公務員・協約権─「共産労組」の徘徊を許すな
2012年2月16日
思想新聞2月15日号に掲載されている主張を紹介する。
民主、自民、公明3党は人事院勧告(人勧)に基づき国家公務員給与を平均0.23%減らし、平成24、25両年度はさらに7.8%削減で基本合意した。これが実現すれば国家公務員の給与がようやく引き下げられる。財政状況から当然だが、驚くべきことに民主党は給与削減とセットで公務員労組に「協約締結権」(協約権)を付与すると言い出している。協約権を付与すれば、職場が「共産労組天国」と化し、給与削減は絵に描いた餅に終わる。付与してはならない。
国家公務員の給与削減は本来、昨秋の臨時国会で実現させておくべきものだった。東日本大震災の復興財源を確保するため国民に痛みを求めており、公務員が自らの身を切り、給与削減分を復興財源に回すのは当然のことだ。それを昨秋の臨時国会では人事院勧告の実施も給与削減も行わず、公務員だけの“焼け太り”となった。
民主党はマニフェストで「2013年度までに国家公務員の総人件費2割削減」とうたっていた。今回の引き下げは2年間の限定で、削減幅もこれに遠く及ばないシロモノで、いずれ抜本改革を迫られる。
ところが、民主党はそうした改革もやらずに、公務員労組に協約権を盛り込んだ国家公務員制度改革関連法案を今国会で通そうと企てているのだ。
協約権は団体交渉権のことで、民間企業のように給与などの労働条件を労使交渉で決めることを指す。民主の支持母体である連合や共産党系の全労が強く主張し、民主党はマニフェストに盛り込んできた。労組言いなりの民主党的な左翼政策である。
だが、国家公務員に協約締結権を付与するのは根本的に間違っている。公務員を民間企業の労働者と同列に論じることは許されない。公務員は「国民全体の奉仕者」(憲法15条)であって、単なる労働者ではないからだ。職務は公共性を持ち、民間の代替が利かない。職務を放棄すれば、国民生活が脅かされる。そのため自衛官や警察官には労働基本権そのものを付与していない。一般公務員には団結権の労組結成のみを認め、協約権と争議権は認めていない。当たり前のことだ。
なぜなら民間企業なら、労組の交渉相手は使用者の経営者で、交渉は企業利益の範囲内という歯止めも掛かる。会社が潰れて自滅するような理不尽な要求ができないからだ。しかし、公務員の場合は違う。公務には「利益」の範囲が明確にならず、「親方日の丸」で倒産もないから、交渉に歯止めが掛からなくなる。
そもそも公務員は民間企業と違って、使用者は国民である。だから給与は税金で賄われており、憲法の財政民主主義に基づき国民の代表である国会が給与を決定している。人勧をなくし、新しい仕組みを導入するにしても、この原則から逸脱することはできない。
ところが、民主党の国家公務員制度改革関連法案は、協約権を付与した後、「公務員庁」を設置し中央と省庁、地方の各レベルで労組と交渉するとしているのだ。使用者である国民を差し置いて、公務員同士で交渉するというのは憲法上、許されないことだ。
いったい交渉する公務員労組とはいかなる組織か。それは民主党を支持する連合に国公連合(約11万5000人)、共産党を支持する労連に国公労連(約9方5000人)があり、各省庁、地方など全国に実に1669組合があるのだ。
連合といっても戦後労働界で革命集団として過激な闘争を繰り広げてきた旧総評の官公労が主体で、連合を隠れ蓑に民主党に浸透し、左翼政策を実現させようと蠢いてきた。国公労連は共産党そのものだ。
これら労組は選挙ともなれば、少なからず組合公務員が職場を離れて政治運動にうつつを抜かしている。このような1600以上の労組と中央、省庁、地方の3レベルで交渉することになれば、公務そっちのけの“交渉漬け”になることは目に見えている。
労使の力関係によっては省庁間や職場間で勤務条件や給与が異なる事態も起こり得る。現に労組の強い職場では、給与を得ながら職場を離れて組合活動に従事する違法行為者(ヤミ専従)が徘徊している。それが国家公務員の実態だ。
しかも今回の特例法による引き下げは2年だけだ。だから「3年目になれば、労組は協約権が手に入って好き放題できる」(茂木敏充自民党政調会長)との危倶が生ずるのは当然だ。これを民主党は地方公務員にも広げるとしている。そうなれば全国何千という職場で、闘争が繰り広げられるのは必至だ。
