共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

勝共運動による救国救世

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総務省が地方自治法改正案の内容を固めたと伝えられる。…続きを読む

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名古屋市と鹿児島・阿久根市で市長と議会が対立し、リコール騒動が起こった。…続きを読む

今年に入って永住外国人に地方参政権を付与する動きが急速に高まってきている。…続きを読む

地方自治

この記事は2011年3月27日に投稿されました。

統一地方選 左翼が伸張すれば防災は成り立たない

第17回統一地方選の幕が切って落とされ、12都道県の知事選が告示された。この後、該当する都道府県議員選と政令市の首長・議員選が告示され4月10日に投開票される。市区町村の首長・議員選は同24日だ。東日本大震災で延期された地域を除き全国の自治体の約4割が選挙戦に突入する。未曾有の国難下にあって多くの自治体が避難民を受け入れている中での統一地方選は救援・復興を遅らせかねない。本来は全地方選を延期して国難克服に当たるべきだったが、「市民自治」を唱える人権主義者、片山善博総務相が強引に実施を促した。これも菅内閣の危機意識の欠如の現われである。避難民を受け入れたり職員を被災地に派遣したりしている市町村は躊躇せず選挙を延期すべきである。今回の統一地方選は東日本大震災と福島第一原発の事故を受けて防災がにわかに争点として浮上しているが、左翼勢力の甘言にだまされることがあってはならない。

阪神大震災では左翼勢力が救援・復旧を阻害した

左翼勢力が伸張すれば、防災は後退する。その現実を直視すべきである。阪神大震災では、家屋に埋もれた人は16万4000人にのぼり、うち79%(12万9000人)が自力脱出したものの、3万5000人が生き埋めになった。このうち2万7000人(77%)が家族や近所の人に助けだされた。残りの約8000人が消防や自衛隊によって掘り起こされたが、6000人以上が亡くなった。神戸市灘区で被災した高見祐一氏(当時、新党さきがけ代議士)は「町内会長がしっかりしている地域は、誰が行方不明かすぐにわかり救出活動も速やかに行われた」と証言している。それも町内会長らが素手で瓦礫をかき分けて救出したのである。少しでも機材があればもっと多くの人々を救出できたのに、と多くの町内会長は悔やんだ。町内会に自主防災組織が作られていれば、救出機材や訓練が行われ速やかな活動が可能であったはずだが、それが神戸市でなかったのである。自主防災組織の組織率が10%にも満たなかった。
 なぜなのか。それは神戸市が長く革新市政下に置かれていたからである。共産党や旧社会党をはじめとする左翼勢力は地域社会に自主防災組織を作ることを拒絶した。その理由は、自主防災組織は「戦前の隣組の復活」と決め付け、地域社会を戦争に巻き込むと主張していたからである。また自主防災組織は地域の町内会ごとに作られるので町内会が音頭をとるが、町内会長の多くが保守系だったからである。自主防災組織を作って地域社会の絆を強めれば、自民党に有利に働くという党派的な動機で自主防災組織を作らせようとしなかったのである。それが阪神大震災の被害を広げたといっても過言ではない。

反自衛隊で防災訓練も行わず救援活動も遅れる

防災は防衛と同様に自衛隊や警察、消防と一体的に取り組む必要がある。ところが左翼勢力はそれを阻害する。今回の救援活動では在日米軍が大きな力を発揮しているが、左翼勢力は自衛隊や米軍、警察に対して敵対的行動をとってきた。そうした勢力が伸張すれば、防災に支障をもたらすのは明白なことである。
 それも阪神大震災の教訓のひとつである。左翼勢力とりわけ職員労組は自衛隊を憲法違反と断じ、軍国主義を復活させるとして防災訓練の開催を一切拒否したばかりか、自衛官の募集活動も拒絶、あるいは公共施設の利用も拒み、自衛隊を地域から追い出してきた。大震災では自衛隊は全力を挙げて救出活動に当たったが、いかんせん事前の訓練がなかったので活動は手探りで行うほかなかった。社民党(当時)の辻元清美に至っては「自衛隊は違憲です。自衛隊から食料を受け取らないで下さい」と書かれたビラを配り、自衛隊の活動を妨害しようとした(菅首相はこんな人物をボランティア担当首相補佐官に任命し、自衛隊を「暴力装置」と呼んだ仙谷前官房長官を生活支援担当の官房副長官に戻した。呆れてものが言えないとはこのことだ!)。左翼勢力の伸張を許せば、こうした反自衛隊が地域に持ち込まれることになると肝に銘じておかねばならない。

米軍が救援部隊を展開しているが、これも阻止される

また今回の大震災では米軍が日本支援のため横田基地(東京都)に「統合支援部隊」(JSF)を設置し、ウォルシュ米太平洋艦隊司令官(海軍大将)が自ら指揮を執っている。原子力空母をはじめ20隻の海軍艦艇と140機の航空機を被災地の沖合などに派遣し、約1万3000人態勢で支援に当たってくれている。地震発生当初の行方不明者の捜索から被災者への支援物資輸送へと活動粋を広げ、原子力空母「ロナルド・レーガン」など10隻の艦艇が三陸沖に展開、在沖縄の海兵隊を乗せた「エセックス」など4隻の揚陸艦も岩手県の沖合に派遣し、各地の避難所にヘリコプターで物資を運搬している。神奈川県相模原市の米陸軍補給部隊は仙台空港を整備し、物資輸送拠点として確立した。米空軍は福島第一原発に無人偵察機「グローバル・ホーク」などを投入し、建屋の壊れ具合についての情報を日本政府に提供している。こういう米軍を侵略者として排除しようとしているのが共産党や社民党などの左翼勢力である。
 左翼勢力が伸張すれば地域社会の防災が成り立たないことを広く国民に啓蒙しよう。

