共産主義は間違っている!
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勝共運動による救国救世

安倍首相は8月14日、戦後70年談話を閣議決定し発表した。共同通信が14日、15日両日をかけて行った全国電話世論調査では、「評価する」が44.2%となり、…続きを読む

第47回衆院選で自民党が圧勝した。…続きを読む

安倍首相は24日、施政方針演説で集団的自衛権に言及した。…続きを読む

米普天間飛行場の移設受け入れの是非を最大の争点とした沖縄県の名護市長選で、移設反対派の現職、稲嶺進氏が再選を果たした。…続きを読む

米軍ヘリの墜落事故を受け、普天間への移動を見合わせていた米海兵隊のオスプレイが今朝、改めて普天間飛行場への移動を始めた。…続きを読む

国内政局

この記事は2015年8月17日に投稿されました。

「70年談話」歴史の教訓を未来への知恵に

安倍首相は8月14日、戦後70年談話を閣議決定し発表した。共同通信が14日、15日両日をかけて行った全国電話世論調査では、「評価する」が44.2%となり、「評価しない」の37.0%を上回っている。

韓国大統領一定の評価 中国の批判、抑制的に

懸念された中国、韓国の批判も抑制的であり、特に翌日の「8.15光復節」記念行事において、朴槿恵大統領は、「われわれとしては残念な部分が少なくないのは事実」とした上で、「日本の侵略と植民地支配が、アジアのさまざまな国と国民に苦痛を与えたことに対する謝罪と反省を根幹とした歴代内閣の立場は、今後も揺るがないと、国際社会に明確に示したことに注目する」と語り、談話に一定の評価を与えている。
 「70年談話」は周到に、緻密に練られた内容だった。そして可能なかぎり日本国民に幅広く受け入れられるようにと慎重に言葉が選ばれた。この点を高く評価したい。細谷雄一慶大教授が指摘するように(読売8月15日)、村山談話は国民のコンセンサスを作るという点では失敗だった。村山首相(当時)は1995年6月に、国家で先の大戦の総括する決議を衆議院で採択したが、野党だけでなく、与党からも多数の欠席者が出る結果となった。参議院での決議採択は強硬な反対によりできなかった。この挫折が同年8月の村山談話につながったのだ。「70年談話」が、日本の針路を拓く指針となるように期待したい。
 過去の首相談話と同じく、先の大戦を巡る「こころからのおわび」や「侵略」、「植民地支配」などの文言とともに、未来志向の表現も盛り込まれている。
 同日のNHKの番組で安倍首相は、先の大戦を巡る日本の行為について「侵略と評価される行為もあったと思う」と語った。談話では「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。先の大戦への深い悔悟の念とともに、我が国は、そう誓いました。(略)私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります」と記された。
 「お詫び」に関する文言は以下のとおりである。「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省とお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。こうした歴代内閣の立場は、今後も揺るぎないものであります」
 朝日新聞は8月15日付社説で「極めて不十分な内容だった」と決めつけ、「主語はぼかされた」とし、大野博人・論説主幹は「間接的な言い方に終始」と批判した。しかしその批判は当たらない。侵略と植民地支配に関しては「我が国」と明記し、お詫びに関しても「我が国」と、主語を明確にして「今後も揺るぎない」と明言している。村山談話、小泉談話にある「私は」という表記は私的談話の印象が強く、閣議決定談話にふさわしい表記の方法ではないだろう。

過去の戦争は新秩序への挑戦 行き詰まりを「力の行使」で

注目すべき踏み込んだ内容もあった。かつて戦争に突き進んだ日本を「新しい秩序への挑戦者」と表現し、背景として1929年の世界恐慌を挙げ、「世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ経済ブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃をうけ」「その中で日本は孤立感を深め、外交的、経済的行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。(略)こうして、日本は世界の大勢を見失って」しまったことを挙げたのである。そして「私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます」と結んでいる。批判の声に「村山談話より後退した」との指摘があるが、「我が国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り」(村山談話)という、あいまいな表現よりさらに前進していると言えるだろう。
 さらに、慰安婦問題についても間接的に言及し「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはならない」と指摘した。
 「談話」には多く意味が込められている。読み解くべきことの一つは「力の行使」により外交的、経済的行き詰まりを解決しようとする勢力へのメッセージである。ロシアや「イスラム国」、なによりも中国である。2013年9月、米国・オバマ大統領が「世界の警察官辞退宣言」ともいえる演説を行ったことを契機に、中国による一方的防空識別圏が東シナ海上空に設置され、翌3月にはロシアによるクリミア半島併合、6月には「イスラム国」による一方的な新国家樹立宣言が行われ、さらに中国による南シナ海での人工島建設や東シナ海での領海侵犯行為や一方的なガス田開発がある。いずれも「力の行使」による現状変更に通じるものである。
 重要なことは、談話を踏まえて何をなすかである。先の世代に向け「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」との記述がある。これは、日本は和解の努力を今後も続けなければならいという趣旨であろう。これから中国、韓国との首脳外交の本格化が予想される。安倍首相には、「歴史の教訓を未来への知恵として」新時代を切り拓いてもらいたい。
(国際勝共連合教宣局)

2015年8月17日

この記事は2014年12月16日に投稿されました。

自公圧勝、「強い日本」を実現せよ

第47回衆院選で自民党が圧勝した。特に小選挙区での得票率はこれまでの最高記録である47.77%(2005年の自民党)を超え、48.10%となった。比例選を含めた全議席に占める割合も61.05%と、過去の自民党の歴史の中でも高い水準だ。自公両党では、全議席の3分の2(317議席)を超える325議席を獲得した。
 選挙速報番組では、「投票率50%で民意と言えるのか」(テレビ朝日)「集団的自衛権などの埋もれた問題について信任を得たと言えるのか」(TBS)などのコメンテーターによる批判的な発言もあったが、いずれも的外れだ。投票日まではマスコミ各社が自ら「安倍政治の2年間が問われる」(東京新聞12月14日)などと訴えていた。大勝によって国民の信任を得たという事実は重い。丁寧な議論を重ねることは当然だが、力強く政策を進め、「強い日本」を実現してもらいたい。
 第二次安倍政権が誕生するまで、日本は毎年のように首相が交代するという異常事態の中にあった。その間、経済は停滞を続け、政治は迷走した。与党圧勝の背景として野党の準備不足なども指摘されてはいるが、最大の原因は国民が2年間の第2次安倍内閣に及第点を与え、当面は安定した体制で国政を進めてもらいたいと判断したことにあるだろう。

経済再生と安全保障を推し進めよ

国民の最大の期待が景気回復にあることは間違いない。15年間続いたデフレの中で墜落寸前にあった日本の経済はようやく持ち直しつつある。就業者数は2年間で100万人増加し、有効求人倍率は1.09倍で22年ぶりの高水準だ。脱デフレの好影響が消費増税によって打ち消されてしまった面もあるが、社会保障制度などが待ったなしの状況にある中、増税はやむを得ない判断だった。「アベノミクス選挙」で信任を得た以上、成長戦略と財政再建という二つの難題を同時に乗り越えてもらいたい。
 安全保障体制の充実も焦眉の急だ。集団的自衛権の行使容認は7月1日に歴史的閣議決定を行ったが、法整備を進めなければ意味がない。民主党は今回の総選挙で「閣議決定は立憲主義に反する」として撤回を明記し、敗北した。特に反対を強く訴えていた海江田元代表の落選は象徴的だ。慎重だった与党の公明党も、選挙後の16日に安倍総理と山口代表による党首会談で「安全保障関連法案を速やかに成立させる」と明記した「連立政権合意」を結んだ。
 中国は覇権拡大の意図を露わにし、南シナ海では他国の海で海底資源の掘削、軍事拠点の建設を繰り返している。東シナ海の尖閣諸島周辺でも、いつ紛争が起きてもおかしくない。日米同盟の強化とともに、グレーゾーンに対応できる法整備に早急に整えるべきである。

人口減少対策の柱に家庭再建

アベノミクスが成功しても、人口減少が止まらなければ日本の弱体化は避けられない。政府は、「50年後に1億人程度の人口を維持」との国家目標を打ち出しているが、この実現のためには家庭強化が必要不可欠だ。
 安倍総理は解散前、「女性が輝く社会」を打ち出し、配偶者控除の廃止の検討などを指示した。労働力の減少を女性の活用で補うという発想だが、女性の家庭の役割を軽視することになれば、むしろ子供を生まない女性が増え、少子化を助長しかねない。外に出て働きたい女性もいれば、家庭で育児に専念したいという女性もいる。国立社会保障・人口問題研究所の調査では、「こどもが3歳ぐらいまでは育児に専念したい」と答えた女性は85.9%だった(2000年)。安倍政権の考えは、こうした意見に逆行している。
 欧米では女性の就労支援などを通して少子化問題も克服したという意見があるが、個人主義的な風潮の強い欧米の政策が日本にそのまま適合するわけではない。むしろ日本は伝統的に家庭を重視する国柄であり、これを軽視すれば伝統や文化が喪失し、犯罪率の増加などさらに大きな問題が生じる可能性もある。
 強い日本の実現には、経済再生と安全保障の強化、さらに家庭再建が必須だ。これらは背反することなく同時に達成できるはずだ。長期政権がほぼ確実となった安倍政権には、ぜひこれらの課題に取り組んでもらいたい。

2014年12月16日

この記事は2014年1月30日に投稿されました。

集団的自衛権の議論を急げ

安倍首相は24日、施政方針演説で集団的自衛権に言及した。首相は当初、昨年中に解釈見直しに踏み切る意向だったが、経済優先の方針に加え、連立与党の公明党が反対したため先送りにされていた。
 首相は演説で、「責任野党とは柔軟かつ真摯に政策協議を行っていく」とも話した。行使容認の議論に前向きな、日本維新の会やみんなの党との連携を意味しているのは明らかだ。公明党をけん制するとともに、野党を分断して政権運営を円滑にする効果もある。
 首相はその日の夜、電話でみんなの党の渡辺喜美代表に「政策協議をやっていきましょう」と伝え、渡辺氏は「演説で触れてもらってありがとうございました」と答えたという。渡辺氏には、党の分裂で低下した求心力を回復したい思いがあり、首相もそれをよく知っているのだ。また、維新の会の松野頼久国会議員団幹事長は28日の代表質問で、首相に集団的自衛権をめぐる協議を要請した。記者会見で「正しいことは賛成も提案もしていく。集団的自衛権は胸襟を開いて話し合える」(25日)と話した通りだった。

中国の海洋侵出に注意せよ

集団的自衛権の行使容認は、今国会で道筋をつけるべきだ。東アジアにおける不安定要素が急激に増しているからだ。北朝鮮では核開発に反対してきた張成沢氏が処刑され、今後は一層の強硬路線に突き進む可能性もある。中国は海洋覇権の進出の動きをさらに強めている。
 中国は昨年11月に、尖閣諸島上空を含む防空識別圏を発表した。これだけでも大変な暴挙だが、1月1日には南シナ海で他国の漁業活動を規制する法律を施行した。操業や資源調査には中国国務院の許可が必要になるという。米国は「挑発的で潜在的に危険な行動」と非難したが、聞き入れる素振りは全くない。それどころか1月18日には、中国遼寧省トップの王珉・党書記が国産空母を建造中であること、将来的には空母4隻体制となることを公言した。完成すれば南シナ海で運用される見込みで、同地域に軍事的プレゼンスを保つ米国と全面対決するつもりだ。
 情報戦でも攻勢を強めている。中国の国連大使である劉結一氏は安全保障理事会で、「安倍総理の靖国参拝は、反ファシズム戦争の勝利と国連憲章に基づく戦後の国際秩序への挑戦だ」と非難した。日本を国際社会で孤立させ、日米同盟を弱体化させる狙いだ。
 中国の膨張主義を許してはならない。そのためにはまず集団的自衛権の行使容認だ。現状では、日本の領海を一歩出れば、米艦船が攻撃された際に自衛隊は手を出すことができない。公海上でも米艦船を守ることができるようになれば、防衛力は格段に上がり、抑止力の向上につながる。
 力の空白があれば必ず侵出するのが中国だ。公明党や民主党は行使容認に反対だというが、それなら中国の横暴をどうやって止めるというのか。具体的な代案を示してほしい。

戦略のないオバマ政権

それにしても気になるのはオバマ政権の戦略のなさだ。オバマ大統領は29日、議会で一般教書演説を行った。日本で言えば首相の施政方針演説に相当し、大統領の発言の中で最も重要視されるものだ。オバマ氏はこの演説のほとんどを内政の課題にあて、格差是正をアピールした。11月の中間選挙をにらんでいることは明白だ。
 その一方で、アジアについては「引き続きアジア太平洋に焦点を合わせ、同盟国を支える」などと述べるにとどまった。中国の軍事的拡張には一切触れず、北朝鮮にも言及しなかった。中国への配慮もあるのだろうが、アジアに対する戦略がない、関心そのものがないと受け取られても仕方のない内容だった。
 オバマ政権の「内向き」志向が強まっている。日本は米国との関係強化を図り、そのうえで地域の安定の重要性と米国の役割を訴える必要がある。その第一歩が集団的自衛権だ。

2014年1月30日

この記事は2014年1月25日に投稿されました。

特定秘密保護法反対論を斬る

2014年1月10 日、渋谷駅頭にて行われた街頭演説の内容を動画で紹介する。

2013年12月6日、安倍晋三総理の強い信念が与党内に浸透し、第185回臨時国会で特定秘密保護法が成立した。朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、及びほとんどの地方紙が抵抗し、常軌を逸した反対論が連日繰り返された。中立公正を旨とすべき公器としてのメディアの良心をかなぐり捨てたかのような報道ぶりだった。国際勝共連合は、特定秘密保護法の必要性を一切論じず、あり得ないデマで一般国民を不安に陥れようとするメディアの偏った報道姿勢に斬り込み、スパイ防止法などの法整備がさらに必要であることを国民に訴えていく。

2014年1月25日

この記事は2014年1月20日に投稿されました。

名護市長選、共産党の伸張を警戒せよ

米普天間飛行場の移設受け入れの是非を最大の争点とした沖縄県の名護市長選で、移設反対派の現職、稲嶺進氏が再選を果たした。有効投票者数は約4万6千人、稲嶺氏の得票は19,839票、敗れた末松氏は15,684票だった。
 稲嶺氏は無所属だが、共産、生活、社民が推薦した。左翼的なイデオロギーの持ち主であることは間違いない。市長選では「移設阻止に向けた最後の砦になる」と訴え、米軍の県外・国外移設を主張した。当選後、共産党の志位委員長はNHKで「基地を辺野古に作ることはできない。断念に追い込む」と述べている。

市長による移設の妨害は筋違いだ

これらの発言は、ことごとくナンセンスだ。そもそも移設に関しては、沖縄県知事である仲井真氏が昨年12月、国の要請に基づき辺野古沿岸部の埋め立てを承認している。移設はすでに既定路線だ。
 沖縄が日本の国防の要所であることは周知の事実であり、安全保障にかかわる重大な問題が地方の首長選挙で争点となること自体がおかしい。地方自治法では、地方自治体は住民の福祉の増進を図ることが行政の基本であり、国家としての存立にかかわる事務は国政が担うよう定めている。だから、移設の是非は国政で判断することなのだ。
 朝日新聞は、「私たちの民主主義社会は、投票で意思を示すというルールで動いている」(1月20日)と述べ、「沖縄の基地問題に限れば、このルールは通用していない」(同)と断じた。政府が市長選の結果について、「(移設には)全く影響ない」(菅官房長官)と述べたことについてである。勘違いも甚だしい。基地問題は国家の存立にかかわる問題だから、市長選の投票によって左右されるものではない。それが我が国のルールだ。
 もし地方自治体の首長が、国がしかるべき手続きを経て決定した内容を否定するのであれば、それこそ民主主義に対する暴挙と言える。不満があれば、国政を担う国会議員の選挙の際に争点にして議員を立てればよい。それこそが民主主義だ。
 「似たような例が他にもある」と考えた方も多いだろう。そう、都知事選に「脱原発」を掲げて出馬を決めた細川元総理と、その支援を決めた小泉元総理である。原発政策は国のあらゆる経済活動の根幹にかかわる問題である。東京都は、事故を起こした福島第一原発から電力の供給を受けていたが、それは東京都だけでもない。また、「脱原発」は日本全体の経済活動を左右する。いうまでもなく国政の選挙で争うべき問題なのだ。
 一昨年の衆院選では、「脱原発」で知名度をあげた嘉田由紀子滋賀県知事を党首に日本未来の党が挑んだ。しかし結果は惨敗、党そのものが衆院選直後に解体した。この敗北を都知事選で巻き返そうなどとは、「地方選の悪用」(読売新聞1月20日)といっても過言ではない。

共産党を反政府の受け皿にするな

それにしても気になるのは、共産党系の候補者が反自民の受け皿になっていることだ。昨年7月の参院選でも、東京都選挙区で日本共産党公認の吉良佳子が当選した。吉良氏は日本共産党の准中央委員だ。70万票を獲得、5人区で3位当選は日本共産党としても初めてだった。
 最近は日本共産党からの過激なメッセージがさほど聞かれない。ソフト路線をしいてイメージ戦略をとっているからだ。しかしその本質が何ら変わるわけではない。マルクスは共産党宣言(1848年)で、暴力革命による資本主義社会の打倒を訴え、「家族の廃止!」を主張した。日本共産党は、決して単なる反自民の受け皿ではない。国家と家庭を解体する明確な思想をもっているのだ。
 都知事選が近づいている。感傷的なスローガンを訴える左翼的な扇動に乗せられてはならない。冷静な判断で投票に臨むべきだ。

2014年1月20日

この記事は2013年8月12日に投稿されました。

米ヘリ墜落事故犠牲者にまず追悼の意を表明しよう

米軍ヘリの墜落事故を受け、普天間への移動を見合わせていた米海兵隊のオスプレイが今朝、改めて普天間飛行場への移動を始めた。
 その一方、沖縄県議会では本議会が開かれ、墜落事故に対する抗議決議と意見書を全会一致で可決した。
 沖縄県議会の抗議決議は、次のような内容だ。