協約権を付与すれば、共産労組天国が出現し、「総人件費2割削減」も「地方行革」も頓挫する。断じて付与してはならない。
2012年2月11日
野田政権は、先送り政治、決断できない政治から脱却するという。「社会保障と税の一体改革」である。しかしさらに重要なことは、安全保障問題である。
東日本大震災から1年となり復興庁も設置されるが、連日のように巨大地震発生の可能性が報じられている。日本列島とその周辺地盤は明らかに活性期に入っているのだ。緊急事態(戦争や災害など国家の平和と独立を脅かす事態)においていかに国民をまもり秩序の回復を図るかは、「先送り」が許されない最重要課題といえよう。わが国の憲法には緊急事態条項がなく、一般法(災害対策基本法など)との間を埋める基本法もない。有事等に対処する国民保護法も緊急事態下における私権制限に於いて不十分を言わざるを得ない。万全の体制を整えることが政治の責任であり、これまでの悲しい多くの犠牲に報いることである。
わが国を取り巻く安全保障環境が激変している。台湾総統選挙の結果を受けて新華社(中国)は、中台関係の今後にとって「新しいチャンス」が到来したと評論(2012年1月15日)した。再選された馬英九総統は、関係改善を掲げて4年前の総統選に初当選し、定期直行便を運行し、中国からの観光客受け入れを解禁し、一昨年6月には自由貿易圏を目指す経済協力枠組み協定を結んだ。その直後から北京による政治対話への働きかけが激しさを増している。「こちらから求めないが、中国側から誘いがあれば会う」と再選後の記者会見で「トップ会談」の可能性に言及している。政治統一に向けて拍車がかかることは間違いない。両岸安定の影で中国の第一列島線(日本列島、台湾、フィリピン、ボルネオ島…)支配は大きく前進したのである。
北朝鮮では金正恩体制固めを急ぎ、内部の混乱は伝わってこない。しかし事実上の集団指導体制下で、正恩氏が強い指導力を発揮できるかどうかは不透明である。金正日総書記死去(昨年12月17日)後の動向で最も驚いたのは、後見役・張成沢国防委員会副委員長が軍服姿(肩章は四つ星=大将)で登場したことである。
この事実に関連して伊豆見元氏(静岡県立大教授)は、これまで軍歴が伝えられなかった張成沢氏が数日の間に「大将」の地位を与えられたことは、当面は軍が主導する軍事評議会のような集団指導体制になるということであるが、本来の軍人たちがどのように受け入れるかとの疑念が残る、と指摘する。
さらに12月30日に政治局会議で金正恩氏を軍の最高司令官に決定したと報じられたが、党中央委員会総会ではなかったことに注目しなければならない。呉克烈氏ら軍の実力者たちが参加しない政治局会議での決定を軍がどのように受け止めているのかを注目する必要がある。
中国の影が大きくなつている。総書記死亡報道の日、即座に北朝鮮に弔電を送っている。北朝鮮人民が「金正恩同志の指導の下で社会主義強盛国家を建設し、朝鮮半島の永続的な平和に向かって進み続けると信じている」と金正恩体制への支持を表明した。北朝鮮の中国支配が進むと言うことである。
昨年10月以降、オバマ米政権は「アジア回帰」「アジア・太平洋重視」を強調し、1月5日には「国防戦略見直し結果」報告書を公表し、「二正面戦略からアジア・太平洋重視へ」の転換を強調した。背景にあるのは中国の台頭である。
ほぼ同時期に複数の米シンクタンクが報告量目を公表しているが、その一つに米ランド研究所による「中国との衝突」(11年10月10日)がある。日中軍事衝突の可能性を明記した分析報告であり、東シナ海での領有権争いが端緒の洋上事件遭遇により、日中の主張がエスカレートして起こりうることを指摘する。米中軍事衝突を回避するため同盟国との連携強化を促すものになっているが、尖閣諸島を巡る日中衝突の可能性に言及している点に注目しなければならない。