2011年3月27日

この記事は2011年3月8日に投稿されました。

統一地方選 国を壊す「地域主権」を一掃しよう

現在、地方政治では橋下大阪府知事の「維新の会」と河村名古屋市長の「減税日本」が注目を集め、知事や市長など首長と議会の「不毛の対立」が話題の中心となり、地道な政策それ自体にはあまりスポットが当てられていない。そんな中で闊歩しているのが「地域主権」の標語である。民主党系の議員を中心に「地域主権」が声高に叫ばれている。だが、この背後には文化共産主義が潜んでいることを知らねばならない。これこそ地方自治の仕組みそのものを変え、国を壊してしまおうとする企みにほかならない。それが菅民主党政権の唱える「地域主権」なのである。

鳩山前政権の「地域主権革命元年」は理想主義

地域主権はもとより菅政権の“新語”ではない。古くは20年前、「行革の顔」とされた故・土光敏夫氏らの行革国民会議が「地方主権」を提唱したことがある(1990年11月)。このときは「地方主権」と名付けられていた。その趣旨は、明治維新の廃藩置県にも匹敵する国内の大改革を実行し地方分権を前進させるためには、地方「分権」ではなく地方「主権」と強調する必要があるというものだった。それを継承するかのように民主党もこの用語を使い始めた。そして2009年夏の総選挙のマニフェストに「地域主権」の項を立て「霞が関を解体・再編し、地域主権を確立する」とうたい、「明治以来続いた中央集権体制を抜本的に改め、『地域主権国家』へと転換する」とした。ここでは土光氏の「地方主権」から「地域主権」へと微妙に表現を変えた。民主党政権が誕生すると、鳩山前首相は2010年1月の通常国会の施政演説で「地域のことは、その地域に住む住民が責任をもって決める。この地域主権の実現は、単なる制度の改革ではありません。自律的でフラットな地域主権型の構造に変革する、国のかたちの一大改革であり、鳩山内閣の改革の1丁目1番地です」と豪語し、「本年を地域主権革命元年にする」と宣言した。
 この鳩山前首相の「地域主権」は理想主義に基づいている。2004年に発表した『新憲法試案』(PHP研究所)の試案前文に鳩山氏は「補完性の原理」をうたい、その理念から地域主権を導き出している。「補完性の原理」はもともとカトリックの原理で「問題はより身近なところで解決されなくてはならない」とする考え方である。つまり、個人や家庭でできるものはそのレベルでやり、できないことは住民やNPO、それができないことは基礎自治体、それができないことは広域自治体でやる。そして国は外交・防衛・マクロ経済政策だけを担当し、さらに必要に応じて国家主権の一部もEU(ヨーロッパ連合)のような国際機関に移譲するというものである。これが「補完性の原理」に基づく鳩山氏の国家像である。友愛政治を説き「EUの父」と称されたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの思想が背景にある。そこから物議を呼んだ「アジア共同体」と「地域主権」が表裏一体の関係で登場することに注目しておくべきだ。

菅首相の師・松下圭一氏は伊共産党の系譜に連なる

だが、菅政権の「地域主権」は土光氏の「地方主権」とも鳩山氏の「地域主権」とも根本的に違っている。このことに気付く人は極めて少ない。我々はここを警鐘乱打したいのである。それは2010年6月の菅首相の所信表明演説(6月11日)で、自らの政治の師として名をあげた松下圭一氏(法政大学名誉教授)の「地域主権」なのである。松下氏の『市民自治の憲法理論』(岩波新書)は、「市民自治」を基礎とする国家の再構築(構造改革)を強調している。この構造改革論はイタリア共産党の指導者アントニオ・グラムシ(1891~1937年)の「ヘゲモニー論」やパルミーロ・トリアッティ(1893~1964年)の「構造改革論」の影響を強く受けたものである。トリアッティの構造改革論が日本の共産党や社会党に紹介されたのは1950年代だが、路線闘争を経て主流にはなりえなかった。それを故・江田三郎氏(社会市民連合)や松下圭一氏が継承して今日に至った。
 マルクス主義は大きく「東欧(レーニン主義)」と「西欧(文化共産主義)」に分かれたが、その発端の一つが第1次世界大戦だった。ドイツ社会民主党(共産党)がドイツのベルギー侵攻を支持することにより第2インターナショナルが崩壊、それによって共産主義者は国家意識が階級意識に勝るという現実に直面することとなり、いかにして階級意識を強化するかが深刻な反省とともに残された課題となった。その中でマルクスが主張した最も根源的な疎外の克服=宗教と家庭の廃止=という原点に回帰すべきであるという考え方が出てきた。ジュルジュ・ルカーチ(ハンガリー 1885~1971)の「歴史と階級意識」がその代表である。さらにロシア革命後のソ連の現実=ノーメンクラツーラ(特権階級)=の暗部が露呈する中で、ローザ・ルクセンブルク(ドイツ 1871~1919)の主張が注目されるようになる。ローザ・ルクセンブルクはレーニンの前衛党論を独裁につながると批判し、プロレタリア大衆の自発性に期待した。民主主義(市民の自由が柱)は権力掌握を必然的にし、かつまた民主主義のみがそれを可能にするがゆえになくてはならないと強調したのである。
 この西欧共産主義の潮流を増幅させたのがグラムシで、特に「ヘゲモニー」論の与えた影響は絶大だった。ヘゲモニーとは「知的、道徳的、倫理的説得に対する同意」のことである。彼によると労働者階級は政治権力を奪取する前に文化的ヘゲモニーを確立しなければ勝利することができない。特権階級はヘゲモニー的地位を獲得し被搾取者を政治的に隷属させるだけでなく、精神的にも隷属させている。つまり精神的支配は政治的支配の条件なのである。それでグラムシは労働者階級の主要な任務が自らをブルジョア的・教会的文化から解放して、自分達の文化価値を十分に固め、すべての被抑圧層と知識人とを自分達の側へと引き寄せる点に存すると説いた。さらに彼は「市民社会」について論じ、市民社会とは「教会、学校、メディア、組合などを含む社会」であり、「国家=政治社会プラス市民社会、すなわち、強制の鎧をつけたヘゲモニー」であるとした。ここから、いわゆる「国家の死滅」とは、グラムシにおいてはパリ・コミューン期マルクスの「国家の社会による再吸収」と相通じる「政治社会の市民社会への吸収」というテーゼとなったのである。

