共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

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勝共運動による救国救世

中国軍艦が立て続けに領海侵入、そして接続水域への侵入を繰り返した。…続きを読む

台湾の新総統・蔡英文の就任式が5月20日に行われた。ご存知のように蔡氏は、独立志向の極めて強い人物である。…続きを読む

米国の国防総省に近いランド研究所が1月、衝撃のレポートを発表した。尖閣諸島をめぐって日中が衝突すれば、日本はわずか5日間で敗北するという。…続きを読む

北朝鮮の自称「水爆実験」(1月6日)が思わぬ効果を生んでいる。韓国が対中傾斜を見直しているのだ。…続きを読む

世界と日本人 file No.222
宮崎 松記(みやざき まつき)

これまでに発行された「世界思想」に掲載された「世界と日本人」から世界に影響を与え、世界と日本との架け橋となった日本人の皆様を紹介します。

インド救ライの父

熊本県出身1900~1972年

安倍晋三首相は、来日した印のモディ首相をおもてなし。海洋進出する中国の脅威を念頭に、印との関係強化をアピールした。
 印は、大東亜戦争中に印の独立闘争を支援した藤原岩市少佐の活躍などにより、大の親日国。それをさらに強固にしたのが、「印(インド)救ライの父」と呼ばれた医者・宮崎松記だ。
 「日本のシュバイツァー」とも呼ばれることになる松記は、1900(明治33)年に、熊本県八代市の網元の三男として誕生。中学3年の時、人生の転機が。「我に1千金をあらしめば」との課題に「研究所を作りたい」との壮大な夢を綴った作文が、開業医の宮崎好徳(みやざき こうとく)の目に止まり、懇願されて養子に迎えられる。
 熊本の旧制五高に進むと第2の転機が。クリスチャンとなり、寮の傍にあった回春病院を訪れた時だった。ライ(ハンセン)病患者を献身的に看る英国女性ハンナ・リデル女史の姿に強く心を動かされた。
 ライ医師になることを決め、医家の後継を願う養父母に苦悩の末、打ち明けた。すると、篤信者の養父母は反対するどころか「神の恵み」と諸手を上げ賛成。親戚からも祝福され京大医学部へ進む。
 リデル女史は、五高の英語教師に赴任した折、道端で憐れみを乞うライ患者に遭い、救ライを決意。私財を投じ、1895(明治28)年に病院を建てた。
 ハンセン病は、ノルウェーのハンセン氏が発見したライ菌による感染病。末梢神経麻痺による外傷で手足を失ったり、顔の変形などが生じる。遺伝せず、感染力も弱く、特効薬で治療も容易な病気。しかし大昔から「業病」との偏見と差別が、患者を二重に苦しめる社会病でもある。
 京大での松記は「哲学のない医者は、人間という機械の修繕工に過ぎぬ」と、努めて他学部の学生と交流し、人格を形成。卒業後、全国の療養所に空きがなく、大阪赤十字病院へ。
 1932(昭和7)年、リデル女史が78歳で亡くなり、松記も葬儀に駆けつけ、院長はリデルの姪のライト女史に。2年後、34歳の松記は九州療養所、後の恵楓園(けいふうえん)の所長となる。
 戦争が近づくとライト女史は敵国人とされ、国外退去に。回春病院の入院患者は、松記が迎え入れた。戦中は、多くの患者を抱え食料欠乏と闘い、戦後は日本で最もライが多い熊本に「国立ライ研究所を」と考え、施設を拡充。だが中央の反対で成就せず、混乱の責任を取り松記は辞任。

