共産主義は間違っている!
国際共産主義勢力、文化共産主義勢力の攻勢に勝利しよう!

勝共運動による救国救世

台湾の総統選挙で1月14日、馬英九総統(国民党主席)が再選を果たした。…続きを読む

食糧や原油価格の高騰が止まらない。穀物の国際価格は最高値になりつつある。…続きを読む

米統合参謀本部は2月8日、「国防戦略」と「国家安全保障戦略」を具体的に遂行する指導文書「国家軍事戦略」を改定し公表した。…続きを読む

9・11同時多発後のブッシュ米政権に「中東民主化構想」があった。いまや幻の構想である。続きを読む

アラブが揺れ動いている。チュニジアの「ジャスミン革命」に続き、エジプトで反ムバラク100万人デモが巻き起こり、政権側との軋轢が頂点に達しようとしている。続きを読む

バラク・オバマ大統領は名弁士である。1月25日、オバマ大統領は「未来を勝ち取る(Win the Future)」をキーワードとする一般教書演説を行った…続きを読む

ベトナム共産党は1月19日、グエン・フー・チョン新書記長(67)ら最高指導部の政治局員14人の新人事を発表した。…続きを読む

米国がイラクに手こずっている間に中露の戦略的関係を強化し「パックスアメリカーナ」を切り崩して日欧にも圧力をかける、…続きを読む

国際情勢

この記事は2012年1月26日に投稿されました。

中国の台湾統一工作を見抜け

馬氏勝利を喜ぶ中国

台湾の総統選挙で1月14日、馬英九総統(国民党主席)が再選を果たした。得票数に関して言えば、馬総統が689万票、民進党の蔡英文主席が609万票で、その差は80万票という圧勝だった。実はこの圧勝の背後には、中国による対台湾工作が大きな影響を及ぼしていた。
 現在、中国で生活する台湾人は、台湾人ビジネスマンやその家族などで約100万人。馬政権下で中台の経済交流が活性化したおかげだ。その在中国台湾人に対して、中国政府は次のようなメッセージを伝えていた。
 「馬氏が負ければ中台関係は不安定になりますよ。そうなれば、多くの企業が中国から撤退することになりますね」
 さらに、中国政府はこの間、航空便を増発させて台湾人が帰省しやすいようにした。実際、選挙のために帰省した台湾人は20万人とも言われる。その大半が、国民党を支持したことは間違いないだろう。

最大の争点は両岸関係

今回の選挙で最大の争点になったのは、二人の候補者の対中姿勢の違いだ。中国と台湾との関係は、両国が台湾海峡の両岸にあることから「両岸関係」と呼ばれている。馬総統は、2008年に総統に就任して以来、この両岸関係の改善、すなわち雪解けに努めてきた。馬政権が出発すると、中台直行便が就航し、中国人の観光客は台湾の隅々まで押し寄せることになった。また、中国が送り込んだ農産物の買い付け団は、台湾の農業に大きな活気を与えた。現在では、中台直行便は週500往復を超えている。
 さらに一昨年の6月には、ECFA(両岸経済協力枠組協定)が台中間で締結された。この協定は、FTA(自由貿易協定)にあたるもので、この締結によって多くの台湾企業が中国に工場を進出させることになった。その結果、中国の急速な経済成長は台湾に取り込まれ、経済産業界に大きな恩恵をもたらしたのである。
 こうして台湾は、中国への依存度を大きく高めることになった。

両岸関係の危機

馬氏が関係改善に取り組む以前に目を移すと、両岸関係は一触即発の危機的状況にあったと言える。
 台湾の総統が初めて直接選挙で選ばれたのは、1996年である。この選挙で、台湾の独立を強く主張する現総統・李登輝氏(国民党)の優勢が強まってくると、中国は軍事力を用いてこの選挙に圧力をかけた。人民解放軍が、台湾沿岸にミサイルを撃ち込み、威嚇行為を行なったのである。台湾国内では、この威嚇行為に対して激しい反発が巻き起こり、李氏は結局地滑り的勝利を収めたのだった。
 李氏勝利の4年後、2000年の総統選を制したのは、民進党の陳水扁氏だった。陳氏は、東西ドイツの統一をモデルとして、中国からの独立を繰り返し訴えた。
 国際的な呼称も、それまでの「中国、中華 (China) 」から「台湾 (Taiwan) 」に置き換えられた。経済的にも、中国への依存度を下げるために、台湾企業に対して東南アジア諸国へ投資するよう要望した。
 これに対して中国は、「反国家分裂法」を成立させ、「台湾が独立を宣言した場合、台湾独立派分子に対する『非平和的手段』を取る」とし、軍事力の行使も合法化した。こうして両岸関係の緊張は、その頂点に達し、いつ戦争が起きてもおかしくない状況にまでなっていたのである。