中国は今、対米「A2/AD=接近阻止領域拒否」能力確保に突き進んでいる。狙いはまず第一列島線支配である。第五世代・ステルス戦闘機「殲20」、対艦弾道ミサイル(ASBM)DF21Dの生産配備、空母ワリャーグの配備であり、それらすべてをコンピューター通信ネットワークでつなぐ衛星測位システム(GPS)「コンパス」の開発である。試験運用は昨年12月27日に開始された。測位衛星「北朝鮮斗」は現在10機打ち上げられているが、30年頃までに35機に増やすという。中国共産党系「環球時報」(11年10月29日社説)は「アジアの海で中国と領有権争いをしている関係諸国が、米国を後ろ盾に中国を屈服させようとしている」「反撃に出ざるを得ない」「軍事衝突が近づいている」と述べている。中国による武力行使のハードルは驚くほど低いことを肝に銘ずるべきである。
日本の防衛態勢が整っていない。DF21Dはパトリオットミサイルでは迎撃できない。日米共同開発のSM3ブロック2Aに期待がかかっているが、開発は14年までとなつており、その後実験を経て配備となる。殲20に対しては次期戦隊機F35でなければ対応できない。その配備実施は早くて16年、遅れが予想されている。空母ワリャーグの実戦配備は間近で
あり、対応できる日本の兵力はない。
今可能な選択肢は多くはない。盾(国内防衛態勢)の充実と矛(在日米軍)との連携強化である。緊急事態に備える法整備であり、統合作戦を充実させる集団的自衛権行使である。国防は公共の福祉、基本的人権保障の大前提である。先送り政治、決断できない政治からの脱却はここから始めるのが筋である。
日本神話に親しみ「建国記念の日」をお祝いしよう
2012年2月8日
2月11日の「建国記念の日」が近づいている。我が国の建国記念日は、初代天皇の神武天皇が奈良の橿原の宮で即位したとされる日だ。今年も「日本の建国を祝う会」主催による奉祝記念行事が盛大に開催される。日本国建国の記念を共に祝い、日本人としての歴史的な絆を強めていくことで、国家の復興を成し遂げていこう。
我が国の建国記念日は、明治期に、『日本書記』の記述をもとに制定された「紀元節」が由来となっている。紀元節は、神武天皇が即位したとされる「辛酉年春正月庚辰朔(かのととりのとし はるしょうがつ かのえたつのついたち)」を太陽暦で換算して紀元前660年2月11日と定められた。戦後、紀元節はGHQによって廃止されたが、昭和41年の祝日法改正により、「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことを趣旨として、2月11日が「建国記念の日」として国民の祝日に加えられた。平成24年2月11日は、神武天皇が即位されてから2672年にあたる。
2月11日には、建国をしのぶための政府主催の祝賀式典が行われてしかるべきだが、今年も政府主催の行事は行われない。そのことを憂えて、昨年、故西岡武夫参議院議長が管直人首相に、「2月11日に政府主催の祝賀式典を行うべき」との書簡を送った。しかし、今年は国会でそれを叫ぶ人もなく、ほとんどの国民は関心もない。多くの日本国民は「建国記念の日」の趣旨を知らず、2月11日をただの休日として過ごしているようだ。日本は皇室という世界最古の王朝を頂く国であり、世界で唯一、一国一文明を形成する国家であるのに、なぜこれほどまで「建国の記念」に国民が無関心なのか。根本的な問題は教育にある。
世界中で神話に基づいて建国記念日を設けているのは日本と韓国の2カ国だけである。(他の多くの国々は独立記念日や革命記念日をその国の建国記念日としている) 韓国は10月3日が建国記念日であり、日韓両国ともこの日を国民の祝日としているが、大きく異なるのが学校教育での教え方である。韓国の歴史教育の特徴は人物を中心に描いており、最初に登場するのは建国の祖「檀君王倹」である。韓国の歴史教科書は「檀君神話」から始まるのである。片や日本の歴史教科書はどうか。日本の歴史教育は遺跡や土器の発掘を手掛かりに考古学や地質学から始まる。そして飛鳥時代を分岐点として歴史学に転ずる。考古学から入ることで非科学的な神話は教えずに済むというのである。その結果、建国の経緯をよく知らず、自国の歴史に自信を持てない日本国民ができあがる。このような状況では、国民が「建国記念の日」を祝おうという意識を持たないのは当然ともいえる。