伊共産党路線を日本に持ち込み「国家の死滅」目指す

トリアッティはグラムシの同僚である。「構造改革論」の根本思想はグラムシ、実戦理論はトリアッティが担った。トリアッティは「イタリアの社会主義への道」(1956年6月 第3回共産党大会に向けての草稿)で「我々は効果的な政治行動をもって我々の憲法の中に社会主義的原則を挿入することでも、社会制度のある種の改革実現の開始を実現することでも、議会を利用することに成功した」と述べており、彼が憲法解釈を最も重視したことがわかる。イタリアにおける社会主義実現にとって有利な条件として何よりも民主憲法を上げ、さらに政治面では州自治制の導入、任命制県知事の廃止などを上げたのである。このように見てくると、要するに松下圭一理論とは、グラムシの「市民社会による政治社会の吸収」(市民自治による国家の再構築)、すなわち「国家の死滅」を実現するため、トリアッティの「社会主義への道」、すなわち「憲法の中に社会主義的原則を挿入すること」により切り開こうというものであることが浮き彫りになってくる。イタリア共産党路線を日本に持ち込もうというのが松下圭一理論であり、その松下氏を師と仰ぐ菅首相は文化マルキストそのものと断じざるを得ない。
 すなわち、松下圭一理論である日本版構造改革論は、現行憲法を至上に置き、現代社会主義を「憲法原理の完全実現のための憲法構造の変革運動」と位置づけ、そのうえで、「社会主義体制はプロレタリアートによる《市民自治》の憲法構造化」とする。グラムシの「市民社会による政治社会の吸収」(市民自治による国家の再構築)すなわち「国家の死滅」の実現を目指すものなのである。そのことによってトリアッティの「社会主義への道」を「憲法の中に社会主義的原則を挿入すること」によって切り開こうとする。つまり国家を解体するための「市民自治」であり、「地域主権」なのが菅首相の「地域主権」にほかならないのだ。

主権は「国家主権」か「国民主権」しか存在しない

「主権」という概念を誤って使ってはならない。国際法上に「地域主権」という概念は存在しないからである。主権という概念は国際法概念としては「国家主権」、そして国内法(憲法)概念として「国民主権」があるだけである。すなわち国際社会(国際法)では主権平等(国家の独立)としての国家主権、国内社会(憲法)では統治権の民主的正当性のための国民主権が原則とされ、国際社会、国内社会のいずれにおいても「地域主権」という概念は存在しない。にもかかわらず「地域主権」をことさら強調するのは、まさに上記に見た国家を死滅させるための陰謀である。あたかも市町村や都道府県が中央の統治体(国家)に対して分離・独立を主張できるかのように錯覚させるのである。例えば、左翼勢力によって沖縄県が独立を宣言し、その後、中国あるいは台湾との合併を目指すなどと言い出した場合、日本国家はこれを受け入れるのである(我々は断じて受け入れない!)。こういう陰謀を秘めているのが、菅首相の口から発せられる「地域主権」なのである。統一地方選ではこうした陰謀を見抜かねばならない。

2011年3月8日

この記事は2011年3月1日に投稿されました。

地方自治法改正案 住民投票制の導入に断固反対

総務省が地方自治法改正案の内容を固めたと伝えられる。改正案の中には一部の住民投票の結果に法的拘束力を持たせる制度の創設も含まれているという。これは片山総務相が主導したもので、直接民主制的な手法の充実を目的にしているとされる(読売新聞2月22日付)。だが、住民投票制の導入は地方自治を歪め、左翼勢力の策動を許しかねない。地方自治法改正案のうち住民投票制の導入については断固反対する。