中国の路線変更

この緊張関係を一変させたのが、2008年に就任した馬総統だった。馬総統は、経済を中心にした融和路線へと大きくかじを切り、世界が不況にあえぐ中、両国に大きな恩恵をもたらしたのである。
 では、中国は今、台湾に対して何を望んでいるのか。結論から言えば、中国の狙いは、「台湾の統一」である。台湾沿岸にミサイルを撃ち込んだ時も、そして経済交流を盛んに推し進める現在も、中国の台湾統一工作の目的はまったく変わっていないのである。
 中国の現在の戦略は、「先経後政」路線である。経済交流を推し進め、台湾が中国依存から抜け出せないようになってから、その後に政治戦略を推し進める計画なのだ。
 中国国内では、今年の秋に共産党大会が開かれる。そこでは、党総書記が胡錦濤氏から習近平氏に交代することが決まっている。それまでに胡錦濤総書記が、何らかの形で台湾に働きかけることは間違いないだろう。逆に働きかけが何もなければ、胡錦濤総書記は党内や軍部の過激派から大きな突き上げを食らうことになる。
 今や経済的に大きく依存する中国の意向を、馬政権ははねのけることができるのだろうか。台湾に照準を合わせた弾道ミサイルを、国内に1400発超配備している中国の統一工作に、毅然と立ち向かうことはできるのだろうか。
 上海万国博覧会があった2010年までは、中国も国際社会の反応を気にしていたが、今やそのブレーキもなくなった。加えて米国では、今年の11月に大統領選を控えており、今はこれ以上の不安定要因を抱えたくないというのが本音でもある。昨年の9月に、米国が台湾への武器売却を見送ったのも、こうした理由で中国に配慮したからに他ならない。
 日本の周辺には緊迫した状況が広がっている。いつまでも憲法前文にある通り、「諸国民の公正と信義に信頼し」続けていてもいいのだろうか。最悪の事態に備え、「想定外」をなくさなければ、日本が国家としての形態を備えているとは到底言うことはできない。有事に備え、緊急事態に備える覚悟と体制が、今の日本には必要である。

2012年1月26日

この記事は2011年2月25日に投稿されました。

投機マネーを規制し食料・原油価格の高騰を防げ

食糧や原油価格の高騰が止まらない。穀物の国際価格は最高値になりつつある。中東の「ジャスミン革命」が原油産地を直撃し、とりわけリビアで生産が半減したことで2008年の高騰時の価格に迫っている。貧困層ほどその影響を受け、インドを始め世界各地で抗議デモが起こっている。グローバル経済システムの問題点を浮き彫りにしていると言えよう。

天候・需要・バイオ・投資の4つの要因

世界銀行は2月15日、高騰する食料品価格の監視報告書を発表した。それによると今年1月には昨年同月比に比較して29%高騰した。これは事態が深刻化し暴動が起こった2008年6月の水準に迫るものだ。シカゴ市場では2月、国際価格が上昇し始めた2010年6月比でトウモロコシ2・1倍、小麦1・9倍、大豆1・4倍など軒並み高騰している。これに伴って世界的なインフレ傾向となり、低所得者ほど苦しくなっている。これが中東の政情不安を引き起こし、政治・経済の大きなリスク要因になっているのだ。原因は①生産国の天候不順②新興国の需要拡大③バイオエタノールの拡大④投資資金の流入の4つである。
まず天候不順。高騰の引き金となったのはロシアが昨年8月、干ばつで穀物輸出を停止したことだ。さらに今年に入って小麦の一大産地であるオーストラリアが干ばつと洪水被害、中国が干ばつに見舞われ、食糧価格を押し上げた。それでなくても世界では土壌劣化で耕作面積が1981年をピークに減り続けている。塩害や砂漠化によって世界の大地の17%に相当する20億ヘクタールの肥沃な大地が失われた。今後、「世界の食糧庫」の北米や豪州が厳しくなる可能性がある。異常気象による気候・降雨パターンの変化で、食糧庫になっている中緯度の大陸内の農業地帯で干ばつが頻繁に起こっているからだ。今年の干ばつは一過性に終わらないと見ておかねばならない。
 新興国の需要拡大で最も大きな影響を及ぼしているのは中国だ。1990年代半ばから輸入量が拡大し、2010年は99年比で5倍以上にもなった。中国当局は食糧不足に陥るのを恐れて在庫増に動き、現在、世界のトウモロコシの約45%、コメの約50%を中国国内に溜め込んでいる。これが食糧価格の押し上げ要因となった。またインド、ブラジル、ロシアなどの経済成長国でも需要が急増し、輸入増に走って価格を押し上げた。米国ではトウモロコシ生産量が11年は91年比で約60%増加しているが、在庫率は約20%から5・5%へと激減している。ブッシュ前米大統領が06年1月に環境対策として「バイオ燃料宣言」を行い、2020年までのエタノール生産目標を360億ガロン(06年生産能力の7・5倍)に設定したからだ。これを受け米農家が小麦や大豆栽培からトウモロコシ増産に転換を図り、世界の穀物生産量の4・7%(1億トン)がバイオ燃料のトウモロコシ栽培に移行、これが食糧価格高騰の一因となった。その影響が今も続いている。一方、投資資金はシカゴ市場で昨年末には約160億ドル(約1兆3000億円)に達し、過去最高水準となっている。この4つの要因で有効な手立てが打たれない限り、混乱は避けられそうにない。