「県民の生命と財産をないがしろにする米軍の一方的な行動は許されるものではない」
「事故原因を徹底究明し公表せよ」
「抜本的な再発防止策が講じられるまで同機種の飛行は中止せよ」

 米軍の行動に対して常に不満を表明している同議会は、オスプレイの移動に対しても強い反発を示すに違いない。

ヘリ事故を米軍の全面否定にすり替えるな

これに対して、小泉進次郎議員はおととい、「危険性の除去を進めることが何より大切」としながらも、次のように語っている。

「今回事故を起こしたヘリというのは、捜索救難のヘリ」
「東日本大震災のときには発災直後に横田から南三陸に行って、…当時の被災地のみなさんにほんとに献身的にやってくれた」

 事故に対しての原因究明がなされるのは当然だが、だからといって在日米軍への感情的な反発を正当化するのは筋違いだ。沖縄県議会は「米軍の一方的な行動」が「県民の生命と財産をないがしろに」しているというが、米軍は日米同盟に基づいて運営されているのであり、決して「一方的」ではない。逆に、米軍基地がなければ中国の覇権拡大が最初に及ぶのは沖縄であり、米軍が「県民の生命と財産をないがしろにしている」という発言こそ一方的だ。
 小泉議員も触れていたが、事故をゼロにするのは不可能だ。同様の事故が起きないように万全の対策を講じることは絶対に必要だが、それが米軍そのものへの批判にすり替えられてはならない。
 米国は、戦後の長い期間、日本の安全保障を守るための同盟国として行動してきた。だから米軍は、日本にとって敵ではなく献身的な協力者であり、言い換えれば「トモダチ」だ。
 だから私たちが米軍ヘリの墜落の報を受け、まず行うべきは犠牲者への哀悼の意を表すことである。もし墜落事故が自衛隊で起こり、犠牲者が日本人であればそれは当然の行為だろう。「米軍の兵士だから」それができないというのはおかしい。

政府はオスプレイ配備の理由を明確にせよ

さらに言えば、政府はなぜ普天間にオスプレイが必要なのかをはっきりと国民に説明するべきだ。
 これまで政府は中国への配慮から明確な説明を避けていたのだろうが、先月公表された防衛白書では中国の膨張主義を厳しく指摘した。過剰に危機をあおる必要はないが、冷静にその脅威を説明すればよい。そうすれば、なぜオスプレイを配備しなければならないかが、より明確になるだろう。
 中国が覇権の拡大を露わにする今、日米同盟が弱体化することは絶対に避けなければならない。だれが脅威でだれが「トモダチ」なのか。政府はその理由をわかりやすく説明するべきだ。

2013年8月12日

この記事は2012年12月20日に投稿されました。

自民圧勝 ─安全保障体制の強化に取り組め

16日に投開票された衆院選で、自公両党はあわせて325議席を獲得して圧勝した。参議院で否決されても、衆議院で再可決が可能な3分の2を上回る議席を確保した。
 衆院選を前に自民党は政権公約を発表し、集団的自衛権の行使など、安全保障体制の強化を打ち出した。中でも自衛隊の「防衛軍」への改称は民主党をはじめ多くの政党から反発され、マスコミにも一部批判的に取り上げられた。しかし安倍総裁は、その主張を変えることはなかった。
 そして、この圧勝である。もちろん投票率の低さなどもあって、議席の獲得数ほど国民は自民党の公約に賛同していないという意見もあるが、やはり国民の意識の中に国防の必要性が着実に根付いてきたと言えるだろう。
 近年の例を見てもわかる通り、衆院選で圧勝しても、その後に続く参院選で敗北すれば安定した政権運営を行うことは非常に難しい。いわゆる「ねじれ国会」だ。安倍政権には、経済再生をはじめとした多くの問題にリーダシップを発揮し、来年夏に行われる参院選でも勝利して安定した政権運営を担ってもらいたい。

外交は日米の信頼関係を基軸とせよ

安倍総裁が、初の外遊先に米国を指示したことは非常に評価できる。民主党政権は、鳩山元総理の「最低でも県外」発言に始まり、迷走を繰り返した結果、日米の信頼関係を完全に失ってしまった。
 日本の安全保障は、言うまでもなく米国との同盟関係の上に成り立っている。同盟関係の根底にあるのは、あくまでも両国間の信頼関係だ。「日米は同盟関係にあり、基地も提供しているのだから、信頼が損なわれても米国は日本を守るべきだ」という安易な論理は国際社会においては通用しない。日本国民は、継続する中国の恫喝的な態度を見て、このことを痛いほど理解したのではないだろうか。
 信頼関係の損なわれた、紙切れ同然の同盟関係では有事の際には何の役にも立たない。だから、抑止力にもならないのである。
民主党政権は、中国との関係を米国抜きで、二国間のみでつくりあげようとした。その結果、日本の抑止力や影響力は大きく低下した。これが、今の中国の恫喝的外交を生み出したと言ってもいい。
 日本が中国や韓国との正常な関係を築くためには、まず日本と米国との間に深い信頼関係が築かれているということを示す必要があるのだ。

中国との決戦に備えよ

中国による恫喝的な行動はますます勢いを増している。
 中国の公船が領海侵犯を繰り返し、13日には中国国家海洋局所属のプロペラ機が初めて領空侵犯した。翌日に楊潔篪(ようけつち)中国外相は、人民日報への寄稿の中で、「断固として日本との闘争を行う」と明言した。これほどの激しい言葉が外相によって使われるのは、おそらく戦後初めてのことだろう。
 習近平総書記は、12月に入り、陸軍と空軍に対して「軍事闘争の準備を進めよう」と指示した。また、習氏が掲げる「民族復興」のスローガンの真意は、「強国強兵」であることを強調した。中国の国内事情によっては、いよいよ日本との決戦が始まる可能性も十分に考えられる。
 自民党内では、安全保障体制の強化に関しても、まだ十分に意見を集約しきれているわけではない。その一例が緊急事態基本法の制定だ。石破幹事長は、自民党の総裁選でこれを自身の公約とした。しかし今回の衆院選では、「自民党内でまだ議論が深められていない」として、公約とすることは見送られた。
 安倍政権が取り組むべきことは多い。しかし中国による脅威はすでに目の前にまで来ており、まさしく「待ったなし」の状況だ。自民党内で安全保障に関する意見を一日も早く集約し、中国との決戦に備えるべきだ。

2012年12月20日

この記事は2012年11月30日に投稿されました。

解散総選挙で「強い日本」実現を

衆議院が解散され、総選挙の投票日が12月16日に決定した。
 3年余りの民主党政権が審判を受けるとともに、民主、自民の二大政党の対立に日本維新の会、みんなの党、さらに未来の党が第三局として名乗りを上げ、選挙後の新たな政権の枠組みや政界再編の行方を決める選挙となっている。
 各政党が公約やマニフェストを発表する中、自民党はいち早く政権公約を発表し、その中でも安全保障にかかわる問題を「外交再生」と位置づけ、経済再生、教育再生に続いて第三番目にあげた。具体的な内容をいくつか紹介しよう。

• 憲法改正により自衛隊を国防軍と位置づけます。
• 日米同盟の強化のもと、国益を守る、主張する外交を展開します。
• 官邸の司令機能を強化するため、「国家安全保障会議」を設置します。
• 日本の平和と地域の安定を守るため、集団的自衛権の行使を可能とし、「国家安全保障基本法」を制定します。
• 日本を守るため、減らし続けてきた自衛隊の予算・人員・装備を拡充します。
• 世界6位の広い海をもつ海洋国家日本の海を守るため、海上保安庁を強化します。
• 我が国の主権と領土・領海を断固として守るため、国境を形成する離党を守り信仰させる法律や、領海警備を強化する法律の制定に取り組みます。

現実を無視した「国防軍」批判

これらの内容は、日本が独立国家として主権を維持する上において、当然の内容ばかりである。しかしこれに対して民主党の野田総理は、「憲法9条の改正も含め国防軍を簡単につくれるのか」「(自衛隊を)大陸間弾道弾を飛ばすような組織にするのか」と批判した。
 また、公明党の山口代表も、「あえて自衛隊の名前や組織を変える必要はない」と否定的な立場を示した。朝日新聞は、石原新太郎氏の核兵器シミュレーションの提言を取り上げ、「右に寄る自民・維新」(11月24日)と批判した。
 安倍総裁はこうした批判に対して、自衛隊は国際法上、軍隊と見なされているのに、政府の憲法解釈では軍隊ではないとされていることこそが問題だと反論した。軍隊でなければ万一の場合、自衛隊員は捕虜として扱われないとも言及した。
 読売新聞はこれを、「もっともな見解である」として「憲法に、自衛のための組織を明確に記すことは当然だ。自衛隊の法的な位置づけを巡る混乱に終止符を打つべきである」と後押しした(11月28日)。そして「憲法とも関連する、集団的自衛権行使の是非や、自衛隊の国際活動のあり方についても活発な論戦を期待したい」とさらに踏み込んだ見解を述べている。

自主憲法を制定せよ

これまで日本では、国防や安全保障に対する正統的な議論が、「軍拡につながる」「極右だ」と批判され、選挙の公約としてこれほど大々的に論じられることはなかった。しかし中国の覇権主義が明らかになり、北朝鮮の不安定性が語られる中、日本の国防の曖昧さを多くの国民が知るようになった。
 読売新聞が指摘するように、自民党が公約で提示する安全保障体制の整備は独立国家として当然な内容ばかりである。野田総理は安倍自民党に対して「タカ派」のレッテルを貼り、殊更に有権者の不安を煽ろうとしているが、これこそポピュリズム政治の手法そのものだ。
 国防軍の保持に関連して、憲法改正論議が取り上げられるようになったことも重要だ。我々勝共連合がかねてから訴えてきたように、自主憲法制定は日本のあるべき姿を明確にするためにもっとも必要だ。様々な政策の根本にあるのが、「日本の主権と領土をいかに守るのか」を示す安全保障体制の整備であり、さらにその根本にあるのが「守るべき日本とはどのような国なのか」を示す自主憲法の制定なのである。
 総選挙にのぞむ各党が、外交や安全保障、そして憲法改正に対してどのような政策を掲げているのか、我々はしっかりと見極める必要がある。
 今回の総選挙を、「強い日本」を実現するための絶好の機会とするべきである。

2012年11月30日

この記事は2011年11月3日に投稿されました。

原発の必要性

野田首相は10月31日、首相官邸でベトナムのズン首相と会談し、日本から安全性の高い原発の輸出を行う方針を確認した。
 ベトナムへの原発輸出は、韓国やフランスも受注を目指していたが、昨年10月に日本の受注が決まっていた。しかし、東京電力福島第一原発の事故後、菅前首相が「脱原発」や原発輸出の見直しに言及したため、両国間が混乱していた。
 日本政府は今回、共同声明に「日本は世界最高水準の安全性を有する技術を提供する意思を表明した」と明記し、原子力協力の共同文書では、原発事故の「徹底的な検証から得られる経験と教訓」を両国で共有するとした。

野田政権で原発施策が再スタート

前首相が混乱させた原発政策が、ようやく軌道修正されて再スタートしようとしている。もちろん事故からの経験と教訓を検証することは非常に重要だが、野田政権にはそれと同時に原発政策を力強く進めてもらいたい。
 そもそも問題を複雑にしたのは、事故後の菅前首相の唐突な発言である。5月6日夜、予定外の記者会見を開いた前首相は、中部電力に対し、静岡県御前崎市にある浜岡原発の全面停止を求めた。さらに前首相は7月13日、「将来的に原発に依存しない社会を目指す」と、脱原発宣言へと突き進んだが、これらはいずれも閣議了解を得たものではない、前首相の個人プレーだったのである。元市民運動家の前首相ならではの発言ともいえるが、これらの発言がもたらす影響は国家レベルでは甚大である。なぜなら原発政策は、単なるエネルギー政策ではなく、国家の経済政策であり、科学技術政策でもあり、さらに安全保障政策でもあるからである。

福島第一原発事故の原因は、今なお検証されている最中だが、その中で、今回の事故のもっとも大きな原因が、技術的な問題以上に人為的なものにある可能性が指摘されている。たとえば福島第一原発には、1号機に非常用復水器(IC=アイソレーションコンデンサー)と呼ばれる強力な冷却系があった。これは、全交流電源が喪失したとしても緊急的に炉心の燃料を冷却させられる装置であり、原発を事故から守る「五重の砦」のまさに最後の砦だった。しかし事故当時、これを現場の運転員が意図的に停止させており、しかもその措置を責任者である吉田所長が把握していなかったのである。当然、吉田所長は、燃料を冷却させるための適切な指示を出すことができず、吉田所長はこれを「大きな失敗だった」と言っている。もしICが停止していなかったなら、1号機の水素爆発はなかったはずであり、1号機の爆発がなかったならば、2号機、3号機の事故の収束もより容易であったはずである。
 運転員がICを停止させた理由は二転三転しており、大事故の原因の一つが人為的ミスだった可能性も高い。もし吉田所長がICの停止を把握しており、それを作動させていれば、今回のような大事故にはいたらなかっただろうというのである。このように、今回の事故が大きな被害をもたらした理由には、緊急事態に対処するマニュアルが用意されていなかったなど、人為的な欠陥が明らかになってきている。
 さらに言えば、日本の原発のプラント技術は世界最高のレベルにある。原発のタービンを作ることができる技術は、今のところロシアと日本以外にない。また、圧力容器も日本の技術が最高であることは間違いない。つまり今回の事故は、技術力の問題ではなく、適切な管理を怠ったために、起こるべくして起きた事故ともいえる。また、この日本だけがもつ技術を、世界の多くの国々が必要としているということでもある。

エネルギー施策と安全保障面での課題

もし日本が原発をやめたとすれば、そのエネルギーはどのように生み出すのだろうか。
 今の日本では、エネルギーの3割弱を原発で、6割強を火力でまかなっている。火力発電の燃料となる石油は、ほとんどが中東から輸入しており、日本まで運ぶ間にはマラッカ海峡や台湾海峡、バシー海峡などの緊張度の高い海を通らなければならない。もしエネルギーのほとんどを火力発電に頼れば、レアアースを中国が差し止めたときのことを考えればわかるように、日本の外交は非常に弱い立場におかれることになるだろう。
 では、太陽光発電や風力発電などの、自然エネルギーはどうだろうか。太陽光発電は、コストが非常に高く、太陽光発電の先進国のドイツでも、これまで数十兆円のお金を投資しながら発電量はわずか0.5%にしかなっていない。ドイツ国内でも、このコストの高さは頻繁に批判されている。風力発電も、ヨーロッパと違って台風の多い日本では、台風が通過するたびに停止する可能性があり、その際のエネルギー不足をどうやって補うかを考えなければならない。

もう一つ重要なことは、原発を維持するということは、核兵器を作ろうと思えば一定期間のうちに作れるという「核の潜在的抑止力」でもあるということである。核兵器をつくるには、膨大な設備や技術が必要であり、原発を止めれば、その技術の蓄積をすべて放棄するということにもなる。核拡散防止条約(NPT)では、米国、ロシア、中国、英国、フランスのみに核保有が正式に認められている。日本に「核の潜在的抑止力」までなくなれば、さらに日本の安全保障は不利な立場に立たされることになるだろう。

 今回のベトナムへの原発の輸出は、日本の原発政策の再出発ともいえる。野田政権は、原発の安全性については十分な検証をしつつも、さらなる原発政策を推し進めてもらいたい。

2012年11月3日

この記事は2011年8月20日に投稿されました。

「子ども手当」のイデオロギーが日本を滅ぼす

民主、自民、公明の三党が8月4日に、子育て支援策としての子ども手当は今年度一杯までとし、来年度からは所得制限を設け、児童手当を復活、改正するとことで合意した。ところが民主党党内で異論が噴出、「誤解しないでください!子ども手当は存続します」というビラを35万部も印刷し配布した。当然自民、公明が抗議し、岡田幹事長が謝罪して今後配布はしないと約束したのである。もはや民主党は政党ではない。政権政党がこれでは日本は滅びる。

「子ども手当」にこだわる民主党のイデオロギー

民主党がなぜ「子ども手当」にこだわるのか。これは単にネーミングの問題ではないのだ。価値観の問題、もっといえばイデオロギーの問題なのである。
 民主党の09年衆議院選挙マニュフェストの目玉が「子ども手当」の給付であった。中学生までのすべての「子ども」に月額26000円を給付するという政策であり、総額5兆3000億円を超える財源が必要とされたのである。配偶者控除、扶養控除を廃止するなどが提示されていた。
 批判するべきは多くある。なによりも財源なきバラマキ政策であるという点を上げなければならない。5兆3000億円という予算額は日本の防衛予算を上回る膨大な額だ。先の衆院選マニフェストには他に高速道路の無料化、高校の実質無償化、農家の戸別所得補償制度確立などがあり、必要財源は16兆円を越えた。無駄を省けば出てくるとの説明に国民は不安感をもちつつも、結果として政権交代を許したのである。
 しかし、バラマキ以上に大きな問題がある。それは「子どもは社会が育てる」という考え方(イデオロギー)である。子どもは「労働者」であるとの考え方から生まれた一種の保証制度という思想である。社会(あるいは国家=労働者階級が権力を握っている国家)が直接子どもを育てるという主張により、家庭、親が排除されるのである。常識を越えた極めて危険な発想が根底にあるのである。
 提言者は男女共同参画社会ビジョンの立役者大沢真理教授である。それは2002年までにさかのぼる。小宮山洋子議員を座長とする民主党の勉強会に呼ばれた大沢教授は、「児童」の最低生活を親の所得制限なしの手当で保障し、扶養控除、配偶者控除の見直すべきであると述べた。そして、日本国憲法では児童労働は禁止されており、教育の義務(義務教育)がうたわれていることを前提に、「子ども手当」を提言し、それは「出産奨励」・「育児支援」ではなく、また「少子化対策」でもないというのである。そして「子供は労働できるにもかかわらず、児童労働の禁止と義務教育で勤労の機会を奪われているのだから、国家が賃金を保証すべきである」と主張している。

