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「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」 …続きを読む

今年3月11日で、東日本大震災から6年を迎えた。復興はまだ途上である。それだけでなく、大きな課題を残したままである。 …続きを読む

わが国の出生数が昨年、100万人の大台を割り込んだ。出生数の100万人割れは統計を開始した1899年以来初めてのことだ。 …続きを読む

憲法改正論議を進めるうえで、まず知っておくべきは「占領憲法無効論」である。 …続きを読む

4月25日は、北朝鮮人民軍創建85年の記念日であった。日米韓は、北朝鮮が核実験やミサイル発射実験等行なうのではと極度の警戒態勢を強いていた。 …続きを読む

北朝鮮が3月6日、日本に向けて弾道ミサイルを4発発射した。安倍晋三首相は即日、「北朝鮮の脅威が新たな段階に至った」と明言した。 …続きを読む

政府は現在、「共謀罪」の構成要件を厳しくした「テロ等準備罪」 を含む、組織犯罪処罰法の改正に取り組んでいる。 …続きを読む

平成日本に「入魂」の憲法を
歴史と伝統を踏まえ国民が自ら作る意義

憲法改正論議を進めるうえで、まず知っておくべきは「占領憲法無効論」である。1907年に締結されたハーグ条約(陸戦ニ関スル法規慣例ニ関スル条約)には占領者は絶対的支障がない限り占領地の現行法規を尊重する義務があるとし、占領憲法を否定している。
  だから同じ敗戦国でもドイツ(当時、西ドイツ)は憲法を制定せず、暫定的に基本法(ボン基本法)を作っただけだ。フランス共和国憲法は「いかなる改正手続きも、領土の保全に侵害が加えられている時には開始されない。また続行されない」と規定している。つまり憲法はあくまでも自国民の自由意思によって制定されるべきもので、それが民主主義の原則、国際法の常識である。
 
 その上で、現行憲法の何が問題かを見てみよう。憲法前文が「スバリ言えば、連合国諸国に対する『詫び状』」(吉田和男・京都大学名誉教授)であるように、本来書くべき国家理念が欠落しており、時代錯誤の「植民地宣言」に終始している。
  第1章では「天皇」を掲げながら「元首」とは明記せず、しかも伝統的儀式まで違憲扱いする。第2章の9条では国際法(国連憲章条約)が認めた集団的自衛権行使を違憲とする(政府解釈)。さらに国家にあるべき「戦力」を否定し、このために防衛力を十分に整備できず、自衛隊が国際貢献に赴く際にも足かせになっている。
  第3章では義務がないがしろにされ「何でも権利」「何でも自由」の土壌を生み、「家父長制」を否定せんがために「個人の尊重」ばかりを強調して伝統的な家族観まで壊し、さらに過度な政教分離によって伝統文化まで否定し、宗教・道徳的基盤を国民から剥ぎ取ろうとしている。
  さらに第4章では2院制の意義が不明確、第5章では緊急事態条項がないばかりか、首相のリーダーシップすら奪われ、第6章では「法の番人」の役割が曖昧にされ、第7章では時代遅れの単年度予算の作成を規定し、第8章では「地方自治の本旨」の中身を言わず、第9章では改正のハードルを高めて硬性憲法とし「戦後憲法支配」の固定化を図ろうとしている。
 
 このように矛盾だらけ、問題がありすぎなのだ。現行憲法下の戦後体制が桎梏化し、あらゆる面で時代に対応できずにいるのである。9条解釈で象徴される姑息な《解釈改憲》では「憲法守って国滅ぶ」の事態に陥るだろう。
  したがって憲法改正のポイントは、第一に国家理念を据え直すことである。伝統精神を取り戻し、家族条項によって家族を守って倫理・道徳を再生させ、さらに宗教的情操教育を可能にする。第二は安全保障を再定立することである。9条改正で「国防」を明記し、国際法に基づいて国際貢献活動もスムーズに行えるようにすべきである。内閣制度や国会、司法も時代を見据えて適正に改めることは言うまでもない。
  朝日新聞や左翼政治家は「憲法は国が国民の権利を侵害しないために制定するものだから、国民の義務など盛り込む必要ない。歴史と伝統なども不要」(枝野幸男・民進党憲法調査会長)などと述べているが、そうだろうか。

国家を不幸に陥れる階級国家観を排除せよ

憲法は国の基本法と位置づけられている。人が何人かで生活していく場合、何らかのルール、規範がなければ互いに生きてはいけないように何百万、何千万人、ましてや何億人が共に生きる国家においては一定の秩序を維持する法規範がなければ到底生存できない。
  そうした法規範は人為的に作られるというよりも、人々が持つ本来的な倫理観を背景に形成されてきた。イギリスの思想家ジョン・ロックはこれを諸個人が「自然状態」で持つ生命、自由、所有への権利として「各人に固有(proper)なもの」と捉え、「プロパティ(property)」と呼んだ。
  イギリスで発展してきた立憲主義の背景にはこうした考え方がある。「プロパティ」を神から賜ったもの、つまり神来性と捉えた。権利は侵しがたい社会規範で裏打ちされていたのである。しかも、各人に固有なものだけでなく、長くその国や民族の固有の伝統として「国の個性」「民族の精神」を培い、それを背景にそれぞれの国固有の社会規範を形成してきた。
 
 憲法はそれを背景として作られた。英語の憲法は「コンスティテューション(constitution)」と言うが、これは体質という意味があるように、憲法は国の体質、いわゆる国体を体現するものなのである。英国の場合は成文憲法がなく、コモン・ロー(慣習法)を軸に歴史的に積み重ねられてきた法解釈をもって憲法とする。
  ところが、「プロパティ」を神来性として捉えず、「人間至上の権利」として捉える潮流がある。フランス革命とその系譜にある唯物論的思想、共産主義である。これを一言でいえば、階級国家観である。社会を支配と被支配という階級社会で捉え、国家は「支配階級の道具」(レーニン)と見る。したがって国家は最初から悪なる存在とするのである。
  そこで国民の権利が侵害されないために国家を縛る、そのための憲法とする。また歴史も階級歴史であり、支配階級が支配のための「上部構造」として道徳や伝統概念を作ってきたとして、歴史や伝統を真っ向から否定する。我々はこういう輩の憲法観を断じて排除しなければならない。

十七条憲法の精神平成に蘇らせよう

今一度、日本の歴史を振り返ってみよう。大和朝廷が国家体制を確立しようとしたとき、聖徳太子によって十七条憲法が制定された(604年)。これは近代憲法とは言えないが、国の基本原則を明らかにしたという意味では、実に憲法らしい憲法である。
  日本書記には「皇太子(ひつきのみこ)、親(みずか)らめて憲法(いつくしきのり)十七条をつくりたまふ」と、太子自ら十七条憲法を作ったと明記している。
 
 これほど渾身の思いを込めて憲法を作ったのは、当時の日本の内外情勢が逼迫(ひっぱく)していたからだ。内では氏族戦争が絶えず、外では大国・随の登場で周辺諸国は大きな衝撃を受け、朝鮮半島では高句麗と新羅、百済の3国が対立、日本も巻き込んで揺れ動いていた。
  そこで日本の礎を据えるために聖徳太子は「和を尊び、争うことのないようにせよ」の第一条で始まり、「大事なことは一人で決めてはならない。必ず皆で相談するようにせよ」で終わる十七条憲法を作った。当時の日本人は清き明(あか)きこころ(清明心)を理想とし、わたくし(私心・利己心)を最も否定されるべき悪徳とした。偽りのないまごころ(赤心)を求め、よこしまで腹黒い邪悪なこころ(邪心)を排除しようと務めたのである。
 
 明治維新によって近代国家をスタートさせ、大日本帝国憲法(明治憲法)を制定するときも(1889年)、明治の元勲たちは渾身の思いを込めて憲法を作った。当時、維新によって新政府を樹立し、文明開化を進めても欧米列強からは同等に扱われなかった。その象徴が不平等条約で、これを是正し対等の国家関係を樹立して列強に飲み込まれないためには、近代国家には必ず存在するという憲法を制定しなければならない。その悲壮な決意で憲法制定に臨んだ。
  伊藤博文はプロイセンを見倣おうとベルリン大学の憲法学者グナイストに会うが、彼は「よく遠方からドイツを目標に来られて感謝の至りだが、憲法は法文ではない。精神である。国家の能力である。私はドイツ人、かつ欧州人だ。だから日本のことを知らない。それを知っても参考程度しか言えない」と突き放したという(瀧井一博著『文明史のなかの明治憲法』講談社選書)。
 