平成18年、安倍内閣時代に、戦後の偏向教育を是正すべく、教育基本法が60年ぶりに改正された。平成22年には、新教育基本法のもとで初となる中学校の教科書検定が行われ、昨年(平成23年)、各地区で検定を通過した教科書の展示会と教育委員会での採択が行われた。新教育基本法には、「伝統を継承し、新しい文化の創造をめざす教育」、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」などの文言が明記されている。検定を機に多くの歴史教科書に「建国の由来」が記載されることを期待したが、結果は見事に裏切られた。検定を通過した7社の歴史教科書のうち、神武天皇について記述のあるのは自由社と育鵬社の2社のみであった。それどころか、他の歴史教科書の皇室の系図は、蘇我氏との縁戚関係から実在が確実とされる欽明天皇が皇室の1代目として記載されている。(写真)
正式な天皇の系図では欽明天皇は第29代の天皇である。これで本当に学習指導要領に準拠した歴史教科書といえるのだろうか。安倍首相の掲げた「戦後レジュームからの脱却」はまだまだ険しいと言わざるを得ない。とはいえ、昨年、各地区の教育委員会が行った教科書採択で育鵬社の歴史教科書が全国で3.7%のシェア(第5位)を獲得した。教育基本法改正により、教育改革の道は確実に開かれたのである。
日本の歴史、伝統、文化を世界に紹介できる人物こそが真の日本人であり、真の国際人である。誇りある日本人、世界平和に貢献する日本人を育成することが、教育界の使命であり、国家復興の起点となる。今年は『古事記』が編纂されて1300年に当たる。多くの国民が建国神話に親しみ、「建国記念の日」を共に祝うことを期待する。
今日のイチ押し本
2012年2月5日
日本と韓国をトンネルでつなぎ、世界をハイウェイで連結し、世界を一日経済圏とする壮大なプロジェクトの理念とその足跡を紹介する一冊である。
著/梶栗玄太郎 光言社 1785円
韓国の宗教家・文鮮明師が1981年の国際会議で表題の構想を発表してから30年。その間の調査・研究や用地確保の進展が、ルート図まで付けて紹介されている。そこまで公開したのは、国民的な気運の盛り上がりで、日韓両国の国際プロジェクトに発展させたいとの熱い思いからだろう。
驚かされるのは、青函トンネルを掘った最高の技術陣を擁して、日韓トンネルの出発点となる佐賀県呼子から壱岐、対馬の陸上部、玄界灘と対馬海峡の海底の地質・地層の調査を行ったことだ。その範囲は一部、韓国の研究者らの協力を得て、韓半島の上陸口が想定されている巨済島や、同島と対馬との間の海峡にも及んでいる。それだけ調査を行うには、陸上部であれば土地の確保が必要で、それもほぼ確保さ れている。つまり、この先どんな形で日韓トンネルが掘られようと、本書の資料は無視できないものだ。
文師は統一教会の創設者であり、調査・土地購入の費用は、信徒らの浄財で賄われたという。一宗教団体が大きな公共事業を行うことに疑問の向きもあるだろうが、かつて行基や空海が橋や道路、池の建設、修築を行ったことを思えば、不思議ではない。さらに、調査の成果や用地は一般財団国際ハイウェイ財団の所有となっているので、公共に資する用意が整っている。
70~80年代は、ローマクラブの「成長の限界」と共に、地球規模のインフラ整備が提唱された。その後、環境問題の高まりや世界経済の停滞から、あまり語られなくなったが、今こそ世界を元気にするような発想が必要なのではない か。文師は2005年にベーリング海峡を橋とトンネルで結ぶ構想を、国際ハイウェイの一環として発表している。
大震災と津波、原発事故を経験して、日本はエネルギーの孤立を認識した。日韓トンネルがあればケーブルやパイプで大陸とつながり、日本の安定と東アジア経済の飛躍的な発展も期待されよう。まずは日韓が壮大な夢を共有できるようになりたい。
国旗国歌訴訟─「不起立」教師に厳しく臨め
2012年2月1日
思想新聞2月1日号に掲載されている主張を紹介する。
学校の式典での国旗国歌への起立・斉唱の職務命令は合憲。これを破る教員に対する懲戒処分は、戒告までは基本的に懲戒権者の裁量の範囲内。しかし減給や停職には慎重な考慮が必要。最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は1月16日、こんな判決を下した。憲法判断は概ね妥当だろう。ただし厳罰には「慎重な考慮」が必要だが、違反教師に厳しく対処する姿勢を崩してはならない。