「子ども手当」は日本の文化を崩壊させる政策

「子ども手当」政策は、子供達を歴史、文化、伝統、家庭から切り離して、労働者としての意識を自覚させるための政策、すなわち文化破壊の共産主義思想に基づく政策なのである。児童ではなく「子ども」という表記することは、保護、育成の対象ではなく権利の主体であるという意味をこめており、さらに給付に所得制限を設けないということは、子供を家庭の一員としてとらえるのではなく、一労働者として見るということである。それが、なぜ「子ども手当」という表記にこだわるのかという根本的理由である。この内容を民主党議員のどれだけが理解しているかはわからない。
 去る8月4日の三党合意を受けた自民党本部の説明文には「所得制限を設けることにより、民主党の『子どもは社会で育てる』というイデオロギーを撤回させ、第一義的には子どもは家庭が育て、足らざる部分を社会がサポートする、という我が党のかねてからの主張が実現した」とある。この主張を高く評価し支持する。「子ども手当」のイデオロギーが日本を滅ぼすのである。

2011年8月20日

この記事は2011年7月15日に投稿されました。

菅「延命内閣」 国難超克へ直ちに退陣せよ

3・11大震災以降、政治は国難に立ち向かうどころか、混迷を重ね、逆に国難を増してきた。その元凶は菅直人首相にあることは周知のとおりだ。ようやく与党内にも退陣を求める声が高まり、6月初めに退陣意向を表明した。それにもかかわらず、延命人事で政権の座にしがみついている。だが、被災者を定める松本復興相の辞任劇が象徴するように、もはや菅政権の命運は尽きている。直ちに退陣せよ。

菅首相がもたらす人災に終止符打て

東日本大震災に際して菅首相は「想定外」を連発し、緊急事態体制で臨まず、平和ボケに終始し被害を拡大させた。戦後憲法にしがみつく菅首相の頭には平時しかなく、有事感覚が一切なかったからだ。とりわけ原発事故処理の初動の遅れは致命的だった。事故の深刻さから米国が協力を申し入れたが、菅首相は拒絶したばかりか、「勉強のために」という不時な動機で自ら事故現場に乗り込み、事故処理を遅らせた。その結果、爆発事故に至った。放射能汚染は首相自らもたらしたものだ。
 また菅首相は「国防に関する重要事項および重大緊急事態への対処に関する重要事項を審議」するために設置されている安全保障会議の議長でありながら、同会議を一度も開催しなかった。災害対策基本法にある中央防災組織も震災発生から1カ月以上も開かず、同法で定める「災害緊急事態」の布告も見送り、復旧活動を遅らせた。
 おまけに復興構想会議などの会議を乱立させ、本来の国家機能を停滞させた。こんな菅政権が続く限り、国民の命は守られない。与党民主党もこのことに気づき、退陣を迫った。それで菅首相は6月2日、震災復興と原発事故対策の一定の目途がついたら退任すると言明した。
 被災地はもとより国民すべてが願っているのは挙国一致で震災復興に臨むことだ。菅首相の退陣によって挙国一致体制が実現し、スピード感ある復興支援に期待が高まった。成立が遅れていた復興基本法は、菅首相の「早期退陣」表明を受け、民主党と自民党、公明党が協調し、震災発生から102日目にようやく日の目を見た。
 ところが、同法に基づき復興対策本部を始動させる段になると、菅首相は6月27日、自ら挙国体制をぶち壊す復興関連人事を強行した。これは誰が見ても「延命人事」で、閣内や民主党内からも批判の声が出たのは当然のことだった。
 延長国会で復興の遅れを取り戻すために第2次補正予算と特例公債法の成立を急がねばならない。法案が成立しなければ、被災地は身動きがとれず、今年度予算の4割が執行できないからだ。それだけに野党の協力が必須である。菅首相が退陣すれば、スムーズに法案成立が図れる。与野党ともそう考え、協調体制を築こうとした。そんな矢先の復興聞達人事だ。
 同人事で菅首相は「禁じ手」の引き抜きで、自民党の参院議員を復興担当の総務政務官に就けた。なんら実績のない参院の1年生議員だ。文字通り自民党を怒らせるだけの人事だった。事もあろうに復興関連人事で与野党協調をぶち壊そうとしたのだ。菅首相は退陣の条件の「一定のメド」について、第2次補正予算萄特例公債法、再生エネルギー特措法の3つの成立を挙げたが、この人事で野党の協力は得られず、法案の成立が危ぶまれる。成立しなければ退陣条件を満たさず延命できるという算段なのだ。
 何という卑劣な政治手法だろうか。これでは復興は遅々として進まない。復旧・復興の司令塔となる「復興庁」を省庁横断で創設するが、復興対策本部長である首相への信頼感が地に落ちており、リーダーシップが発揮できるはずもない。

復興相辞任・原発無策の責任を取れ

新たに原発担当相が設けられたが、どういう権限で何をやるのか、はっきりしない。元来、原発は経済産業省原子力安全・保安院が担当で、経済産業相が主務大臣だ。しかも内閣の原子力安全委との二重行政で責任が曖昧になってきた経緯がある。こうした問題も曖昧にし、原発相を設けたのはパフォーマンスと言うほかない。
 そんな菅内閣の馬脚が現れたのが、被災者を冒涜した松本龍復興担当相の辞任劇だ。任命権者である首相の責任は免れない。加えて夏の電力不足を解消するために海江田万里経済産業相が九州電力玄海原発の運転再開を地元に要請した直後に、首相が全原発へのストレステスト(安全検査)実施を決め、菅内閣の不一致、原発政策のデタラメさを白日の下にさらした。
 海江田経済産業相は「いずれ時期が来たら責任を取らせていただく」と発言しており、もはや菅内閣は政権運営の体をなしていない。菅首相は国家国民のため直ちに辞任するのが筋である。首相の座にしがみつく醜態をさらし続けるべきでない。

2011年7月15日

この記事は2011年3月17日に投稿されました。

東北関東大震災 非常事態宣言を発し有事態勢で臨め

東北関東大震災の被害が依然として広がっている。このままでは2次災害が起こりかねない。それは自然災害でなく、人間の判断ミスや怠慢によって起こるものである。そうした2次被害を出さないため、政府は全力を挙げて対応しなければならない。第1には津波被災地に救援物資が届いていないことだ。第2には東京電力福島第1原子力発電所で事故が相次ぎ、世界から警戒される危機的状態が続いていることだ。こうした事態を一刻も早く改善しなければならない。だが、菅政権はあまりにも対応が遅い。このままでは国民は菅政権によって2次災害の犠牲にさらされかねない。菅政権は政治パフォーマンスをやめて、真の危機管理に目覚めよ。

官邸の初動態勢は無難。自衛隊も即時出動した

大震災だけでなく一般的に危機に対応するには次の4つのレベルで対応する。すなわち①危機の予測・予知を早期に行う「早期警報システム」、②危機の発生を可能な限り未然に防ぐ「危機防止・回避システム」、③危機が発生した場合、被害を最小限にとどめる「危機対処・拡大防止システム」④危機を再び発生させない「危機再発防止システム」の4つである。これをそれぞれのレベルで機能させねばならない。東日本大震災の場合、①②は事実上、機能せず、現在問われているのは③の「危機対処・拡大防止システム」である。
 この点については1995年の阪神大震災の教訓を踏まえ、さまざまな改善が行われてきた。まず地震発生直後の初動態勢作りである。阪神大震災では当時、村山首相(痛恨の社会党党首が総理)だったこともあり、出足はきわめて遅かった。兵庫県知事が自衛隊に災害出動要請を行ったのは発生4時間後、自衛隊が本格的に現地に入ったのは発生40時間後というお粗末さだった。これを教訓にして政府に内閣危機管理監が置かれるようになり、地震発生直後に迅速に緊急災害対策本部を設置することになった。自衛隊は1995年の自衛隊法改正で自主的出動が可能となり、2004年の新潟県中越地震では発生7分後に「第3種非常勤務態勢」(1時間以内に全隊員集合)を発令、発生36分後に偵察ヘリを出動させ、発生日のうちに第12旅団(群馬県椿東村=新潟担当)の旅団長が新潟県庁に入って司令部を設置することができた。第2普通科連隊(新潟県上越市)も小千谷市役所に指揮所を置いた。
 今回の東日本大震災は3月11日午後2時46分に地震が発生、4分後の50分に首相官邸危機管理センターに官邸対策室を設置、52分に岩手県知事が自衛隊の災害派遣を要請、28分後の午後3時14分に官邸に緊急災害対策本部が設置された。自衛隊は午後3時05分に航空自衛隊三沢基地(青森)の戦闘機6機を被害確認のために出動させ、海上自衛隊第2航空隊からも偵察機が飛んだ。午後4時10分には第39普通科連隊(青森)初動対処部隊、午後5時20分には第20普通科連隊(山形)が被災地へ出発した。陸海空3自衛隊の計8000人、航空機300機、艦船40隻が直ちに投入された。こうした初動については現時点の情報ではそれほど問題があるとは思われない。

福島原発事故には最悪の無責任体制で失態の連続

問題は地震発生後の「危機対処・拡大防止」への対応である。とりわけ福島第1原発への対応は最悪のコースを辿っている。福島第1原発は午後3時00分に自動停止し、その後、原子炉を守る格納容器内の圧力を制御できない事態に陥り、午後7時03分に政府は原子力災害対策本部を設け、菅首相が原子力緊急事態宣言を発令した。ここまでは一見、対応は順調のように見える。だが、官邸には楽観論が漂っていた。対策本部設置の段階では原子力安全・保安院が「バッテリーは最低8時間もつから、すぐに炉心の燃料が傷つくことはなく、1日ぐらいの余裕がある」としたため、当初は半径3キロ圏内の住民の避難を指示するにとどめた。ところが電源車も使えず、想定外の事故が多発した。翌12日午前には1号機から放射性物質が漏洩し、国内初の炉心溶解が起きた。さらに午後3時36分には1号機の建屋が爆発した。この爆破事故はテレビで放映されたが、この報告が官邸に届いたのは実に1時間後だった。原発事故をめぐる情報は錯綜し、それによって避難指示もぶれまくった。しかも官邸、保安院、東電がそれぞれ記者会見し、情報も二転三転、会見内容も「確認中」を連発するお粗末さだった。
 なぜ、こうした事態を招いたのか。それは1次情報を持っているのが民間企業である東京電力であるからだ。国難のときに政府が民間企業に依存しているのは異様と言うほかない。ようやく政府と東電が一体で危機に対応する「事故対策本部」を設置したが、それは地震発生から実に4日後のことだった。このような失態をさらしたのは原発事故への対応が無責任極まりわりないものだったからである。

強力な「司令塔」を構築しなければ危機は拡大する

政府の無策によって東日本大震災の「危機対処・拡大防止」が稼動しておらず、それによって危機が拡大し続けているのである。被災地では自衛隊、警察、消防、医療関係者、地域住民らが総力を挙げて救援活動に当たっているが、肝心の食糧や水、燃料、医薬品などが底をつき、低体温症で命の危機にさらされている人々が多数出ている。すでに避難所で亡くなられた高齢者が相次いでいる。さらに福島第1原発では事故が相次ぎ、危機的状態が続いている。一刻も早く事態を改善させねばならない。にもかかわらず、政府の対応は後手続きで、何一つ改善していない。こうした事態を打開するために菅政権は震災救援活動を向上させる強力な「司令塔」を構築しなければならない。
 危機管理は司令塔が最も重要である。情報を一元化し、全体像をつかんで、高所から的確な方針を出し、危険度とりわけ複合的な危機に対処できず、人材をいくら投入しても烏合の衆になりかねないからである。危機管理は何よりも司令塔をどう構築するかがで決まる。ところが今回、菅政権は司令塔を構築しようとしない。どの地域で何が不足しており、どんな救援が必要なのか、情報が一元化されていない。いったい誰が指揮をとっているの、さっぱり分からない。だから被災地の人々は不安を抱き続けている。なぜなのか。それは菅首相、そして枝野官房長官、つまり官邸が震災対策を仕切って支持率低下を挽回しようとする邪(よこしま)の気持ちで臨んでいるからだ。菅首相がヘリコプターで現地視察したのはその最たるものだ。また蓮舫氏を節電啓発担当相に任命したり、辻元清美衆院議員を災害ボランティア担当の首相補佐官に任命したりしているのもそうだ。そういう小手先ではなく、今必要なのは質的かつ強力な司令塔なのである。それもやらずに、政治パフォーマンスに終始する菅首相は市民運動家であっても国家指導者ではない。このままでは日本国民は死に追いやられる。7日後になって仙谷前官房長官を再び副長官に据えて官邸機能の強化を図ろうとしているが、これも小手先にすぎない。

自民党の震災担当特命相と指揮系列強化策が現実的だ

1995年の阪神大震災では政府の初動が遅れた。これを教訓に自衛隊の自主的出動を可能にするなど法整備を図り、2004年の新潟県中越地震では初動は迅速だった。だが、救援・復旧で「震災関連死」が相次いだほか、仮設住宅の設置が遅れ、山古志村では「天然ダム」への対応が後手に回り、多くの地域が水没してしまった。これは救援・復旧支援に対する現地の司令塔が不在だったからである。その教訓を残しながら、今回、菅政権はこの過ちを再び犯そうとしている。
 我々はかねてから米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)を参考にした危機管理態勢の確立を求めてきた。FEMAは緊急事態が発生すると、現地で司令塔を担う組織である。大統領から出動命令が出ると、その地域一帯を「超法規的」に支配下に置き、人命救助や避難所の設置、2次災害の防止など、あらゆる面で現地を仕切り、即決・即断で措置するのである。必要な資金も持参し、その場で支払って対応するほど迅速に対応していく。絶対命令権をもって対応するのだ。こうした辣腕を振るわないと有事には対応できない。
 今からでも遅くないはずである。菅首相はFEMAをみならって強力な司令塔を現地に立ち上げるべきである。自民党は震災担当特命相の任命や官邸の指揮命令系統を原発対策と津波・震災対策の2系統に分離することを提言している。菅首相はこうした野党の声にも耳を傾けなければならない。現在の事態は本来、非常事態宣言を発して有事として対応すべきレベルの危機である。菅首相らはそれもせず、平時のような能天気な顔で記者会見に出てくるとは何事か。そもそもこういう事態に対応するために防災大臣がいたはずだ。国民は防災大臣の名前も顔も思い浮かばないのではないか。それほど影は薄いのである。小沢一郎氏や亀井静香氏といった辣腕政治家に現場指揮を取らせてみてはどうか。いずれにしても大物政治家を責任者に据えた強力な布陣で指揮命令系統を再構築しなければ国難は克服できない。

(お詫び 東北関東大震災の影響を受け、「今日の視点」を1週間にわたって休みました。こういう国難にこそ、発信しなければならないのに切歯扼腕です。今後は出来る限り毎日、発信していきたいと思っていますが、首都圏では計画停電をはじめ影響が残っています。ご理解ご協力よろしくお願いします。 国鱒)

2011年3月17日

この記事は2011年3月9日に投稿されました。

治安悪化を招く取調室の「全面可視化」は止めよ

最高検は特捜部の取り調べの一部を録音・録画する「可視化」を3月から試行的に始めている。郵便不正事件を巡って大阪地検特捜部の強引な供述調書作りなどの不祥事が明るみになり、現職の特捜検事が逮捕され特捜部批判が噴出した。これを受けて一部可視化を行うもので、検察官が容疑者の自白の「任意性」と「信用性」を公判で立証する必要があると認めた場合などに限る。これに対して日弁連や民主党内からは検察のみならず警察も含めて「取り調べ室の全面可視化」を要求する声が出されている。だが、可視化の全面導入には問題がある。刑事司法は治安を守ることを第一義に考慮されなければならない。可視化だけに捉われず、捜査手法の全体を洗い直すべきである。

村木厚子さん事件を契機に全面可視化の要求が出る

郵政料金の不正事件で虚偽有印公文書作成罪などに問われた村木厚子・元厚生労働省局長に大阪地裁は2010年9月、無罪判決を下した。判決は大阪地検特捜部の描いた「犯罪の構図」をことごとく否定し、捜査のずさんさを浮き彫りにした。これによって「検察の正義」が大きく揺らいだ。さらにその後、担当主任検事や上司の特捜部長と特捜副部長が逮捕されるに至り、特捜の信頼は地に落ちた。特捜は一般的な刑事事件が警察の捜査で進められるのとは違って、独自の捜査権限を持ち、これまで政治家の汚職や経済犯罪など「巨悪」を摘発してきた。「検察の正義」を体現してきた組織と言ってよい。特にトカゲのシッポ切りに終わり「巨悪」を逃がしがちな大規模事件において、特捜は「犯罪の構図」を描き、困難な捜査を克服し、実績を挙げてきた経緯がある。こうした「構図」はあくまでも事実を追い求め、証拠固めを行うためのもので、新たな事実が分かれば「構図」も変化するのはいうまでもない。それが捜査の鉄則とされるが、同事件では「構図」を絶対視し、「立件ありき」で供述をでっち上げる犯罪まで行い、冤罪まで起こした。
 一方、警察においても密室の取調室を舞台に冤罪事件を引き起こしてきた。鹿児島県議選を巡る公選法違反捜査では「踏み字」によって自白が強要され、富山県氷見市の婦女暴行事件では有罪となった男性の服役後に真犯人が判明した。2009年には足利事件のような驚愕する冤罪事件も発覚した。こうした失態を受け警察庁は2010年、取調べの適正化指針を定め、現在は供述調書を読み聞かせて確認する場面など一部でDVD録画を実施している。また監察官が透視鏡で外から取調室をチェックしたりするシステムも導入している。しかし、日弁連や民主党はあくまでも取り調べの全過程の録音・録画を義務づけるべきと主張しているのである。