 そこで伊藤はウィーン大学のスタイン教授らから「憲法」を学び、憲法草案の起草をも受けて日本らしい「大日本帝国憲法」を作り上げた。だから明治憲法は単なるプロイセン憲法の模倣ではない。米国の司法界の巨星ホームズは「この憲法につき予がもっとも喜ぶ所のものは、日本国憲法の根本は、日本古来の歴史、制度、習慣に基づき、而してこれを修飾するに、欧米の憲法学の論理を適用せられたるにあり」と述べている。
  このように日本で国家の基礎となった過去の憲法は、いずれも当時の情勢を踏まえつつも歴史と伝統から逸脱することは決してなかった。そもそも国体としての憲法とは歴史と伝統を継承するものなのである。憲法改正すなわち平成新憲法も当然、かくあらねばならないのである。

家族条項が衰退日本を救う
超少子化克服へ「家族の価値」を取り戻せ

わが国の出生数が昨年、100万人の大台を割り込んだ。出生数の100万人割れは統計を開始した1899年以来初めてのことだ。近代化を目指した明治、大正、そして昭和の各時代を通じても経験しなかった出来事である。わが国は超少子化時代に突入した。 
 このまま手をこまねいていれば、日本の人口は2060年には約8600万人へと減少し、安全保障も社会保障も根底から揺らぐことになる。国土交通省の試算では50年には国土の約6割が無人になるとしている。
 なぜ人口減社会となったのか。人口維持には合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数)が2・07以上であることが必要だが、現在は1・46(15年)にとどまっているからだ。このため政府は「希望出生率1・8」を掲げてさまざまな施策を講じている。
 
 だが、その達成には遠く及ばない。出生数減少は未婚率の上昇と密接な関連があることに留意すべきだ。年齢別の未婚率は、1980年に25~29歳男性が55・1%、女性が24%、30~34歳男性が21・5%、女性9・1%だった。これに対して2010年には25~29歳男性が71・8%、女性が60・3%、30~34歳男性が47・3%、女性が34・5%へと急上昇した。おまけに出産適齢期の女性が減っている。
 出生数を増加させる決め手は、20代~30代前半に結婚する男女を増やす以外にない。結婚して子供をもうけ、家族を創る喜びを今一度、復活させねばならない。そこができていないところが日本の最大の弱点なのである。現行憲法は「個人の尊重」を強調するあまりに家族を軽視してきた。憲法制定70年を経てそのツケが回ってきたのである。

共産主義が歪めた個人の過剰な尊重

憲法の「生みの親」であるGHQ(連合軍総司令部)は日本の「軍国主義」の根源を伝統的な「家制度」にあると断じ、これを壊さなければ民主化はあり得ないと考えた。そこからことさら「個人の尊厳」が強調された。それが第13条の「すべて国民は、個人として尊重される」である。
 と言っても、GHQ内の多くの米国人は日本式の「家制度」を壊しても「家族」そのものを壊そうとは微塵だに思っていなかった。それは米国の児童憲章(1930年)が「すべての児童に家庭および家庭のもたらす愛と保護を、里親の下で育つほかない児童にはその家庭に最も近い親代わりを」との家族主義を基調しているところからも知れるだろう。
  だからGHQが当初提示した憲法草案には「家族は、人類社会の基礎であり、その伝統は善から悪しかれ国全体に浸透する。従って、婚姻と家族は法によって保護される」とあった。ところが、制定過程で日本側が憲法条文には相応しくないと主張し、削られてしまったのである。
 
 ここにGHQ内の容共グループがつけ込んだ。条文作りに関わったのがロシア系ユダヤ人の女性文官、ベアテ・シロタ・ゴードン(当時22歳)という人物である。少女時代に日本に居住し、戦前の日本の男女不平等、特に見合い結婚に強い嫌悪感を抱いていたと後に述懐している。
  彼女は東京の焼け野原を駆け回り、焼け残った図書館からソ連憲法の資料(「スターリン憲法」と呼ばれるソビエト社会主義共和国同盟憲法)を探し出した。それで彼女が関わった当初案には、結婚は「男性支配ではなく」と書かれ、非嫡出子の平等、「同じ仕事に対して男性と同じ賃金を受ける権利」などが盛り込まれていた。これらに日本側が抵抗し結局、現行24条の婚姻条項となったのである。
  それで24条は「離婚並びに婚姻及び家族」と、離婚が真っ先に書かれ、婚姻と家族は付け足しのように扱われ、「個人の尊厳」の前では影の薄い存在にされてしまった。家族という視点に立てば明記されるべき「両親」や「父母」といった表現はどこにもない。
  もとより「個人の尊厳」は守られねばならない。だが、その基盤となっているのが家族であり、それがないがしろにされては個人も存在できないと知るべきである。人は個人のみで生まれ育つことは決してなく、尊厳ある人生を送るにはその基盤たる家族が不可欠だからである。前記の米国児童憲章はそれを端的に物語っている。

人権宣言も家族尊重保護条項は国の責任

それゆえに1948年に国連の第3回総会で採択された世界人権宣言は「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」(16条3項)と明記し、66年に採択された国際人権規約も「できる限り広範な保護及び援助が、社会の自然かつ基礎的な単位である家族に対し、…与えられるべきである」(人権A規約10条1項)と定めているのである。
  海外の多くの憲法もその立場に立っている。例えば、人権憲法として名高いワイマール憲法(ドイツ憲法=1919年制定)は「家族の清潔を保持し、これを健全にし、これを社会的に助長することは、国家および市町村の任務である」(119条2項)としていた。
  戦後のドイツ基本法(憲法)もこの精神を継承し、「婚姻および家族は、国家秩序の特別の保護を受ける」と規定し、「子供の育成および教育は、両親の自然的権利であり、かつ、何よりもまず両親に課せられている義務である。この義務の実行については、国家共同体がこれを監視する」(6条)とうたった。
  イタリアの戦後憲法も「共和国は婚姻に基づく自然共同体としての家族の権利を認める」(29条)と家族条項を定め、「子供を育て、教え、学ばせることは両親の義務であり、権利である」(30条)、「共和国は、経済的および他の措置により、家族の形成およびそれに必要な任務の遂行を、助ける。大家族に対しては特別の配慮を行う」(31条)としている。
 
 いずれも先の大戦の敗戦国だが、同じ立場でありながら、戦後に制定されたわが国の現行憲法だけが違っている。世界人権宣言や独伊の憲法観から大きくかけ離れ、家族保護規定はどこにも設けられていないのである。
  こうした点を問題視したのは読売新聞だった。同社が発表した改憲試案(2004年版)は「児童虐待など社会のひずみが象徴的に表れている家族の問題の重要性から、新たに家族条項を設ける」ことが必要だと指摘し、憲法24条の改正を提言、新たに第1項に「家族は、社会の基礎として保護されなければならない」との条文を盛り込むことを主張した。
  12年にまとめられた自民党憲法改正草案は「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」との家族条項を新たなに設けている。
  また13年には当時の維新の会の国会議員団が憲法の第3章「国民の権利及び義務」に関する「基本的方向性」をまとめ、その中で「『自立する個人』を支える基盤として、『家族の価値と、それを保護すべき国の責任』の新設を検討する」と、改憲の主要課題に「家族の価値」を取り上げている。
 
 これに対して左翼勢力は猛反対している。それはマルクスの盟友エンゲルスが「歴史にあらわれる最初の階級対立は一夫一婦制における男女の敵対の発展と一致し、また最初の階級抑圧は男性による女性の抑圧と一致する」(『家族、私有財産および国家の起源』)とし、家族を「階級社会」と捉えて家族解体を「進歩」としたからである。
  こういう言に従えば、日本は滅びる。超少子化を克服できるのは婚姻と出産に関わる「家族」のみである。家族を重視するあらゆる施策を動員し出生率の向上を目指さねばならない。そのために憲法に家族保護条約を明記しておかねばならないのである。

緊急事態条項が焦眉の急
国民の生命・財産を守る国家の第一義の使命

今年3月11日で、東日本大震災から6年を迎えた。復興はまだ途上である。それだけでなく、大きな課題を残したままである。それは非常事態が発生した時、国家・国民はどうするのか、という根本問題である。 
 こういう時のためにふつう憲法には非常事態条項、あるいは緊急事態条項が明記され、重大事が起こっても右往左往しないようにしている。ところが、驚いたことに現行憲法にはその非常事態条項がない。「平和(ボケ)憲法」と言われるゆえんである。
 
