勝共運動50周年記念インタビュー 元参議院議員 堀江正夫氏に聞く

  思想新聞4月15日号の勝共運動50周年記念インタビュー「元参議院議員 堀江正夫氏に聞く」を掲載します。当連合で取り組む安全保障強化運動は、まさに、堀江氏との出会いで生まれたものでした。

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【インタビュー】安全保障問題が勝共との繋がりの原点

元参議院議員、アジアと日本の平和と安全を守る全国フォーラム代表
堀江 正夫  氏  

 


 

一人の勝共青年との出会い

 僕が勝共連合と関わり出したのは、昭和48(1973)年頃、自衛隊を退官して、三菱重工顧問をやっている時だった。

 緑川さんという青年が非常に端正な紳士で、毎日僕のところに来て、創始者の文鮮明さんや勝共の理念について熱心に話をしていI F V O C 岩 手 県 本 部北北朝朝鮮鮮問問題題のの本本質質捉捉ええよよた。そのうち、彼が国民の間に広める運動をしたいと相談してきたので、僕は「国民の間に広めるなら、ぜひ安全保障がいい」と最初に提案した。だから、勝共連合が国民運動に安全保障を採り入れたのは、僕と緑川君とのつき合いから、と僕は思っている。

 間もなく久保木(修己・初代会長)さんから連絡があり、渋谷の事務所に行き、安全保障の問題をレクチャーするようになった。さらに、もっと専門的な見地から話してもらおうとなり、僕の同僚や先輩のOBに頼んで、勝共連合の青年たちに話をするようになった。それが、貴連合が安全保障問題を扱い始めた最初だったのではないか。

 

組織を挙げ参院選を支援

 その後、昭和52年に参議院議員選挙に全国区で出馬した時に、勝共連合が組織をあげて支援してくれた。彼らと各都道府県の支部で安全保障と国防について話をして回った。

 選挙の際には、公選車は3台まで認められていたが、その車の運転とアナウンスはすべて勝共メンバーがやってくれた。それだけではなく、メンバーが泊まりこんで電話作戦などをやってくれた。特に大藤(弘子)君は、僕の車に始めから終わりまで乗り込みウグイス嬢で一緒にやってくれた。以来、何十年もつきあいが続いています。

 そして、僕が議員になると、今度はスパイ防止法の問題が出てきた。そこで組織を挙げてスパイ防止法問題で動いてくれた。同時に、僕の方では議員の中に同志を作ったり、勝共サイドでも積極的に議員の同志を作ってスパイ防止法の国民運動になっていった。それを国内の枢要なところに、広報宣伝をやっていった。

 

スパイ防止法の国民運動

 それで勝共のメンバーでよくやっていたのが横田(浩一・現理事長)君だった。彼らと僕とで全国を講演して回ったことを覚えている。このスパイ防止法も制定寸前までいったのだが、残念ながら制定に至らず、流れてしまった。

 また、スパイ防止法制定促進議員・有識者懇談会というものをつくって、事務局長を務めていた。この団体の会長には岸信介先生(元首相)が就任されていた。スパイ防止法制定促進国民会議の会長は東大名誉教授の宇野精一先生が務められた。保岡興治さんも議員連盟に入っていた。防衛政務次官を務めた箕輪登さんとか。広島出身の谷川和穂さんも一緒にやった覚えがあるね。

 貴連合でも一生懸命政治家たちに働きかけたこともあって、貴連合が主催した大きな会合でも、安倍晋太郎幹事長、今の安倍晋三総理のお父さんらと、一緒に参加した覚えがある。今から思うと、今は世界平和連合ということでやっているが、僕と勝共連合とは深いつながりがあって、ずいぶん助けてもらった記憶がある。

 

日韓米台で安保国際会議

 さらに、北朝鮮と38度線で対峙していた韓国には、安全保障セミナーなどで何度も行った。韓国の国防関係の議員と定期的に会合をもって、向こうや日本で両国の関係者が一堂に会して会議をやったりした。さらには安全保障の枠を広げて、米国や台湾と4カ国で安全保障の専門家が集まってシーレーンの防衛などについて話し合ったことを覚えている。

 当時交流のあった韓国の議員、軍関係者たちは皆亡くなったね。韓国の陸軍大将第1号の白善樺さん(日本の勲一等を叙勲)とも年賀状のやりとりをしていたのだが。台湾とも蒋介石の次男の蒋緯国とはそうした安全保障問題の関係を通じて非常に親しかった。本人が僕の「弟分」だと言っていた。そんな関係で、僕と勝共連合との関係は結ばれてきたのだ。

 それから僕が議員だった時、アフガニスタンの難民がパキスタンにやってくる状況を視察に行った帰りにタイに寄ったが、同僚の扇千景(参院議員)さんも一緒だった。その当時、カンボジアが独立して総理を誰にするという運動が盛んだった頃で、その候補者に会わせてくれると話があって、そのガイドを勝共の地元メンバーが務めてくれ実現したこともある。

 そもそもの勝共が国民運動に取り組むきっかけになったのではないか、と僕は自負をもっている。特に、スパイ防止法制定運動のおかげで、曲がりなりにも特定秘密保護法ができた。完全なスパイ対策とは言えないが、最小限の歯止めの一歩ではある。

 

英霊の遺骨収集と靖国

 ところで、僕は毎年8月15日には戦没者追悼国民集会を行うなど「英霊にこたえる会」(元会長・現名誉会長)の活動をやっている。最近どういうわけか国のために命を捧げた英霊を祀る靖国神社にお参りする今の若い人たちが非常に増えている。靖国神社崇敬奉賛会に青年部ができ活動を行い、追悼集会でも慰霊の演奏などを奉納した。また、JYMA(日本青年遺骨収集団)では学生の民間団体で、若者たちが遺骨収集事業を行っている。

 僕がニューギニアに遺骨収集に行った時、彼らも一緒に活動してくれ、今は全国的にいろんな大学の学生が参加。ニューギニアや軍事政権下で滞っていたミャンマーでの遺骨収集も再開された。

 国のため命を捧げた旧日本兵の遺骨収集も政治が率先すべきだったのに長らく消極的だった。最近遺骨収集を政府の責任とする法律ができ、厚労省が取り組み始めた。1万の遺骨が滑走路の下に眠る硫黄島では10数億の予算をつけたが、海外は予算もなく戦死者も多く遺骨の範囲が広すぎて困難だ。

 今、憲法の問題が議論され自民党の打ち出す憲法案でも、靖国神社の扱いは、政教分離問題と絡め、政治家の靖国参拝は認めてよい、と思われるものという程度だ。

 知り合いの憲法学者に、憲法は9条もさることながら、政教分離問題について正当に扱うよう言っている。少なくとも靖国神社は「宗教」と言える存在ではなく、「慰霊の社」だ。だから戦前戦中、陸海軍が護持したように、本当は国家が護持していかなければならない。

 

思想新聞掲載のニュースは本紙にて ーー

4月15日号 巻頭特集「米中『貿易戦争』」 / NEWS「岩手・勝共学習会」 / 主張「『民間防衛』の在り方を問い直せ」 etc

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