「自白」は「悔悟の情」を引き出すためでもある

民主党は被疑者の取り調べの全過程を録音・録画する全面可視化をマニフェスト(政権公約)にうたい、日弁連も全面可視化を要求しているが、全面可視化が冤罪防止に役立つとは限らない。逆に全面可視化による「見える取り調べ」に問題が生じかねない。容疑者が最初から容疑を認めるとは限らず、むしろ否認するケースが多く、そうした容疑者が公表される可能性のある録画を意識し、口をつぐんで真実を語らなくなる可能性がある。取調官もプライバシーを語れず、また1対1で心を通わせることもできず、とりわけ暴力団関連事件など組織犯罪では報復を恐れて自供が激減しかねない。安易に全面可視化すれば、治安が悪化しかねないのである。こうした危惧の声が捜査関係者から出されているのは、取調官が容疑者と1対1で心を通わせ、反省や悔悟の気持ちを抱かせ自供に至らせて事件の全容解明したケースが少なくないからだ。実際、そうして解決した凶悪事件も多い。最近では地下鉄サリン事件の林郁夫服役囚(無期懲役)がそのケースである。
 取調室で「自白」を求めることがまるで悪のように言われるが、それは一面的な見方である。取調官が自白を求めるのは真実を追求し事件を解決しようとするのはいうまでもないが、容疑者に罪と向き合わせ「悔悟の情」を引き出して、更生への意欲を抱かせたいからでもある。犯罪者・加害者に刑罰を与えるだけでなく悔悟の情を持たせ、罪を償って更生させる。それは刑事司法の大きな役割である。仮釈放の要件の一つに「悔悟の情および改善更生の意欲」としているのは当然のことだろう。旧憲法下では被疑者は真実を供述する義務があるとされていた。これが明治以来の刑事司法の伝統であることを想起しておくべきである。

可視化ではなく捜査手法の全体的見直しこそ必要

米国の場合、憲法に「自己負罪拒否の特権」(黙秘権)を明記し、「黙秘権の放棄」が「刑事免責」や「刑罰の軽減」との間で取り引きされてきた。現行憲法はそれを踏襲し38条に黙秘権を規定したが、司法取引制度まで取り入れかなった。それは「恥を知る伝統」がある日本人に馴染まないと考えたからである。悪を犯しながら、自白も反省もしないのに、取り引きして供述を引き出す。これは人間として何とも恥さらしなことである。だから、あくまでも自白を求めて供述中心主義となった。こうした基本姿勢はけっして批判されるべきものではない。
 もちろん現在、その弊害が冤罪を招いている側面はもちろん否定できない。加えて昨今の日本は「恥を知らない社会」となった感がしないでもない。それで供述中心主義から転換するなら、取り調べ室での可視化の前にまず物証をそろえる体制作りが不可欠となるはずである。強力な捜査手法を採用し、通信傍受(盗聴)や架空の身分での捜査官の潜入捜査、おとり捜査を幅広く認め、司法取引や刑事免責も採用する必要がある。可視化を行っている国はいずれもこうした手法を導入している。
 凶悪犯の時効撤廃でも証拠収集が重要になっている。毎年数十件の凶悪事件が「お宮入り」する現状を改善するには初動段階での証拠収集に万全の体制が必要となるからだ。死因究明が事件解明の近道とされるが、解剖医の不足から司法解剖が十分になされていない。時効撤廃に当たっても一部メディアは、事件から長期間が過ぎると証拠が散逸するので取り調べ過程でウソの「自供」を強要し冤罪が起こりやすくなるとして、取り調べの全過程の録音・録画を義務づける全面可視化を主張した。これは筋違いである。単純な全面可視化導入は逆に捜査に支障をきたし、「犯罪者天国」に陥る可能性がある。可視化は刑事司法の全体像の中で検討しなければ意味がない。可視化だけを独り歩きさせてはならない。

2011年3月9日

この記事は2011年2月24日に投稿されました。

地震惨禍 子供手当を即刻止め学校耐震化に回せ

都市を襲う直下型地震の恐ろしさを見せつけた。2月22日に発生したニュージーランド地震ではクライストチャーチの語学学校が入っているビルが崩壊し、日本人留学生ら多数の人々が閉じ込められた。専門家によると、地震の規模はマグニチュード6・3で阪神大震災のM7・2に比べて規模は小さいが、震源が浅く、クライストチャーチを直下から襲ったため、倒壊する建物が相次いだという。存在が知られていない「未知の断層」が動いたようだ。ここから日本の防災対策に教訓を残している。「災害は忘れた頃にやってくる」と寺田寅彦は言った。いつか日本でも必ず大地震が起こる。今回の地震で建物の耐震化の重要性を改めて示したことを肝に銘じるべきだ。全国の小、中、高校ではクライストチャーチの語学学校と同様に、耐震化がなされていない校舎が数千にのぼっている。耐震化をすぐに進めなければ、語学学校と同じ悲劇が全国で起こるだろう。菅内閣は数兆円もの無駄遣い、すなわち「子供手当」を即刻止め、それを全国の学校校舎の耐震化に回すべきである。

地震列島・日本には2000ヵ所以上の活断層

日本は地震列島である。これは地球が動いている限り、致し方ない。地球を覆う巨大なプレート(岩盤)の下に高温・高圧の岩石によるマントル層があり、それがゆっくりと地球規模で対流し、それに乗るプレートも動いているからだ。日本列島は北米プレートとユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン沖プレートの4つのプレートにまたがっている。これらプレートは互いに押し合い、ひずみを貯めている。それが定期的に跳ね上がって、巨大地震を引き起こす。大正12(1923)年の関東大震災がその典型だった。これは海溝型地震と呼ばれる。ほぼ数10~数100年周期で発生している。この影響で内陸部にもひずみが生じ、それがしばしば地殻変動(地震)を起こす。その時、断層ができる。この断層のうち、約200万年前から現在までの期間に繰り返し動き、将来にも動く可能性のあるものを「活断層」と呼ぶ。その断層にまたひずみが貯まり、数千~数万年単位で地震を起こす。早い場合だと1000年に1度ぐらいの割り合いで断層がずれる。これが阪神大震災や新潟県中越地震をもたらした直下型地震である。日本列島には2000カ所以上の活断層があるとされている。だから、いつ、どこで地震が発生しても不思議ではない。断層が地中に隠れている場合も多く、阪神や新潟のように突然の大地震となる。今回のニュージーランド地震もそうだ。日本人は地震の上で暮らしているも同然なのである。これは変えることのできない宿命である。だから古来、日本人は「地震、雷、火事、親父」と、恐ろしいものの第1番目に地震があげた。我々は地震に真っ正面から向き合っていかねばならないのである。

東京直下なら全壊建物85万棟、死者1万2000人

もしニュージーランド地震のような直下型大地震が東京都心を襲ったらどうなるのか。密集する住宅地。迷路のような地下街。林立する高層ビル。新幹線だけでなくJRや私鉄、地下鉄が網の目のように走っている。至るところにガソリンスタンドもある。道路を埋める自動車の群れ。そこに電柱が倒れ自動車が身動きできなくなれば、救急車や消防車は走れない。大地震が起こった時、いったい大都心で何が起こるのかー。政府・中央防災会議の専門調査会は2004年12月、首都直下で地震が発生した場合の想定を発表している。首都圏での18パターンの地震を想定し、このうち都心付近を震源とする「東京湾北部地震」「都心東部直下地震」「都心西部直下地震」の3地震で甚大な被害が出ると予測している。最大の死者を出すのは、東京・西新宿の都庁直下でM6・9の地震が発生した場合で、冬の午後6時、関東大震災時と同じ風速15メートルの強風を想定すると、都内の広範囲が震度6強となり、JR中央線沿線の中野区や杉並区、世田谷区などの密集した木造住宅地で発生した火災が延焼を続けて焼失、死者は1万2000人に達する。このうち火災で8000人、建物倒壊で3300人が死亡すると見ている。一方、東京湾北部地震の場合、全壊建物が約85万棟にのぼる。この地震は関東地方が乗る北米プレートと、その下に沈み込むフィリピン海プレートの境界で起き、M7・3の巨大地震になると見られ、近い将来発生が懸念されているものだ。同条件で想定すると、揺れによる全壊15万棟、液状化による全壊3万3000棟、火災による焼失65万棟で計約85万棟が全壊や焼失、死者は1万1000人。焼失地域はここでも中野区や杉並区など山の手に集中する。
 これらは阪神大震災の被害をはるかに上回るものだ。阪神大震災では死者は6432人、全壊建物は約11万棟、焼失建物は約7500棟、被害総額は約10兆円だったが、首都直下の場合、死者はほぼ2倍、焼失建物は86倍にものぼる。経済的損出は3倍弱の25兆円規模になる。想像を絶する被害といってよい。

東海など3地震の同時発生で巨大津波も

大地震が想定されるのは首都だけではない。宮城沖地震について政府の地震調査研究本部は「30年以内にマグニチュード7・5前後の地震が発生する確率は99%」と発表している。30年以内に発生が予想されている地震は、海溝型で12カ所、直下型で28カ所(発生確率1%以上)にものぼっている。99%の宮城沖地震、84%の東海地震は「明日起きても不思議ではない」と専門家が言うほど切迫しているのである。駿河湾での東海地震の場合、規模はM8で、静岡県や愛知県を中心に想定死者は7900人から9200人で、このうち津波による死者が400人から1400人。全壊建物は23万から26万棟、このうち津波による全壊が7000棟。その被害は三重県にまで及ぶ。東海地震では海溝型特有の津波被害が大きい。
 しかも、東海地震は東南海地震と南海地震を同時発生させる恐れがある。駿河湾から四国県沖に至る南海トラフが連なっているからだ。1ヵ所でひずみがずれれば、それをきっかけに連続してずれ、大地震になる可能性がある。過去にこの地域で100~150年間隔で大地震が発生しており、1605年と1701年には東海と南海が同時発生したとされる。この3カ所で大地震が同時発生すれば、大津波が四国沿岸などを襲い、津波や倒壊、火災などで最悪の場合、死者2万5000人、全壊建物90万棟、経済的損出81兆円にのぼると想定されている。
 直下型地震の場合は、どこでいつ起こるのか、予想はきわめて難しい。活断層は2000カ所以上も存在するが、調査は進んでいない。地震対策はこれまで関東大震災を教訓に海溝型が中心だったからだ。阪神大震災以降、直下型が顧みられるようになり、政府の地震調査委員会は1997年に2000カ所のうち98カ所を危険性の高い活断層と選定し調査に乗りだしている。しかし、これ以外にも危険なものが多数存在する。実際、2004年の中越地震は想定外だった。

減災の決め手の耐震化が遅々として進まず

耐震化の重要性については阪神大地震で実証済みだ。犠牲者の99%が家屋内で、このうち77%が家屋倒壊による圧死、9%が焼死、8%が家具での圧死だったからだ。前述の地震想定も建物の倒壊で多くの犠牲者が出ると見ている。住宅の耐震化がハード面での減災のカギとなることはニュージーランド地震でも明白なところだろう。政府は住宅の耐震化率を2015年に90%にする目標を掲げているが、現在75%にとどまり、このままでは全国の約1千万戸が倒壊する恐れがある。とりわけ災害拠点病院や救急センターの38%が耐震基準を満たしておらず、また避難所になる公立小中学校施設の約7800棟が震度6強で倒壊すると予想されている。にもかかわらず民主党政権は2010年度予算で学校の耐震化予算の6割をカットするなど防災予算を大幅に削り、11年度予算も十分とは言いがたい状態にある。政府も自治体も予算不足を理由に耐震化対策を怠っているのだ。だが、予算はある。金持ちにもばら撒く「子供手当」を即刻止めて、校舎の耐震化に振り向ければ済むはずである。数兆円規模の予算措置なら学校や病院の耐震化を一挙に進めることができるはずだ。ニュージーランド地震の語学学校のような悲劇を2度と繰り返さないために政府の責任は大きい。

2011年2月24日

この記事は2011年2月18日に投稿されました。

民主党「分裂」 保守は解散・総選挙に備えよ

民主党がいよいよ分裂含みの党内抗争を始めた。小沢一郎元代表に近い比例選出衆院議員16人が2月17日、衆院の同党会派「民主党・無所属クラブ」(307人)からの離脱願を提出、菅首相・党執行部に対して衆院選政権公約(マニフェスト)への回帰を求めている。それならば1月の民主党大会あるいは党大会後に問題提起すればよいはずだが、それを行わず、この時期に会派離脱行動をとったのは政治資金規正法違反で強制起訴された小沢元代表の党員資格停止処分への反発にほかならない。つまり、マニフェストの大義を掲げた小沢氏流の党派闘争、事実上の「倒閣運動」と見てよい。執行部は離脱願を受理しない方針だが、離脱派グループは2011年度予算関連法案などの採決で造反する可能性を示唆している。16人が造反すれば、参院で否決された法案を衆院で再可決するのに必要な3分の2の議席確保は民主党と国民新党、社民党を加えても絶望的となり、菅内閣は袋小路に追い込まれる。総辞職か解散・総選挙か、菅首相はその選択を迫られるが、菅首相の性格から総辞職せず、解散・総選挙を選ぶのは間違いないだろう。こうした政治情勢について我々はすでに「もはや解散・総選挙しかない」と主張してきた(『世界思想』3月号・巻頭言へジャンプ)。それがいよいよ現実味を帯びてきたのである。保守勢力は文化共産主義勢力に奪われた政権を取り戻すべく、解散・総選挙に備えなければならない。

「民主党A」と「民主党B」? どちらにも大義なし

今回の動きについて小沢元代表に近い原口一博前総務相は「政権交代の原点に回帰しようとするグループ」を「民主党A」、首相を支える勢力を「民主党B」と分けた上で「『民主党A』の力を糾合し、菅政権を打倒せねばならない。我々と志を同じくするものは(他党を含めて)力を合わせていく」と述べ、「分党」を提唱している(月刊誌インタビュー=読売新聞2月18日付)。だが、国民にとっては「民主党A」も「民主党B」も、どっちもどっちで何ら大義はない。「民主党A」は沖縄・普天間基地問題を振り出しに戻し日米同盟の亀裂を深めるばかりか、政治主導という名の「民主党独裁」(まさに中国共産党の手法で小沢独裁だ)体制を作り、子供手当などのバラマキをやって国民精神を堕落させ、夫婦別姓を初めとする文化共産主義を持ち込もうとしている。そもそも民主党のマニフェストは「振り込め詐欺」的政策で、これに回帰しようとするのはハレンチ極まりない。「民主党B」はそれを若干現実的に修正したものの、基本的スタンスはAと何ら変わらず、国民をさらに騙して民主党政権に延命装置をつけようとしているだけの話である。「民主党A」にも「民主党B」にも国民はノーを突きつけている。それが昨今の国民世論である。例えば、時事通信社が2月10~13日に実施した2月の世論調査によると、菅内閣の支持率は前月比3・5ポイント減の17・8%となり、昨年6月の発足以来初めて2割を割り込んだ。鳩山内閣が退陣する直前だった同年5月の19・1%も下回り、2009年9月の政権交代後最低を記録している。これに対して不支持率は63・7%と菅内閣となって最悪だ。政党支持率は自民党が14・9%、民主党が11・9%である。支持率20%切れは国民が菅内閣にレッドカードを突きつけたことを意味している。マニフェストへの原点回帰にせよ(すでに実現不可能であることは民主党政権自身が示したはずだ)、マニフェストを修正するにせよ(目先を眩ませるゴマカシにすぎない)、国民に信を問わなければ筋が通らない。もはや選択肢はひとつしかないのである。

民主党は中国共産党の「友党」と化した

全国の愛国・保守勢力は解散・総選挙に備え、民主党政権の亡国政策の実態を国民に訴えていかねばならない。
 第1に、民主党政権(AでもBでも)が続けば遠からず、中国の支配下に組み込まれ、属国と化してしまうことである。小沢元代表は「中国に特別の親近感」(朝日新聞2009年2月25日付)を抱き、共産中国との友好を第1に考える人物である。2007年12月に民主党訪中団を率いて北京を訪れ胡錦濤主席と会談した際には「(日中友好は)人類史的意義がある」とまで言い切った。小沢元代表の中国追従路線の最たるものが日本共産党に取って代わって民主党を中国共産党の「友党」としたことである。それが2006年7月、中国共産党と民主党が友好・交流をはかるとして設置した「交流協議機構」(そのときの機構長は他ならない菅代表代行だった)である。当時、中国はチベットやウイグルで「血の弾圧」を繰り広げていたが、それを顧みず独裁中国共産党と友党関係を結ぶ醜態をさらした(これが「民主」党とは笑わせる)。その路線を今も民主党は継承しているのである。
 民主党政権が誕生すると朝貢よろしく2009年12月、小沢幹事長(当時)は同党の国会議員の約3分の1に当たる143人と一般参加者483人の総計626人を引き連れて訪中し、胡錦濤主席と会談、「解放の戦いはまだ終わっていない。(参院選を目指し)野戦軍の最高総司令官として戦う」と述べ、2010年の参院選の勝利を「解放」(中国共産党にとっては共産化)と唱えたのである(無惨にも敗北した)。「野戦軍の最高総司令官」とは中国共産党では毛沢東や鄧小平にほかならず、その位置に自らを置くことで政府(鳩山首相)よりも上位の権力者であることを誇示し、胡主席と143人との握手・ツーショット写真まで撮らせたのである。そうした「借り」が同年12月の習近平副主席の「1カ月ルール」破りの強引な天皇陛下との会見をもたらしたのである。こうした親中路線を菅執行部も継承している。

文化共産主義によって家族と社会が壊される

第2に、文化共産主義施策を浸透させ、わが国の歴史と伝統を抹殺しようとしていることである。夫婦別姓についてはすでに指摘してきた(詳細は「家族」へジャンプ)。ここでは「子供手当」を取り上げてみよう。民主党はマニフェストに掲げた「子供手当」(月2万6千円)を財源がないとして10年度から半額の月1万3千円を支給し、これを11年度予算案にも盛り込んでいるが、これこそ子育てを「社会全体」に還元すると称して家族の自助努力を奪って依存体質を植え付け、子供自身にも「親に育てもらった」という感謝の念を失わせていく、恐るべき文化共産主義施策なのである。地域社会においては「税金から子育ての金をもらっているのだから、自分たちで勝手にせよ」との思いを抱かせ、地域共同体、助け合い精神も奪い、それこそ「無縁社会」「孤族社会」を作り出していく。このような施策はポピュリズム(大衆迎合)的とされるオバマ米大統領ですら採用しない。同大統領は2010年1月25日、子育て支援策を打ち出したが、それは年収11万5千ドル(約1千万円)以下の子育て世帯への減税と学生向けローンの返済額の見直しで、減税は所得が低くなるほど規模が大きくなる仕組みである(自民党政権時代には低所得者には児童手当があった)。これは自由社会では当然の考え方で、自助(家族のエンパワメント)と共助(雇用・労災・医療・介護・年金などの社会保険)のセーフティネットを充実させ、その上で最後のセーフネットとして公助(公的扶助=生活保護、扶助手当)を機能させるのが常識である。所得制限も設けず、いきなり現金給付するのは社会保障の理念とは縁もゆかりもないバラマキであって、国民を政府の支配下に置こうとする社会主義そのものである。とりわけ「子供手当」は家族解体、社会解体を狙う文化共産主義施策である。
 いずれにしても民主党政権が続けば、外にあっては中国の属国に陥り(国際共産主義)、内にあっては伝統的な家族・社会を壊してしまう(文化共産主義)。そうした内外の共産主義から日本を守らねばならない。保守勢力は解散・総選挙に備え、民主党政権の罪悪を国民に訴え、大同団結して新憲法のもとで道義国家を創建できる政権選択を果たす必要がある。