 非常事態あるいは緊急事態というのは、どんな時のことか。それは外国から侵略を受けた、あるいは大規模な騒乱や経済パニックが起こった、また巨大地震などの大規模な災害が発生した時だ。そんな時は日常生活を送ることができなくなる。つまり常にあらず、というので非常事態、事が重大で急ぐ必要ある、というので緊急事態になる。 
 こんな時は日頃のルールどおりの生活が送れない。混乱を回避し、みんなの生命や財産を守るために国民の権利の一部を制限し、あるいは義務を課して問題解決に当たらざるを得ない。また行政府に特別の権限を与えて、緊急事態を乗り越えていくことも必要になる。 
 日頃でも緊急時には救急車やパトカーは赤信号でも渡り、一般車両は青信号でも止まる。このとき一般車は青信号で通行できる権利を返上していることになり、一方の救急車は超法規的に赤信号を無視して通行してよい。非常事態ではこうした権利の制限や超法規的措置をもっと大掛かりにやらないといけなくなる。
 
 しかしながら、それを勝手にやられたら困る。事前に非常時のルールをきちんと決めておかないと、それこそ混乱が起こり、人権も奪われかねない。このことは国家・国民にとって最も基本的なことだが、それが現行憲法には緊急事態が起きたときに、どうするのかという規定がまったく書かれていないのである。
 東日本大震災では震災直後なかんずく原発事故後の菅直人首相(当時)の無能ぶりは目を覆うばかりだった。そこから浮かんできたのは政治家の資質もさることながら、全ての法制度の基礎となる憲法に緊急事態条項つまり「国家緊急権」が示されていなかった憲法の欠陥ぶりである。
  誰が総理でも憲法に規定がなければ右往左往し救える生命も失われてしまう。仮にこの事態を乗り越える指導力ある首相がいたとしても、その首相は憲法を無視して超法規的に対応するほかなくなる。何とも摩訶不思議な話ではないか。

ドイツは憲法改正し緊急事態へ態勢整備

むろん他国の憲法ではそんな事態はあり得ない。日本と同じ敗戦国のドイツをみると、ドイツ基本法(西ドイツ)には当初、緊急事態条項がなかった。それでドイツ国民は1968年に基本法(憲法)大改正いわゆる「ボン基本法」を制定し、対外的、対内的および災害による非常事態への対処のために新たに緊急事態条項を設けた。緊急事態を「防衛事態」「緊迫事態」「同盟事態」「憲法上の緊急事態」及び「災害事態」に分類し、それぞれについて定義や確定の要件、効果等を規定している。 
 またナチス独裁の苦い経験をもとに、緊急事態下で立法機能を休止させず、平時において国会議員の中から有事用「合同委員会」議員(48人)を選任し、緊急事態になれば地下壕に入って備えるなどとする規定も設けている。
 
 さらに「伝染病の危険、自然災害もしくは重大な災害事故に対処するために必要な場合、または、青少年を非行化から守り、もしくは犯罪行為を防止するために必要な場合にのみ、これを制限することができる」(11条)といった規定もある。
  世界で最初に緊急事態の法整備をしたのは、ほかならない「人権の国」フランスで、18世紀末のことだ。現在はフランス第5共和国憲法の第16条に大統領の非常事態措置権、第36条に戒厳令が明記され、きわめて強い権限を行政府に与えている。
  一方、イギリスは成文憲法が存在しないが、《マーシャル・ルール》というのがあって、緊急事態には政府に権限を与える規定を「1964年緊急権法」に定めている。アメリカ憲法は第2条2節に大統領が軍隊の総指揮官と規定、同3節に非常時の議会召集権を与え、非常時に大統領が力を発揮できるようにしている。
  こうした非常事態条項は国民の生命・財産を守ることを第一義とする国家の使命である。悲しいことにわが国の現行憲法にはこうした緊急事態条項がどこにもない。これを驚くべき怠慢と言わずして何と言えようか。
 
 その恥ずべき事態例をあげてみよう。95年1月の阪神大震災当時、地震災害は自治体~国土庁経由で首相官邸に伝えられることになっており、時の村山富市首相に第一報が届いたのは、実に発生2時間後という遅さだった。官邸に対策本部が置かれたのは発生4時間後。首相を本部長とする緊急対策本部がつくられたのは発生から2日後だったから呆れられた。
  また当時、自衛隊の災害出動要請は県知事が行うことになっていたが、未明の大地震に兵庫県知事も動転し、出動要請したのは発生後、なんと4時間以上も経ってからだ。結局、政府が自衛隊と警察官の本格的派遣を決めたのは、地震発生から40時間後という体たらくだった。これを教訓に災害対策基本法が改正されたが、憲法上の制度的欠陥は放置されたままである。
  また、非常事態と言えば、総理大臣が突然、倒れた時も該当する。2000年4月、当時の小渕恵一首相が脳梗塞で倒れ緊急入院した。この時、青木幹雄官房長官が首相臨時代理に就任したのは13時間後。この間、総理の職を担う人物が不在という異常事態にさらされた。憲法に総理不在時の総理の権限をどう扱うか、まったく記述がない。それで右往左往した。
  憲法に緊急事態条項を盛り込む。これは誰が考えても理がかなったことだろう。05年、憲法の問題点を論議した衆院の憲法調査会報告は非常事態条項が必要とする意見が多数を占めた。

衆院憲法調査会報告も非常事態への必要強調

衆院報告では、①非常事態では人権など平常時より制約することが必要な場合があり、その措置と発動し得る要件・手続き・効果は憲法事項だ  ②非常事態への対応規定が設けられていないのは憲法の欠陥  ③非常事態では為政者は超法規的措置の発動を誘発することが多く、防止する規定が必要だ――などとしている。
 
 東日本大震災直後の2011年春、参院憲法審査会は「東日本大震災と憲法」をテーマに専門家からヒヤリングを受けたが、その中で駒沢大学名誉教授の西修氏は「憲法の真価は有事においてこそ発揮されるべきだ。国家の存続や、国民の生命・自由・財産を守っていけるかという所に憲法の真価がある。そのためには現行憲法の改正が必要だ。政府の中枢が崩壊したらどうなるのかということも含めて、国家が緊急事態に直面した際の対応を憲法に規定する必要がある」と指摘した。 
 西氏が調査した国の中で憲法に緊急事態時の規定がない国は皆無だったという。永世中立のスイスでも民間防衛が発達している。日本は戦後、現実を無視した憲法解釈を続けてきた。ユートピア論を憲法に持ってくるのはいかがなものか、と西氏は警告した。
 
 野党の中にも緊急事態条項の必要性を説く人物はいることはいる。自由党の小沢一郎氏はかつて「(内閣の)最重要事項は緊急事態における内閣の権限を明確にさだめておくことである。…緊急事態が起きたときに、どうするのか、危機管理の基本が(自民党や他党には)まったく理解できていない」(『日本国憲法改正試案』文藝春秋1999年9月号)とまで言っていた。この言を思い出してもらいたい。今こそ超党派で緊急事態条項のない欠陥憲法を改めるときである。
  ところが、今年3月16日に今国会で初めて開かれた衆院憲法審査会では、大規模災害と国政選挙が重なった場合に国会議員の任期延長を認める緊急事態条項について話し合っただけである。むろん緊急事態時の国会議員の任期延長も重要ではあるが、緊急事態への対応としては枝葉末節と言わざるを得ない。国民の生命・財産をどう守るか、その一点で改正論議を進めるべきである。

不毛な9条論争に終止符を

「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
 
 この日本国憲法第9条第1項の条文は日本の武力行使を禁じている。もう少し詳しく言うと、「国家または国家に準ずる組織との間で、我が国の物的・人的組織体が行う戦闘行為」(第180回 国会答弁の野田佳彦首相の発言)を禁じている。わかりやすく言えば「自衛隊は他国と軍隊と戦うことはできませんよ」ということだ(自衛権の発動は除く)。
 
 この条文を守り、日本と世界の平和が保たれるのであれば何も問題はない。他国の不当な侵略や戦闘が一切なく、日本さえおとなしくしていれば平和という状況だ。
 しかしその認識は現実とは余りにもかけ離れている。例えばアフリカのルワンダ内戦では、1994年に50~100万人(全国民の10~20%)が殺害された。国連は南スーダンでも、それ以上の大虐殺が起きる可能性があると指摘する。「国際社会にはそれを防ぐ義務がある」とも訴える。残念だがこうした状況はアフリカだけに留まらない。今も国連は、世界14カ国でPKO(国連平和維持活動)を継続中である。
 日本は世界有数の経済大国であり、自衛隊という世界有数の実力組織を有している。国際社会の期待は大きい。憲法前文に、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」との一文もある。この状況を鑑みれば、日本がPKOに積極的に関わるべきは当然である。

