金正日総書記死去・日韓米の緊密連携で安定化を!
2011年12月20日
北朝鮮の金正日総書記が死去した。69歳だった。12月19日午前10時に、正午からの特別放送を予告していた。その時の音楽背景が「将軍」をたたえる趣旨の曲調だったことから、特別放送とは「将軍」に関することであり、死亡ニュースではないかと予測されたていた。死亡日時は12月17日午前8時30分、現地視察のため乗った列車の中で突然の心筋梗塞に襲われという。肉体的・精神的過労のためと報道された。
北朝鮮の微妙な変化を感じていた人たち(政府関係者)もいる。今年3回の米朝協議が日程の詰めの段階に入っており、ウラン濃縮活動についての譲歩もほのめかしていた。死去2日後にすでに葬儀委員会の名簿が発表された。金日成主席の時は4日ほどかかっている。朝鮮中央テレビの「有名な」女性アナウンサーが二ヶ月ほど登場しなかった等々である。いずれはっきりすることだろう。
偵察衛星や通信傍受による情報では北朝鮮内部においてクーデターや内部抗争の兆候は確認されていない。葬儀は12月28日平壌で行われる。葬儀委員長は金正恩中央軍事委員会副委員長である。
朝鮮半島の不安定化は避けられない。朝鮮中央テレビは「今日のわが革命の陣頭には、主体革命偉業の偉大な継承者であり、わが党と軍隊と人民の卓越した領導者である金正恩同志が立っている」として、同氏が後継者であることを示唆した。昨年9月、28歳の若さで登場したのである。「後見役」は張成沢・国防委員会副委員長、党行政部長であり、その妻・金敬姫党政治局員(金正日総書記の妹)である。
北朝鮮は「先軍国家」である。党と軍、そして国民。憲法上は党が軍を指導することになっていても、現実的には最終決定権限を握っているのは軍である。軍の指示無くして国家をまとめることはできない。金正日総書記が軍の指示を得るために細かく(視察など)かつ大胆な行動(テロや軍事行動)を繰り返してきたことはよく知られている。金正恩氏にそのような実績があるとは思えない。張成沢行政部長や金敬姫政治局員は軍人ではない。
金正恩副委員長を支える基盤の弱さを考えると今後北朝鮮は軍部中心の集団指導体制へ移行することとなり、軍をコントロールすることはきわめて困難であろう。また、今後基盤を固めるために、金正恩副委員長と軍とが連携して、冒険的行動に出る可能性も否定できない。
さらに注視すべきは中国の動きである。 北京の北朝鮮大使館では半旗を掲げ、哀悼の意を表している。一方、難民の流入による経済混乱を避けるため、中国人民解放軍が北朝鮮との国境地帯に約2000人規模を増派したとの情報もある。北朝鮮から難民流入や不測の事態に備えた対応である。
北朝鮮は「中国の一級核心利益」である。新中華秩序の構築を目指す中国は北朝鮮及び大韓民国をとり込むことを目指している。当然日本も、である。中国にとって北朝鮮の混乱は多くの難問を抱え込むことになるが、しかし得がたいチャンスでもある。経済的困難が加速する北朝鮮は国際的孤立の中で頼れるのは中国のみである。一層混乱することになれば、ミサイルと核の管理のための、在朝中国人の保護のためなどの理由で介入することは必至なのである。今年に入ってからの劣勢を挽回し一挙に戦略的前進を果たすことができることになる。対応が必要である。
韓国は、金正日総書記死亡放送を受け、国家安全保障会議を開き、軍は非常警戒態勢を敷いた。投資家は不安定化を嫌い、結果としてウオン安と株式の一時的急落を招いた。日本は 安全保障会議を開き(10分程度)、野田総理は官邸の危機管理センターに官邸対策室を設置し、情報収集を指示している。
今後の展開として危機管理の立場から想定すべきは有事である。今後もし、北朝鮮の混乱や崩壊が進めば、想定されるシナリオとして米韓軍の北への進行がある。大量破壊兵器の使用や拡散を防ぎ、さらに北朝鮮が中国の完全な影響下に入ることを防ぐためである。 米海兵隊が重要な役割を果たすことにある。