2011年2月18日

この記事は2011年2月8日に投稿されました。

永田洋子の死 共産主義思想がもたらした惨劇

極左過激派集団、連合赤軍を率い1971年から72年にかけて大量リンチ殺人などを起こし、死刑が確定していた同組織の元最高幹部、永田洋子死刑囚(65)が2月5日、東京・小菅の東京拘置所内で病死した。最高裁が上告を棄却し、死刑が確定したのは1993年のことだ。刑事訴訟法は死刑確定から6カ月以内に法務大臣が執行を命令するよう定めている。それにもかかわらず、18年間も死刑執行が行われず、病死に至ったことは真に遺憾である。あさま山荘事件で現場指揮した佐々淳行元内閣安全保障室長は「凶悪犯ほど早く執行すべきなのに、イデオロギー的な犯罪には手をつけられず、永田洋子死刑囚は手術も受け、税金で生きるようにさせてきた。事件で殉職した警察官のことは全く考えられていない」(産経新聞2月7日付)と刑事政策を厳しく批判しているが、我々もまったく同感である。

革命運動を正当化し公判を裁判闘争とした非情さ

あさま山荘事件では1972年2月28日、警視庁特科車両隊の高見繁光警部と同庁第二機動隊長の内田尚直警視が同山荘で人質となった女性を救出するために突入を試み、凶悪犯5人から銃撃を受け生命を落とした。あさま山荘ではそのほか、警官8人とテレビカメラマン1人が犯人の手投げ弾、銃撃で重軽傷を負った。そして事件後に一連のリンチ殺人が発覚した。すなわち永田死刑囚らは連合赤軍から脱出しようとした仲間2人を謀殺し千葉県・印旛沼付近に埋めたほか、群馬県・榛名山など山岳アジトにおいて「総括」と称して陰惨なリンチを加え、手足を縛って厳寒の山中に放置し、あるいは殴打を繰り返し、仲間11人を殺害し、死体を山中に埋めた。計14人の仲間に対して想像を絶する凶悪な手法で殺害した、まさに大量凶悪殺人犯、それが永田洋子の実像である。
 逮捕された後、連合赤軍の最高指導者だった森恒夫は1973年1月1日に東京拘置所において自殺した。だが、永田洋子は公判を国家権力の連合赤軍事件に対する歪曲と戦う裁判闘争と位置づけ、「(革命路線の)誤りを犯した私がこのようなことをいうのはおこがましいが、革命運動は、舗装された平坦の大道を歩むものでは決してない。それは、曲がりくねった難所だらけの悪道を歩むものである。だから、革命運動には誤りや失敗がつきものである」(『十六の墓標』彩流社)と開き直り続けた。死刑判決に対しても「私を性悪女のようにののしることによって、女性そのものを非難していると思った」(『氷解 女の自立を求めて』彩流社)と自らを女性解放の英雄であるかのように振舞い、犠牲者や遺族に対して革命路線的な誤りは認めたとして、真に謝罪し贖罪しようとする姿勢を一切見せなかった。殉教警察官らの遺族はいかなる心情で永田洋子の死を聞いたことであろうか。無念さは想像に余りある。

人を「もの」とする共産主義が蛮行の原因

犯した罪を償う。これは森羅万象の摂理である。永田洋子は16人(彼女の『十六の墓標』は殺害した14人の仲間と森恒夫、70年12月の上赤塚交番襲撃闘争で死亡した1人の仲間を加えた16人だが、ここでは殉教警察官を加えた16人)の死に対して、自らの生命をもって償うべきであるのは論を待たない(むろん償いきれないが)。しかしながら、それだけでなく、永田洋子をして「悪魔」とせしめた共産主義思想に対しても、我々は死刑判決を下さねばならない。1審東京地裁の判決は事件の原因を「永田被告らの個人的資質の欠陥」とし、「自己顕示欲が旺盛、感情的、攻撃的、強い猜疑(さいぎ)心、嫉妬心」と欠陥を列挙し、死刑は免れないと断じた。確かにそうした面もあるが、連合赤軍事件の原因を永田洋子の個人的資質の欠陥にのみ求めることは偏りすぎている。永田が「総括」を「共産主義化」として取り組んだように、また森恒雄のみならず多くの極左集団、そして内外の共産党(もちろん日本共産党も)が共産主義の名をもって、つまり、より確固たる共産主義者たらんとして、同じようなリンチや虐殺を繰り広げてきた歴史的事実を想起すべきである。永田が裁判闘争にあたって「戦前の1932年の『リンチ共産党事件』は、『特高と当時の共産党の指導者の合作』によって闇から闇に葬られてきたといわれているが、私たちが沈黙し権力に裁かれるままにしておくことは、裁判官と私たちの『合作』によって連合赤軍問題を闇から闇に葬りさることに他ならない」(『十六の墓標』)と、宮本顕治元共産党委員長によるリンチ人殺しと自らの蛮行を並べて論じ、裁判闘争や執筆を正当化しているところにも共産主義者の思考が露呈していると言えよう。
 共産主義は人間を「もの」として扱い、虫けらのように処遇した。1950年代時代の中国ではハエ取り運動を保育所や託児所でも行ったが、「一番嫌なものはアオバエ」「一番悪いのはアメリカ兵」「アオバエを殺せばスッキリする、アメリカ兵も1匹残らず殺したら平和になる」などと幼児たちに教え込んでいた(北朝鮮も同様だ)。革命意識の足らないものは木に縛りつけ、凍死するがままにし、これを「除草」と称した。こういう蛮行を共産主義者は世界中で繰り広げ、20世紀を「革命と粛清の世紀」とした。神仏を否定する唯物論、闘争によって発展するとした弁証法的唯物論、宗教や文化を土台(経済関係)の産物の上部構造と位置づけて宗教・文化抹殺を行う。それが共産主義であり、その徹底を試みたのが永田洋子で、それを連合赤軍は「総括」もしくは「共産主義化」と呼んだのである。その意味で殺された仲間たちは実に共産主義思想の犠牲者なのである。このことを銘記しておかねばならない。

日本共産党が連合赤軍という鬼っ子を生み出した

連合赤軍という鬼っ子を生み出したのは日本共産党にほかならない。連合赤軍とは赤軍派と京浜安保共闘が合体したものだが、赤軍派は1969年9月、共産主義同盟(ブンド)の分裂によって結成された。ブンドの前身は日本共産党の傘下にあった全学連で、1950年代前半、軍事闘争を煽った共産党に従って各地で火炎闘争を展開した。ところが1955年に共産党が第6回全国協議会で軍事路線を転換させ、さらに56年にスターリン批判が巻き起こったこともあって、全学連が共産党中央に疑念を抱き、58年6月、代々木の共産党本部に軍事路線継続を求めて殴りこみを掛け(6・1事件と称される)、あげくの果てに脱党して結成したのがブンドである。1960年の安保闘争後、分裂を重ね、さまざまなセクトを作り、その流れの中で赤軍派が登場、金融機関などを襲撃し軍資金を入手した。一方、京浜安保共闘は1969年4月に共産党の中の親中派(毛沢東派)が党を割り、「日本共産党左派神奈川県委員会準備会」を結成、そこから過激分子がさらに分裂し、「日本共産党革命左派神奈川県委員会」を上部団体として結成された。マルクス・レーニン主義と毛沢東思想を理論的な基盤とし「反米愛国」「毛沢東万歳」をスローガンに1971年頃から火炎瓶闘争や米軍基地襲撃事件などを展開し、栃木県真岡市の銃砲店を襲って武器を手に入れた。そしてカネの赤軍派中央軍と武器の京浜安保共闘人民軍が合体し、71年7月に連合赤軍を結成したのである。その後、武装闘争の中で孤立し、同志の「共産主義化」が不足しているとして「総括」し、リンチ大量殺人を犯すにいたった。

共産主義の魔手から解放する勝共運動を

永田洋子は本来、死刑執行をもって罪の償いをすべきであったことを今一度、強調しておく。共産主義思想によって自らを正当化し続け、悔い改めることなく病死したことは真に遺憾である。彼女の死に際して、改めて共産主義者によって犠牲になった人々の霊に哀悼の意を表す。同時に罪を憎んで人を憎まず。共産主義という悪魔の思想の虜となった共産主義者もまた、ある意味で犠牲者であると認識したい。彼らを魔の手から解放するため勝共運動のさらなる発展を誓うものである。

2011年2月8日

この記事は2011年2月2日に投稿されました。

小沢氏強制起訴 マックス・ウェーバー的考察

小沢一郎・民主党元代表が資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る政治資金規正法違反事件で1月31日、強制起訴された。これで事件の黒白は司法の場で明らかにされ、いずれ決着が着く。小沢氏が述べているように、検察審査会制度は「国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度」である。だから小沢氏は「私は全国民に開かれた法廷の場においても真実を述べてまいります」としている。確かに司法においてはそういうことであって異論はない。だが、政治としては果たしてそれでいいのだろうか。

司法とは別に政治の説明責任は残る

政治には権力がつきものなので、政治家の私利私欲や利益団体からの働きかけなどによって汚職事件や不祥事が往々にして起こる。このことは戦後の日本政治も示しているところでもある。小沢問題もそこを問われている。現行憲法は政治家のこの種の腐敗について特に言及しない。第58条2項に「院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする」とするだけで、政治腐敗について特段の条項はない。それで政治家自身が国会においてルールを作った。すなわち衆参両院は1985年に「政治倫理綱領」を採択し、その冒頭で「政治倫理の確立は、議会政治の根幹である」と明記した。だから政治家が疑惑を持たれれば(少なくとも小沢氏は現職衆院議員を含む元秘書3人が起訴されている)、進んで国会の場で説明するのが政治家、国会議員としての責任であり、矜持である。司法で黒白をつけるのとは別の話なのである。

「職業としての政治」は何を語っているのか

ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの著作に『職業としての政治』がある。昨年11月、仙谷官房長官(当時)が自衛隊を「暴力装置」と述べた際、「暴力装置」はウェーバーの『職業としての政治』に登場するとして取りざたされたことがある。ウェーバーはドイツが第1次大戦の敗戦に至った苦い経験から、自らの研究を単なる学問研究に終わらせず、具体的な政治の世界に波及させねばならないとの強い衝撃から1919年、学生らの前で講演した。それをまとめたのが『職業としての政治』である。ウェーバーによれば、政治とは権力の配分関係に影響を及ぼそうとする努力である。それは国家相互の間であれ、国家の枠の中であれ、あるいは国家に含まれた人間集団相互の間で行われる場合であれ、いずれにも該当する。したがって国家とは「正当な物理的強制力行使(暴力という訳語を使う場合があるが馴染まない)の独占を(実効的に)要求する人間共同体」である。
 では、このような国家の「正当性」はどこに根拠があるのか。そこでウェーバーは伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配の3つの形態を提示する。このいずれの支配形態であれ、継続的な行政を行おうとすれば、人的な行政スタッフと行政手段(いざという時の物理的強制力)の2つが必要となり、ここに近代国家における「職業政治家」が登場してくることになるという。そこでウェーバーはイギリスやドイツなどの官僚やジャーナリスト出身の政治家を分析し、政治を職業とする人間には2つの道があるとことを導き出す。それは「政治のために」生きるか、それとも「政治によって」生きるかの2つである。この区別は政治を収入源にするか、それともしないかの違いだという。一見、「政治のために」生きる政治家が理想のように見えるが、しかし政治家に「政治のために」だけを求めれば、それが可能な人物は資産家や十分な収入が得られる地位にある人々に限られ、政治指導者層の人的補充は「金権制的」に陥るとウェーバーは見る。これに対して「政治によって」生きる人々が「職業政治家」になると、政治は生計を立てるという目的のための手段に陥っていく傾向が強まる。いずれにしても、政治は「金」との関わりから逃れられない。したがって政治の「ために」であれ、「よって」であれ、いずれにしても政治行動の原動力が権力である以上、権力に携わる「職業政治家」の資質が厳しく問われることになる。つまり、政治家は権力に相応しい人間か、あるいは権力が彼に課する責任に耐え得る人間になれるか、という倫理的問題に行き着く。ここに政治と倫理の関係がクローズアップされることになる。

心情倫理と責任倫理による「政治への天職」

ウェーバーによれば、倫理には「心情倫理」と「責任倫理」が対立している。心情倫理を宗教的にいえば、「キリスト者は正しきを行い、結果を神に委ねる」となるが、これに対して責任倫理は人の予見し得る結果への責任を負うべきだと迫り、両者は鋭く対立する。政治がそのいずれに準拠すべきはきわめて難しい問題となる。ウェーバーは政治が権力という特殊な手段を用いて運営されているのだから、政治に関する倫理問題もまた特殊なものとする。心情倫理家は、道徳的に危険な手段を用いる一切の行為を拒否する。これに対して責任倫理家は自分の行為の結果が前もって予見できた以上、その責任を他人に転嫁することできないと考える。では、政治はどうか。政治行為は物理的強制力を用い、責任倫理という道を通って行われるのであるから、政治家にとって大切なものは将来に対する責任ということになる。しかしウェーバーは心情倫理を真っ向から否定するわけではない。政治は責任倫理に従って行動するが、誰しもがある地点で心情倫理に照らし合わせて苦悩し、踏み止まるときが必ずある。その限りにおいて心情倫理と責任倫理は絶対的な対立ではなく、むしろ両方相まって「政治への天職」を持ち得る真の人間を作り出す、というのである。そこでウェーバーは政治家の資質を情熱と責任感、判断力の3つとする。情熱は「仕事」への奉仕として責任性と結びつき、この仕事に対する責任性が行為の決定的な基準となった時、はじめて政治家を作り出す。ここに政治家の決定的な心理的資質である判断力が養われるようになる。

問われているのは「職業政治家」としての矜持

結局、ウェーバーは「政治とは情熱と判断力の2つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫く作業」であり、いかなる現実にも挫けないと言い切れる人間のみが政治への天職を持つ、としているのである。では、小沢氏はどうか。確かに、いかなる現実にも挫けない意思を持ち合わせているように見受けられる。だが、「政治のために」生きているのか、それとも「政治によって」生きていくのか、疑念を残している。不透明な巨額の政治資金の原資は何なのか、それが何に使われているのか、司法とは別に、「心情倫理」に照らし合わせ、権力に携わる「職業政治家」の資質を厳しく問うているのである。むろん小沢氏には「責任倫理」もまた問われる。それは親中的な外交姿勢や将来の世代にツケを回すバラマキ的「生活が第一。」なる政策への疑念である。後者はさておいて今、小沢氏は心情倫理に照らし合わせて踏み止まるときではないのか。政治家としての資質が問題視されているのであるから、自ら進んでその疑念について語らねば筋が通らない。司法解明を理由に沈黙し続けているようでは、政治家失格の烙印を押されるであろう。国会の政治倫理審査会であれ、証人喚問であれ、小沢氏は国民にむかって真実を語るべきである。

2011年2月2日

この記事は2011年1月28日に投稿されました。

菅首相 国歌「君が代」に反対した黒い過去

菅直人首相が国歌「君が代」に反対していたことが改めて浮き彫りになった。1月27日の参院本会議で、自民党の中曽根弘文参院議員会長が1999年(平成11年)に成立した国旗国歌法に菅首相が反対票を投じたことについて質問し、これに対して菅首相は「国歌の法制化は党の方針になっていなかった。国旗については法制化に賛成だったが、国歌については議論があると思ったので、私個人としては反対した」と述べた。ただし現在では「日の丸、君が代が国旗国歌として定着しており、こうした国民感情を尊重し、敬意をもって対応する。国旗国歌法をしっかりと順守していく」と説明した。だが当時、「議論」があるというのは日教組や共産党の大反対合唱のことで民主党の容共派はこれに同調した。つまり、菅首相は日教組や共産党の「議論」に乗り、反対票を投じた人物なのである。歴史や伝統を軽視する国家観なき姿勢を改めて露見させたといえるだろう。

「日の丸」「君が代」の歴史的正当性

国旗国歌法はなぜ制定されたのか。この経緯を振り返っておこう。国旗国歌すなわち「日の丸」と「君が代」はもともとこの種の法律など必要なかった。なぜなら慣習法として国旗国歌が定着していたからである。法は「国の物理的強制力を背景に、人々の外面的行為を規制する規範」であるが、道徳は「個々人の内的な良心に基づいて守られる規範」であり、慣習は「自然発生的に生じた社会の中での標準的な行動様式」とされている。このうち慣習については法律と同一の効力を持っているとされ、世界的に慣習法と位置づけられている。現に日本でも明治31年(1898年)に制定された「法例」(法律第10号)第2条に「慣習法」が法律と同一の効力を有すると明記されている。同法例は戦後、1989年(平成元年)を含め4度の改正をみており、けっして戦前の「効力のない法律」ではない。この慣習法で見れば、「日の丸」は1870年(明治3年)1月、太政官布告57条によって日本の商船に国旗として掲げることが決められ、1889年(明治32年)に制定された船舶法によって国旗掲揚が義務づけられた。今日に至るまで「日の丸」を掲揚していない船舶には罰金刑が課せられているのである。国旗国歌法が論議された1999年の国会において、共産党は船舶の「日の丸」掲揚の根拠について川崎運輸相が「慣習法」と答え、これに対して運輸省課長が「船舶法」と答えたことなどをとらえ、「政府のなかでさえ食い違っている」(「赤旗」反対号外)として、あたかも法的根拠が曖昧であるかの印象を国民に与えようと策動した。だが、これは慣習法として国旗となっている「日の丸」を船舶法で掲揚を義務化しているのであって、答弁が食い違っていたわけではない。国歌「君が代」については周知のように歌詞は「古今和歌集」、曲は宮内省式部寮雅楽課が1879年(明治12年)に作曲して以来、国歌として斉唱され、これもまた慣習法として正当性を有しているのである。