写真:松記を讃えたアグラの「ミヤザキロード」の看板

「今後は国際的活動を」との周囲の声に、松記は印の救ライを志す。かつてリデル女史が、印を希望しながら日本赴任となり、日本の救ライに繋がった事への恩返しからだった。
 1959(昭和34)年、60歳の松記は単身、印を視察。当時、印のライ患者は、推定250万人(日本は1万人)。帰国後、「アジア救ライ協会(JALMA)」を興し、募金活動を開始。再び印へ飛んだ松記は、ネール首相と世界遺産・タージマハルのあるアグラへの病院研究所設立協定を結ぶ。日本の9倍と広い印中を診療車で廻り、巡回診療を始めた。
 1965(昭和40)年、印永住を決め、妻子を呼び救ライに邁進。寝食を忘れ働く松記は、多くの印人から慕われた。1972(昭和47)年、会議のため一時帰国後、戻る飛行機が印上空で墜落し、乗員乗客84人が死亡。その中に72歳の松記の名も・・・。
 その悲報に印中が悲嘆。遺灰は、生前の言葉に従い、印の川に散骨。「JALMAライ研究所」は今日、世界十指に入る医学研究所へと発展し、松記の願いが見事に叶ったのだった。

 参考:『ぼだい樹の木陰で』(宮崎松記著、講談社)、『日本人の足跡3』(産経新聞取材班著、産経新聞ニュースサービス)ほか

「家族潰し」と断固戦おう

2016年11月15日

思想新聞11月15日号に掲載されている主張を紹介する。

国会でようやく憲法論議が始まった。衆院憲法審査会は11月に審査会を開き、憲法の制定過程や立憲主義などについて各党が自由討議を行う。朝日新聞などの左翼メディアや護憲野党は自民党の改憲草案のなかでも「家族条項」に的を絞って攻撃を重ねてきたが、これと連動させて自民党が取り組んでいる「家庭教育支援法」への批判も強めている。こうした左翼勢力の一連の「家族潰し」を許さず、「家族の価値」を断固守り抜かねばならない。
 憲法公布70年を迎えた11月3日、毎日新聞は社会面トップで「24条改正へ布石か 自民検討/家庭教育支援法案 家族の役割を固定化」との見出しで、「家庭での教育について国や自治体が支援の責任を負うとする『家庭教育支援法案』を、自民党が来年の通常国会に提出しようとしている。家庭教育を公的に助ける内容だが、公権力が家庭に介入していくとも受け取れる。『家族は互いに助け合わなければならない』とうたう同党の改憲草案と合わせて、『家族生活での個の尊厳をうたう憲法24条の改正への布石ではないか』との批判も出ている」と、家庭教育支援法案と改憲をひっかけた「家族潰し」記事を掲載した。
 朝日新聞は10月22日付朝刊に「家庭教育に国や自治体が関与しようとする動きは、近年、強まりつつある」とする同様の記事を掲載している。
 同記事は「(2013年に)能本県で全国で初めて、『親の学び』などを定めた家庭教育支援条例が施行。県がトレーナーや進行役を育成し、保護者や中高生向けの講座を開いている」とし、「法案が成立すれば、条例化という形で全国に広がる可能性もある」と警戒、「法制度での重圧、家庭にかけるな」と批判している。

世界人権宣言も家庭の価値明記

あまりにも筋違いな家庭教育批判である。家庭教育は子育ての基本のキである。ところが、都市化や核家族化などによって親たちが身近な人から子育てを学ぶ機会が減るなど、家庭教育を支える環境が悪化している。そこで国や自治体が責任をもって家庭教育を支援するというのが「家庭教育支援法案」の趣旨である。教育は学校教育から突然に始まるわけではなく、その出発点となるのが家庭である。「三つ子の魂百まで」とされるように学校で学ぶ以前の幼少期に人格の基礎が形成される。学校教育の成果をあげるには家庭が健全育成の基盤とならねばならない。
 想起すべきは1948年の国連第3回総会で採択された世界人権宣言である。宣言は「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」(16条3項)としている。
 なぜ人権宣言が家庭を重視するかと言うと、家庭が人の命と心を育み「個の尊厳」の基盤となっているからである。毎日記事は「家族生活での個の尊厳をうたう憲法24条の改正への布石ではないか」と、家族重視がまるで個の尊厳を損なうかのように書いているが、実際は全く逆で家庭があって初めて「個の尊厳」が守られるのである。
 だから国際人権規約も「できる限り広範な保護及び援助が、社会の自然かつ基礎的な単位である家族に対し、…与えられるべきである」(人権A規約10条1項)と家庭への支援を定めている。家庭教育への援助はそのひとつである。
 家庭における親子、兄弟、祖父母などの織りなす人間関係と近隣の人々との関わりから倫理・道徳心や利他主義が育まれ、公民(国民)が生み出され、そこから安定した社会や国家が形成される。
 ところが、旧教育基本法は家庭教育についてほとんど触れていなかった。そこで2006年の改正教育基本法は「家庭教育」の項を設け(10条)、「保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」とし、「生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努める」とした。
 また国と自治体は、「家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずる」とうたった。