原油高騰が食料価格をさらに押し上げる悪循環に

2008年には食料価格が高騰し、世界各地で暴動が起きた。サブプライム・ショックとバイオ燃料拡大を背景に投機マネーが穀物市場に流れ込んだからだ。04年のデータでは、世界の穀物生産量は19億5600万トンで、これに対する消費量は19億8800万トン、差し引き3000万トン以上も不足している。国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の飢餓人口は07年推計で9億2300万人だが、03~05年比で約7500万人増えたという。国連は2015年までに飢餓人口を半減させるとしたが、半減どころか増えているのが実態である。世界では毎年、人口が1億人ほど増加するのに対して食糧生産が追いついていないのだ。それで食料価格の上昇が続き、加えて今回の価格高騰だ。世界銀行のゼーリング総裁は「のんびり構えている暇はない。世界の食料品価格は危険水準に達している」と警告している。最も深刻なのは、エンゲル係数(家計に占める食料費の割合)が40%以上の中央アジアだ。昨年末で食糧価格は54%も上昇しており、2008年の食糧暴動の域に達しつつある。今回の食糧高騰によって最貧困層は世界全体で4400万人増加したと見られているのだ。
 原油価格の高騰も深刻だ。ニューヨーク原油先物市場では2月24日、国際指標となるテキサス産軽質油(WTI、4月渡し)が約2年5カ月ぶりに1バレル=103ドル台をつけた(読売新聞2月25日付)。産油国リビアで油田の生産中止の動きが出ているのと世界的な金融緩和であふれた資金が原油市場に流れ込み、価格上昇をもたらしている。中東の混乱が産油国にさらに広がれば、08年7月のリーマン・ショック前の史上最高値の1バレル=147ドルの水準まで高騰する恐れがある。ちなみに中東情勢の悪化を受けて投資家は株を売って債券を買うなどのリスク回避に動いており、ニューヨークや東京などで株安を招き、経済成長の足を引っ張っている。原油価格の高騰は農業コストも上昇させる。すでにここ数年で肥料価格は3倍近く値上がりしており、食料価格のさらなる上昇は避けられず、貧困層であればあるほど打撃を受けることになる。08年の食糧危機では世界食糧計画(WFP)のシーラン事務局長は、食糧危機を国境に関係なく押し寄せる「静かなツナミ」と表現した。まさに今、その「静かなツナミ」が貧困国を襲おうとしているのだ。こうした悪循環を何としても断ち切らねばならない。

数10ドル規模の投機マネーが徘徊している

悪しき投機主義を世界から一掃しなければならない。このままでは世界がカジノにされてしまう。投資ファンドやヘッジファンドに集まった何10兆ドルもの巨額な資金や新興国マネー(外貨準備)が富を求めて世界中を駆け巡っている。それも財やサービスを生産する実体経済にではなく、投機的な運用によって1ドルでも多くの金を生み出す金融経済に投入され、食料・原油価格の高騰をもたらしているのだ。この現実を直視せざるを得ない。
 投機マネーは世界の株式市場には70兆ドル(5740兆円)、債券市場には50兆ドル(4100兆円)という巨額が投入されており、株安・ドル安に嫌気をさし食糧や原油に向いている。日本政府の「エネルギー白書」(07年度)によれば、当時の原油高の3分の1が投機マネーによってもたらされていると結論づけている。原油などの1次産品に投資する「商品インデックスファンド」の投資残高1800億ドル(15兆円)の3分の1の約500億ドル(4兆円)が原油取引に回っているからだ。その結果、先物相場の指標となるテキサス産軽質油(WTT)の07年1~12月の平均価格1バレル=90ドルのうち30~40ドル分が投機マネーで押し上げられたという。これを日本のガソリン価格でみると、08年6月時点で1リッター約170円という高値をつけたが、投機マネーが入らなければ100円前後にとどまっていたはずだとしている。
 これら資金は原油だけでなく金、資源などの先物市場にも流れ込んだ。米国の原油先物市場の規模は1400億ドル(11兆円)規模。金の産出総額は4兆ドル強(330兆円)で、その先物市場は400億ドル(3兆円強)規模だ。そこに数10兆ドル規模の巨額マネーが流れ込めば、たちどころに原油高や金高騰を招くのは自明のことだ。中東混乱のゆえに原油高を招いているが、皮肉なことにこれによって巨額の資金が中東などの産油国に入る(ロシアは高笑いだ)。日本は原油輸入の9割を中東産油国に依存しており、1年間で約6兆5000億円を支払っている。高騰していけば、10兆円に迫り、消費税の税額に匹敵する巨額資金を中東産油国に支払うことになる。産油国はこうした資金を政府系投資ファンドに回し(2・5兆ドル=200兆円と目される)、それが再び、原油の先物市場に投資されて原油高へと導く。金が金を生み出す錬金術だ。マネーゲームがある限り、原油価格は上がり続ける仕組みなのである。