国旗国歌法で「君が代」抹殺に動いた菅首相

国旗国歌はその国の歴史と伝統をシンボル化したものであり、国と国民を愛する象徴的行為が国旗掲揚、国歌斉唱である。これは世界標準である。だから、どの国でも国旗を敬い、国歌を誇り高く斉唱する。それを子供たちが学ぶのは歴史と伝統を継承し国民としてのアイデンティティ(同一性)を形成するばかりか、他国の国歌国旗を尊び国際社会での平和的態度の在り方を身に付けるためである。したがって文部省はそういう方針で臨み、「君が代」については1977年(昭和52年)に改めて学習指導要綱に国歌と規定し、式典において国旗掲揚・国歌斉唱を行うよう指導してきた。ところが、日教組や全教(共産党系)は執拗に国旗国歌に反対し、1999年2月、広島県の県立世羅高校の校長生が卒業式での左翼教組から陰湿きわまりない反対闘争に遭い自殺する事件が発生した。このことを通じて学校現場で国旗国歌に反対する左翼労組の執拗な反対運動が存在することが白日のもとにさらされた。加えて共産党は「日の丸・君が代を日本の国旗国歌として国民に相談されたことは一度もない」などとして、上記のような法的背景を無視して国旗国歌としての法的根拠がないと主張したのである。
 それで本来、法制化する必要もなかったが、国を破壊しようとする左翼運動を考慮し、校長自殺といった悲劇を二度と起こさないために法制化されることになったのである。こうした背景のもと国旗国歌法は1999年(平成11年)7月の衆院本会議、同8月の参院本会議において衆参国会議員の4分の3以上が賛成する圧倒的支持によって可決成立、同8月13日に公布され即日施行されたのである。当時、菅直人衆院議員と江田五月参院議員らは国旗国歌法から国歌「君が代」を削除する「国旗及び国歌に関する法律案に対する修正案」なるものを提出し(当然、否決された)、「君が代」潰しに狂奔した。菅首相は国会答弁で「国歌については議論があると思ったので、私個人としては反対した」と述べているが、単なる反対でなく国歌「君が代」を抹殺しようとしたのである。国旗国歌法には民主党議員のうち46人(その中には枝野官房長官、横路衆院議長もいる)が反対した。

学校での国旗掲揚・国歌斉唱を見守ろう

全国の学校でいよいよ卒業式の季節を迎える。子供たちの成長を称え、次なるステップへと送り出す厳粛な式典が卒業式であり、式典での国旗掲揚と国歌斉唱は国民全体の祝賀を象徴している。ところが、左翼勢力は相変わらず国旗国歌に反対し、式典を壊そうと企んでいる。こうした動きが地域の学校で生じないよう父兄・保護者は十分なる警戒が必要である。国歌「君が代」に反対した経歴のもつ人物が首相、官房長官である左翼政権下で、与党気取りで学校支配を企てる日教組および全教が勢いづいている。地域の学校を左翼勢力から守ろう。

2011年1月28日

この記事は2011年1月26日に投稿されました。

平成の開国 ならば農業政策はどうするのか

第177通常国会が1月24日に召集され、菅直人首相が施政方針演説を行った。一般紙でも酷評されているが、中身がスカスカである。菅首相は国づくりの理念として「平成の開国」「最小不幸社会」「不条理をただす政治」の3つを上げた。だが、これはスローガン(それも空虚な)であって、どこが国づくりの政治理念なのか、理解しがたい。3点のいずれにもおいても国家観がなく、また人間の基礎たる家族観が存在しない。これでは国も家も壊れ、文字通り国家が解体してしまう。このうち第1の「平成の開国」をみてみよう。

自由貿易はもはや国是だが、何でも自由化は疑問

菅演説によれば、開国とは貿易・投資の自由化や人材交流の円滑化を指すというのだが、これらは開けるだけのことであって国づくりではない。確かに明治維新、そして戦後日本も開国した。だが、単に開けたわけではない。明治はそれに対応する近代国家作りにいそしんだ。戦後日本は自由貿易を軸とする「海洋路線」を採って経済的繁栄を築いてきたが、いかんせん「戦後体制」という悪しき国づくりが禍根を残している。
 明治以降、加工貿易立国として成長し今日に至っており、もはや自由貿易は国是ともいえ、総論としては誰も反対しない。だが、それは一朝一夕あるいは何でも自由で行ってきたのではない。世界恐慌後の1930年代の保護貿易主義とブロック経済によって第2次大戦がもたされたという反省を踏まえ、戦後、為替ダンピングの克服を目指してIMF(世界通貨基金)とGATT(関税と貿易に関する一般協定)を基礎とするいわゆるブレトン・ウッズ体制が作られた。それに加えて2カ国協議などを積み重ね、それによって一つひとつ前進させてきた。現在、WTO(世界貿易機関)を中心に国際貿易ルール作りが進められている。もちろん世界全体での交渉では埒があかないから、近年は2国間や地域内の経済連携がクローズアップされ、TPP(環太平洋経済連携協定)も浮上してきた。問題なのは自由化の深度と様態すなわち各論である。
 人材交流面で開国というが、外国人の誰もが勝手気ままに日本に入る開国を許せば、それこそ覚醒剤を持った不良外国人などが大挙押しかけ、わが国は犯罪者天国になりかねない。貿易とて何でも自由化すればよいというものではなく、まかり間違えば亡国につながる。要するに開国そのものが国づくりではなく、どのような形で開国するかが問題なのである。それが国づくりのはずである。ところが菅首相には確固たるビジョンがなく、口先だけの開国である。

支離滅裂の戸別所得補償制度で農業を潰す

「平成の開国」を実現するには農林漁業の再生が不可欠と菅首相は施政方針演説で強調したが、では民主党のマニフェストにある農業政策はどうするつもりなのか。民主党は農業潰しをやっている。それは農家に対する戸別所得補償制度である。
 マニフェストは変質してきているが、もともとの民主党の「農業者所得補償制度」は「生産数量目標に従ってコメ、麦、大豆その他政令で定める『主要農産物』を生産するすべての販売農業者に対して、農業者個別所得補償金の支払いなど、個々の農産物の生産に着目した支援を行なう」(農業者戸別所得法案・要旨)というものである。国や自治体が「生産目標数値」を決定し、これに基づき割当てを行い「生産調整」を廃止する。耕作面積10アール(10反)以上の全販売農家を助成する(生産費と標準販売価格の差額分)。その想定額は年間約1兆円で、300万トンの棚上げ備蓄もするとしていた。だが、この最たる疑問は生産調整(減反)を廃止すると言いつつ、その一方で「生産目標」を設定するとしていたことだ。生産目標を作れば、それ以上の生産ができず、その分は減反せざるを得ない。つまり「生産目標設定」は減反政策とまったく同じことになり、減反廃止という公約はまったくのウソになる。
 これまでコメ価格を維持するために「一律」「強制」の減反をやり、やる気のある農家の意欲をそいできた。その反省に立って1990年代以降、段階的に生産・流通の自由化へと政策転換し、行政がガイドラインを提供し、現在は生産者団体が主体的に目標数量を決め、割り当てている。そこまで自主的になったのに民主党はこれを元にもどすばかりか、国や自治体が生産目標を設定するという社会主義計画経済を持ち込もうとした。これではやる気のある農家はやる気をなくし、日本農業は一層停滞する。おまけに300万トンも棚上げ備蓄(売買せず一定保管の後、海外援助や飼料で処分)を行えば、それだけで毎年、約1000億円掛かる。ちなみに現在は100万トンを上限に回転備蓄(毎年、主食用に売買)している。民主党は所得補償の1兆円だけでなく巨費を投入せざるを得ないのである(これがバラマキでなくて何なのか!)。

規模拡大でやる気のある若手農家の育成を

現在、日本の耕地面積は469万ヘクタール(以下、2008年数値)。実働農業者の1人当たりの耕地面積は1・6ヘクタールで、EUの10分の1、アメリカの100分の1程度という小規模である。それで所得が低く若者が農業に就けず「三ちゃん農業」を強いられてきた。農家数285万戸(うちコメ農家140万戸)の7割が兼業、専業農家は販売農家のわずか23%である。農業従事者(312万人)は過去10年間に2割減少し、65歳以上の高齢者が12%増加、実に全体の59%を占める(現在では平均年齢は66歳だ)。このため高齢者のリタイアなどで耕作放棄地は39万ヘクタール(ほぼ埼玉県の面積)に達しているのである。
 かつてフランスも同様の危機に陥ったが、公社が高齢者から農地を買い上げ若手に譲渡して規模拡大を図り、1戸当たりの平均耕作面積は1963年の17ヘクタールから80年代末には31ヘクタールに広げた。ドイツも60年の9ヘクタールから18ヘクタール、イギリスも64ヘクタールへと集約して農業を再生させた。民主党はこうした背景を一切語らず、「ヨーロッパは戸別所得補償をやっているので自給率が高い」と吹聴しているのである。
 日本農業の最大の課題は、規模拡大によって生産性を向上させることだ。コメ生産コストが米国の7倍以上、小麦が6倍と生産費が高く、世界の中で立ち行かない。そこで自民党時代の2007年度に「戦後農政の大転換」を掲げ、「担い手」を育てようと「品目横断的経営安定対策」をスタートさせた。コメや麦、大豆などを対象に4ヘクタール(北海道は10ヘクタール)以上の耕作地を持つ大規模農家(約2万5000戸)に対して、過去の平均収入から減収分の9割を穴埋めするもので、同時に小規模農家を「集落営農」で集約化し、規模拡大を図って同様の援助を行う。その結果、28万人近くの農業従事者が約3200の「集落営農」を結成して生産性向上に当たってきた。こうすれば高齢者が従事できなくなっても放棄地にならず、自分の農地を「貸与」することによって引き続き農業に参画することも可能になり、新たな地域共同体が創建できる。
 こうした中で民主党は「三ちゃん農業」を含む172万戸に所得補償を始めたから、「貸しはがし」が生まれ、集落営農事業者は困り果てているのである。将来、バラマキ助成金(1兆円規模にするつもりか)を続ければ、それにしがみ付き、大規模化・集落営農化は進まず、「担い手」が育たず結局、高齢者のリタイアとともに放棄地が増えるのは目に見えたことである。1990年代以降、農地転用による収入が農産品生産額を上回り、農地転用や休耕補償を当て込んで放棄地は”塩漬け“にされている。民主党はこれに拍車を掛け、日本農業を潰していく。すでに生産調整(減反)は水田の4割以上の100万ヘクタールを超えているが、国土の12%しかない貴重な耕作地は一層、荒れ果てる。これでは食糧安保などあり得ない話ではないか。

日本農業と自由貿易化の共生を図れ

だから日本農業が生き残るには、やる気のある「担い手」に農地を集約し、規模拡大による生産性向上を図り、日本独特の付加価値のつく農産品を生産する「攻めの農業」に転じるしかない。放棄地や休耕地を利用すれば食糧自給率も向上するばかりか、中国の富裕層がコシヒカリなど日本のうまいコメを購入しているように、ゆくゆくは輸出産業に育てることも可能になるのである。それでなくても農業自由化の波がひたひとと押し寄せてきている。TPPを待つまでもなく、農産品の貿易自由化は世界の大勢となってきている。わが国は国内農業保護のためにコメ778%、小麦252%など農産品に高関税率を掛けているが、途上国は「100%を上限にすべき」(インド)などと主張し自由化を迫っている。また年77万トンの日本の輸入義務(ミニマム・アクセス)に対して、輸入枠を最大50万トン拡大することも要求している。これ以上、保護政策を続ければ国際的孤立は避けられない。コメはかつて7~8倍の内外格差があったが、現在では3倍程度に縮まっている。もはや減反による価格調整策は通用しない。
 食糧自給率を100%にするには1200万ヘクタールが必要とされるが、これは現在の耕作面積の2・5倍、国土面積の3分の1に迫る規模である。8割が山岳地帯の日本では不可能な話である。「鎖国」は3000万人以下の江戸時代だったからこそできたのであり、1億2000万人の現在の日本は世界の中でしか生き残ることができない。このことを自覚すれば日本農業を「攻めの農業」に転換し、世界の自由貿易を推進し両立を図るしかない。農地集約化を進め、そのうえで所得補償を行うのなら話はわかるが、「3ちゃん農業」へのバラマキ所得補償は農業を潰すだけである。
 菅首相はマニフェストを完全放棄し、農業の先行きが立つ施策をまず示せ。それもせず「平成の開国」を言うのは亡国の指導者だ。

2011年1月26日

この記事は2011年1月24日に投稿されました。

自民党の「党再生」の道は今なお険しい

自民党大会が1月23日、東京都内で開かれた。谷垣総裁は「今年こそ菅直人首相を衆院解散に追い込んで政権を奪還しよう」と力強く宣言した。確かに昨年の党大会とは様変わりの熱気に溢れる党大会だった。菅内閣、民主党の支持率が落ち、自民党の支持率は回復傾向にある。それが自信につながっている。だが、自民党は再生されただろうか。答えはノーだ。支持率回復は民主党政権の“敵失”であって、国民の支持が戻ったわけではない。自民党にはまだなすべきことがある。それを忘れて党再生はない。

理念・政策を国民に明示できなかった

政党の要件は理念・政策と人材・組織の2点から成る。この2つの視点から自民党をみてみよう。第1の理念・政策において自民党は明確なビジョンを示すことができなかったことが1昨年の歴史的大敗の原因だった。すなわち保守政党の原点を亡失し、明確なビジョンを国民に提示できなかった。それを別の角度からいえば、小泉改革を総括しなかったことといえる。小泉改革は今では諸悪の根源のようにいわれるが、そんなことはない(郵政・刺客選挙のようなポピュリズム手法は糾弾されてしかるべきだが)。「民間にできることは民間に、地方にできることは地方に」という「小さな政府」を目指すもので、このこと自体は間違ってはいない。民主党は16兆円規模の経費節減ができると豪語し、政権獲得後にパフォーマンス的な「仕分け」を繰り広げたが、それで節減できたのはせいぜい3兆円強にすぎない。
 従来の自民党政権は「聖域なき構造改革」によって財政再建、不良債権処理、規制緩和による産業構造改革、地方分権の4つを柱とし、それを行おうとした。いずれも戦後日本には不可欠な課題だった。総じて言えば「政府の失敗」(大きな政府)にメスを入れるのが小泉改革で、「小さな政府」を求めた。ただし「小さな政府」には「市場の失敗」がつきまとい、そこへの目配りが欠落した。小泉改革は何が正しく、何が間違っていたのか、どこまでやり遂げ、残された課題は何なのか。このことを自民党は国民に明確に提示しなければならなかった。それをせず小泉改革の中身が不透明化し、自らの過去を否定するかのような曖昧な姿勢に終始した。現在の不況や雇用不安の全てが小泉改革によってもたらされたわけではないが、それを麻生元首相のように「郵政民営化には反対だった」などと無責任な発言をするから、国民は郵政選挙で騙されたと思い、自民党不信は頂点に達した。それで2009年夏の総選挙で大敗した。

「安倍路線」を放棄し、おかしくなった

理念・政策において自民党が犯した第2の失敗はポスト小泉を担った「安倍路線」を放棄してしまったことである。小泉路線で市場中心となれば競争社会に付きものの勝敗と格差が生じ、当然、セーフティネットが必要となる。わが国の社会保障への投入額は先進諸国の中でも際立って少ないが、それは家族や地域、会社といったさまざまな支え合い(セーフティネット)があったからである。ところが社会構造の変化によって核家族、1人暮らし世帯が増加し、血縁も地縁も薄くなり、企業もアメリカナイズされて会社縁も薄れ、すべての支え合いが希薄となってしまった。フランスの社会学者エミール・デュルケムがいうように、「あらゆる社会は一個の道徳的社会である」とされるが、それはさまざまな縁で結ばれている共同体的意識を指し、これが社会における「見えざる手」となって、お互いがネットワークを形成する。それが近年の日本において崩壊、液状化して「個」社会に陥り、国民は不安をつのらせた。
 これを再生して「支え合い」社会を取り戻そうとするのが、安倍路線にほかならなかった。自助と共助でセーフティネットを作り、どうしてもできないことを公助がカバーする。それには支え合いの国民精神を取り戻さねばならず、公徳心と学力向上の教育再生策はその一翼を担う。そして新憲法制定によって維新、終戦に次ぐ、確固たる「第3の国作り」を成し遂げる。それが保守路線であり、構造改革に魂を入れることでもあった。ところが、安倍元首相は早々と辞任し、それ以降、自民党は安倍路線を放棄し、保守的理念まで投げ捨て、容共的個人主義的施策に埋没した。理念もビジョンも展望も失い、その結果、保守基盤まで失ってしまったのである。

まず国民に国家像を提示せよ

これを自民党は取り戻したであろうか。今回の党大会で採択した平成23年度運動方針は「国家の主権と領土を守る」ことに重点を置き、尖閣や北方領土での民主党政権の対応を「毅然とした抗議や主張もできず圧力に屈したかのような印象を国際社会にあたえた」と批判し、弱体化した日米同盟の再構築や防衛力の充実・強化とともに、「自衛隊の憲法上の位置付けの明確化など、9条をはじめとする憲法改正を視野に入れなければならない」と強調した。外交・安保政策で自民党らしさが戻ってきたことは評価してもよい。
 だが、国家像については依然、曖昧模糊としている。菅内閣は税と社会保障の一体改革を目指し、野党とも協議したいとするが、これに対して自民党は確固たる代案すなわち国家像(社会保障・税を含め)を示さねばならない。むろん菅内閣が子供手当などバラマキ・マニフェストを放棄し、国民に信を問うのが筋であるが、それとは別に自民党として国家像を国民に提示する責任がある。谷垣総裁は党大会で「いたずらに国会審議を混乱させない。国会の場で自民党の政策ビジョンを国民に堂々と示す」と述べたが、言うまでもないことである。自民党は1990年代半ばの党大会から一貫して「小さな政府」を掲げてきた。それを昨年、削除した。今年も言及していない。いったいどんな政策ビジョンなのか、いまだ示されていない。これでは党再生はおぼつかない。