しかし多くの国がPKOに軍隊を派遣する中で、日本では憲法9条が大きな足枷となってきた。もし派遣された自衛隊が「国家または国家に準ずる組織」に遭遇し、戦闘すれば憲法違反となるからだ。
 ここに最大の矛盾がある。戦闘が起こり得る地域だからこそ平和維持活動が必要だ。しかし万が一戦闘が起きれば憲法違反になりかねない。だから自衛隊の活動は厳しく制限される。平和の維持を願いながら、本当にそれが必要な時に撤退することもあり得る。これでは何のために派遣されたのかわからない。日本国内で自衛隊の撤退を叫ぶ人の大半が、自称「平和を求める人々」であることは何とも皮肉な話である。

情勢の変化に全く対応できない憲法9条

これは憲法制定当時と、現在の国際情勢が根本的に異なることによる問題だ。当時は新たに創設された国連が国際平和を守り、日本が悪事を犯さなければ平和は維持されると考えられていた。その意味では当時は、憲法前文と9条は矛盾しなかった。日本は何もしなければ国際社会で「名誉ある地位」を占めることができたのである。 
 しかし現状は全く違う。国連の限界が明らかになり、世界は不安定化しつつある。日本が何もせず、「一国平和主義」を貫いて国際社会で「名誉ある地位」を占めることはない。むしろ孤立を深め国益を失うことになる。日本は戦後70年間、1度も憲法を変えられなかった。すなわち国際社会の変化に対応できなかったのだ。
 憲法が時代遅れになる中、日本はその場しのぎの対応を続けてきたが、いよいよそれが限界にきているということである。
 今後は他国の平和維持活動だけでなく、中朝の脅威の増大によって日本の防衛そのものにおいて深刻な問題が生じる可能性がある。その場合、問題が起きてから検討するのでは遅い。不毛な議論に終止符を打つべく、憲法9条の改正に真剣に向き合うべきである。

北朝鮮の本音と日本の役割

4月25日は、北朝鮮人民軍創建85年の記念日であった。日米韓は、北朝鮮が核実験やミサイル発射実験等行なうのではと極度の警戒態勢を強いていた。そういう中、北朝鮮は日本海側南東部にある元山一帯で過去最大規模の砲撃訓練を行なった。その訓練には長距離砲など300~400門が投入されたと韓国聨合ニュースは伝えている。 
 北朝鮮が核やミサイル実験ではなくて砲撃訓練をしたということは、これ以上米国を刺激してはならないと、しかし何もしないで日米韓等の圧力に屈したという姿勢も見せれないという、ギリギリの判断であったのだろう。

北朝鮮は去る4月11日、最高人民会議第13期第5回会議を行った。日本の通常国会にあたるものであるが、19年ぶりに外交委員会を復活することを決めただけで、わずか15分で終わったという。いわば外交委員会を設置するためにわざわざ開催したものであったということである。
 委員長には前外務大臣で現党副委員長の李洙ヨン氏が就任した。彼は、金正恩委員長が中学・高校とスイス留学していた間、北朝鮮の大使としてスイスに滞在し、正恩氏の面倒を見ていた、いわば最側近の一人である。その人物を委員長に据えた外交委員会を復活させるということは、外交に力を入れるとのシグナルではないか。では、どこの国との外交をメインに考えているのだろうか。
 米国だと単純に考えることもできるが…。

4月11日から22日までの12日間、北朝鮮は海外メディアの取材を許可した。うち日本取材団は、咸鏡南道の咸興(ハムン)に招待され、そこで19日、数十年前に北朝鮮に渡った日本人妻6名の記者会見に立ち会った。北朝鮮は、最初から綿密にそれを計画し行ったに違いない。
 日本人拉致問題が膠着状態にある今、すべてなくなったと公式的に発言しているだけに、その人々を記者会見させるわけにいかない、北朝鮮としての苦肉の策ではないか。こうして考えると、北朝鮮の本音は、日本と先ず外交したいのではないか、そして米国との橋渡しを日本にと考えているのではないか。もしかしたら、2月12日、安倍首相とトランプ大統領の会談中に、ミサイル発射をしたのは、故意に行ったのではないかとの推察もできる。

北朝鮮ミサイルの「新たな脅威」 早急に対応を検討せよ

北朝鮮が3月6日、日本に向けて弾道ミサイルを4発発射した。安倍晋三首相は即日、「北朝鮮の脅威が新たな段階に至った」と明言した。これは以下の事実から見て妥当な発言である。
 
① 北朝鮮が初めて4発同時のミサイル発射実験を行った
② TEL(移動式発射装置)、固体燃料を用いており、いつでも、どこからでも発射が可能である
③ 同じ理由で事前の発見が困難である
④ 着弾地点がこれまでで最も日本本土に近かった可能性がある
⑤ 北朝鮮が在日米軍基地を狙った訓練と明言した
 
 これらのことをまとめると、北朝鮮がその気になれば、在日米軍基地がある横須賀や佐世保、岩国、沖縄を同時多発的に攻撃できるということになる。もしこの弾頭に核兵器、あるいはVX等の化学兵器が搭載されれば大変な事態になる。日本のある自衛隊幹部はこの事実について、「4発同時は厳しい。イージス艦配置など態勢変更を考えないといけない」(ソウル時事、3月7日)と述べている。 
 北朝鮮といえば、金正男氏殺害は奇妙な事件だった。まず事件が密室ではなく、監視カメラが多数設置される国際空港で起きた。そしてそのカメラには北朝鮮の国家保衛省、外務省の人物が複数映っている。事件は金正恩委員長直接の指示であったことが誰の目にも明らかだ。
 また事件は、北朝鮮の友好国であり、マネーロンダリングの格好の場であったマレーシアで起きた。マレーシア当局としては、捜査を曖昧にすれば不法がまかり通る国であると世界中に示すことになる。だから強い態度で臨まざるを得ない。こうして北朝鮮は貴重な友好国を一つ失った。そして事件が国際的に知れ渡ることによって、北朝鮮は孤立をさらに深めたのである。
 金正恩氏が精神的に追いつめられているとはいえ、これだけの失態を犯したのはなぜなのか。その理由の考察は本稿の目的ではないから省略するが、北朝鮮が現在、何をしでかすかわからない国となっていることは間違いない。「日本へのミサイル攻撃はプラスにならないよ」と説得しようとしても、その理屈が通じない可能性が高いのである。
 そんな国が日本のすぐ隣にある。指令があればいつでも要人を殺害しうる工作員が、日本国内にも多数入り込んでいる可能性がある。そして今回のミサイル発射実験の標的は日本だった。日本は果たして従来の安全保障体制で本当に国民を守ることができるのか。真剣な議論が必要である。

議論できない民進党

この重要なときに、最大野党の民進党はいったい何をしているのだろうか。国会では森友学園事件について盛んに追及しているが、それがどれほど重要な問題といえるのか。
 ご存知のように森友学園事件の本質は、国有地の売却時に不当な関与があったかどうかにある。もちろん国有地は国民の財産だから、不法行為があったのであれば解明されるべきである。しかしその件と、安倍首相夫人が無理に同学園の名誉会長にさせられたこと、あるいは籠池氏が勝手に「100万円の寄付をもらった」といっていることは何の関係もない(万が一もらったとしても法的に何の問題もないが)。一時は稲田朋美防衛大臣が民事裁判に出廷したと大騒ぎしたが、今では話題に上がることすらほぼない。野党の目的は問題の究明ではなく、安倍政権のイメージダウンでしかないのだ。民進党が本気で政権交代を考えるなら、国会では日本の安全保障体制の議論により多くの時間を費やすべきである。何故そうしないのかといえば理由は簡単で、党内の意見がまとまらないからだ。
 蓮舫代表は3月12日の党大会で、メインの政策として「原発ゼロ基本法案」の作成を訴えた。しかしこれも党内の意見が割れていて、連合の神津会長も「実現可能な政策でなければ国民の信頼は得られない」(NHK NEWS WEB、3月13日)などと牽制した。つまり民進党が党を挙げて取り組み、かつ自民党と差別化を図ることのできる政策はほぼ存在しないのである。
 となれば民進党に残された道は、自民党のイメージを下げることしかない。その結果が前述の印象操作である。残念だが、この状況で安全保障に関する議論が国会で前進するはずがない。そこで今回は、北朝鮮の「新たな脅威」にいかに対抗すべきか、その方策について検討することにする。しつこいようだが、本来は国会で議論されるべき内容である。