新たな投機マネー規制の仕組み作りが急がれる

これに加えて年金資金だ。これも巨額で、世界では17兆ドル(約1400兆円)にのぼると見られ、これらを機関投資家が運用している。さらに中国やインドなどの新興国マネー(外貨準備)がある。これはヘッジファンドなどに回されており、ざっと2兆ドル(約160兆円)は下らないとされる。ヘッジファンドは投機的行動が目立ち、1992年秋の欧州通貨危機の一因を作った。これらの10兆ドル規模の投機マネーが“金のなる木”を探して世界を徘徊しているのだ。原油の需要は新興国で急速に伸び今後、さらなる需要拡大が望める。それでここ数年、じわりじわりと価格上昇を続け、上がることはあっても下がらないという「右肩上がり神話」が成り立ち、これが投機マネーの絶好のターゲットとなっている。その矛先が食糧にも向けられているのだ。こうした投機マネーを規制する新たな仕組みを作らない限り、原油・食糧価格の高騰は避けられない。

2011年2月25日

この記事は2011年2月21日に投稿されました。

米国の新たな「国家軍事戦略」をどう読むか

米統合参謀本部は2月8日、「国防戦略」と「国家安全保障戦略」を具体的に遂行する指導文書「国家軍事戦略」を改定し公表した。改定は2004年以来7年ぶりで、昨年2月に定めた米軍の基本方針「4年ごとの国防政策見直し」(QDR)を具体化するものである。同戦略はアジア太平洋地域を重視するとともに、わが国に対しては自衛隊による域外活動の拡大や日韓の軍事協力強化を促しているのが特徴である。言うまでもなくわが国は日米同盟を自衛力とともに安全保障の柱に据えているから、米国の軍事戦略の改定は即、日本の軍事戦略に影響を与える。民主党政権下で初めて作られた新「防衛大綱」はあまりにもお粗末すぎる。そのことを改めて感じさせる米軍事戦略である。

アジア太平洋を重視し、積極的関与を表明した

「国家軍事戦略」は、4年前の従来のものと比較するとイラク・アフガニスタンの2戦争への比重が下がり、それに代わって米国の国益においてアジア太平洋地域の比重が高まっているとし、同時にサイバー戦など新たな事態を重視、さらに同盟関係の強化を強調しているのが特徴である。同戦略は従来の3大構想(「国家防衛」「突然の攻撃への防備」「相手に勝利」)に限定せず、より一層の戦略的高度化を目指し、「極端な情況下では米軍は自由に行動することが可能だが、通常の情況下では他国軍との連合および同盟を引き続き追求する」として同盟強化を打ち出している。それには北大西洋条約機構(NATO)との協力を主軸に、アフリカ連合(AU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、その他の国家連合との軍事協力を開拓するとし、従来型の政府外交、軍事外交、非政府組織外交など多くのチャンネルや枠組みを結合した新たな外交モデルを形成しなければならないと、積極的関与を表明している。これは歓迎してよい。米国が金融危機から内向きになり、国際的孤立主義(新モンロー主義)に陥りはしないか、懸念されていたからだ。