さらに我が国として、 邦人救出、 弾道ミサイルからの国民の防護、 難民対策、工作員の制圧、 核攻撃の恫喝にたいする備えが必要となってくる。危機管理体制が充実すればするほど紛争と戦争は抑止されるのである。10分間程度の安全保障会議でなにが話し合われたのだろうか。 危機感が薄い。現在、防衛省で、自衛隊の米軍への洋上補給が可能な範囲を、領海だけでなく 公海へ拡大する周辺事態法の改正論が出てきているという。いつまでこのような現実を見ようとしないで先延ばしにすることをつづけるのか。日米韓の防衛協力の緊密化に全力を注いでもらいたい。
通り魔少年事件-再発防止へ「心の闇」解明を
2011年12月15日
思想新聞12月15日号に掲載されている「主張」を紹介する。
少年による通り魔事件がまた起こった。埼玉県三郷市で11月中旬、中学3年の女子生徒が刃物で切りつけられた事件で、高校2年の男子生徒(16)が殺人未遂などの疑いで逮捕された。自宅から刃物20数点が押収されており、少年は「誰でもいいから殺そうと思った」と供述している。少年凶悪事件はたびたび発生している。再発防止策を講じなければならない。
この少年は両親と弟の4人暮らしで、隣家には祖父母も住んでいる。恵まれた環境で育ち、
普段は物静かな少年だったという。ところが、進学した高校で、レジ袋に包んだ猫の首入りの瓶を持参し、クラスメートに見せたため問題となり、高校を中退。通信制の高校に通っていた。
警察の調べによると、少年は11月中旬、埼玉県三郷市の路上で中学3年の女子生徒のあごを刃物で突き刺して殺害しようとした。また12月初め、千葉県松戸市で下校途中の小学2年の女子児童が右脇や背中など計6カ所を刃物で刺され重症を負う事件があったが、犯行を認めているという。
少年は12月5日に逮捕された際、刃渡り15cmの折りたたみ式ナイフと刃渡り17cmのナタを持っており、「ナタで歩いている人を殺そうと思っていた」と供述している。逮捕が遅れていれば、第2、第3の通り魔事件が起こった可能性が高い。
なぜ、少年が凶悪事件を起こすまでに至ったのか、徹底解明する必要がある。これまでの少年凶蕃事件を振り返ると、今回の事件と同様のケースが少なからずある。動物を虐待し、それがエスカレートして人の殺傷に及ぶのは男子小学生と女児2人を殺傷した神戸事件(1997年)と酷似している。
同事件の中学3年の加害少年(当時14)は母親との愛情関係が歪んでおり、小学5年時に母親の厳しいしつけから庇ってくれていた祖母が亡くなったことで精神状態が不安定化し、猫を解剖するようになった。中学生になるとレンタルビデオ店からホラービデオを借りるようになり、それを自室にこもって見続け、殺人妄想を高めた。
佐賀バスジャック事件(2000年)の加害少年(当時17)は祖母と母から互いの悪口を聞かされ続け、自我が暖昧模糊となっていたときに、パソコンにのめりこみ、チャットに「殺人こそ正義」などと書き込み、犯行に至った。有害情報によって幻想と現実を取り違えた。
成長途上にある子供の場合は、環境の影響を受けやすいが、とりわけ家族の温もりや両親の愛情に欠け、しつけや規範をきちんと身に付けていない子供は有害情報に過敏に反応すると専門家は指摘している。とりわけ少年に母親との歪な関係(愛情不足)があった場合、アダルト・ホラービデオなどの有害情報と共鳴現象を起こ心、思春期の性衝動への自己抑制力が働きにくくなり、性倒錯、性的嗜好傷害へと進み、快楽殺人に至るケースがあるとしている。
警察庁がまとめた「少年事件の特異・凶悪事件の前兆に関する緊急調査報告書」(2000年)によると、凶悪事件を起こした少年25人のうちほぼ半分の13人が「報道、書籍などの影響(神戸事件報道、ホラービデオ、武器関係書籍など)」を強く受けていた。