世界の国は例外なく国旗と国歌をもち、それが国と国民の象徴として互いに敬意を払い尊重し合っている。オリンピックで勝者を称える際、国旗を掲揚し国歌を演奏するのは、それが栄誉をもっとも表す行為だからだ。これは国際社会の常識である。
だから学校で国旗に向かって起立し国歌斉唱を求めるのは当たり前だ。それを通じて子供たちが互いの一体感を強め、敬愛し合い、社会や国のために生きる精神を培い、「良き国民」に成長する。そして自国を愛するがゆえに他国も尊重するようになり、国際協調の精神も育まれる。いずれの国でも公教育の場で、そう教え実践している。
ところが、日教組など左翼教組が反対闘争を繰り広げ、教育現場が混乱し続けてきた。それで文部省(当時)は1989年、「入学式、卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱」を義務付ける学習指導要領を告示したが、それでも過激左翼教師らが式典を妨害し学校長が自殺するなど犠牲者まで出した。
こめため1999年に国旗国歌法が制定され、「日の丸」が国旗、「君が代」が国歌と明記された。それでも不起立者や妨害行為が絶えないので、東京都は2003年、「式典の際に教職員は国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」との通達を出した。本来、「自発的な敬愛」があれば国旗国歌法も通達も必要ない。だが、残念なことに反日イデオロギー分子が学校に紛れ込んでいる。それでこうした措置が取られた。そういう経緯を念頭に置いて訴訟を捉えておくべきだ。
第1に、今回の最高裁判決は都の職務命令について明確に「合憲」との判断を示したことである。これで最高裁での合意判決は7件目となった。もはや起立斉唱の職務命令が憲法に違反しないのは明白である。起立斉唱を違憲として騒ぎ立ててきた左翼教師らは合憲判決を肝に銘じておくべきだ。
第2に、今回の判決は「学校の規律の見地から重過ぎない範囲での懲戒処分は裁量権の範囲内」との判断を下し、戒告を受けた教職員らの処分を取り消した2審判決を被棄し、逆転敗訴としたことである。公務員の懲戒処分には、重い順に免職・停職・減給・戒告があり、最も軽い戒告とは言え判決が職務命令違反に懲戒処分を認めたことは意義深い。
左翼教師らは、通達違反は「注意」のレベルで懲戒処分に当たらないと主張してきたが、判決は一度の不起立で「注意」でなく戒告とすることは「直ちに違法とは言いがたい」と裁量権を認めた。全国では「注意」に留めているところも少なくない。改めて不起立・不斉唱は懲戒処分の対象であることを周知徹底していくべきだ。
第3に、判決は「減給や停職には過去の処分歴や本人の態度に照らして慎重な考慮が必要」との判断を初めて示し、不起立などによる処分の累積で停職、減給とされた各1人(計2人)は「処分は重過ぎて社会観念上著しく妥当性を欠く」と取り消した。単純に違反回数に応じて減給や停職などの懲戒処分を行うのは裁量の範囲を超えているという判断である。
これに対して停職の1人は処分を妥当とした。この教師は卒業式で国旗を引きずり降ろすなどして2回戒告となり、再発防止研修ではゼッケンを着用して抗議し、さらに校長批判の文書を生徒に配って2回の訓告を受けており、「停職にすることの相当性を基礎づける具体的事象があった」とし、裁量権の乱用と言えないとした。つまり積極的な妨害活動に対して厳しい懲戒処分で臨むことを最高裁判決はとがめていない。
不起立教師を戒告のみで済ませていれば、左翼教師を付け上がらせかねない。懲戒処分を行う際、機械的に戒告から停職や減給に移らず、研修や指導など教育を徹底し、人事などで厳しく対処する必要がある。
橋下徹大阪市長が推進した大阪府教育基本条例は職務命令に2度違反した教師を自動的に停職にできる条項があり、大阪市も同様の条例制定を目指すが、見直しを迫られる。橋下市長は「すぐさま処分するのではなく改善されるまで研修する。改善されなければ現場復帰は認めない」と述べ、厳しい処分で臨む姿勢は変えないとしている。当然だ。全国も見習ってほしい。












