テロ防止へ万全の態勢づくりを (思想新聞6/1主張)

   英中部マンチェスターのコンサート会場で5月22日夜に発生した自爆テロ事件は、欧州を舞台にした卑劣なテロが広がりを見せていることを改めて示した。その矛先が、いつ欧州からわが国に飛び火するかも知れない。

治安の盲点突いた英国での自爆テロ

  折しも衆議院は同23日、テロ等準備罪の創設を柱とする組織犯罪処罰法改正案(テロ準備罪法案)を可決し、参院に送付した。同法案を早急に成立させるべきだ。捜査当局が迅速に動けるよう新たな捜査手法の導入など万全の態勢づくりを進めなければ、同法も画鋲に帰す。

  マンチェスター・自爆テロ事件は、治安当局の盲点を突いたと指摘されている(毎日新聞5月24日付)。第1に、自爆犯はコンサート会場の警備の盲点を突いた。多くの若者が集まるコンサート会場では手荷物検査が甘くなる。自爆犯は会場外の混雑が予想される場所を狙った。

   第2に、原料購入の捕捉が難しい手製爆弾が使用された。これまでのテロ事件では手製爆弾にTATP(過酸化アセトン)と呼ばれる爆薬が使用された。原料購入は容易で、簡単な化学知識で製造きるためテロ事件で多く使われている。

 警察当局は、薬局に対して爆弾原料の薬品や火薬の大量購入者を報告するよう義務づけているが、小口購入や別人物の購入などは把握が困難だ。

   こうした盲点をなくし盤石な対策を進めるには各国のテロ情報共有が重要だ。テロリストは国境を越えて活動するので、国内機関及び国家間でより効果的に連携することが不可欠となるからだ。

   だが、わが国には海外の情報機関と対等に話し合え、対テロ情報共有の受け皿となる本格的な情報機関が存在しない。スパイ防止法もなく、各国の諜報機関は情報漏れを恐れてわが国への情報提供を躊躇してきた。14年12月に特定秘密保護法が施行されたが、これとて公務員らに限定したもので、国際標準にはほど遠い。本格的な情報機関を創設する動きすらない。

   テロ対策として政府は04年に「テロの未然防止に関する行動計画」を策定。テロリストの入国を防ぐ「水際作戦」に取り組み、入管法を改正し07年から訪日外国人に指紋と顔写真の提供を義務付けた。

   また14年には日米両政府間で「重大犯罪防止対処協定」を締結。テロリストら7500万人分の指紋をもつ米国のデータベースに自動照会し、迅速に問題人物を発見できるようになった。法務省は国際空港でテロリストらの顔画像と瞬時に照合できる「顔照合システム」の運用も始めた。それでもまだ不十分だ。

   国連は2000年、各国が連携して国際テロなどを防止するため「国際組織犯罪防止条約」を採択した。同条約は4年以上の懲役・禁錮を科すものを「重大犯罪」と定め、犯罪を計画・準備した段階で罪に問える「共謀罪」を設けることを義務付けた。

 03年に発効し現在、187カ国・地域が国内法を整備して同条約を批准しているが、わが国は2000年に同条約に署名したものの、共謀罪を整備できず、批准できないでいる。

   ようやく「テロ等準備罪」と名を変えた、共謀罪を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案(テロ準備罪法案)が衆院で可決、今国会で成立できる見通しがついた。

   だが、妥協がすぎている。条約は4年以上の懲役・禁錮の刑を定める犯罪を対象とするよう求めており、600以上の犯罪が該当するが、野党と妥協し、組織的な詐欺やハイジャックなど計277の重大犯罪に絞った。

   計画・準備段階から処罰可能とし、対象を組織的な犯罪集団に絞り、2人以上で実行を計画し、1人でも金品の手配や下見などの準備行為を行えば、討画した全員を処罰する。

   衆院通過に際しては容疑者の取り調べの可視化(録音・録画)の義務化を検討する規定を付則に盛り込んだが、そうした”縛り”よりも重要なのは新たな捜査手法の導入だ。旧来の手法だけではテロ対策は不十分だ。

GPS授査導入や通信傍受など課題

   例えば、捜査対象者の車両にGPS(全地球測位システム)の末端を取り付け、検挙へと追い詰める捜査手法は有効だが、最高裁は今年3月、GPS捜査を違法とする判決を下した。改正通信傍受法は爆発物使用にも対象を広げたが、他国に比べて実用的でない。

 英国では9・11事件後に反テロ法を制定し、テロリスト容疑者を令状なしで拘束する。フランスも「予防拘束」制度を導入している。何よりも問題なのは、テロに対して「戦争」という概念で臨む姿勢がないことだ。

   世界では過激派組織「イスラム国」(IS)などの国際テロを、「非国家組織と国家との非対称なハイブリッド型の『戦争』として把握した上で、市民社会に『戦線』を広げる非情なテロ」(山内昌之・明治大学特任教授)と位置づけ、軍を投入しているのである。

   こう考えると、わが国のテロ対策の甘さが浮き上がってくる。戦争など存在しないという空想的平和主義に陥っていれば、テロは防げない。悲劇を生む前に厳しく対応していかねばならない。

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