国や自治体には子供を守る責務

これを受けて文科省は子育てサポーターリーダーなどの人材養成や専門家からなる「家庭教育支援チーム」による相談や学習の場の提供、「早寝早起き朝ごはん国民運動」などの支援を行ってきた。政府の教育再生実行会議も「家庭の役割」をテーマに近く議論を始める。
 この流れを確固たるものにするのが家庭教育支援法案にほかならない。同案は家庭教育を「国家と社会の形成者として必要な資質を備えさせる」と規定し、文科相が「家庭教育支援基本方針」を定め、これに基づき自治体も基本方針を作成し、地域住民はこれに協力するとしている。
 地域では「子供の貧困」など困難を抱えた家庭の増加が指摘されている。それを国も自治体も放置できない。このことは左翼メディアが主張してきたことだ。地域住民と力を合わせて家庭教育を支援するのは当然の責務であり、喫緊の課題である。左翼の「家族潰し」の策動を許してはならない。

『世界思想 12月号』編集部だより
太平洋の平和、期待される日本の役割

2016年11月13日

世界思想12月号

フィリピンのドゥテルテ大続領の言動が問題となっている。東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議のためラオスに出発する際、地元ダパオでの記者会見に臨んだドゥテルテ氏に、首脳会談の席で麻薬取り締まりのため1000人以上を不法に殺害したことをオバマ米大統領から問われるのではとの質問に対し、「彼のことは気にしない。誰だ、それは。売春婦の息子め、ののしってやる!」と言い放ったのだ。
 翌日、「大きく物議を醸した発言を後悔している」と声明を発表したが、ことすでに遅し。米国政府が、予定されていた米比首脳会談中止を決定した後だったからである。

その後ドゥテルテ大続領は訪中し、習近平国家主席から240億ドル(約2兆5千億円)の援助をひきだしたが、北京市内での経済フォーラムでの演説でもさんざん米国の悪口を言っている。その中で、「アメリカとの関係を離脱する。軍事的にも経済的にも離脱する」とまで述べ、南シナ海での領有権問題でも中国との2国間協議に応じることを約束した。
 その後、フィリピン外務省は釈明したが、米国はラッセル国務次官補をフィリピンに派遣し、対中接近に厳しくクギを刺したのである。
 中国は来年秋、5年に1度の党大会を控える。習主席はそこで党規約を改変し3期15年まで主席続投を目指していると伝えられている。7人の中央政治局員の座をめぐっても習近平主席派と李克強首相派の激しい権力闘争が行われており、10月24日からはその前哨戦となる第18期中央委員会第6回総会が開かれている。
 習近平、主席のフィリピンヘの大判振る舞いは、その直前になされたもので内部向けのパフォーマンス的色彩がないわけではない。しかし中国国内では、国内経済が青息吐息の状態で、どうしてこのような多額の海外支援をやるのかとネット上で厳しい批判がなされた。