1 THAAD配備

終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国配備が進められている。中国が猛反発し、「韓国叩き」を続けているが、日本にもこのTHAADを配備してはどうかという議論がある。
 THAADとは、「終末高高度」という言葉が示すように、敵国の弾道ミサイルが大気圏外で最高点を通過した後、高度を下げて大気圏に突入してきた最終段階で迎撃するミサイルである。現在の日本のミサイル防衛システムは、イージス艦の迎撃ミサイル「SM3」による大気圏外における迎撃と、着弾直前の地対空誘導弾「PAC3」による迎撃という「2段構え」になっている。これにTHAADを加え、「3段構え」にすればより安全ではないかというわけである。
 しかしこれには課題が多い。第一に、SM3はTHAADより高性能で、さらに来年にアップグレードした「SM3ブロックⅡA」に置き換えられる予定である(現在は「ブロックⅠA」)。わざわざ性能で劣るTHAADを新たに配備する理由はないとの指摘がある。
 次に、THAADの射程範囲は200km程度で、韓国なら1カ所の配備でよいが、日本全土をカバーするには数十カ所の配備が必要になる。これは日本の国土が、北朝鮮から見て横に細長く広がっているという事情による。これに対してイージス艦は、北朝鮮から400km以内の海域に一隻配備すれば、日本全域をカバーすることが可能である。
 第三に、地上配備のデメリットがある。THAADを配備すればテロリストによる攻撃から守るための対策が必要になる。また、地元住民による反対運動も予想される。イージス艦の場合、洋上にあるのでテロリストが接近するのは困難だ。地元住民の反対もない。
 第四に機密情報の問題である。韓国の場合、THAADが配備されるのは韓国軍ではなく在韓米軍である。しかし日本の場合、配備するのは自衛隊だから、米軍が機密情報の流出を懸念し配備に反対する可能性がある。
 そして最後に費用の問題である。稲田氏は今年1月にグアムの米軍基地を訪問し、THAADを視察したが、その際に配備の「具体的な計画はない」と断言した。最大のネックは数千億円とされる高額な費用である。
 以上の5点から、THAAD配備は韓国においては有効だが、日本で同様というわけではない。対費用効果を考えれば、ベストミックスとは言えないだろう。

2 敵基地攻撃能力

自衛隊には「専守防衛」という基本戦略がある。これは先制攻撃は行わず、侵攻してきた敵を自国の領域において撃退するという方針である。
 そしてこの基本戦略ゆえに、自衛隊は敵の策源地(敵基地)を攻撃する能力を保有していない。たとえば日本が北朝鮮からミサイル攻撃を受けた場合、自衛隊は迎撃に専念する。しかし迎撃だけでは抑止力としての効果が低い。また迎撃に成功しても、第二第三の攻撃に備えなければならない。
 そこで日本の防衛戦略では、米軍が敵の策源地を攻撃することになっている。つまり日本の防衛は、「米国が日本の防衛義務を絶対に果たしてくれる」という大前提で成り立っているのである。
 この点について小野寺五典元防衛相は国会で、米国がこれからも超軍事大国であり、かつ「世界の警察官」としての役割を果たし続ける保証はない。ましてやトランプ米大統領は防衛の自助努力を訴えている。安倍首相は今後の日本の安全保障をどう考えるのか。敵基地攻撃能力の保有も含めて検討すべきではないかと問いただした(1月26日の衆議院予算委員会)。
 実に妥当な質問である。本来なら野党がこうした質問をしてくれればよいが、それが望めないことは上述の通りである。そして安倍首相はこの質問に対し、敵基地攻撃能力を含め、「さまざまな検討は行っていくべきものと考えている」と答弁した。
 THAAD配備に比べれば、敵基地攻撃能力保有のメリットは多い。第一に迎撃よりも危険性の排除が確実である。第二にコストが格段に低い(THAADが数千億円であるのに対し数百億円)。第三に敵国の独裁者に対して、「ミサイル基地のみならず自分も狙われるかもしれない」との恐怖感を与えられる。これは抑止効果として大きい。
 ただし検討すべき課題もある。まず法的問題だ。憲法との整合性については1956年に鳩山一郎内閣が、「他に手段がない」場合に限り「自衛の範囲」であり可能であるとの見解を示している。では「他に手段がない」とはどのような状況なのか。たとえば在日米軍による攻撃力は「他の手段」に含まれるのか。専守防衛を維持するのか、あるいは撤回するのかという問題もある。
 次に北朝鮮のミサイルが移動式のTEL(発射装置)から発射されるのであれば、その正確な場所を確定する必要がある。たとえば湾岸戦争では、米軍が破壊したイラク軍のTELは100基程度だったが、実はその大半はタンクローリーなどを誤認したものだった。これに対してイラク戦争では、情報の精度を上げることで46基のTELを事前に破壊した。これはイラク軍が保有する全TELの55%にあたるものだった。
 つまり敵基地攻撃で重要なのは情報収集能力なのである。つまり高精度の偵察衛星、地上監視用の無人航空機、目標を探索する特殊部隊などが必要になる。このうち偵察衛星は3月17日に打ち上げを成功させたが(日本は偵察衛星ではなく情報収集衛星と呼んでいる)、他のすべてを日本が独自で保有するには時間もコストもかかる。だから大半の情報は米軍からの提供を受けることになる。やはり大前提は日米同盟が強固であることだ。 
 いずれにせよ、政府がこの戦略を採用すれば、運用研究や装備の調達、施設整備などに5~10年程度の時間を要するという。いよいよ脅威が避けられないという段階で決定しても間に合わない。具体的な議論を早急に始めるべきである。

3 早期警戒衛星

弾道ミサイルが発射されれば、噴射される排気ガスから大量の赤外線が放射される。それをピンポイントではなく、広い範囲で探知するのが早期警戒衛星だ。費用は1基約500億円。ちなみに米軍は、3基の衛星で10秒ごとに全世界をスキャンしている。
 日本はかつて、宇宙利用は「平和の目的に限る」と制限していたが(1969年国会決議)、2008年に宇宙基本法が成立し、「防衛的な宇宙兵器」の保有が可能になった。しかし日本は未だ早期警戒衛星を保有していない。情報は米国頼みである。
 もし北朝鮮が日本に向けて弾道ミサイルを発射すれば、着弾までの時間はおよそ10分だ。この間に米国からの情報を航空総隊司令部が受け、防衛省中央指揮所が迎撃の判断を行い、その情報を首相官邸が受けて最終判断し、イージス艦などの現場に伝えねばならない。また、国民に避難情報などを伝えねばならない。米軍の情報提供がわずかでも遅れればすべてが台無しになってしまう。やはり早期警戒衛星も、独自に保有するべきである。

4 防衛費1%枠超え

日本の防衛費は例年、国内総生産(GDP)の1%以内に抑えられている。これは三木内閣の1976年の閣議決定に基づくもので(当時は国民総生産〈GNP〉の1%以内)、これを超えようとすると左派勢力が「軍国主義復活」などと大騒ぎをする。 
 しかしこの「防衛費1%枠」は87年に中曽根内閣が撤廃済である。今となっては法的根拠はない。むしろ防衛費は、周辺の安全保障環境によって調整すべきであり、必ずしもGDP比に縛られるべきではない。日本の周辺には北朝鮮の脅威に加え、中国の脅威も存在する。そしてその両者が毎年増強を続けている。この状況で「1%枠」にこだわるのは逆におかしな話である。
 トランプ米大統領の発言で知られる通り、北大西洋条約機構(NATO)は加盟国に対し、防衛費をGDP比2%以上にするよう義務付けている。防衛費増加を批判する左派勢力は、NATO加盟国が「軍国主義」であると証明できるのか。
 安倍首相は国会で、「安倍政権にはGDPの1%以内に防衛費を抑える考え方はない」(参院予算委3月2日)と述べた。ぜひ安倍首相の在任期間中に、GDP比1%に捉われない予算編成を決定し、よい前例としてもらいたい。

「共謀罪」、「法律の濫用」はありえない
暴力団問題にかかわる弁護士グループが賛成を表明

政府は現在、「共謀罪」の構成要件を厳しくした「テロ等準備罪」[1] を含む、組織犯罪処罰法の改正に取り組んでいる。
[1] 暴力団などの組織的犯罪集団が、重大な犯罪(懲役・禁錮4年以上)のための合意、計画を行い、かつ下見や凶器購入などの「準備行為」をした際に犯罪と定めるもの。 
 マスコミでは、批判的な意見ばかりが紹介されているが、法律に詳しい弁護士からは、賛成と反対の全く異なる意見が示されている。