改正の中身については是々非々で臨む

読売新聞によると、地方自治法改正案は首長の専決処分の対象から副知事・副市町村長の選任を外し、議会が専決処分を不承認とした場合、条例・予算上の是正措置も首長に義務づけ、首長が議会を招集しない時は、代わって議長が招集できるようにするという。これは前阿久根市長の独善的な“暴走”を止められなかった教訓を踏まえた法改正だという。また首長解職や議会解散の直接請求制度に関しては有権者16万人超の都市における住民投票の実施に必要な署名数を引き下げ、住民投票の要件を緩和。政令市の署名収集期間も、都道府県並みに延長する方向で調整するとしている。これは名古屋市議会の解散請求運動において署名集めのハードルが高すぎることが問題となり、混乱も招いたことを踏まえての要件緩和だという。さらに自治体が国などの是正要求に従わない場合、国が自治体を提訴できるようにする制度も導入するとしている。これは東京都国立市と福島県矢祭町が住民基本台帳ネットワークへの参加を拒否していることなどを念頭に置いたものだという。
 このような改正点について是々非々で臨まねばならない。阿久根前市長が議会を招集せず専決処分を乱発する行為は確かに異様だった。地方自治法では専決処分は議会を召集する余裕のない緊急時を想定しており、前市長のケースは法の精神から大きく逸脱していたからだ。法改正はそれを是正するもので認められる。しかし、解職や解散の直接請求制度の改正は慎重に検討しなければならない。リコールは地方自治特有の制度で、あくまでも住民の直接民主制を体現するものである。想定されているのは汚職などによって首長や議員が品格をはなはだしく汚した場合などである。ところが名古屋市の場合は、河村市長自らが議会のリコールを求めるという法の想定外の行動をとった。首長が直接、議会と対決する手段としてリコールを使うのは二元代表制を否定するものである。たとえ市長派住民によるリコールでも市長自らが音頭をとって行うのは、地方自治の本旨から逸脱する異様な行動だったと言わざるを得ない。リコール請求のハードルを下げることで、そうした逸脱行為を是認するようなことがあってはならない。

限定された住民投票制でも許してはならない

地方自治法改正案の中で断固として認めることができないのは、住民投票制の導入である。片山総務大臣がとなえているのは、一部の住民投票の結果に法的拘束力を持たせる制度を創設するというもので、拘束力を持つ住民投票の対象は文化会館など「大規模な公の施設」に限定されるとしている。だが、「大規模な公の施設」だけであっても直接賛否を問い、それに法的拘束力を持たせるのは異様である。読売新聞は「複雑な要素を総合判断する必要がある政策について、『条件付き賛成』といった柔軟な解決策を排除する恐れがある」(前傾)と指摘しているが、そうした危惧がもたれるのは当然のことだ。恣意的に一部情報だけが流されて住民投票という「お墨付き」を得ようとしたり、マスコミが情報操作して住民意識をコントロールしたりする事態も予想される。議事機関(議会)において客観的議論を深めていくという本来の地方自治の本旨も歪められかねない。国や民間が建設する米軍施設や原子力発電所のほか自治体の廃棄物処理場などは対象としない方針としているが、これも怪しい。当初は「大規模な公の施設」に限ると敷居を下げておいて、次に住民投票の対象を広げていく条件闘争的な色彩が読み取れるからである。地方自治法の中に住民投票を位置づけること事態が将来に禍根を残しかねない。
 もともと民主党政権は住民投票法を「地域主権革命」の第一歩と位置づけてきた。実際2000年には衆院に提出したこともある(廃案に)。2009年の「政策INDEX」には盛り込んでいたが、マニフェストでは外した。ところが鳩山前政権下において住民投票法案の策定作業に入ったと一部新聞で報じられた(毎日新聞10年1月31日付)。それによれば、すべての地方自治体に住民投票条例の制定を義務付けるほか、人口に応じた一定の有権者の署名により、住民投票の実施を自治体に義務付けるとしていた。投票結果に法的拘束力を持たせるか、それとも自治体の尊重義務にするかは当時、検討中とされ、また条例の制定・改廃についての住民投票では議会の同意を得た場合、結果に拘束力を持たせることも検討課題になっていると報じられた。こうした経緯から、民主党は住民投票法を制定し、何でもいつでも住民投票に掛ける道を開こうと策動していたことは紛れも事実である。こうした前科を見逃すわけには行かない。

原発反対・米軍基地反対の住民投票で弊害の前科

住民投票を法制化して自治体に持ち込むのは、憲法が定めた議会制民主主義と地方自治を根底から破壊する、恐るべき「革命法」「内乱幇助(ほうじょ)法」と言わざるを得ない。これまで文化共産主義勢力が「真の住民自治」と称して各地で住民投票条例の制定を要求してきたが、住民投票法はこれを法制化して全国的に押し付けることになるからである。論より証拠。過去の住民投票を見てみよう。
 新潟県巻町は1996年8月、東北電力の原子力発電所建設の是非を問う住民投票を行い、原発反対票が6割を占めたことから原発建設を拒否した。結局、東北電力は2004年2月、住民の合意が得られず原子炉予定地が反対派に渡ったことを理由に巻原子力発電所の原子炉設置許可申請を取り下げ、原発建設は完全に中止に追い込まれた。東北電力は法律によって需要のピーク時の発電施設を確保することを義務付けられており、巻原発建設計画もそれに基づくものだった。これは国策のエネルギー政策が一部地域の住民投票で潰された典型例と言える。
 また沖縄県は1996年9月、「米軍基地の整理・縮小」と「日米地位協定の見直し」について住民投票を行った。当時は革新県政で、県民に支持されやすい内容で住民投票を行い、これを反米・反基地闘争に利用したのだった。同じく反米闘争の一環として山口県岩国市は2006年3月、岩国基地への米空母艦船機移転に対して住民投票を行い、反対が過半数を越えた。同移転は日米両政府が2005年秋、米海軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機を岩国基地に移転する合意に基づくもので、普天間飛行場をキャンプ・シュアブ沿岸部に移転するのと同じく市街地の基地問題の解消を図るためだった。
 いずれの住民投票も住民の不安を煽り、また全国から反原発や反米の闘争集団を結集させて反対世論へと誘導したものである。もちろん移転反対を表明したとしても法的拘束力はない。だが、国への圧力となり、前述のように原発建設は中止に追い込まれた。米軍基地移転にもさまざまな障害をもたらした。岩国市では2008年春の市長選で反基地派の現職市長が落選、その後、基地移転は順調に進んでいるが、住民投票によって国政も市政も歪められた事実は消えない。
このようにエネルギーや安全保障という国家・国民全体の生存に関わる施策が一地域の住民投票で「否定」されるのが過去の住民投票の悪しき先例である。こんな住民投票がいつでも可能な仕組みを作るのは、地方の“反乱”を容認し、国民全体の利益を損なうのは明白なことである。