中国の狙いは明らかだ。南シナ海から東シナ海を制し太平洋に進出、米国包囲網を築くと共に、最終的には米国にとって代わっての世界覇権を握ることであり、そのための海洋戦略の一環としての南シナ海の軍事的制覇なのである。
 これを具現化するためには、太平洋への出口となる島国を押さえなければならない。しかし台湾は蔡英文氏の当選により道は遠のいた。残るはフィリピン、そして尖闇列島からつながる日本の西南諸島、沖縄である。
 指導者がなすべき第1のことは、ことの大小、優劣の順序を決めることであろう。大国の指導者が「木を見て森を見ず」に陥ったら世界が混乱する。米国は、フィリピンの過激な麻薬取り締まりに対する批判より、フィリピンを対中包囲網の中に引き留めて置くことを優先すべきではなかろうか。米国が難しければ日本がやるしかない。太平洋を平和な海とするために、島嶼国をまとめる役割は、同じ島嶼国である日本のほうが果たせる可能性を有しているといえよう。安倍晋三総理はその器を備えた方である。

不動の姿勢で日韓軍事情報包括保護協定締結へ

2016年11月11日

11月3日に渋谷道玄坂下にて国際勝共連合太田洪量会長が行った街頭演説の動画を紹介する。
 「不動の姿勢で日韓軍事情報包括保護協定締結へ」として解説を行った。

危機の時、日本の役割

2016年11月11日

11月3日に渋谷道玄坂下にて国際勝共連合渡辺芳雄副会長が行った街頭演説の動画を紹介する。
 「危機の時、日本の役割」として解説を行った。

世界と日本人 file No.221
松尾 敬宇(まつお けいう)

これまでに発行された「世界思想」に掲載された「世界と日本人」から世界に影響を与え、世界と日本との架け橋となった日本人の皆様を紹介します。

敵国同士の日豪結んだ勇者 松尾敬宇

熊本県出身1917~1942年

衰退否めぬ米国に、経済力の拡大で超軍拡を続ける中国。太平洋の平和が脅かされている中、重要度を増しているのが、日豪の連携。両国の絆の原点が、敵国として戦っていた72年前の秘話にあったことを知る人は少ない。
 日米開戦から半年後の1942(昭和17)年5月。日本から遼遠いシドニー湾に突入した特殊潜航艇3隻が攻撃。豪軍艦1隻を撃沈するが発見された特潜3艇は、豪海軍によりシドニー湾へ沈められ、乗員6人が戦死した。
 一方、19人の犠牲者を出した豪軍は、特潜2艇を引き揚げ、中の日本兵4名を豪海軍の最高栄誉葬で弔った。市民からの反対の声が上がった時、グルード司令官は、次のように説得。
 「勇敢な軍人に儀礼を尽くすのがなぜいかん・・・鉄の棺桶(潜航艇)で死地に赴くには最高度の勇気がいる。この犠牲的精神の千分の1で持って、祖国に捧げる豪人は何人いるか」
 日本軍人の武士道精神が、豪軍人の騎士道精神に共鳴。葬儀の様子は、豪全土にラジオ中継された。
この時、日の丸で棺を蔽われ、儀仗隊による弔銃で送られた1人が、24歳で逝った松尾敬宇大尉。17(大正6)年、熊本県山鹿で、小学校校長の次男として誕生。利発ながら柔道も得意でガキ大将だった少年は、海軍兵学校へ。
 卒業後、特殊潜航艇搭乗員となり、開戦前にハワイの真珠湾偵察を敢行。真珠湾攻撃の際には、特別攻撃隊を志願したが、指揮官付きとされ、無念の涙を呑む。
 そのため半年後、米豪分断作戦としてシドニー湾攻撃を命じられると、喜び勇んで出陣。3隻の潜水艦に抱かれた特潜は、密かにシドニー湾口へ。発進した特潜の1隻は、防潜網に捉えられ、艇の機密が知られぬよう自爆。もう1隻は、軍艦を魚雷で撃沈後、発見され沈められた。
松尾艇も攻撃されながら、豪軍艦に肉迫するも、魚雷発射口を損傷して発射できず、体当たりを狙ったが、浸水して海底に沈む。万事休すとなり、同乗した都竹正雄二等兵曹と共に、拳銃にて自決した。