まず反対意見だ。日本で活動する弁護士は、弁護士法によって日弁連(日本弁護士連合会)に登録することが義務付けられているが、その日弁連が公式的に反対を表明している。 
 日弁連のHPには、同法案が「監視社会化を招き、市民の人権や自由を広く侵害するおそれが強い」として、「本法案が廃案になるように全力で取り組む」と書かれている(いわゆる共謀罪の創設を含む組織的犯罪処罰法改正案の国会上程に対する会長声明)。

一方、同法案に賛成するグループもある。日弁連に民事介入暴力対策委員会というものがあるのだが、その委員長を務める木村圭二郎弁護士、副委員長を疋田淳弁護士らが呼びかけ人となって作られたグループだ。主に暴力団による被害対策に取り組む、全国の弁護士ら計130人が賛同している。
 同グループは3月6日に記者会見を行い、「暴力団は資金源を海外に移転させるなど、犯罪の多様化、国際化が進んでいる。犯罪が国を超えて行われている現実を見ないと組織犯罪対策はできない」と述べ、同法案の早期制定を求めた。
 反対派が、「法律が濫用される」「現代の治安維持法だ」などと批判していることに対しては、「現実には考えられない『濫用』の危険を抽象的に述べるだけで、組織犯罪対策としての共謀罪に反対する立場は、国民の生命・身体に対する危険を等閑(なおざり)にするものとしか言いようがない」と、逆に批判した。 
 日弁連には、「ある種の政策・心情にもとづく判断に踏み込んでしまっているのではないか。強制加入団体として、そのような意見を出すことは良いのかどうか」(弁護士ドットコムNEWS 3月6日)と、懸念を示した。

法務省のHPにも詳しく説明されている通り [2] 、反対派の批判は間違ったイメージを国民に植えつけ、むしろ不安をあおるものばかりである。法案を制定し、差し迫るテロの脅威を防止することこそが、国民の不安を真に解決する方法だ。
[2] 詳しくはこちら

左翼勢力が加担した拉致40年の軌跡

北朝鮮による拉致被害者の家族会が結成されて3月25日で20年。横田めぐみさんが拉致されてから今年で40年が経つ。家族会は今年の運動方針として「年内に全ての被害者救出」「見返りも条件に実質協議」を掲げたが、道筋は見えない。
 拉致の存在を初めて報じたのは産経新聞だ。1980年1月7日付1面トップに「アベック3組ナゾの蒸発 外国情報機関が関与? 戸籍入手が目的か」とスクープした。78年夏の蓮池薫さんらの拉致事件のことだ。
 同紙は今年3月24日付に「産経新聞は続報を打ったが後追いする報道はなかった。『誤報』『嘘記事』、社内外の批判が聞こえた。『間違いだったと思ったことは一度もない』。阿部は言い切るが、スクープは黙殺され、取材継続の機会を失った」と回顧している。阿部とは当時、社会部記者だった阿部雅美氏(後に編集局長)のことだ。

産経スクープの前年79年2月には木内信胤氏ら学者・文化人らが「スパイ防止法制定国民会議」を発足させており、他紙が黙殺してもスパイ防止法制定運動にとっては全国展開する契機となったと言える。
 想起すべきは拉致を黙殺した左派メディアの責任だ。50年代から60年代にかけて北朝鮮を「地上の楽園」と報じ、それを信じて帰国した在日朝鮮人とその日本人妻らが多数いた。黒田勝弘氏(産経ソウル駐在特別記者兼論説委員)は「ぼくも他のメディアと同じく『人道の船』とか『人道航路』とたたえて送り出した。今、考えると痛恨きわまりない。非人道を人道と伝えた、北朝鮮に対するこの錯誤、錯覚はどこからきたのだろうか」と自問している(産経2009年12月19日付)。当時、黒田氏は共同通信の記者だった。
 その最大の原因を黒田氏は社会主義幻想と反日・贖罪史観だとしている。その筆頭は朝日新聞である。朝日は71年9月、編集局長らが訪朝し日本のメディアで初めて金日成主席と会見した。これを実現させるために同年2月に在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の要請を受け入れ北朝鮮の表記を「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」とし、他紙もならった。
 ちなみに「北朝鮮」に戻したのは産経が92年、読売が99年だが、朝日は02年12月で、30年間も「共和国」と呼び続けた。

朝日が牽引した親北反韓でスパイが暗躍

朝日新聞に牽引された朝鮮半島報道は「南の韓国は“反共独裁国家”として顧みられず、否定的なイメージばかりが流布された。北朝鮮=朝鮮総連のマスコミ情報工作も強力だった。当時の日本社会の朝鮮半島情勢は、朝鮮総連経由で流される親北・反韓的なものがほとんどだった」(黒田氏)のである。
 そういう「言論空間」の中で、73年8月、「戦後日本の外事警察の最大の敗北」(山本鎮彦警察庁警備局長=当時)と呼ばれる山形県温海町の北朝鮮スパイ潜入事件が起こった。スパイ防止法がないので工作員は執行猶予付きの微罪で、押収された無線機などのスパイ用具を「金日成閣下のものだから返せ」と主張、裁判所が認めたので「万景峰号」で新潟港から堂々と帰国、北朝鮮は一層、対日工作を強めた。
 韓国政府は74年5月、「(過去20年間に)日本を経由して韓国に浸透し、検挙された北朝鮮のスパイは約220人に達する」として、日本政府に朝鮮総連の破壊活動を阻止するよう求めた(韓国外交文書=05年1月公表)。だが、親北世論に押されて動かなかった。

その結果、74年8月に在日韓国人による朴正煕大統領夫妻銃撃事件(陸英修夫人死亡)が発生。77年11月に横田めぐみさんが拉致され、78年の「アベック蒸発」に至ったのである。
 こうして事件を受けてスパイ防止法制定運動が高まり、86年末には地方議会で同法制定を求める請願・意見書が全自治体の過半数を上回る1734議会で採択され、自民党はスパイ防止法案を作成し、85年6月に国会に上程した。
 これに対して共産党は85年5月、党中央委員会に「国家機密法対策委員会」を設置。新聞労連は同年7月の第35回定期大会でスパイ防止法案粉砕を決議。朝日新聞は86年11月25日朝刊で紙面の半分を割いて反スパイ防止法特集を組んだ。

今もテロ準備罪に反対し北朝鮮擁護

横田めぐみさんや原敕晃さんを拉致した北工作員、辛光洙容疑者(国際手配中)は81年11月に原さん名義のパスポートで韓国に潜入し85年にスパイ容疑で逮捕され、86年に死刑が確定した。これに対して89年、菅直人氏ら親朝議員が「在日韓国人政治犯の釈放に関する要望」を提出、これを受けて韓国は辛を北朝鮮に送還した。
 朝鮮労働党と友党関係にあった社会党(現社民党)は87年11月の大韓航空機爆破事件では北擁護に動き、88年1月27日の社会党朝鮮問題特別委員会で「朝鮮労働党はマルクス主義政党だからテロはしないはずだ」(嶋崎譲氏)などと、北の犯行と認めない決定を下したことも忘れてはならない。
 拉致事件の日本国内の協力者は各界各層に多数存在していたこと、そして彼らは今も安保法関連法やテロ等準備罪に反対して間接的に北朝鮮を擁護していることを想起しておくべきだ。

教育勅語の精神を継承しよう

2017年4月15日

思想新聞4月15日号に掲載されている主張を紹介する。

国有地売却問題が問われる学校法人「森友学園」が幼稚園教育に教育勅語を取り入れていたことを受け、教育勅語の是非論争が起きている。野党・左翼勢力は格好の安倍批判と捉え、〝教育勅語狩り″に躍起となっている。だが、教育勅語の精神こそ道義国家の基礎となるものだ。左翼勢力の策動を許してはならない。
 社民党の福島瑞穂副代表は3月8日の参院予算委員会で、稲田朋美防衛相に「教育勅語が戦争への道につながったとの認識はあるか」と質問。稲田防衛相は「日本が道義国家を目指す精神は今も取り戻すべきだと考えている」と答えた。
 これに対して朝日新聞は同10日付社説「教育勅語肯定 稲田大臣の資質を問う」で「いざという時には天皇に命を捧げよ―。それこそが教育勅語の『核』にほかならない」と断じ、「教育勅語は終戦後の1948年、衆院で排除の、参院で失効確認の決議がされた」として「(稲田氏の)軍国主義の肯定につながる発言は国内外に疑念を招く」と批判。毎日新聞も同16日付社説で「教育勅語国民主権と相いれない」と同調した。