自衛隊に海外活動能力向上と日韓軍事協力うながす

アジア太平洋地域を重視するのは言うまでもなく、中国の覇権主義的軍拡路線に対抗するためだ。同戦略は中国の意図が不透明な軍拡や南シナ海・東シナ海などでの「自己主張」の強まりに「懸念を持ち続けている」と牽制し、米軍の強固な軍事的プレゼンスが「今後数10年間維持されることを期待する」と強調した。そのため同盟国のフィリピンやタイに加え、ベトナム、マレーシア、インドネシアといった東南アジアの主要国との軍事交流や演習を強化するとし、多国間軍事演習の拡充方針を明記、さらにインドとも核不拡散やテロ対策などで関係を強化するとしている。
 日本に対しては「自衛隊の域外運用能力向上に協力する」とし、日本が積極的に対外関与するよう促している。これを日本の一部マスコミは「具体的内容には触れていないが、平和維持活動、海賊対策、災害・人道支援などが念頭にあるものと見られる」(朝日新聞2月9日付夕刊)としているが、これは偏った見方だ。米国はそうした「人道上」だけでなく、安全保障自体への日本の関与を強く求めているのだ。戦後体制の“呪縛”からの解放を促していると言ってよい。同戦略は日本と対比するように韓国を取り上げ「韓国は世界で米国が取り組む安全保障の努力を支援する確固たる同盟国であることを証明してきた」と記述している。逆に言えば、日本は確固たる同盟国であることを証明してこなかったのだ。この米国の苛立ちを見誤ってはならない。同戦略は「日本と韓国の防衛協力を後押しする」としており、米韓日の軍事同盟化を示唆していることも想起しておくべきである。

中国を念頭に初めてサイバー戦の脅威を取り上げる

米軍事戦略は「サイバー戦の脅威」を強調しているのも特徴だ。宇宙やサイバー空間も含めた「地球規模の公共財(グローバルコモンズ)」へのアクセスや利用を妨げる国の行動に対しては「我々の意思を証明する用意がある」と、名指しにこそしなかったが中国に警告を発した。さらに「サイバー攻撃の潜在的脅威が増しており、一部の国はサイバー攻撃を実行または黙認している。これは世界的なサイバー危機が増加し続けることを予告するものだ。国際的規制の不備、攻撃発信源特定の難しさ、攻撃への防御の不備によって、サイバー上の脅威は拡大、悪化し続けている」とし、個別の軍事戦略として初めて「サイバー上の脅威への対応」を挙げた。米国防総省はすでに2月4日、中国の衛星攻撃能力を念頭に初の「国家安全保障宇宙戦略」を発表している(「今日の視点」2月9日付参照)。

太平洋から中東にいたる「不安定な弧」を重視

ところで同軍事戦略の基礎となっている「4年ごとの国防政策見直し」(QDR)報告書は昨年2月に発表されている。QDRは国家安全保障戦略(NSS)に基づくもので、20年後を視野に入れた米国防総省の中長期的な戦略文書である。ブッシュ前政権は01年のQDRで「2正面作戦」から脱却し米本土防衛を重点に中東から東アジアに至る地域を新たに「不安定な弧」と名付け米軍再編に着手。02年9月に「ブッシュ・ドクトリン」(国家安全保障戦略)を打ち出し、国際テロと中国の軍拡への対応を柱にアジアでは太平洋重視の米軍再編案を示し、日米同盟をより一層重視した。昨年のQDRはこうした軍事戦略の基本路線を踏襲し、それを深化させているのが特徴で、「不確実」な事態への柔軟対応の確立を目指すとした。中でも中国やロシアなど「戦略的岐路にある国家群」の不確実性に備えるとし、これら諸国が軍事的な敵対の道に向かわないための誘導戦略とともに、万一の事態にも機敏に対応する態勢作りを急ぐとした。今回の国家軍事戦略はその一歩とするものだ。
 オバマ政権はブッシュ前政権と同様に「不安定な弧」への対応を最も重視していることを忘れてはならない。「不安定の弧」は韓半島から東シナ海、台湾、南シナ海(すなわち西太平洋)、そしてマラッカ海峡を越えてインド洋、中東、中央アジア、バルカン半島に至る地域で、アラブもイラン、アフガンも含む、まさに「世界の火薬庫」である。ここに中国、インド、ロシアが深く関わっており、紛争がいつ大国間戦争に発展しても不思議ではない。20年後を見据えれば、今以上に重要な戦略的要衝になるのは明白である。QDRは太平洋での艦隊のプレゼンスを増やすとし、海軍は世界で11群の空母攻撃群を展開する方針だが、このうち最低6個群を太平洋に配置し、さらに潜水艦の60%を太平洋に集中させるとした。これは米国が太平洋守護宣言と言ってよい。

沖縄の在日米軍基地の役割は一層高まる

とくに太平洋における同盟国として「日本、オーストラリア、韓国」と日本を真っ先に挙げ、日本を「米国の力のよりどころの一つである同盟国」と位置付けた。それゆえに在日米軍基地とりわけ沖縄米軍基地はこれまで以上に重要になるのだ。これに対して民主党政権は普天間問題で明らかなように、まったく動こうとしないばかりか、新たな「防衛大綱」では「動的防衛力」という意味不明な概念で事実上の防衛力削減策を打ち出した。これで太平洋アジアを守れない。その苛立ちが軍事戦略に現われていると見ておかねばならない。