少年凶悪事件ではこうした心理的背景を徹底的に解明し、再犯を防ぐことも重要である。例えば今年8月に東京都渋谷区のライブハウスで放火未遂事件を起こした23歳の男は、17歳のとき東大阪市園児重傷事件(2005年)を起こしており、再犯だった。同事件ではハンマーのほか牛刀や出刃包丁、スタンガン、アイスピックなどを持ち、「誰でもいいから殺したかった」と供述しており、今回の事件と類似している。少年院に2年間入所したが、更生していなかった。
法務省の研究機関の調べによると、2004年1-3月に全国の少年院を出た18-19歳の644人のうち、38.5%にあたる248人が、25歳までに再犯しており、少年事件の再犯防止の難しさを浮き彫りにしている(2011年版犯罪白書)。
犯罪にいたる背景に家族関係の悪化があるように更生には家族の力が大きいことを留意すべきである。少年事件の再犯率の高さを示した犯罪白書は少年院での家族の面会回数の多い少年は再発率が低いとしている。
過去の調査でも同じ傾向が出ている。法務省が少年鑑別所の入所者730人と30歳未満の刑務所受刑者372人に対して非行や犯罪に対する意識調査を実施したところ、「悪いことを思いとどまらせる心のブレーキは何か」との質問に、「家族」と答えたのが68%にのぼった。
こうした事例も検証し、少年凶悪犯の「心の闇」を解明して、再発防止策を構築していかねばならない。
2011年12月14日
英国の歴史学者ポール・ケネディ氏は、世界は今、新たな時代にむかって歴史的な分水嶺に近づいているか、すでに超えたと述べている。そしてそれを示唆する変化の指標を四点あげているのである(読売新開「地球を読む」11月21日付)。
第一に、地球上で唯一の、ないしは圧倒的な準備通貨としての米ドルの着実な衰退。第二に、欧州統合計画の停滞と形骸化。第三に、束アジアと南アジアのほぼ全域で起きている巨大な軍備競争。第四として、媛慢かつ着実に進行している国連の老衰である。海図のない世界に入りつつあると指摘している。換言すれば①米国の「国力(軍事力、経済力、外交力、文化力)」の相対的低下②共産主義残滓国家の中国・北朝鮮の挑戦③主権国家を統合する上位の機構としての「世界政府」が存在しない無秩序の拡大となる。人類は今、古い海図から、新たな海図が描かれる歴史的分水嶺に生きているのだ。この混乱と不安を正面から受け止め、新しい時代を生き新しい海図を描こうとする覚悟が求められているということであろう。
激しい外交戦の11月(2011年)だった。背景はオバマ米政権の「対中認識」の変化である。最近、聞き慣れない戦略用語がたびたび登場する。「A2/AD(接近阻止、領域拒否)」「エアー・シー・バトル (ASB)」などである。
米国議会の諮問機関「米中経済安全保障再考委員会」が11年11月16日、「年次報告書」を公表した。領有権争いに関し、中国が有事の際、奇襲攻撃や先制攻撃で米軍の戦力を低下させ、日本周辺を含む東シナ海までの海洋圏を支配する戦略が存在すると指摘している。南シナ海や東シナ海での紛争(焦点は台湾解放)では、対艦弾道ミサイルや巡航ミサイルを使って、九州、沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ「第一列島線」内に「他国の進入を許さない行動」(「A2/AD(接近阻止、領域拒否)」)にでると予測している。中国のこのような地域統合戦略に対抗するための米空・海軍統合作戦が、「エア・シー・バトル(転)」作戦である。
11年8月、米国防稔省に「エア・シー・バトル・オフィス(Air-Sea Battle Office)」という部局が新設された。米国は国防鎗省の中に「対中国専門部局」を設置したことになる。米国防総省筋は、「エア・シー・バトル」というコンセプトが中国に向けられた新たな軍事態勢の手始めであるとし、もっと明確に中国に対する新たな冷戦型のアプローチを取ることを伝える重大な転換点だと述べているという。
