者は「経済力のさらなる向上、以外にはない」と断じる。体力をつけ、時を待て、と。
 ローマ帝国滅亡の原因1つにキリスト教がある。ローマ人は本来、多神教だったのに、一神教で身動きが取れなくなってしまったからだ。今の世界もそれに似ている。しかし著者は、「非寛容」の壁に突き当たり、いずれ「寛容」に転換する時期が来ると言う。「そのときこそが日本人の柔軟性が活きてくるときだから、自信をもって待っていればいいよいのである」とイタリアから祖国にエールを送る。

この書評は2011年4月に投稿されました。

小沢一郎 50の謎を解く

著/後藤謙次 文春新書 788円

なぜ家族の匂いがしないのか

小沢一郎50の謎を解く民主党代表選挙では721対491ポイントで菅直人氏に大敗しながら、国会議員票ではわずか6ポイント、3人差まで迫った小沢一郎氏は、菅総理の組閣、党人事を見ながら、代表代行への就任を断った。ノーサイド、挙党一致の約束はどこへやらで、早晩、菅内閣が行き詰まるチャンスを狙っているようだ。小沢一郎という爆弾を抱え、安定政権はからはほど遠い状況が続く。そこで、田中角栄元総理の番記者を務め、長年、小沢氏を見続けてきた著者が、国民が理解に苦しむ謎を解き明かしている。
 小沢氏が選挙に強いのは、組織票と金をこだわりなく結びつける才能に長けているからだ。思想的には遠いような労働組合にも急接近する。それは、自民党政権を支えた政・官・業の鉄のトライアングルを民主党に移したもので、医師会などの取り込みにも成功した。自民党時代、保守の思想よりも金と権力のからみを学んだからだろう。もっとも、一番遠い相手を取り込むことで中間派まで味方にするのは、田中元総理譲りのやり方だ。
 理解に苦しむのは、政治資金管理団体に土地を購入させていることだ。小沢氏以外の国会議員は誰もしていないので、普通の感覚だと控えるのだが、「違法でなければ合法」との思いが強いという。かつては糾弾していた検察を、今は正当性の根拠にしている。
 国会議員に小沢ファンが多いのは、人たらしの名人だから。接しているうちに、本当に自分のことを考えてくれている、という気にさせてしまう。逆に言えば、理念や政策のタイプではない。国を背負って立つほどの人物ではないのだろう。
 その割りに優れたブレーンがいないのは、ライバル視して、人を育てないから。側近には、山岡賢次議員や松木謙公議員のような政策力に欠ける人が目立つ。
 小沢氏から家族の匂いがしないのは、和子夫人が新潟のゼネコン・オーナーの娘で、金の管理を担当しているから。検察の手が夫人に伸びる時が小沢氏の本当の危機だという。

この書評は2011年5月に投稿されました。

政権交代の悪夢

著/阿比留瑠比 新潮新書 756円

国を壊してきた人たち

政権交代の悪夢東日本大震災から1カ月目の記者会見で、「総理の存在自体が最大の障害ではないか」と質問した著者に、菅直人総理は「阿比留さんとは考え方が違う」と答えた。唯一、個人名を挙げたのは、天敵のような記者だからだろう。本書は民主党の小沢一郎、鳩山由紀夫、、そして菅らの定点観測。
 小沢問題の核心は、政党助成金も含む政治資金で、資金管理団体が土地を購入したこと。そんな例は小沢だけで、彼が亡くなると親族が相続する。小沢の師・田中角栄は議員立法に精力を注いだが、小沢は若い議員を単なる1票としてしか使っていない。さらに、民団の支持を得るために定住外国人への参政権付与、組織票を得るために日教組への接近など、権力志向の無思想ぶりが明らかとなる。
 ワシントン・ポスト紙に「ルーピー(愚かな、気が変な)」と書かれた鳩山の言動は、あきれるばかり。著者の産経のみならず現場記者たちの多くが「軽蔑」の感情を持ったというから、「政治家というより、社会人として失格」だと断じられても仕方ない。
 そして千年に一度の大災害に遭遇した日本が、菅を総理に戴いていたのは、まさに最大の悪夢と言えよう。著者は民主党政権を「旧自民党田中派と旧社会党が合体した『55年体制の完成形』だ」と言う。古い自民党政権に飽き、新しい政治を選ぼうとした国民がつかんだのは、もっと古色蒼然とした政治だった、と。
 尖閣諸島沖で起きた中国漁船の日本巡視船衝突事件への対応で、菅政権は国民を失望させた。愛国心のなさを露呈した意味では、菅の思い通りかもしれないが。
 前原誠司外相が在日韓国人から献金を受けていたことで辞任した後、菅総理も同様の献金を受けていたことが発覚した。大震災でそれも吹き飛んだが、いよいよ震災対応をめぐり、党内でも菅降しが始まった。
 大震災で明らかになったのは、国家という共同体の大切さだ。自民党が都市に基盤を置く保守政党に生まれ変わることに、著者は希望を託している。

この書評は2010年3月に投稿されました。

今こそアーレントを読み直す

著/仲正昌樹 講談社現代新書 777円

危険な「分かりやすさ」にクギを刺す

今こそアーレントを読み直す仲正昌樹・金沢大教授の『今こそアーレントを読み直す』は、米国の女流政治哲学者ハンナ・アーレントの異色の入門・解説書と言える。
 だが、これが単なる入門解説本と異なるのは、実はアーレントという政治思想家の視点でもって、右往左往する現代日本の政治状況に対して、独特な切り口で捌いて見せてくれるからである。
 仲正氏は以前、自己決定論の限界を指摘した『「不自由」諭』を著したが、そこでも著者はアーレントの「公共性の復権」を論拠に自由至上主義の陥穽を鋭く批判している。
 この 『アーレントを読み直す』でも著者は、どんな政治思想家でも必ず通過するであろうところの「政治的嗜好・品定め」について触れ、アーレントという思想家が左翼系からも右翼・保守系からも真っ向から批判されることがなく、どちらかといえば評価される点を冒頭で述べている。
 そして本書は、自民党麻生政権時代に出版されたが、衆院総選挙を前にし、「リーマン・ショック」に端を発した世界的金融危機の余波を受け、日本でも「派遣切り」とそれにまつわる凶悪事件もが、すべて小泉内閣の構造改革路線、すなわち「小さな政府」を志向した新自由主義的政策が「諸悪の根元」だとする論調が幅を利かせていた。
 ところが、こうした「分かりやすい是非論」が実は危険なのだ、と著者はクギを刺す。
 実際、ナチス全体主義の起源を研究していったアーレント自身も、無条件の「弱者救済」といったニューディール政策にはかなり批判的だ。「公私の領域」という観点からしても、自己中心的なエゴを肥大化させることになるからだ。
 こう考えれば野放図な自由も認めず、社会的秩序・正義を求める点においては、アーレント及び著者が決してリバタリアニズムでもニューディーラーでもない、現実主義者であると言えよう。