議会制民主主義を否定する憲法違反の住民投票

地方自治は国策と深く関わっている。それを一部地域の住民投票で国政に影響を与えようとするのは、憲法の精神から大きく逸脱している。憲法前文は冒頭に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」とあるように、わが国は間接民主制を基本に置き、国会を最高機関に据えている。住民投票がまかり通れば、国民が選ぶ議員によって立法機関を構成する間接民主主義は機能しなくなる。だから住民投票至上主義は民主主義を装った「民主主義の破壊」思想と言うほかないのである。
 また憲法94条は地方議会に認めている条例制定権を「法律の範囲内で」と明記しており、条例はあくまでも国の施策の中のことだ。このことは地方自治体が国から独立した存在でないことを示している。それで地方自治法は条例の内容を「その区域における、国の事務に属しないもの」と限定している。わが国の法体系で住民投票が認められているのは「特定地方自治体へ適用する特別法の制定」と前述のリコール請求の特別措置の場合だけである。憲法95条は「特別法の住民投票」について明示しているが、これは都道府県や市町村のうち特定の自治体だけに適用される法律を制定する場合、その自治体の住民投票で過半数の同意を得なければならないと規定しているものだ。これは「特定地方自治体へ適用する特別法の制定」であって一般的な住民投票について述べたものではない。過去に95条に該当したのは、広島平和都市建設法や長崎国際文化都市建設法(いずれも1949年)、首都建設法(1950年)などで、原爆被害からの復興など特定の地域にのみ適用する法律を制定する際、住民投票で賛否を問う必要があるとされたからである。

地方議会が決める非常設型の住民投票で十分

これとは別に憲法改正のための国民投票規定があり(96条)、これに基づいて2007年に憲法改正手続法(マスコミは国民投票法と呼称)が制定された。国会では一部政党が憲法以外のさまざまな賛否も国民に問えるようにすべきと主張したが、憲法は憲法改正の重要性にかんがみて改正の賛否にのみ国民投票を規定しており、これを一般的施策にまで広げようとするのは国民投票の乱用として退けられた経緯がある。だから、地域にあってどうしても住民投票で住民の賛否を問いたい事案が生じたときは、例えば市町村合併の民意を問おうとすれば、議会で「○○合併を問う住民投票条例」といった個別の住民投票条例を制定すればよいだけの話である(これを非常設型の住民投票制と呼ぶ=これには法的拘束力はない)。それをいつでも住民投票ができるようにするのは(これが常設型の住民投票制)、憲法の地方自治の本旨を踏みにじっていると言うほかない。このような違憲的な住民投票法を制定すれば、わが国の各地で「内乱」が起こり、国家解体へと向かうことになる。
 以上の理由で我々は地方自治法改正であれ住民投票法であれ、また一部施策に限定しようがしまいが、いずれの場合においても住民投票制度の導入には反対するものである。

2011年3月1日

この記事は2011年2月28日に投稿されました。

統一地方選 橋下氏の「大阪都構想」を検証する

統一地方選挙の火蓋が3月に入ると切って落とされる。その第1弾となるのは3月24日に公示され4月10日に投票される東京都を初めとする13都道県知事選挙と44道府県議会議員選挙(茨城県、東京都、沖縄県を除く)、札幌市長選など5政令市長選挙、16政令市議会議員選挙である。第2陣が4月24日に投票が行われる88市長選挙・305市議会議員選挙、13区長選・21区議会議員選挙、132町村長選挙・404町村議会議員選挙である。市町村合併で選挙日がずれたところが増えてきたが、それでも全国の自治体の42%が選挙戦に突入する。これから2カ月、日本列島は地方選挙一色になるわけである。