オバマ大統領はハワイでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)参加後、オーストラリア議会で新戦略演説(11年11月17日)を行った。アジア太平洋地域を最重点地域と位置づけ、急速に台頭する中国をにらみ、外交、安全保障で「民主・人権」、経済では「自由貿易」の理念を全面に掲げ、米主導の地域秩序構築を目指す内容であった。「米国は『太平
洋国家』であり続ける。大統領として、この地域の未来のため、戦略的な決断を下した」と述べ、「米国・太平洋国家論」と「アジア復帰への決意表明」と明言している。そして豪州北部に米海兵隊2500人を常駐させる計画を発表したのである。沖縄海兵隊の一部の移動が想定されている。
中国は激しく反発し、国営新華社通信(11年11月17日は「米国が冷戦思考のまま『リーダー』や『仲裁者』気取りで主導権を振りかざし、他国の「核心的利益」を侵すような 『放火』や『火遊び』をすることは、地域にとって迷惑だ」と切り捨てた。
オバマ大統領の豪州演説は米国が引き続きアジア太平洋に大きな国益を見出し、域内におけるプレゼンスとコミットメントを維持するだけでなく、この地域を米国として最も重視する方針を示したものとして注目される。しかし一方で、それを担保する環境が揺らいでいる。米国国防費の大幅削減問題である。イラク、アフガンからの撤退に伴い、国防予算については10年間で最低レベルでも、概ね4500~5300億ドルの削減となることが予想(11年4月、オバマ大統領)されていたが、財政赤字削減内容を巡る米議会の超党派の委員会が決裂(11年11月22日)し、規則通り「トリガー条項」の発動となつて、総額1兆2000億ドルの削減が強制的に行われることとなった。そしてその半分は国防費となり、最大6000億ドルの国防費削減が、13年から10年間で行われようとしている。すでにある計画と合わせれば一兆ドルである。
10年の「フォーリン・アフェアーズ」で紹介された退役海兵隊大佐パット・ギャレット氏の提言が想起される。「現在280隻の米海軍船の数を250に減らし、国防予算が15%削減されても、アメリカは直接的な軍事対決を伴うことなく、中国の戦略パワーに対していける」と指摘し、「ユーラシアの均衡」という概念を強調している。オセアニアの重要性を指摘しながら、この地域が東アジアに比較的近い上に、米国の戦艦が立ち入れないようにしたいと中国が考えている海域の外側にあると述べている。そして、日本、韓国、フィリピンに部隊駐留を続けるよりも、オセアニアに基地を持つ方が、とかくホスト国を刺激せずにすむと主張している。驚くべき「第一列島線放棄」案であるが、米国の困難さを見れば非現実的な提言と一蹴できない。
日米同盟やアジア安保構想も分水嶺にある。日本は独自に米国の低下したプレゼンスを埋める努力をしなければならない。主体的な外交と国防政策を確立しなければならない。古い海図ではだめなのだ。
今日のイチ押し本
2011年12月11日
東日本大震災から早くも9か月が過ぎた。あの時、震災の最前線で命懸けで戦っていた人達がいたことを伝える一冊を紹介する。
著/麻生幾 新潮社 1575円
福島第一原発のオフサイトセンターに待機していた自衛隊特殊部隊に3号機への給水命令ができたのは3月14日午前11時。指揮官は「前へ!」と叫んだ。その直後、水素爆発が起こり、2台の水タンク車は跳ね飛ばされ、4人が負傷、被曝した。初めての体験、目に見えない恐怖にさらされる隊員たち。彼らに勇気を与えたのは、先頭に立ち続けた指揮官の姿だった。
当時の検証で、被曝しながら2日間、放置された作業員がいたことが分かるなど、東電、政府、消防、警察、自衛隊が混成する現場は混乱を極めた。結局、力を発揮できたのは、指揮系統が明確で補給体制のある自衛隊で、逆に欠陥を露呈したのは、他局との連携が悪い原子力安全・保安院、本社と現場に格差のある東京電力、感情的な対応が先走った政府首脳である。警察は福島県警自体が被災して、支援部隊を受け入れることも不可能だった。