党員は激減し組織は崩壊したままだ

政党のもうひとつの要件である人材・組織はどうだろうか。これにはまったく手がついていない。党の足腰である「保守基盤」を再構築せず、安易に公明党票に依存する、ひ弱な党体質がいまだ残っている。従来、自民党は地縁や血縁、業界縁を要に議員後援会を作り、そうした人々で党員を構成した。ところが、こうした基盤は社会構造の変化で弱体化し、その上、「自民党をぶっ壊す」とした小泉時代に瓦解した。小泉政権が登場した01年当時、237万人だった党員数は、低下の一途を辿り08年時には105万人、そして昨年はついに100万人以下へと激減した。例えば、特定郵便局長OBらで作る「大樹」(01年時、党員数約24万人)は郵政選挙で離反し、建設は業界自体が縮小、自民党への不満や小沢氏の切り崩しで自民離れを起こした業界団体も数多い。前回の総選挙では茨城県医師会が全7選挙区で民主候補を推薦し、自民党厚労族の大物議員が落選したのはその象徴だった。むろんそうした業界団体に依拠する組織では、思い切った改革は望めない。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)ひとつとってみても、農協との軋轢が生じる。しかも市町村合併で自民党の「草の根の活動家」の地方議員が大幅に減って手足も失った。これを各選挙区で2、3万票を持つとされる公明党の支持で安易に補おうとして、党再生を怠ってきた。300選挙区支部の支部長に長年にわたって現職議員らを就けることで新人の参入を封じ、人材も枯渇し、ひ弱な党に陥った。こうした課題はほとんど先送りされ、地域レベルではまったくといっていいほど新たな取り組みがなされていない。これでは党再生など望むべくもない。

立党の原点に立ち戻り保守再生を

もう一度、党の足腰を見直すべきだ。1955年(昭和30年)の保守合同(すなわち自民党立党)に当たって三木武吉は「保守勢力の分断確執によって失わずともすむ議席を失い、それがため憲法改正の機会を永久に失う恐れである。今一つは社会党発展に内包する容共勢力の進出」(御手洗辰雄『三木武吉伝』)と、憲法改正と共産勢力阻止の2点こそ自民党の立党の精神と断じ、立党宣言では「個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本条件となす」とうたい、政綱では「正しい民主主義と祖国愛を高揚する国民道義を確立するため、現行教育制度を改革するとともに、教育の政治的中立を徹底し、また、育英制度を拡充し、青年教育を強化する」として、国民道義の確立を主要任務の一つに掲げた。こうした「道義国家」を目指す気概を取り戻し、利害団体ではなく理念・政策によって党員・組織の再構築を図らねばならない。その意味で自民党はまだ再生していないのである。

2011年1月24日

この記事は2011年1月22日に投稿されました。

元海上保安官 起訴猶予の「茶番劇」

今頃になって起訴猶予とは、茶番である。沖縄県・尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に中国漁船が体当たりした事件の映像をネット上の動画サイトに投稿した神戸海上保安部の元海上保安官について、東京地検は1月21日、起訴猶予処分とした。海上保安庁が東京地検と警視庁に国家公務員法(守秘義務)違反として告発し、刑事事件となっていたが、東京地検は流出させた映像を「秘密」に当たると判断したものの、全国の海上保安部で映像を見ることができ、入手方法が偶発的で利益目的でないことや自ら告白し処分を受けて退職していることなどを理由に起訴猶予処分としたものである。一方、那覇地検は同日、体当たりした中国漁船の船長を起訴猶予とした。こちらの理由は衝突された巡視船の損傷が軽く、乗員に怪我がなく、事件後に尖閣諸島付近で操業する中国漁船が激減したことなどを総合考慮したとしている。どちらも臭いものには蓋、の茶番劇にすぎない。

広く国民に公開されるべき映像だった

そもそも元海上保安官が流出させた映像は、守秘すべき「秘密」だったのか、きわめて疑問である。最高裁判例では、守秘義務違反を問えるのは国民の知る権利を考慮し、一般人が知らず秘密として保護すべき情報を漏らした場合に限っている(1977年判決)。今回の場合、映像は未公表でも事件の概要は昨年9月の事件直後にすでに伝えられており、衆院では映像が限定的に公開されていた。したがって一般人が知らない情報ではなく、保護する必要性も見出せないものである。明らかに公益性、公共性を持った情報だった。当時、なぜ映像を公表しないのか、多くの国民は政府の姿勢を批判してきた。これに対して政府は映像を刑事事件の証拠物とし、非公開の理由を「証拠物は公判前には公にできない」(刑事訴訟法47条)としてきた。しかし、那覇地検は中国人船長を処分保留のまま釈放し、船長を帰国させてしまった。その時点で起訴猶予処分しかなく、証拠物としての価値はまったくなくなっていた。事実、那覇地検は今回、中国漁船の船長を起訴猶予処分としたのである。
 しかも映像の非公開で国益が失われる事態が生じていた。中国は「日本の巡視船が中国漁船を囲み、追いかけ、行く手を遮り、衝突して損傷させた」(姜瑜・中国外交部報道官)と主張し、中国のネット上にはそうした図まで掲載されていた。非公表は世界から疑問視され、日本側に不利に働いていた。それにもかかわらず、菅内閣は映像を公表しなかった。命がけで領海、領土を守ってきた海上保安官らの無念さは想像に余りある。そんな中、映像が動画サイトに流れたのは11月4日のことである。国会では約6分だったが、映像は計44分23秒に及んだ。これをテレビや新聞が詳しく伝え、国民は中国船の体当たりの様をようやく目の当たりにしたのである。その意味で映像流出は国益・国民益にかなっていた。
 菅内閣の中国に従属するかのような無責任な態度が映像流出をもたらしたのである。それを国家公務員法(守秘義務)違反とは笑わせる。公表しない菅内閣こそ、国民への背信行為とした罰せられるべきであった。映像は全面的に公表されてしかるべきであった(今なお公表せず、覆い隠そうとしている!)。中国人船長の釈放では地検の「政治、外交的判断」に責任転嫁し、映像流出では守秘義務違反に責任転嫁して自らの責任から逃れようとしたのである。ほとぼりがさめた今頃になって東京地検と那覇地検は歩調を合わせて起訴猶予処分としたのは茶番というほかあるまい。

起訴猶予で非公表の法的根拠がなくなった

中国漁船の船長を起訴猶予としたのは法治国家としてあるまじき判断である。衝突された巡視船の損傷が軽く乗員に怪我がなかったとしているが、巡視船の損傷が決して軽いとはいえない。国民は元海上保安官が流出させた映像によって、体当たりは執拗かつ悪質で、損傷も軽微でなく、まかり間違えば怪我人が出た重大事犯であることをすでに承知している。それを釈放しただけでなく事件そのものがなかったかのように装うのは、わが国の主権を冒涜する行為である。また元海上保安官の起訴猶予処分も理解しがたい。起訴猶予とは、「刑事手続きにおいて犯罪の嫌疑が存在するにもかかわらず、犯人の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重、情状、犯罪後の情状を考慮して、検察官が公訴を提起しないでおくこと」(ブルタニカ国際大百科事典)を指すが、映像流出にはもともと犯罪の嫌疑そのものが存在せず、「不起訴」とすべきものである。あたかも犯罪の嫌疑があるかのような起訴猶予処分は事件の本質を捻じ曲げるものである。
 海上保安庁のホームページには「動画配信コーナー」があり、海難援助活動や九州南西海域不審船事案(つまり北朝鮮工作船との銃撃戦)の映像などを国民に公表している。にもかかわらず尖閣諸島の中国漁船体当たり事件の映像は今になっても公表されていない。だが、今回の東京、那覇両地検の決定で映像は刑事事件の証拠物でなくなった。これで「証拠物は公判前には公にできない」としてきた政府の非公表の根拠は吹き飛んだ。もはや非公表とする根拠が存在しないのである。したがって海上保安庁は「動画配信コーナー」に堂々と映像を公表すべきである。それさえ菅内閣が拒むなら、国民は菅内閣の「隠蔽」「責任転嫁」を厳しく指弾するであろう。茶番劇に騙されてはならない。

2011年1月22日

この記事は2011年1月17日に投稿されました。

阪神大震災の教訓を「民間防衛」に生かそう

死者6434人、負傷者4万3792人を出した1995年1月の阪神大震災から1月17日で16年が経った。犠牲者の霊に謹んで哀悼の意を表する。
 日本は地震列島と呼ばれている。北米、ユーラシア、太平洋、フィリピン沖の4つのプレートにまたがり、そのプレートが定期的に動き、跳ね上がって巨大地震(海溝型地震)を起こすからである。それだけでなく2000カ所以上とされる活断層によって直下型地震にも見舞われる。日本列島にいつ、どこで地震が発生しても不思議でない。「災害は忘れたことにやってくる」(寺田寅彦)。事実、阪神大震災後に新潟県中越地震(04年)や福岡県西方地震(05年)、岩手・宮城内陸地震(08年)など10回以上も大地震が発生している。政府の中央防災会議の専門会議によると、今後の大地震による被害想定は①近畿直下(死者4万2千人、経済被害74兆円)②中部直下(1万1千人、33兆円)③首都直下(1万1千人、112兆円)④東海海溝型(9千人、37兆円)⑤東南海・南海海溝型(1万8千人、57兆円)などとなっている。震災対策に万全を期したいものである。

「減災」にハード・ソフト両面で不十分

阪神大震災の教訓は何だったのか。大地震だけでなく一般的に危機に対応するには①危機の予測・予知を早期に行う「早期警報システム」②危機の発生を可能な限り未然に防ぐ「危機防止・回避システム」③危機が発生した場合、被害を最小限にとどめる「危機対処・拡大防止システム」④危機を再び発生させない「危機再発防止システム」の4つを機能させねばならない。①②については、政府は95年に地震防災対策特別措置法を制定し、体に感じない地震も観測できる高感度地震観測網を整備し「全国地震動予測地図」を作成、津波の予測精度の向上や活断層の詳細地図の作成などに取り組んでいる。また強い揺れの到達を予測する緊急地震速報を発表し、岩手・宮城内陸地震では震源地に近い地域では間に合わなかったが、仙台市営地下鉄が5秒前に緊急停止信号を受信し、自動停止装置を作動させた。とはいえ地震予知はまだ道半ばである。
 ③については、当時の村山・社会党首班下で対応が遅く、兵庫県知事が自衛隊に災害出動要請をしたのが発生4時間後、政府が非常災害対策本部を始動させたのが6時間後で、自衛隊が本格的に救援活動を始めたのは実に発生40時間後だった。これを教訓に政府に内閣危機管理監を置き、地震発生直後に迅速に危機管理本部を設置、95年に自衛隊法を改正し自衛隊の自主的出動を可能とし、新潟県中越地震では発生7分後に「第3種非常勤務態勢」(1時間以内に全隊員集合)を発令、発生36分後に偵察ヘリを出動させた。
 最大の課題は被害を最小限にとどめる③すなわち「減災」にどう取り組み、④に生かすかである。この点はハード、ソフト両面に課題を残している。阪神大震災では犠牲者の99%が家屋内だった。このうち77%が家屋倒壊による圧死、9%が焼死、8%が家具による死である。将来の被害想定も同様で、首都直下では倒壊建物が最大85万棟に達し、そこで多くの犠牲者が出ると見られている。住宅の耐震化がハード面での減災のカギとなる。政府は住宅の耐震化率を2015年に90%にする目標を掲げているが、現在75%にとどまり、全国の約1千万戸に倒壊の恐れがある。とりわけ災害拠点病院や救急センターの38%が耐震基準を満たしておらず、また避難所になる公立小中学校施設の約7800棟が震度6強で倒壊すると予想されている。にもかかわらず民主党政権は2010年度予算では学校の耐震化予算の6割をカットするなど防災予算を大幅に削り、11年度予算も十分とは言いがたい。政府や自治体は耐震化助成金を大幅に増やすべきだろう。
 ソフト面の減災の決め手は、地域社会の共助システムの構築である。阪神大震災では家屋に埋もれた人は16万4千人にのぼり、このうち79%(12万9千人)が自力脱出、3万5千人が埋もれたままとなった。そのうち2万7千人(77%)が家族や近所の人に助けだされた。残りの約8千人が消防隊や自衛隊によって掘り起こされたが、6千人以上が亡くなった。このことからも地域の防災組織の重要性が理解できよう。それを教訓に自主防災組織作りが叫ばれ現在、全国の73%の世帯をカバーしている。しかし、高齢化によって組織運営ができないなど、問題が山積している。自主防災組織作りとその活性化が急務といえる。国や自治体の新たな支援策が必要になる。

「民間防衛」組織を地域に整備せよ

自主防災組織との関わりで、忘れてはならないのは「民間防衛組織」についてである。韓国・延坪島のような無差別砲撃があった場合、日本は大丈夫なのか、多くの国民が不安感を抱いたはずである。地域社会のどこにも防空壕がなく、どこに逃げればよいのか、戸惑ったことであろう。このことは自主防災組織と深く関わっている。
 04年に国民保護法が成立し、05年には武力攻撃事態や大規模テロの際の住民避難措置などに際して国や地方自治体が取るべき役割を定めた「国民保護に関する基本指針」が定められた。これを基づき都道府県・市町村は06年に「国民保護計画」を策定した。政府の国民保護の指針によれば、ミサイル発射や大規模テロが発生した際、国民に直ちに直近の屋内施設に避難するよう求め、情報伝達には行政防災無線や地域衛星通信ネットワークなど複数の通信網を活用するとしている。しかし、国民に義務を課さず、任意に避難などの協力を求めるだけで、これでは国民を烏合の衆にしかねない。また洪水などで経験済みだが、避難勧告の的確な伝達と速やかな避難には通信網の活用だけでは不十分で、地域に密着した自主防災組織が活躍せねばならない。ミサイル攻撃への対応策も希薄で、ましてや核攻撃をまったく想定していない。
 この教訓を国民保護体制に生かせば当然、自主防災組織を即座に民間防衛組織に活用できる新たな仕組みを作らねばならないはずである。政府は平和ボケを引きずって民間防衛組織づくりを怠っている。多くの国は民間防衛組織を国民に義務付け、有事や自然災害に備えている。たとえば、スイスでは民間防衛組織を「敵の攻撃、または自然災害によって引き起こされる被害の局限化、緊急事態の処理、重要施設の応急修理、復旧に関する非軍人の活動であり、そのための機関組織」と定義づけ、地域にくまなく民間防衛組織を作っている。
 阪神大地震と韓国・延坪砲撃事件を教訓に自主防災組織を民間防衛組織としても活用できる道を開くよう求めたい。

2011年1月17日

この記事は2011年1月16日に投稿されました。

菅「問責改造」内閣で「最大不幸社会」に陥る?

菅改造内閣で何が変わったのか。仙谷官房長官の退任はよし。では枝野新長官はどうか。一長一短である。対中政策では「(尖閣問題で)悪しき隣人と述べたタカ派」(人民日報1月14日)と中国からタカ派扱いされるところは大いに結構。だが、仙谷長官の“子分”で、文化共産主義勢力と一脈通じているところは危うい。夫婦別姓に賛成、児童ポルノ所持規制に反対し、何よりもいかがわしいのは極左勢力・核マル派との関係が取りざたされていることだ。1996年の総選挙に立候補した際、革マル派に支配されるJR東労組と「私はJR総連及びJR東労組の掲げる綱領(活動方針)を理解し、連帯して活動します」との覚書を交わしたとされる(『新潮45』2010年7月17日発売号)。昨夏の参院選挙では核マル派の最高幹部で元JR東労組会長・松崎明氏(先日、死去)の運転手だったJR総連政策調査部長の田城郁氏が民主党から出馬(比例代表)、議席を獲得している。昨夏の都議選でも「隠れ核マル派」の民主党新人候補が多数当選した。どうやら民主党内に極左勢力が浸透しつつあるようだ。その意味で枝野官房長官の言動には警戒が要する。

夫婦別姓など家族破壊の民法改悪に警戒を

内閣改造で岡崎トミ子国家公安委員長・男女共同参画担当相が閣外に去ったのは朗報である。従軍慰安婦問題やジェンダーフリーで福島瑞穂社民党党首の盟友だった岡崎氏は第3次男女共同参画基本方針にジェンダーフリー政策を盛り込み、それを推進しようと腕まくりをしていた。その出鼻を挫いた内閣改造だった。だが、事態が改善するかは怪しい。新たに担当相に就いたのは与謝野経済財政相で、与謝野氏は「社会保障・税一体改革」を担当し、政治生命をかけてこれに専念するとしている。本人にとって男女共同参画は社会保障の一環にすぎず、まったくといっていいほど関心がない。副大臣や政務官人事に左右されるが、おそらく実務者に丸投げするだろう。そこをジェンダーフリー派官僚が待ち構えている。官主導でジェンダーフリーがまかり通りかねない。ここをチェックしなければならない。
 参院議長経験者の江田五月氏が異例にも法相として入閣した。1月14日の会見で「死刑は欠陥を抱えた刑罰」との考えを吐露したように、千葉元法相と同類の人権派の元弁護士である。1970年代に父・江田三郎氏の急逝で社会市民連合(後の社民連)から政界入りした経歴は菅首相とだぶる。思想的同士関係にあるといってよい。菅首相は東京工業大学時代に「全学改革推進会議」という学生運動のリーダーもつとめた心情左翼で、江田三郎氏の構造改革論に意気投合し、社民連に加わった。
 では江田三郎氏の構造改革論(1962年、江田ビジョン)とはいかなるものか。それはイタリア共産党のいわゆるトリアッティ路線を踏襲するものだ。トリアッティは1940年代のイタリア共産党書記長で、グラムシ(ユーロコミュニズムすなわち文化共産主義の中心人物)の後継者である。グラムシが「文化テロリズム」(ブキャナン)を標榜したように、トリアッティも資本主義社会の基礎となる宗教的文化に否定的で、伝統的文化の溶解(破壊)を目指した。マルクス・レーニン主義の暴力革命は肯定しないが、議会制のもとで長期的に社会主義を実現するという。それで構造改革論に基づく国家観は、資本主義や国家をマルクス主義と同様に敵対的に捉え、否定的な態度をとる。そこには歴史や伝統を重んじる姿勢はない。議会制を通じて政権を獲得すれば、資本主義がもたらす矛盾や問題の調整や管理を政府に果たさせようとし、そこから段階的に社会主義政策を実現しようとする。だから菅首相は国家や国民という概念を忌み嫌い、国民意識を消し去ろうと、ことさら「市民」を強調し、「地域主権」といった概念を持ち出してくる。その思想的同士の江田氏を法相に就けた。これで夫婦別姓など家族破壊の民法改悪の動き(法務省所管だ)が強まるおそれがある。警戒しなければならない点である。