臣民を奴隷扱いし 国への忠誠を誹誘

安倍内閣が「教育勅語」について、「憲法や教育基本法に反しない形」で教材として使用を認める閣議決定をすると、朝日は4月1日付に「教育勅語、肯定の動き 天皇中心の国家観/戦後、国会で排除決議」と報じ、同2日付社説では「過去の遺物が教材か」と批判した。左傾紙は軍国主義が復活すると言わんばかりの勅語反対論を張っている。
 これはあまりにも短絡的な教育勅語批判と言わざるを得ない。教育勅語が発布された背景を改めて想起しておくべきだ。
 明治の日本は「教育なくして立国なし」と並々ならぬ決意で教育に取り組み、明治5年の学校教育制度(学制)公布に当たっては国民に「仰せ出され書」を出した。その内容は学問・教育は国家のためにするのではなく、各自の「身を立てる財本である」とし、学問・教育がないと貧乏、破産、喪家を招くと諭し、「人たるものは、学ばずんばあるべからず」とまで言った。
 こういう教育への気概を背景に明治22年の帝国憲法公布に際して国民アイデンティティーの確立を目指し教育勅語が発布された。勅語は近代化、西洋化によっても伝統的精神を失うことがないように、父母への孝心や兄弟愛、夫婦の和合、友情、為に生きる精神、遵法精神や危急の際の義勇心など12の徳目(道徳)を説いている。これらは現在にも通じる、道義国家の基礎となる徳目だ。
 それを朝日は「(勅語は)君主に従い、奉仕する人民という意味で、国民を『臣昌と記している。さらに、臣民は国家の一大事には、勇気をふるつて身を捧げ、『皇室国家』(戦前の文部省訳)のために尽くすとも書かれている」(3月10日付社会面)と、「臣民」を奴隷のように描き罵倒した。
 この捉え方は根本的に間違っている。「臣民」はエリザベス女王を戴く英国では今も国民を「イギリス臣民」と呼ぶように君主国では当たり前の表現である。戦後も吉田茂は昭和天皇に対し「臣・茂」と称した。福島瑞穂氏も鳩山内閣で天皇陛下が親著された辞令書で内閣特命大臣という「大臣」に認証されたはずだ。
 左翼勢力は国家に忠誠を尽くすことが軍国主義のように言うが、民主国家の米国では公式行事で「私はアメリカ合衆国国旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、神の下の分割すべからざる一国家である共和国に、忠誠を誓います」との「忠誠の誓い」を唱和する。
 ドイツでも基本法(憲法)第12a条「兵役義務と役務義務」は「男子に対しては、満18歳から軍隊、連邦国境警備隊または民間防衛団における役務を義務として課すことができる」と明記する。国家への忠誠はどこの国でも義務だ。

GHQ命令の廃止 国民精神の奪還を

教育勅語は占領下に失効したが、連合国軍総司令部(GHQ)で教育を担当した民間情報教育局(CIE)は当初、教育勅語を問題視しなかった。「神道指令」(昭和20年12月)は草案では教育勅語の使用禁止条項を入れたが、後に削除し軍国主義と認定しなかった。
 昭和21年、日本派遣アメリカ合衆国教育使節団の指示で内閣に教育刷新委員会が設置されたが、ここでも否定されなかった。同委では羽渓了諦委員(龍谷大学学長)が「今日デモクラティックに新しい教育を行うという新時代に於いても、日本の伝統である忠孝一体道義を基礎としたあの教育勅語の思召(おぼしめし)を全然無視する訳には行かない……新教育の上に十分活かして行かねばならぬと考える」と述べているよう存続論が大勢だった。
 ところが、連合国の占領機関「極東委員会」のソ連代表が日本の骨抜きを狙い廃止を要求、これに追従し朝日新聞や共産勢力が一斉に廃止論を唱え、GHQもその動きに押され昭和23年6月、衆参両院とも委員会審査を省略し、いきなり本会議に提出、成立させた。
 だが、教育勅語の精神を取り戻し、継承していくべきだ。左翼勢力の〝教育勅語狩り″を粉砕しなければならない。

新学習指導要領、「性的マイノリティ」教育は導入しないと公表

文部科学省が3月31日、今年改訂される学習指導要領について、1か月間にわたって行われた意見公募(パブリックコメント)の結果を発表した [1]
[1] 意見は全国で11,210件寄せられ、検討の結果、135件の修正がなされた。聖徳太子の呼称を厩戸皇子に変更するとの文科省案には多数の反対意見が寄せられ、元に戻された。 
 文化共産主義者らが、文科省の案にある「異性への関心」との文言を削除し、代わりにLGBTの概念を盛り込むべきだと要請していたが、文科省はこれを受け入れず、むしろ「異性への関心」は思春期において「必要な指導内容」であると断じた。

学習指導要領とは、全国の教育水準を一定にするために、文科省が約10年おきに改訂して定めているものだ(前回の改定は2008年)。今回の文科省案では、小学体育で「異性への関心が芽生える」、中学保健体育で「性衝動が生じたり、異性への関心が高まったりすることなどから、異性の尊重、情報への適切な対処や行動の選択が必要となる」との文言があり、文化共産主義者らが異を唱えていた。 
 たとえばLGBT作家の室井舞花氏は、「教科書にLGBTを! ~学習指導要領を変えよう 5・17 シンポジウム~」なる行事を開催し、ブログで「これを逃してしまうと、次は2026年です」などと訴えていた。

しかし青少年の健全な育成、あるいは若者による性犯罪が問題視されていることを踏まえれば、文科省案は当然の内容だ。 
 また文科省は意見公募を通して、「異性への関心や性衝動に関する指導は必要であり、性的マイノリティへの配慮は指導でなく、個別のカウンセリングなどで対応すべき」との意見が寄せられたことも明らかにしている。 
 結局文科省は、性的マイノリティの児童への対応については、教職員向けのマニュアル [2] で個別にきめ細かな対応を行うよう指導しており、変更の必要はないと結論づけた。
[2] 「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施等について」(平成27年)

また性的マイノリティについて全体に指導することは、「個々の児童生徒の発達段階に応じた指導、保護者や国民の理解、教員の適切な思考などを考慮すると難しい」とも述べた。 
 文科省による2013年の調査によれば、全国で「性的違和を感じる子供」の数は606人で、全体の0.0045%だ。その児童の配慮のために、心身が未発達な段階の児童全員に対して、性的マイノリティの内容を画一的に教えることは決して妥当ではない。国際勝共連合はこの文科省の判断を強く支持する。

文在寅氏、やはりTHAAD条件付容認

5月9日に行なわれる韓国大統領選・左派系候補、文在寅氏が4月11日、米軍最新鋭迎撃システムTHAAD(高高度地域防衛ミサイルシステム)の配備見直しの姿勢を、「北朝鮮が6回目の核実験を強行し、核による挑発を続け高度化するなら、THAADの配備は避けられなくなる」と述べ、一転した。

文氏は朴槿恵政権が決めたTHAAD配備について、次期政権で再協議すべきだと見直しを主張し続けてきたが、態度を変節させたのだ。 
 背景には、米韓同盟に基づく安保を重視し、THAAD導入の必要性を主張している中道左派系候補、安哲秀氏が韓国国民の北朝鮮に対する警戒感からの高まりから、飛躍的に支持率を伸ばしていることがある。 
 結局は、朴槿恵批判の世論の波に乗って、大統領選勝利を目論んだ方便としてのTHAAD導入反対であったと読み取れる。文在寅氏が秘書室長として仕えていた政治の師であった左派大統領、廬武鉉氏も、彼の在任中に米国との自由貿易協定を締結した。

韓国の民族性は元々ランク付けが激しく、そのため極端な競争社会となっている。もちろん米国はランク1の国であり、60~80年代にかけて米国に移住した人々は180万を超える。米国は世界の一等国であり、文化的にも経済的にも一番の先進国であり、安全安心の憧れの国である。 
 また在韓米軍は、28500名、うち陸軍が20000名いて、北朝鮮との最前線に配置されている。空軍も8000名。半島の制空権は米軍が有しているといっても過言ではない。 
 要するに、韓国国民にとって米国は大好きな国だし、米国なしには存立できないと無意識的にも分かっているのである。日本は、徹底して韓国民のこの特性を知って対韓外交に生かすべきである。