2011年2月21日

この記事は2011年2月6日に投稿されました。

幻のブッシュ「中東民主化構想」を再考する

9・11同時多発後のブッシュ米政権に「中東民主化構想」があった。いまや幻の構想である。だが、チュニジアの「ジャスミン革命」がアラブ全域に波及し、エジプトを揺るがしている現在、あらためてこの構想に注目したい。中東に民主化は必要なのか、必要ならどんなプログラムが望ましいのか、ブッシュ構想は再考されてよい。

世界の通商地図から抜け落ちた中東

10年前の2001年の9・11以降、ブッシュ米政権は次のように考えた。
―アラブの独裁政権が富を独占し、貧富の格差が広がり若者には雇用の機会もない。独裁政権は彼らの不満のはけ口として「反ユダヤ」「反米」を煽っている。その拠点となっているのが独裁政権の援助によって成立しているモスクや宗教指導者で、そこから「ビンラディン」(国際テロ組織アルカイダの指導者)が登場した。9・11のハイジャック犯はサウジアラビアとエジプト出身者だ。ビンラディン主義が「円循環」して再生産されるシステム、それがアラブの独裁政権によって作られている。ゆえに、中東を民主化し民衆をビンラディン主義から解放しなければならない―
 21世紀初頭、イスラム・アラブ圏は世界経済の発展から取り残されていた。当時、総人口13億人のイスラム諸国(約60カ国)全体への投資額は136億ドル(約1兆5000億円)にすぎず、スウェーデン(900万人)1国への投資とほぼ等しかった。中東アラブ諸国(22カ国)の輸出合計の世界シェアは1980年の13・3%から2001年には4・3%にまで低下していた。米・進歩的政策研究所のグレッサー部長は「アラブの民は今、世界の通商地図から抜け落ち、経済成長からも取り残されている」(日本経済新聞03年4月11日付)と指摘した。中東諸国全体のGDP(国内総生産)はスペイン1国よりも小さい。
 なぜこれほどまで経済成長に後れをとったのか。国連開発計画(UNDP)の報告書は、その理由を①自由が十分でなく②女性の権利が認められず③良質の教育が行われていない―としている。同報告は「1980年代から90年代初頭まで、ラテンアメリカと東アジアの大部分は政治体制を一変させた民主主義の波がアラブ国家には届かなかった。自由がないために人間的発展が遅れてしまう。市民としての自由、政治的権利、国民の発言権、メディアの独立性、政府の説明責任が世界の7大地域の中でアラブ地域の自由度が最も低い」と嘆いた。こういう状況を米国のリベラリストたちは大いに憂いた(ブッシュ政権側の人間だけではない)。たとえばニューヨーク・タイムズの名コラムニスト、トーマス・フリードマンは「これがビンラディン主義を生み出した社会経済的環境」と断じている(『グラウンド・ゼロ』)。

能力と機会の貧困からいかに脱却するか

アラブ諸国は2020年には人口が4億人以上になる。「すでに都市は人口過密で増大する世代が怒りとも貧しさとも無縁で成長しようとすれば、アラブ世界はまず貧困を克服しなければならない。それは経済的貧困ではない。能力と機会の貧困だ」とフリードマンは言う。UNDP報告もこう言った、「アラブ世界は今、岐路に立っている。無気力と無能力という名の道をだらだらと歩み続けるか、それとも人間として発展し、アラブ・ルネッサンスを実現しようという希望を追い求めるか。根本的には、どちらかを選ぶことだ」
 イスラム教が本来の価値を見いだし、現代にしっかりと対応できるようにするには、聖典の解釈の自由などイスラム教指導者が決断しなければならない課題が多い、という指摘も少なくない。シャリフ(イスラム法)の徹底施行を強要し反イスラム・反政府情報を締め出し続けると、イスラム教しか知らず、世界や他宗教を知るチャンスも情報もなく、自由な発想もできずに自由経済から脱落していく。サウジアラビアのキング・サウド大学のリーマ・ジャルフ教授は、サウジの小学4年から高校3年までの歴史教科書の記述内容を分析しているが、それによるとサウジを含めた中東イスラムの記述が全体の98・5%を占め、それ以外は1・5%にすぎない。同教授は“偏狭な歴史観”がテロの背景になっているとして教科書改革を求めている。