子供手当など矛盾に満ちた「第3の道」路線

菅首相は年初から小沢グループへの「反転攻勢」に打って出て、民主党の両院議員総会や党大会で「自信をもって歩もう」と強調し、昨夏の参院選で敗北して以来、封印していた「最小不幸社会の実現」を再び言い出し始めた。この「最小不幸社会」が曲者である。「政府の役割は、国民が不幸になる要素、あるいは世界の人々が不幸になる要素をいかに少なくしていくか、『最小不幸の社会』を作ることにある」(昨年6月の首相就任記者会見)というものだが、その政府像こそ典型的な社会民主主義の政府像である。菅首相によれば、公共投資を重視する「第1の道」でも小泉改革のような市場主義的な「第2の道」でもない「第3の道」を目指すとし、その理想モデルをスウェーデンとしている(昨年6月の所信表明演説)。
 この「第3の道」は何ら目新しいものではない。イギリスのアンソニー・ギデンズが提唱し、ブレア労働党政権が採用した政策にほかならない。金銭給付よりも教育や職業訓練など人的資本に投資を重視するものだ(子供手当のようなバラマキは「第3の道」とはかけ離れているが、菅首相はこの矛盾に気づいていないのか)。菅首相が挙げたスウェーデンは、社会民主主義的福祉国家ではあるが、経済成長と雇用政策に力を入れ、失業者を職業訓練し成長の見込まれる産業分野にシフト換えし成果を上げてきた点で「第3の道」に通じる。だが近年、スウェーデンも経済のグローバル化によって新規産業の開拓が困難になり、雇用に苦戦している。特にリーマンショック後、雇用戦略が大きく揺らぎ、失業率は都市部では10%、地方では20%にも及びつつある。雇用を確保できず欧州の「第3の道」も危機に瀕しているのだ。そもそも社会保障を充実すれば雇用や経済成長に結びつくという考えは「科学的根拠の欠く典型的な『まじない経済学』」(鈴木亘・学習院大学教授)である。

「大きな政府」ではなく「家族の再生」を

現に北欧諸国は社会保障制度を維持するために民間分野の雇用創出を促す成長戦略が不可欠として、研究開発費の大幅拡大や税優遇措置などを通じて民間企業の投資を強力に後押ししている。スウェーデンの国民負担率(租税と社会保障負担の国民所得比)はわが国の38・3%に対して70・7%(05年)と極めて高い。それでも国民が納得してきたのは、雇用をいつでも確保できる安心感があったからだ。しかも人口は900万人で、徴兵制を敷く武装中立国だ(徴兵制は効率が悪いとして昨年、志願制に変えたが、国民の国防義務は不変である)。1930年代のハンソン政権の「国家は家」概念が国民的アイデンティティを培い、それが社会保障を下支えしてきた。このような国家的背景を顧みず、つまみ食いのように社会民主主義的福祉政策だけを持ち込めば、消費税の大増税路線に陥り、なおかつ国際競争力を失って3流国に転落するのは必定である。
 まず子供手当などの無駄遣いを辞めよ。そして公務員2割削減を実現せよ(労働基本権を拡充しなくても地方公務員は削減してきた。国家公務員にできないわけがない)。菅「大きな政府」路線では未来はない。家族を再生すれば「小さな政府」で済み、社会保障も再生できる。「無縁社会」を後押しするような菅路線では「最大不幸社会」がもたらされる。

2011年1月16日

この記事は2011年1月14日に投稿されました。

「暴力装置」発言・仙谷長官の遅すぎた退任

優柔不断で決断できぬ菅首相の背中を押したのは、西岡武夫参院議長だったようだ。昨年末以来、辞める、続投、で揺れ動いた菅首相は1月13日、ようやく仙谷由人官房長官を交代させることを決めた。身内の民主党出身の西岡参院議長が『文藝春秋』2月号(1月8日発売)で、仙谷官房長官を「自衛隊を『暴力装置』と発言したり、放言はとどまるところを知らない。『法的拘束力のなさ』を理由に平然としているのはいかがなものか」と痛烈に非難、返す刀で菅直人首相に対して「すべてがスタンドプレーありきの思いつきだ。菅政権は、無為無策にとどまらず、国家に対する哲学すらないのではないか」と言い切った。参院での問責決議を軽視する菅-仙谷政権に堪忍袋の緒を切ったようで、野党が多数を占める参院での通常国会審議ストップを議長自らが言明した格好である。最後通牒といってよい。これで国民は連日テレビで記者会見する、傲慢不埒な仙谷長官の顔を見なくて済む。ストレスも少しは解消されそうだ。

法治国家の概念と相容れない仙谷発言

本来ならば、昨年11月時点で辞めさせるのが筋だった。自衛隊「暴力装置」発言は更迭に値する発言だったからだ。尖閣諸島での中国漁船体当たり事件では国恥といってよい船長釈放を“指揮”し、それを批判されると「(中国への)属国化は今に始まったことではない」と言い放った(10月18日の参院決算委で自民党・丸山和也議員が暴露)。
こうした発言は「個別の事案については答えを差し控える」「法と証拠に基づいて適切にやっている」との2つのフレーズで国会答弁ができるとした国会軽視発言で辞任した柳田前法相よりも悪質である。自民党政権なら首はとっくに飛んでいたはずだ。自衛隊を「暴力装置」とするのは共産主義の階級国家観そのもので、全共闘出身の仙谷氏が今なお共産主義思想を保持していることを証明したばかりか、「民主党政権の自衛隊観を反映した」(産経新聞11月19日付)とされた。仙谷氏は退任しても民主党の要職に就き、院政を敷きたいらしい。そうであれば、なおさら国民は「暴力装置」発言を忘れるわけにはいかない。
 仙谷氏の自衛隊「暴力装置」発言は11月18日の参院予算委員会でのことだ。自衛隊への認識が怪しいのは菅首相も同様で、昨年8月、「大臣は自衛官ではないんですね。改めて調べてみたら、首相は自衛隊の最高の指揮監督権を有している」などと述べ失笑を買った。これが日本の為政者たちの頭の中身とすれば、呆れるほかない。自衛隊は国民の代表である国会において制定された自衛隊法によって組織されており、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる」(第3条)が任務である。総理大臣が最高指揮官であり、文民統制など法秩序の中に自衛隊は置かれており、自衛隊が「暴力装置」であるわけがない。暴力とは「乱暴な力、無法な力」(広辞苑)のことだが、自衛隊はけっして乱暴でも無法でもないからだ。

「暴力装置」は共産党、極左のいうことだ

仙谷氏は旧社会党出身で、東大時代は日韓条約反対デモに参加し、「フロント」と呼ばれる社会主義学生運動組織で活動していた全共闘出身である。マルクス主義に傾倒していたのだろう。そのマルクスと盟友のエンゲルスは、私有財産をめぐって支配する階級と搾取される階級が生まれたとし、「(支配)階級は、国家を通じて、政治的にも支配する階級となり、こうして、非抑圧階級を抑制し搾取するための新しい手段を獲得する」(エンゲルス『家族、私有財産および国家の起源』)として、国家を「支配の道具」と断じた。それで国家は階級支配の機関として生まれ、軍隊や警察は被支配階級の反抗を粉砕するための国家のもつ強制機関とした。この考えを踏襲したレーニンは「国家は、特殊な権力組織であり、ある階級を抑圧するための暴力組織」(『国家と革命』)と、国家を暴力組織と呼んだ。
 日本共産党は武力闘争時代の1951年、第4回全国協議会で「米軍を主力とする国内の傭兵軍、警察、暴力団を含む一切の暴力組織」と、警察予備隊(自衛隊)や警察を暴力団と同列の「暴力組織」とし、それを「粉砕する人民の武力闘争が必要」と煽った。その後、共産党は武力闘争一辺倒から「敵の出方論」(体制側の出方=抵抗=によって武力も使う)に転じたが、自衛隊を「暴力装置」とする考えは変えなかった。1973年の「民主連合政権構想」では自衛隊について「国家暴力装置の主要な部分として国民弾圧の機能をもっている」(第12回党大会「民主連合政府綱領についての日本共産党の提案」上田耕一郎幹部会委員=73年11月21日)と、自衛隊を「暴力装置」と明言している。ちなみに、この綱領は現在も共産党の中で生き続けている。

菅首相も文化共産主義という同じ穴のムジナ

「暴力装置」発言は民主主義と相容れない。そんな反民主主義思想の持ち主が内閣の要である官房長官に座り続けてきたのは異様である。発言が「民主党政権の自衛隊観を反映」とされたのは、仙谷長官のみならず菅首相もマルクス主義的思想の持ち主だからだ。菅首相は昨年6月の菅首相の所信表明演説(6月11日)で、松下圭一法政大学名誉教授を「政治の師」と持ちあげ、その思想が自らの政治理念と言明した。松下氏の思想はイタリア共産党の指導者アントニオ・グラムシの「ヘゲモニー論」やパルミーロ・トリアッティ(1893~1964)の「構造改革論」の影響を強く受けたものである。トリアッティの構造改革論は1950年代に日本の共産党や社会党に紹介され、路線闘争を経て主流にはなりえなかったが、江田三郎氏や松下圭一氏に継承され今日に至っている。この思想は文化共産主義のひとつである。その流れの中で「暴力装置」発言があった。とすれば、退任するのは仙谷氏だけでよいのか。菅首相も民主党も同罪とするなら、菅政権・民主党政権を退陣させねば筋が通らない。

2011年1月14日

この記事は2011年1月13日に投稿されました。

国家公務員にスト権?国鉄を復活させるつもりか

政府は国家公務員に労働基本権を与え、労使交渉で勤務時間を決めるなどとする公務員制度改革案を1月中にも取りまとめる。なぜ労働基本権を付与するのかというと、民主党の公約である「国家公務員総人件費の2割削減」を実現するために必要なのだという。2割削減するには人事院勧告を超える給料カットが避けられず、それを労働基本権が制約されている現状で実行すれば、憲法違反として訴訟を起こされるリスクがあり、公務員労組の反発が必至だからだという。それで人件費の大幅削減には「民間準拠」を原則に給与を決める人事院勧告を廃止し、労使交渉によって人件費を決定する新制度に導入が必要というわけだ。
 笑止千万である。公務員労組は共産党系や旧社会党系が支配しているところが圧倒的に多い。そうした共産主義労組を相手にまともに労使交渉ができるとでも思っているのか。それでなくても現在、ヤミ専従(公務員給与を得ながら職場を離れて組合活動に従事する違法行為)が官庁にはびこり、違法な政治活動もまかり通っている。官庁から共産主義労組が一掃され、愛国心を持つ、まともな公務員労組に変わるのであれば話は別だが、現状のままで公務員労組に労働基本権を拡大すれば、人件費削減どころか、好き勝手な主張を受け入れさせられる。あげくの果てに官庁は旧国鉄のような争議漬けとなり、ストに明け暮れるフランスやギリシャの二の舞となって国民生活が犠牲にされるのが落ちである。

公務員は「国民全体の奉仕者」である

そもそも憲法は公務員を「国民全体の奉仕者」(15条)と位置づけている。公務員の職務は公共性を持っており、民間の代替が利かない。職務を放棄したり、国民を人質にとって自己の利益を図ったりすれば、国民生活が脅かされる。そのため自衛官や警察官には基本権そのものを付与せず、一般公務員には団結権の労組結成を認めても、給与や勤務条件などを労使交渉で決める協約締結権(交渉権)とストなどの争議権については認めてこなかった。その代償として人事院が毎年、民間の給与水準をもとに「適正な給与」を内閣と国会に勧告してきたのである。
 それは公務員の地位や職務が民間の会社員とはまったく異なっているからだ。民間の場合、交渉相手は使用者の経営者で交渉事項に制限はなく、利益の範囲内という歯止めも掛かるが、公務員はそうはいかない。倒産がないから、「親方日の丸」で歯止めがかからない。そもそも公務員の使用者は国民自身で、給与は税金で賄われ、公務の「利益」は不明確である。それで財政民主主義に基づき国民の代表である国会が給与を決定してきたのである。
 ところが、民主党の支持母体である連合は、公務員への労働基本権付与を強く要求し、民主党もマニフェスト(政権公約)に「公務員の労働基本権を回復し、民間と同様、労使交渉で給与を決定する」と盛り込んでいる。この認識が根本的に誤っているにもかかわらず、鳩山政権が誕生すると「労使関係制度検討委員会ワーキンググループ」を立ち上げ、2009年12月に人事院の勧告制度を廃止し、これに代えて労組に交渉権を与える素案をまとめた。菅内閣が通常国会に提出しようとしている公務員制度改革関連法案はそれを踏襲し、①国家公務員に協約締結権を付与②政府側と労使交渉を担当する「公務員庁(仮称)」を新設③人事院の廃止―などをあげている。争議権について触れていないが、検討課題としており、どうやら将来、導入するつもりらしい。
 これは公務員の定員や給与削減を実現するには「身分保障」をなくす代わりに民間並みに労働基本権を付与すればよいというものだが、公務員と民間を混同する誤りを犯し続けている。かつて国鉄(現JR)では労働基本権を振りかざす国労や動労が「国民の足」を人質にスト権ストなどを繰り広げ、国民生活に悪影響を与えたことは年配者の方なら承知のはずだ。公務員に交渉権を付与すれば(将来は争議権も)、この二の舞になりかねない。こんな話をすると、今は時代が変わった、総評と同盟が対峙する冷戦時代が終わり、連合に統一されているから、そんな心配はない、という人がいる。そうだろうか。

公務員同士での労使交渉はナンセンス

連合は民間労組が中心の旧同盟が加わっているので穏健労組とのイメージがあるが、こと公務員労組はそうではない。旧同盟系は連合の会長ポストを得る代わりに政策策定の実権を旧総評系に握られ、左傾化しているのが実態である。国家公務員の労組は旧総評系を中心とする国交連合(約11万5000人=民主党を支援)と国交労連(約9万5000人=全労に属し共産党を支援)があり、いずれも左翼労組である。旧総評系と共産党系の労組が今も公務員労組を牛耳っているのだ。それが現実だ。
素案は公務員労組の言いなりだった。給与など勤務条件の交渉は①官房長官ら「中央人事行政機関」の長と連合など組合側の長による「中央交渉」②各府省の大臣と府省別組合の長による「府省交渉」③省庁地方支分部局の長と同部局の組合の長による「地方交渉」-の順で行うとしていた。これにしたがって中央と省庁、地方の三レベルで労使交渉をすれば、それこそ公務そっちのけで“交渉漬け”になるのは必至である。公務員の身内の中に「経営者」側を設定して交渉するというのは泥棒が泥棒を捕まえると主張する矛盾に満ちた話だ。経営者は国民自身だ。そのことを忘れてもらっては困る。民主党案では労使の力関係によっては省庁間や職場間で勤務条件や給与が異なる事態も起こり得る。協約締結権がない現状においてすら、労組の強い職場ではヤミ専従など不正行為がまかり通ってきたから、「ヤミ専従天国」になるのは間違いない。

地方自治体も「労組天国」と化す

しかも法案は地方公務員の労働基本権についても国と整合するとしており、国家公務員に協約締結権を付与すると、全国の自治体も同様の労使交渉システムを採用することになり「労組天国」が全国すべての役所に広がる。地方では自治労(約90万人)や日教組(約29万人)、全教(約10万人)などが強力な組織を誇り、労組の強い職場では労使の癒着がまかり通ってきた。昨年、北海道教組が組織ぐるみ選挙違反を繰り広げ、民主党国会議員が辞任したのは氷山の一角にすぎない。これをさらにスト権にまで拡大すれば、どんな事態が待ち受けているか、想像に難くない。
 国民を軽視し公務員天国を招く労働基本権付与に反対する。

2011年1月13日

この記事は2011年1月2日に投稿されました。

朝日と読売の安易な「連立政権論」を排す

安易な妥協によって民主党の亡国政策を温存するな

朝日新聞と読売新聞が元旦号で「大連立論」を展開している。だが、理念や政策が一致しない野合連立は国の未来を危うくする。安易な妥協的連立論には賛成できない。

 朝日新聞は「今年こそ改革を 与野党の妥協しかない」とのタイトルを掲げ、このまま解散総選挙になり、たとえ自民党が政権を奪還しても野党の協力を得られなければ改革は実行できないから与野党とも大胆な妥協へ踏み出せ、と主張している。妥協をするにしても何に折り合いをつけ、一致点を見いだすのか、その指針が不可欠であるが、朝日新聞はいっさいそれを示さず、初めて妥協あり、である。要するに何が何でも民主党政権を維持したいというのが本音なのだろう。こういう妥協論は許されない。

 一方、読売新聞は元旦社説で「救国連立政権」の樹立を主張している。菅首相が衆院解散に打って出る可能性が小さいから、次善の策として「1年、ないしは2年の期限を切った、非常時の『救国連立政権』とし、懸案処理後に、衆院解散・総選挙で国民の審判を問えばいい」というものである。だが、いったい何を懸案として処理するのか、不明である。懸案事項とは集団的自衛権や武器輸出3原則の見直し、子供手当ての撤廃など、民主党マニフェストにノーを突きつけることだ。それを明確にしてこその「救国政権」のはずである。安易な妥協によって民主党の亡国政策を温存してはならない。

2011年1月2日

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