『世界思想 5月号』編集部だより
中・朝独裁体制に崩壊の兆し

2017年4月10日

世界思想5月号

北朝鮮と中国で、政権末期の症状が色濃く現れてきた。民主主義の国では、政権担当者は選挙で選出される。選挙で勝利することで、その政権の正当性が担保されるのだ。
 北朝鮮はどうだろうか。金正恩委員長の祖父・金日成が、日本植民地下の北朝鮮・白頭山麓で抗日パルチザン活動をしていたという。事実はどうであろうと、そのことの故に金日成は北朝鮮建国の父であるといわれている。そして、金日成の直接の血統を「白頭の血統」と呼び、この血統であることが政権の正当性を保証してきたのである。

粛清の血に塗られた北朝鮮であるが、「白頭の血統」だけには手をつけなかった。何故なら、「白頭の血統」を抹殺することは、それを否定したことになり、自分自身の政権の正当性をも否定したことになるからである。
 2月13日、マレーシア・クアラルンプール国際空港で殺害された金正男氏は、金日成の直系の孫に当たるから、まさに「白頭の血統」である。その正男氏の殺害を命令できるのは、金正恩氏以外にはありえないということになる。同時にまた、正恩氏が「白頭の血統」である正男氏を殺害したということは、前述したように、自らの政権の正当性を否定したことになるのである。越えてはならない一線を越えてしまったのである。今後、北朝鮮は、何が起こってもおかしくない時代に入ったと見ざるを得ないだろう。
 一方中国はどうか。3月5日から開かれた全国人民代表大会(全人代)の冒頭の演説で、李克強首相は、習近平国家主席を「党の核心」と呼んだ。と言うよりも呼ばされたというのが事実であろう。
 昨年の全人代での報告で、李氏は、汗を異常にかきながら何度も言葉を間違っていた。終わった後、習氏は李氏と握手もしなかった。明らかに二人の意見(特に経済政策)は食い違い、二人は闘っていた。それがなんと、1年後の全人代での、この発言だ。李氏までも習氏の軍門に降ったのである。

問題は「党の核心」と呼んだことだ。今までこのように呼ばれたのは、毛沢東と鄧小平のみであった。毛沢東は、中華人民共和国・建国の父である。鄧小平は改革・開放を叫び、社会主義市場経済と銘打って今日の中国を築いた。二人が「党の核心」と呼ばれるには、それだけの理由があるのである。
 習氏にそれだけの実績があるのだろうか。彼がやったことと言えば、反腐敗闘争だ。大物まで手をつけたことは評価されるかもしれないが、天津市の黄興国書記代理(当時)を除けば、手を下したのは政敵のみである。いわば権力闘争に利用したに過ぎないのだ。それどころか、習氏の姉一族の腐敗には目を瞑っている。
 習氏への異常な権力集中が進んでいる。しかし、それだけの内容と実績があるとは言えない。1976年に党主席、軍事委主席に就任した華国鋒は、僅か2年で失脚した。毛沢東も、独裁体制故に失敗した。中国では独裁は「禁」なのだ。習氏の「核心」呼ばわりは、中国崩壊の兆しと見ざるを得ない。

日本の対韓外交

2017年4月7日

会員専用動画「情報パック」4月号を更新いたしました。
今月号のテーマは、「日本の対韓外交」と題し、太田洪量会長が、「組織犯罪処罰法 改正案について」と題し、渡邊芳雄副会長が論説します。
 上部のメニュー「情報パック」から入り、ご覧下さい。
 なお、会員専用のため、IDとパスワードが必要です。

「テロ準備罪法案」の成立を期せ

2017年4月1日

思想新聞4月1日号に掲載されている主張を紹介する。

政府は「組織犯罪処罰法改正案」いわゆるテロ等準備罪法案を3月21日、閣議決定した。同法案は組織的な重大犯罪を計画・準備段階で処罰するものである。
 2000年に国連で採択された「国際組織犯罪防止条約」は各国に「共謀罪」を設けるよう義務付けているが、わが国では過去3回廃案となった経緯がある。テロ等準備罪は共謀罪の成立要件を厳格化しているのが特徴である。
 さきほどロンドンの国会周辺でテロ事件が発生したようにテロ対策は焦眉の急だ。2020年東京五輪・パラリンピックに向けてテロ対策の強化が急がれる。同法案は今国会で必ず成立させねばならない。
 テロ等準備罪は「テロリズム集団」その他の組織的犯罪集団が対象で、2人以上で「重大犯罪」を計画し、少なくとも1人が準備行為を行えば、計画した者全員を罪に問える。
 対象となる「重大犯罪」は、死刑や懲役・禁鋼4年以上の刑が科される676の犯罪のうち、組織的な殺人やハイジャック、人身売買、組織的な詐欺など、組織的犯罪集団の関与が現実的に想定される277の罪に絞られている。
 朝日新聞などの左翼マスコミは同法案を「テロ等準備罪」と書かず「共謀罪」とのみ書き、しかも戦前の治安維持法の再来と言わんばかりの悪質な反対キヤンペーンを張っている。こうしたテロリストを利する勢力とは断固戦わねばならない。
 国会論議ではっきりさせねばならないのは、共謀罪は「内心の自由を奪う悪法」(反対勢力の主張)では断じてないという点である。政府・与党はテロ等準備罪と共謀罪の違いを強調するあまり、左翼勢力のレッテル貼り(共謀罪=悪法)にはまってはならない。

国際社会と連帯しテロ撲滅に不可欠

国連は2000年11月、各国が連携して国際テロ集団やマフィアなどの国境を超えた違法行為を一致団結して取り締まるため「国際組織犯罪防止条約」を採択した。
 同条約は4年以上の懲役・禁錮を科すものを「重大犯罪」と定め、犯罪を計画・準備した段階で罪に問える罪を設けることを各国に義務付けた。それが共謀罪である。03年に発効し現在、日本を除く経済協力開発機構(OECD)の全加盟国など187カ国・地域が国内法を整備して同条約を批准している。
 わが国は2000年に同条約に署名し、03年の通常国会で自民、公明、民主、共産各党の賛成で承認された。それを受けて政府は04年から09年にかけて3度、共謀罪を設ける法案を国会に提出したが、野党はこれを政治利用し反対に回って結局、未整備のままだ。
 それで国際社会の不信を買い、国連機関などから再三、厳しい批判を受けている。それこそ現行憲法前文にある「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」の真逆であり、恥ずべきことである。今回のテロ等準備罪は対象の罪を大幅に減らしており、テロ対策としては最低条件と言わねばならない。
 もう一点、想起しておかねばならないのは、テロ等準備罪を設けても捜査当局が準備行為を事前に察知する捜査力を持たなければ、テロ対策は画餅に終わるということである。捜査能力の向上のためには従来の捜査手法だけでは不十分で、新たな手法も考慮しなければならない。
 通信傍受の拡大がそうである。昨年12月に改正通信傍受法が施行され、薬物、銃器、集団密航、組織的殺人―の4種類に加えて、爆発物使用、殺人、傷害、放火、逮捕監禁、誘拐、詐欺、窃盗、児童ポルノ買春―の9類型の犯罪が傍受対象に追加された。だが、その運用にはさまざまな縛りがある。
 また架空の身分での捜査官の潜入捜査や「おとり捜査」も認めるべきだ。今年2月、北海道警がロシアから日本に拳銃を持ち込み、銃刀法違反(所持)の罪で実刑を受けたロシア人が「違法なおとり捜査」として札幌地裁の再審で無罪となった。おとり捜査が必要なら速やかに法整備すべきだ。
 危惧されるのは捜査対象者の車両に衛星利用測位システム(GPS)の端末を取り付け、検挙へと追い詰める捜査手法が3月、最高裁から違法とされたことだ。

新たな捜査手法を導入し治安を守れ

近畿地方などで発生した連続窃盗事件で大阪府警は犯人グループの車やバイクにGPS端末を取り付け追跡し、検挙した。犯人の有罪は確定したが、最高裁はGPS捜査を違法とした。
 この判決は疑問だ。犯罪グループは車両を巧妙に使って警察の尾行や張り込みを振り切って犯罪を繰り返している。薬物犯罪では特定場所を突き止めないと証拠隠蔽を図られる。従来の捜査手法では追跡したり、薬物や遺留物を割り出したりできず、警察はGPS捜査を令状が不要な任意捜査である尾行の補助手段と位置付けてきた。
 それも略取誘拐や逮捕・監禁、強盗・窃盗など社会的危険性の高い犯罪などで「他の捜査では追跡が困難」な場合に限ってきた。それが違法では犯罪者が高笑いする。
 テロ等準備罪が成立しても、捜査に手かせ足かせをはめたままでは何ともならない。政治の不作為があってはならない。

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