隊員の精神状態を見ながら、自衛隊が心のケアもしっかりしているのには感心した。彼らも同じ人間であり、愛する家族にメールしながら、危険に飛び込んで行っていた。その勇気のおかげで、東北全体を失うような放射能拡散は防げたのである。
東北の道路を管轄しているのは東北地方整備局。激震に襲われた直後、女性の防災課長はすぐにヘリ発進を命じた。その数分後、仙台空港は津波に呑まれる。通信が寸断されるなか、空からの映像が状況把握に威力を発揮した。
救援には道路が通じないといけない。東北を南北に走る国道から、くしの歯状に海岸線に出る道が被害が少ないことが分かり、ブルドーザーで土砂ががれきの撤去にかかる。がれきの下にある遺体を収納しながらの悲惨な作業だった。
大震災、原発事故を風化させないためにも、命懸けで戦った無名戦士たちの物語を、語り継いでいく必要があるだろう。
今日のイチ押し本
2011年12月8日
日本人が日本の建国史についてあまりに知らないことについて苦言と、試論を呈する、竹田恒泰著『日本人はなぜ日本のことを知らないのか』を紹介する。
著/竹田恒泰 PHP新書 756円
ここで言う日本とは、建国された当時の古代日本のこと。国民の多くがその由来を知らない建国記念の日は、『日本書紀』によると神武天皇の即位が西暦では紀元前660年2月11日になるからだ。
もちろん、著者はその通り主張するのではない。三輪山周辺に巨大前方後円墳が造営され始めた3世紀前後が大和朝廷の成立期であり、神武天皇に該当する最初の指導者が出現したのは、「およそ二千年前か、それ以上」と表現するのが妥当だろう、とする。天皇による統治が続いている以上、日本が現存する世界最古の国であることは間違いない。中国のように、王朝ごとに歴史は分断されてはいない。
では、古代日本の完成をいつとするか。第42代文武天皇の時代、701年に大宝律令が定められた時だとする。律令国家の完成で、「日本」の国号と「天皇」の称号も法律に明文化されたからだ。
古墳時代までの日本は多くの部族が連立していた。弥生時代は環濠集落が防衛的で、傷付いた人骨もあることから、戦乱の時代だったと推測される。そうした苦難を乗り越え、大和朝廷により統一されていったのである。神武東征や日本武尊の苦難の旅は、その一端を物語っている。事績が伝わっておらず、存在が疑問視されている第2代から9代までの天皇の時代は、国譲りのような婚姻による同盟の拡大が進められたからだろうという。
しかし、4世紀から5世紀の日本も、和による国づくりを目指した聖徳太子も、中国の冊封を受けることは嫌った。日本の独立を損なうからだ。大化の改新以来、元号も日本独自のものを使っている。「朝貢すれども、冊封は受けず」は、今で言えば「貿易はするが、隷属はしない」で、その気概が感じられる。
日本人が建国史を知らないのは、学校で『古事記』を教えないからだ。著者は、自然観、死生観、歴史観から成る日本人の価値観を教えるには『古事記』が最適だとして、その試論も展開している。
緊急事態を「想定外」に置くな
2011年12月1日
思想新聞12月1日号に掲載されている「主張」を紹介する。
衆院憲法調査会は11月17日、2007年の設置以来、初めて審議を行い、各党が意見表明などを行った。憲法は「国のかたち」を示すものだが、制定から約60年経ち、問題点が噴出している。とりわけ先の東日本大震災で浮き彫りにされた緊急事態への不備は深刻だ。防衛や国際貢献に足枷をはめる9条問題も矛盾が深まっている。憲法審査会は改憲論議の速度を速めるべきである。