「米国の価値」でなくアラブ流の民主化を模索する

以上のような背景からブッシュ政権は「中東民主化構想」を描いた。そのロードマップは①第1段階=アラブ諸国はテロ・暴力組織への支援停止・テロ摘発。パレスチナ自治政府構築に協力。イラク復興への人道的、財政的支援②第2段階=先進国はアラブ諸国の輸入製品関税率をゼロにして経済支援し自由貿易協定(FTA)を締結。アラブ諸国は市民的自由、政治的権利、メディアの独立性、政府の説明責任など社会的経済的環境改善策を講ずる③第3段階=中東自由貿易圏を構築する―というもので、2012年までにこれら構想を実現したいと考えた。ブッシュ大統領は「中東地域の苦しみは米国のテロ被害につながるため、同地域で自由と平和を促進し、経済繁栄を実現することが重要である」と強調した。むろん、米国がアラブ諸国に関与すればするほど、イスラムの価値と衝突する可能性も高い。だから米国の著名な保守派ジャーナリスト、ボルシュグラーブは「文明の衝突に配慮せよ」と促した。だが、アラブの貧困を見逃せば、フリードマンが述べたようにビンラディン主義が再生され続ける。米国はこのジレンマに立たされた。中東民主化は「米国の価値」を押し付けるのではなく、いかに中東地域の繁栄を助けるのかに主眼を置くべきだ、西洋的な「民主主義国家」でなくともアラブ流の民主化があってもよい。そんな模索を続けることになったが、米国は2003年のイラク戦争によってイラクに釘付けにされ、それ以降はイラク民主化に集中し、アラブ全体の課題は二の次になった。オバマ政権はアフガニスタン戦争に意識を移した。そして今、チュニジア、エジプトの民主化の波がアラブの独裁政権を揺るがすようになったのである。

今こそ「アラブの覚醒」で新地平を拓け

米国の「中東民主化構想」から7年が経って、アラブ世界は変わっただろうか。答えはノーだ。確かに為政者たちには変化が見られる。それは石油依存体質から脱却しようとしていることだ。かつてサウジのヤマニ石油相は「いくら石油の埋蔵量があっても、新たなエネルギーが登場すれば、一瞬にして石油は見捨てられる」として、石油依存への危険性を述べたことがある。その石油埋蔵量もおそらく2040年には枯渇するだろう。そうなれば、もはやオイルマネーに依存できない。だから石油枯渇後にいかに備えるか、脱石油をいかに果たすか、それがアラブ産油国の最大の課題なのだ。それでドバイのように金融・リゾート都市国家を目指し、カタールやオマーンもそれに続いた。次なる時代を見据え、原子力発電所の建設も始める。そんな成長一辺倒策はバブル経済を引き起こし、そして2009年にドバイのバブルは破裂した。為政者たちは新たな模索を余儀なくされている。
 だが、前述のUNDP報告が指摘した問題点は何ひとつ克服されていない。相変わらずオイルマネーの恩恵に依存し、働かない社会的雰囲気に満ちている。人口増加率はきわめて高く、若年層(15~29歳)はアラブ全体の人口の3分の1以上を占めているのに、彼らの失業率は21・7%に及んでいる。これは成人の失業率(5・5%)の実に4倍だ。大学などの高等教育進学率も低いままだ(大半の国が20%以下)。民間企業の活動も弱く、雇用が喪失されない。それでいて為政者(独裁政権)に連なる一部の特権階級だけがオイルマネーの恩恵を独り占めし優雅な生活を送っている。これではアラブは遠からず、立ち行かなくなる。
 かつてイスラムは商人の代名詞でもあった。ブハーリーなど歴史上の大学者と呼ばれたウラマー(法学者)も商業を営むことで経済基盤を築いた。インドネシアなど東南アジアをイスラム化したのは海上貿易に携わるイスラム商人だった。イスラムにはキリスト教的な教会組織があるわけでもなく、聖と俗の区別があるわけでもない。それはイスラム教の成立時からそうであり、預言者ムハンマド自身が商人であった。そうしたイスラムの原点に立ち戻るときではないか。今こそ「イスラムの覚醒」「アラブの覚醒」によって新地平を拓くべきときだ。イスラムの「ウンマ」と呼ばれる伝統的な共同体を国家へと昇華させ、新たな国民共同体を創る。そうした道を歩まない限り、アラブも世界も幸福になれない。

2011年2月6日

この記事は2011年2月3日に投稿されました。

エジプトが震源地となる「アラブ・ショック」

アラブが揺れ動いている。チュニジアの「ジャスミン革命」に続き、エジプトで反ムバラク100万人デモが巻き起こり、政権側との軋轢が頂点に達しようとしている。まさにアラブ・ショックだ。独裁国家が民衆によって倒されるのは心地よい風景かもしれない。だが、アラブ情勢はそんな単純なものではない。アラブの大国かつ親米国であり、中東和平の立役者でもあったエジプト・ムバラク政権が崩壊し、周辺諸国に波及するドミノ現象へと発展すれば、中東は大混乱に陥る。情勢の行方を我々は慎重に見守らねばならない。

