スパイ防止法は喫緊の課題だ(思想新聞8月1日号)

思想新聞8月1日号に掲載されている主張を紹介する。

  テロ等準備罪を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が7月11日に施行された。これで8月にも各国と組織犯罪の捜査情報を円滑に共有できる国際組織犯罪防止条約(TOC条約)に加盟できる見通しだ。

 第2次安倍政権は特定秘密保護法、安保関連法、そして今回のテロ等準備罪法と、安全保障策を着実に前進させてきた。このことは高く評価されてよい。だが、これでも安全保障の「国際標準」に至らない。スパイ防止法が未制定だからだ。

 スパイ活動が世界中で繰り広げられている国際社会の厳しい現実を直視すべきだ。米国のジャーナリスト、ビル・ガーツ氏は、米国内の中国のスパイネットワークは最大2万5000人の工作員、米国で勧誘された要員1万5000人以上を擁し、2012年以降、攻撃的なスパイ活動に転じたと指摘している(世界日報7月13日付)。

 それによると、中国の情報活動の標的は兵器関連情報、米高官の買収、政界・実業界エリートの家族の買収、悪意のあるソフトウエアを埋め込み米国のインターネット、重要インフラに侵入することだという。

中国の工作活動は攻撃段階に入った

   オーストラリアではターンブル首相が中国による内政干渉に対抗するためスパイ法の見直しを司法長官に指示したと伝えられる(産経新聞6月7日付)。中国共産党とつながるとされる在家の中国人実業家が、巨額献金で政治介入している実態が豪メディアの調査報道で判明したためだ。

   それによると、オーストラリアの防諜機関、保安情報機構(ASIO)は15年、豪州国内で事業を行う中国人実業家が与野党党首に巨額政治献金をしていると警告。ロブ前貿易相は昨年7月、中国のインフラ企業「嵐橋集団」からコンサルティング業務を年間88万豪ドル(約7270万円)で受託していたという。

 嵐橋集団は「中国軍のフロント企業」とされ、15年に豪北部準州ダーウィン港の商業施設を99年間賃借する契約を締結。同港に海兵隊を駐留させる米国が抗議している。

 わが国も例外ではない。12年5月に在日中国大使館の1等書記官の「スパイ事件」が発覚している。書記官は民主党政権下の2007年、当時の鹿野道彦・農水大臣らに接触し、農水省が「機密性3」「機密性2」指定した文書20枚近くが漏洩したとされる。

 警察庁は09年版「治安の回顧と展望」で、中国の対日スパイ活動について先端科学技術をもつ企業や防衛関連企業などに研究者や留学生らを派遣し「長期間にわたって巧妙かつ多様な手段で先端科学技術の情報収集活動を行っている」と警告している。

 実際、06年にはヤマハ発動機の無人ヘリコブターの不正輸出事件、07年には防衛庁(現防衛省)技術研究本部元技官による潜水艦技術報告書漏洩事件、07年には自動車部品メーカー「デンソー」の産業用ロボットやディーゼル噴射装置などの最高機密漏洩事件が発生しており、いずれも中国大使館や「軍事スパイ」とされた中国人技師らが関与していた。

 また04年には上海総領事館の領事が中国当局からスパイを強要され自殺。06年には上対馬警備所の1等海曹らの漏洩事件が発覚。いずれも上海の中国情報機関の拠点とされるカラオケ店に出入りし、女性が性的関係を利用しスパイ活動を強要する「ハニートラップ」とされた。

 米国家防諜局の報告書によると、中国は西側の科学技術を入手するため1986年に「プロジェクト863」を立案し、99年には「西側軍事科学技術の収集利用に関する計画」を作成、約4000の情報収集団体を組織。習近平政権が「攻撃的な」スパイ活動に転換したなら、わが国は一層危うい。

 想起すべきはどの国もスパイ行為を法律で禁止し、諜報機関を設けて厳しく監視していることだ。米国は連邦法典794条、イギリスは国家機密法1条、スウェーデンは刑法6条にスパイ罪を設け、CIA(米中央情報局)やFBI(米連邦捜査局)、SIS(英情報局秘密情報部)などで取り締まっている。豪州のASIOもそうだ。

 ところが、わが国にはそうした法律や諜報機関が存在しない。それでやむを得ずスパイ行為に付随する出入国管理法や電波法などで取り締まってきた。中国書記官事件の場合は外国人登録法だ。これらは初犯なら執行猶予の微罪で、ザル法と言つてよい。

スパイ防止法に反対の理由なし

   民主国家は罪刑法定主義が基本で、あらかじめ犯罪の構成要件や刑罰を定めておかなければ、いかなる犯罪も取り締まれない。スパイ罪がなければスパイ活動は“合法”と見なされ、それでわが国は「スパイ天国」と呼ばれてきた。

 中国書記官事件を受け、当時の民主党政権の松原仁国家公安委員長は記者会見で、「(スパイ防止の)法整備は国益を守る上で重要な課題だと認識している」(12年5月31日)と述べていた。民進党がスパイ防止法制定に反対する理由はないはずだ。

 安全保障の次なる課題はスパイ防止法の早期制定だ。これこそ喫緊の課題だと知るべきだ。

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