写真:故郷の菊池公園に建つ敬宇の胸像(熊本県菊池市)

敬宇らの艇は、首都キャンベラ近郊に、戦死者10万2千人の名を刻む、日本の靖国神社にあたる戦争記念館正面に安置。館内には敬宇の腹に巻かれていた血染めの千人針も展示された。
 65(昭和40)年、豪戦争記念館長が来日し、松尾家を訪れ、敬宇の墓に詣でた。その返礼に、敬宇の母まつ枝を豪に送る運動が起き、68(昭和43)年、訪豪が実現。
 日本の新聞は載せなかったが、現地紙は1面トップで「勇者の母来る」と大きく報道。連日彼女の動向を伝え、佐藤栄作総理訪問時以上の歓迎だった。
 海上で慰霊する際、彼女は大声で「伴さーん、芦辺さーん」と、我が子以外の名を叫び続けた。未だ揚がらぬ敬宇の戦友らだ。次に託されてきた色紙を海に投じた。それには生還果たせぬ出撃を前に、敬宇が婚約解消した許嫁から彼宛の歌が記されていた。
 戦争記念館では、館長から渡された血染めの千人針に涙がポタポタ落ちた。崩れ落ちる83歳の老母を思わず抱きしめた館長。彼の口から嗚咽が漏れた。
 会見したゴードン首相は「豪国民に真の勇気とは、真の愛国心とは何であるかを示して下さった」と感謝。新聞は「世界の戦死者の母の象徴」と讃えた。
 豪の新聞は毎年5月、シドニー攻撃の特集を掲載。それは米国の「忘れるな真珠(パールハーバー)」との復讐的意味ではない。「勇敢な海の侍」を讃える、極めて日本に好意的な扱いで…。

 参考:『大東亜戦争を見直そう』(名越二荒之助著、明成社)、『海軍特別攻撃隊』(豊田穣著、集英社文庫)ほか

米国は中国包囲網を優先せよ

2016年11月4日

会員専用動画「情報パック」11月号を更新いたしました。
今月号のテーマは、「米国は中国包囲網を優先せよ」と題し、太田洪量会長が、「次期衆院選の課題」と題し、渡邊芳雄副会長が論説します。
 上部のメニュー「情報パック」から入り、ご覧下さい。
 なお、会員専用のため、IDとパスワードが必要です。

左翼弁護士の策動 許すな

2016年11月1日

思想新聞11月1日号に掲載されている主張を紹介する。

左翼弁護士が蠢動している。政府が安全保障や治安維持のために法整備を行おうとするとき、必ずと言っていいほど左翼弁護士が「人権」を口実に反対運動を繰り広げ、法整備を阻止しようと企てる。それも「日本弁護士会」(日弁連)を名乗り、全弁護士の総意だと言わんばかりに主張する。そうした左翼弁護士の策動は許しておけない。
 10月初め、日弁連が全国の弁護士を集めて福井市で開いた「人権擁護大会」で、初めて死刑廃止を求める宣言を採択した。被害者の「人権擁護」の視点が欠落した何とも不可解な宣言である。国民の8割が死刑制度を支持しているが、そうした国民世論にお構いなしだ。
 日弁連の人権擁護大会には全弁護士約3万7000人のうち786人が参加し、同宣言に546人が賛成した。この数は全弁護士の1・4%にすぎない。大会は委任状による議決権の代理行使を認めていない。すなわち、ごく少数の人権派(左翼)弁護士によって死刑廃止宣言がなされたのだ。