「維新の会」は府議会で過半数を制せるか
橋下大阪府知事

東京都知事選挙はいまだ候補者が出揃っていない。争点もはっきりしない。かつての保革対決のような熱気はない。地方政治はどうあるべきなのか、全国的には盛り上がりに欠くといってよい。そんな中、「大阪維新の会」が2011年統一選の台風の目になっている。「大阪維新の会」は大阪府の橋下徹知事が立ち上げたもので、「大阪都構想」を実現させるとし、大阪府議会や大阪市議会、堺市議会で過半数を目指し大量擁立する。現在、「大阪維新の会」所属議員は、大阪府議会29議員(定数112=次期選挙で109に減員)、大阪市議会12議員(定員89)、堺市議会7議員(定数52)だ。橋下人気にあやかって「大阪維新の会」に鞍替えした自民党議員が多い。だが、それでも今回の選挙で過半数を占めるのは容易なことではない。もちろん過半数を制すれば、地方政治に地殻変動を起こす可能性がある。とは言っても大阪次元の話であって、全国的なものではない。
 橋下知事の「大阪都構想」は、一言でいえば大阪府を東京都のようにしようというものだ。政令指定都市である大阪市と堺市、さらに周辺9市を加えた11市を人口30万人規模の計20の特別区に再編し(大阪市24区は8~9区に)、各区に公選区長と議会を設置する。これまで大阪のトップには府知事と市長がいたが、都(府)知事1人にすることによって政策決定を迅速に行い、行政運営の効率化をはかる。「大阪の指揮官を1人にすることで、大阪の都市機能が強化でき、世界の都市と戦える」(橋下知事)というのがその理由である。この実現にはハードルは高い。府議会や大阪・堺など周辺市議会でそれぞれ過半数の賛成が要る。そのうえで国会に「大阪都」特別法の制定を求め、ここで過半数の賛成を得られれば、憲法の規定に従って府民による住民投票で賛否を問うことになり、賛成多数となれば、晴れて大阪都が実現する。特別法ではなく地方自治法での改正を目指すなら、政令市はすべて東京都のように特別区に改めるよう同法を改正する方法もある。いずれにしても国の議論を経なくてはならない。

「大阪都構想」では地方自治の全体像が見えない

確かに、都道府県と政令市の「権限」が重複していたり、わかりづらいのは事実だ。政令市は基本的には都道府県が行う事務のほとんどを独自に扱え、都道府県と同格とされている。だが、独立しているわけではなく、あくまでも都道府県に包括されており、その影響力を完全に排除できない。
 例えば、政令市は養護老人ホームや特別養護老人ホームの設置の許可・監督を行うが、介護老人保健施設の開設許可は都道府県の仕事だ。橋下知事は都市開発を問題視しているが、確かにこの分野の線引きはややこしい。都市計画区域の指定や市街化区域・市街化調整区域の都市計画決定は府が行うが、広域的な都市施設の都市計画決定や市街地開発事業の都市計画決定は政令市が行う。このように権限が複雑で、二重権力的な側面が否めない。それで改革を進めたい橋下知事にとっては、大阪市の反対で施策がしばしば立ち往生するので大阪市は抵抗勢力に映る。府議会も抵抗勢力だ。大阪市(266万人)には24区あり(ちなみ東京都区は884万人で23区)、府議会議員はその区単位の選挙区で選ばれるので、3000票余で楽々と当選する。それで議員は大阪府全体の大局に立たず、一部有権者の利益ばかりを追い求め、大阪市に肩入れしていると橋下知事は主張する。それが「大阪維新の会」を作った動機だ。
 こうした橋下知事の改革への意気込みは理解できる。だが、大阪都構想では地方自治の全体像が明確に出されていない。現在の地方自治は基礎自治体(市町村)と広域自治体(都道府県)の2層構造となっている。このうち住民サービスはより身近な基礎自治体に担わせ、広域行政や基礎自治体間の調整は広域自治体が担う。それが現在の基本構造である。そこから市町村は住民サービスに応じられる規模が必要とされ、強化策が採られてきた。それが「平成の大合併」で、3232市町村(99年3月)から1760市町村(10年3月)になり、自治体の平均人口は約2万5千人から約6万8千人へと拡大した。

「広域-大阪都-市町村」の3層なのか疑問も

一方、広域自治体は地方分権ともからみ、論議が錯綜している。従来の地方分権論議では道州制導入を前提に基礎自治体を強化する道州制-市町村の2層構造が描かれてきた。民主党政権でいえば、鳩山前首相は道州制が持論だ。だから2000年の衆院選では「10道-1000市」再編をマニフェストに盛り込んでいた。ところが、小沢一郎元代表は元来、「国-300市」を唱えきた。民主党の「地域主権」というスローガンは同じでも、その受け皿は違っていて、さっぱり分からない。では、橋下知事はどう描くのか。広域連合には積極的で、昨年12月には都道府県を越えた全国初の広域自治体「関西広域連合」を発足させた。これには奈良県を除く近畿5府県と鳥取、徳島両県の7府県が加わり、企画、立案などを行う「広域連合委員会」を組織し、各府県議会から人口比で2~5人(人口比)の計20人を「広域連合議会」に送りこみ、ここで広域行政の指針を決める。すでに関西広域連合は兵庫県豊岡市の病院でのドクターヘリの運航や広域防災計画などに取り組んでいる。11年度予算は各府県が分担し、5億円を計上する。将来、関西3空港の一体運営や高速道路の整備計画の統合などを目指すとしており、着実な歩みを始めた。
 だが、このように広域連合の事業が広がれば、地方自治は広域連合(道州)-都道府県-市町村の3層構造になっていく。さらに広域連合が充実していけば、限りなく道州制に近づき、都道府県が果たして必要なのか、疑問も沸いてくる。となれば、わざわざ大阪都を作る必要があるのか。関西広域連合との整合性を考えれば「大阪都構想」はいまひとつ説得力を持たない。仮に橋下氏が大阪市長になっていれば、大阪市への権限の集中を主張し大阪府解体論を掲げたのではないか。そんな疑問も沸く。こういうこともあって大阪の他の政令市を抱える道府県では「都構想」論議はほとんど聞かれない。これは他の道府県でも同様である。