初の審査では民主党は「震災からの復興・復旧が最優先だ。(憲法論議は)優先順位として相対的に下がる」と、大震災を口実に旧社会党ばりの消極論を展開した。同党は審査会の「規程」制定や委員選定を遅らせ、審査会を「開店休業」にさせてきたが、審議が始まっても足を引っ張っている。これでは何のために憲法審査会を設置されたのか、責任与党とは言い難い態度である。
また共産党は「憲法審査会の開催そのものに反対」、社民党は「いかなる改憲策動にも反対する」と、いずれも共産主義政党の正体を露わにした。公明党はプライバシー権などで加憲論を主張したが、基本は護憲だ。
これに対して自民党とみんなの党、国民新党は改憲の積極姿勢を示したのは当然のことだ。3党が焦点に据えたのは、国家緊急権、9条、憲法改正要件の3点で、いずれも時宜に適った問題提起である。とりわけ参考人として出席した中山太郎元外相(元衆院憲法調査会長)が「国民の関心が一番高いのは自然災害と外国からの攻撃にどうするかだ」と強調したように、緊急事態への対応が焦眉の急だ。
東日本大震災では憲法に緊急事態条項が存在しない致命的欠落が浮き彫りにされた。いずこの囲も侵略や大災害など緊急事態が発生した際、それにどう対応するのか、基本的枠組みを憲法条文に規定している。ところが、現行憲法には一切書かれておらず、平時態勢でしか対応できず、東日本大震災では2万人近い死者・不明者を出した。
したがって憲法審査会は緊急事態条項や国家緊急権をどう盛り込むか、まず論議すべきである。日本と同様に戦後、緊急事態条項が憲法になかったドイツ(西独)の場合、1966年に基本法(憲法)を改正し、緊急事態条項を新設している。外的緊急事態(侵略)と内的緊急事態(災害)の2つに分け、定義や権限、政府が非常措置を乱用しない仕組みを規定している。
また現行憲法には国会議員の任期や衆議院の解散について定めているものの、国政選挙の直前や最中に緊急事態が発生した場合の対応策を明示していない。選挙の延期、議員任期の延長などのルールを憲法に明記しておかねば混乱が生じる。東日本大震災では被災地での統一地方選を特別立法で延長したが、国政選挙中では立法化できず、対応できないからだ。
「戦争の放棄」をうたう9条の改正も焦眉の急である。安全保障に欠かせない集団的自衛権行使は現行条項でも違憲にならず政府の解釈変更で可能であるが、未だに9条1項の「戦争の放棄」、2項の「戦力の不保持」「交戦権否定」を字通りに解釈する否定論が跋扈している。
憲法解釈では、わが国は侵略戦争とそのための戦力は放棄しても、自衛の戦争、自衛の戦力は放棄していないことになっている。にもかかわらず9条の「足枷」で、自衛隊がしかるべき防衛力を保持する際、侵略的などとして阻害されている。
また交戦権は、国際法では戦争状態において軍事組織が遵守すべき義務を明文化した戦時国際法、交戦法規とされ、人権についても規定しており「国際人道法」と呼ばれているが、交戦権を否定する9条によって有事の際、国民は人道的扱いを受けない危険性が生じる。
さらに国連平和維持活動においても9条を盾に国際常識から逸脱した武器使用基準を自衛隊に押し付け、国際貢献にも支障をきたしている。憲法に自衛権を明記し、自衛隊を軍隊として正式に認め、国民に国防義務を課すべきである。
緊急事態条項の創設と9条改正は国民を守るために最低限必要な措置である。憲法審査会はこの2点について早急に論議を深めていかねばならない。
憲法改正には国会(衆参両院)総議員の3分の2以上の発議と国民投票での過半数賛成という2つの高いハードルを設け、世界で類例を見ない「硬性憲法」にさせ、それによって憲法が時代に対応できず、解釈改憲や憲法の形骸化を招いている。また天皇の地位を「国家元首」と明記することや「家族条項」の新設、ねじれ国会の矛盾を生み出す悪平等の2院制度の改革など多くの課題が残されている。
国会の憲法審査会はこうした諸問題に向き合い、改憲への責任を果たさねばならない。