欺瞞的な日弁連死刑廃止の宣言

それでも日弁連の宣言とされている。弁護士は日弁連への登録が法律で義務付けられているだけに人権大会の採択のあり方は欺瞞的である。
 宣言は死刑について「国際社会の大勢が廃止を志向している」「冤罪で死刑となり、執行されてしまえば取り返しがつかない」などとしているが、死刑存廃は国の刑事政策の根幹で、他国に左右されるものではない。もとより冤罪は許されないが、死刑制度とは別に論議されるべきだ。
 そもそも死刑制度とは何か。紀元前のハンムラビ法典や旧約聖書に「目には目を 歯には歯を」とあるように、奪ったものと等しいものをもって償うというのが古来、罪と罰についての基本的な人間の概念だ。
 サウジアラビアで人を殺害した王子の死刑が先ほど執行されたが、それもこの原則に従ったものだろう。被害者遺族は死刑を求めない代わりに賠償金を受けとる「血の賠償」と呼ばれる金銭の申し出を拒否したため、サウジ当局は「治安維持と社会正義」のため刑を執行したとしている。
 わが国の場合、死刑判決は熟考の末に下されている。死刑適用には「永山基準」(1983年、最高裁)があり、犯罪の動機や殺害方法、社会的影響、犯行後の情状、遺族の被害感情など9項目を総合的に考慮し、刑事責任が極めて重大で、やむを得ない場合に死刑も許されるとしている。
 つまり死刑をもってしか裁けない事犯の場合だ。例えば、全く落ち度のない幼女4人が残忍な被害に遭った宮崎勤事件(88年)や大阪教育大付属池田小学校で8人の児童が凶刃の犠牲になった事件(2001年)などがそうだ。
 池田小事件では死刑判決が言い渡された際、遺族は「〝8人の天使たち〟の親の想い」と題する共同談話を発表し、その中で「1日も早い死刑執行を願う」と嘆願している。
 大阪パチンコ店放火事件(09年7月、5人殺害)では死刑の合憲性が争点になったが、大阪地裁は「死刑囚はそれに値する罪を犯しており、(刑執行での)多少の精神的・肉体的苦痛は甘受すべき」として合憲とし、最高裁も「死刑制度が執行方法を含めて合憲なことは判例から明らか」(16年2月)と判断している。
 ところが、日弁連の大会では作家の瀬戸内寂聴氏が「殺したがるばかどもと戦ってください」などと死刑制度を批判するビデオメッセージが流された。加害者の「人権」ばかりを叫び、被害者の人権や遺族の悲痛な思いを愚弄している。
 これには全国犯罪被害者の会(あすの会)顧問で自らも妻を殺害された弁護士の岡村勲氏が「被害者遺族は、加害者に命で償ってもらいたいと思っている。それをばか呼ばわりされるいわれはない」と抗議している。また被害者支援に取り組む弁護士からは「死刑制度反対は被害者への裏切りだ」との声が挙げられた。当然の訴えだ。
 かつて朝日新聞は宮崎勤死刑囚の刑執行を命じた故・鳩山邦夫法相(当時)を「死に神」呼ばわりし(06年6月18日付夕刊「素粒子」)、被害者遺族の抗議を受け謝罪した。瀬戸内氏は「殺したがるばかども」発言について朝日新聞10月14日付エッセーで「バカは私」と謝罪している。

被害者遺族らを侮蔑の朝日社説

産経新聞は日弁連の死刑廃止宣言について「徹底的に欠落しているのは、死刑という究極の判断を導くもととなる、犯罪の冷酷さや深刻さ、被害者の苦しみ、社会に与えた損害と影響だ」(10月12日付社説)と指弾するが、日弁連は沈黙している。
 朝日新聞10月9日付社説「死刑廃止宣言 日弁連が投じた一石」は「批判や反発、抵抗を覚悟のうえで、日本弁護士連合会が大きな一歩を踏みだした」と手放しで評価し、被害者遺族を支援する弁護士らを批判するような主張を展開した。
 これに対して弁護士らは「誤った知識及び偏った正義にもとづく一方的な主張」として公開質問状を朝日に送付し、2週間以内の回答を求めている(産経新聞10月20日付)。
 我々も同感である。人権至上の左翼弁護士の策動を許してはならない。

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