民主党の隠れ蓑とされる各地の「維新の会」
河村名古屋市長

橋下知事と連動しているように見られるのが、河村名古屋市長の動きだ(「今日の視点」1月19日付参照)。河村市長は「中京都構想」を掲げるが、中身は「大阪都構想」とかなり違う。河村構想は愛知県と指定都市の名古屋市の企画・政策部門を一体化して愛知・名古屋を合体させ、強力で唯一の司令塔を作るというものだ。それによって重複行政のムダを徹底的に排除し、市民税と県民税の10%削減を実現するという。これが大阪都構想と違うのは、知事と市長を1人にせず単に「司令塔」としている点である。これなら法改正なしに実現できるが、橋下知事から「2人いれば、強力な司令塔が作れない」と批判され、一時、河村氏は「ワントップで独立させる」と修正した。だが、今は曖昧で、地方政治よりも国政に関心があるようで、トリプル選圧勝の余勢を駆って東京などで「減税日本」の候補者を擁立しようとしている。
 これに対して民主党の支持率凋落に危機感を抱く同党議員(主に小沢グループ)に「維新の会」人気に連動させようという動きが広がってきた。原口一博前総務相は2月21日、「地域主権改革実現のためプラットホーム作り」と称して政治団体「佐賀維新の会」(佐賀市)と「日本維新の会」(東京都)を立ち上げた。これには東国原英夫前宮崎県知事が加わるとの話もある。さらに民主党の小沢グループが動き、東京で民主党の10議員が「東京維新の会」を作った。これでは「維新」の名をもってする民主党隠しだ。政策抜きの統一地方選挙が進行中とはいえ、有権者はその中身を十分に吟味する必要があるだろう。

2011年2月28日

この記事は2011年1月19日に投稿されました。

ポピュリズムを助長する名古屋市の住民投票

名古屋市と鹿児島・阿久根市で市長と議会が対立し、リコール騒動が起こった。名古屋市では市議会解散の賛否を問う住民投票が1月17日に告示され、一方、阿久根市では住民投票で前の市長が失職したことに伴う市長選挙が16日に行われ、前市長の竹原信一氏が落選、リコール=解職請求運動を進めた住民グループの元役員の西平良将氏が当選した。これで阿久根市の混乱は収拾されることになる。名古屋市の住民投票は愛知県知事選(20日に告示)、名古屋市長選(23日に告示)とともに2月6日に「トリプル投票」が行われ、その結果によって市議会 の今後が決まる。

首長と議会の「不毛の対立」を招く

こうした動きは地方政治の「不毛の対立」といってよい。名古屋市では河村たかし市長が市議会リコール(解散請求)を仕掛け、一方、阿久根市で竹原信一前市長が専権事項を乱発し、議会側が市長リコールに動いた。なぜ両市でこうした事態に至ったのか。それぞれ背景は違うが、共通するのは首長が議会に阻まれてリーダーシップを発揮できなかったからである。むろん議会側からいわせれば、首長が議会を無視して強権を発揮しようとしたところにある。いずれにしても首長と議会の意見が一致しなければ予算も条例案も成立しないから、不毛の対立というほかない。
 名古屋市では、河村市長が2009年4月の市長選挙で「ナゴヤを日本一税金の安い街にする」として市民税10%減税や職員の総人件費10%削減、ボランティア委員会(地域委員会)設置などの「庶民革命」を掲げ、過去最高の51万票を獲得して圧勝した。市民の支持を背景に公約実現へ大胆な減税案や議会定数・報酬半減案などを議会に提示した。河村氏は民主党出身だが、市長選出馬に当たって民主党愛知県連が公約に疑義をはさんで推薦せず、与党が存在しなかった。案の定、市長提案に対して議会側が難色を示した。減税の代替財源を示さず、地域委員会には公平性や大衆迎合の危惧を残し、議員定数・報酬の半減は極端すぎるというのがその理由だった。業を煮やした河村市長は議員報酬の半減案を議会に提出するなど対立を強め、「保身議会vs庶民革命」と主張し、議会のリコール運動を展開し、紆余曲折を経て昨年12月にリコールが成立、市議会解散を問う住民投票となった。
 一方、阿久根市も名古屋市と似たような構図である。竹原市長は08年に市長選に当選した後、職員給与の削減などに応じない議会に対して議員定数の大幅削減(16から6)を提案するなど、議会側とことごとく対立してきた。09年2月に議会が全会一致で不信任決議を採択したため市長は議会を解散、出直し議会で再度、不信任決議を採択され失職したものの、5月の出直し市長選では接戦の末、再選された。議会と市長の対立構造を市民自らが選択した格好で、その後の対立は決定的となった。2010年に入って竹原市長は議会を招集せず、副市長人事など専決処分を乱発した。反発を強めた反市長派は市長リコール運動を展開し、12月に解職を問う住民投票が行われ解職、そして今回の市長選で竹原市長は敗北した。名古屋市では不毛の対立の最中にある。住民投票で市議会解散が決定し、市議会議員選挙が行われても、河村市長派が過半数を制するとは限らないからだ。いずれにしても2月6日以降に問題先送りである。

地方版の「郵政・刺客選挙」の様相

河村市長や竹原前市長の減税や経費節減に辣腕を振るいたい意気込みは理解できる。だが、手法はポピュリズム的である。議会を悪者にし、マスコミを使って市民から喝采を浴びる。その人気を背景にさらに強引に政策を押し通そうとする。小泉元首相の郵政選挙、刺客選挙を彷彿させる手法である。目的のためなら手段を選ばないというのは民主主義の範疇外である。言っていることがいくら正しくとも手続きを踏まなければ、それが逆に悪になる。そんな危険性を河村市長から感じ取る国民も少なくないはずだ。それにしても乱暴な手法、ポピュリズム、喝采政治が地方政治にまかり通っている。リコールは地方自治特有の制度で、あくまでも住民の直接民主制を体現するものである。だから首長自らが議会のリコールを求めるのは法の想定外といえる。たとえ市長派住民によるリコールでも河村市長自らが音頭をとって行うのは、地方自治の本旨から逸脱する異様な行為といわざるを得ない。また竹原前市長の議会を招集せず専決処分を乱発する行為もおかしい。地方自治法において専決処分は議会を召集する余裕のない緊急時を想定しており、竹花前市長のケースは法の精神から逸脱していた。
 確かに首長がリーダーシップを発揮しようとすれば、議会が足かせになるケースはあり得る。大阪府の橋下徹知事も議会としばしば対立している。だが、強引な手法は地域社会に禍根を残す。もとより議会側にも問題がある。長年にわたって「オール与党」と化し、慣れ合い議会に陥って執行機関に対する監視機能がマヒしている議会も少なくない。議員は地元への予算獲得にうつつを抜かし、あるいは一部団体と気脈を通じ、その代弁者となって市政を私物化しようとする古参議員もいたりする。それで議会に不信感を抱く住民も多い。指導力のある首長が登場すると、議会の実態にあきれ、歯がゆくて仕方なくなる。その気持ちは理解できよう。
 こうした反省から議会側も「議会条例」などを作り、開かれた議会を目指して定期的な住民対話や広報の活発化を図ったり執行機関との関係を正したりする動きが出ている。わが国の地方自治制度は首長と議会の二元代表制をとっていることを忘れてはならない。首長と議会はともに住民の直接選挙で選ばれ、首長は執行機関、議会は議決機関として、車の両輪のように地方自治に「共同責任」を負っている。それが憲法に規定された、わが国の地方自治制度なのである。

住民投票制は地域の分裂を深めるだけだ

英国の政治家ジェームズ・ブライスは「地方自治は民主政治の最良の学校、その成功の保証人である」と述べている。民主政治は対話によって合意形成をはかる政治過程を重視する。身近な地方自治は、そのための最良の学校というわけである。こうした民主主義の学校を否定し、直接民主主義を金科玉条のように住民投票制度を導入しようとする動きがあるが、我々は反対である。地域の政治分裂を深め、ポピュリズムや喝采政治をまかり通れば、民主主義が脅かされる。地方自治の本旨を取り違えてはなるまい。

2011年1月19日

この記事は2010年2月1日に投稿されました。

外国人参政権いま付与する時でない

残存する国際共産主義主権と安全が脅かされる

今年に入って永住外国人に地方参政権を付与する動きが急速に高まってきている。鳩山由紀夫首相は年頭会見で地方参政権付与法案について「与党との調整がすめば提出したい」と述べ、同法案の今国会提出に意欲を見せた。小沢一郎幹事長は昨年12月に訪韓した際、李明博大統領に同法案の成立に言及している。
 だが、東アジアには共産中国と北朝鮮という強固な共産主義国すなわち「冷戦構造」が残存しており、地方参政権付与はわが国の主権と安全を脅かしかねない。社会分裂をもたらし、国民の安寧な生活を破壊する恐れもある。永住外国人への地方参政権付与には①スパイ防止法を制定する②日韓が真の同盟関係を構築する③韓半島の南北統一が実現する④中国が民主化し脅威がなくなる⑤アジア太平洋共同体が始動するといった政治環境が整備されなければならない。

 現下の内外情勢下にあってわが国ができることは永住外国人の基本的人権や経済的自由を保障し、不当な民族差別を一掃して地域社会において「共生社会」を創建することである。永住外国人が選挙権の付与を求めるなら、日本国籍を取得すべきであろう。
 わが国における外国人登録者は約215万3000人(総人口1・
7%=2007年末)で、10年間で約1・5倍に増加している。登録者のうち中国籍が28・2%と最多で、次いで韓国・朝鮮籍27・6%。以下、ブラジル、フィリピン、ペルーの順で、このうち永住外国人は約91万人。
 永住外国人には戦前から日本に住み(その子孫も)歴史的経緯から韓国・朝鮮籍らに永住を認めた「特別永住者」(約42万人)と、10 年以上在留し素行や資産・技能などを考慮して法相が許可た「一般永住者」(約49万人)がいる。一般永住者のうち中国国籍が約15万人にのぼる。
 特別永住者は高齢で亡くなったり日本国籍を取得したりして毎年1万人以上減少している(ピーク時=91年、約69万人)。
 これに対して一般永住者は増え続け、最近5年間では毎年1万人以上の中国人が永住者となっており、遠からず中国国籍の永住者が多数を占めるようになるとみられる。
 報道によると、政府・民主党が検討している永住外国人参政権付与法案は、地方自治体の首長と地方議員の選挙権を「特別永住者」と「一般永住者」の成年者に与える内容で(被選挙権はない)、 このうち国交のない北朝鮮の「朝鮮」籍保持者には付与しない方針とされる。

2010年2月1日

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