チュニジアの「ジャスミン革命」が波及

アラブ・ショックの引き金となったチュニジアは人口1000万人で、年3~6%の経済成長率を続け、1人当たり国内総生産(GDP)は過去10年で倍増し現在は約4100ドル。北アフリカの優等生と呼ばれてきた。昨年12月には前原外相や大畠経済産業相(当時)らが首都チュニスを訪れ、太陽熱発電など約30の新規事業に合意したばかりだった。その一方で、国内では不満のマグマがたまり続けてきた。経済成長とは裏腹に失業率が高く、とりわけ国民の半数を占める30歳未満の失業率が高く、大卒者ですら20%を越えており、若者の不満がつのっていたのだ。政権はそうした不満を顧みなかった。1987年にクーデターによって政権を握ったベンアリ大統領が5期23年にわたって強権をふるってきたからだ。軍情報部出身のベンアリ大統領は秘密警察を全土に張り巡らせ、政治活動を制限、メディアを握り厳しく言論を統制し、報道の自由度ランキングは世界178カ国中164位(「国境なき記者団」調べ)という低さだった。
 独裁には腐敗がつきものだ。ベンアリ政権も例外でなく、国有企業が民営化されると親族がそれを私物化し、それを末端役人も見習い、腐敗は全土に及んでいた。そうした中で民衆革命の引き金となったのは昨年12月、チュニジア中部のシディブジドで役人の腐敗に絶望した26歳の男性が抗議の焼身自殺をしたことだった。政権に厳しく監視されるメディアは一切報じないが、インターネットを通じて情報が若者に広がり、抗議デモが始まった。政権側はそうした情報も封印しようとしたが、ネット普及率の高さが「情報の障壁」を打ち破った。とくにフェイスブックやツイッターなど個人と個人を結ぶソーシャルメディアがデモ行進やそれを弾圧する治安当局の動きを動画で発信し続けた。かくして情報は拡散し、ついに全土を揺るがす抗議デモへと発展。ベンアリ大統領は1月14日、海外脱出するにいたったのである。フェイスブックやツイッターといった個人ツールが独裁政権をひっくり返し、国花から「ジャスミン革命」と名づけられた。ジャスミン革命はまだ途上だが、周辺のアラブ諸国へと波及、とりわけ最大の親米国エジプトを揺るがしている。

親米・親イスラエルのエジプト崩壊の脅威

エジプトは人口8300万人でアラブ最大だ。ナーセル元大統領の汎アラブ主義はアラブ全体に大きな影響を与え、イスラエルとの間でスエズ戦争(56年、第2次中東戦争で勝利)、6日戦争(67年、第3次中東戦争で惨敗)を戦った。だが、後継のサダト元大統領は77年、長年の仇敵だったイスラエルとの対話を決意し、劇的なエルサレム訪問を行って、イスラエルのベギン首相と和平交渉を開始。親米路線に舵を切り78年に米国の仲介でキャンプデービッド合意にこぎつけた。そこから中東和平が始まった。ムバラク大統領がこの路線を継承してきたことを想起しておかねばならない。こうしたエジプトが作った大河の中で、武装闘争に明け暮れていたパレスチナ側もイスラエルとの対話に応じ、91年10月のマドリード会議、オスロ合意を経て93年9月、パレスチナの暫定自治を認める宣言に至り、さらに2003年、イスラエルとパレスチナが共存する「パレスチナ和平ロードマップ」が作られるに至った。ロードマップは一進一退だが、曲がりなりにも和平への道筋ができたのはエジプトがイスラエルとの共存路線を採り、親米国として存在したからだ。だからムバラク政権が崩壊した場合、どんな政権が登場するかによってパレスチナ和平、そしてアラブ全体の将来を決すると言っても過言ではない。
 エジプトではサダト前大統領が暗殺されて以降、約30年にわたり非常事態令が発令されたままで、ムバラク大統領体制が29年間続いてきた。内実はチュニジアと似ている。ムバラク大統領の側近勢力が政権の恩恵にあずかり、人口の約4割が1日2ドル以下という貧富の格差が激しい。昨年11月のエジプト人民議会(国会=公選議席508)選挙ではムバラク大統領の与党、国民民主党(NDP)が圧勝し、最大野党勢力であるムスリム同胞団は数議席に激減した(選挙前は2割の議席保持)。これには不正疑惑が浮上し、ムバラク体制への不満が高まっていた。問題はムバラク政権が倒れた際、どういう勢力が台頭するかである。軍主導やムバラク系が政権を握れば問題ないが、反イスラエルのイスラム原理主義組織、ムスリム同胞団が政権入りすれば、反イスラエル色が強まるとともに国内でイスラム原理主義が台頭、反米路線へと転換する可能性が出てくる。そうなれば、アラブ・ショックはかなりの深刻度で中東全域に波及するだろう。ムスリム同胞団の最高幹部、ラシャド・バイユーミ氏(カイロ大学教授)はムバラク大統領退陣後の政権で主導権を握ることに強い意欲を示している(2月2日・カイロ時事)。

イスラム原理主義・アルカイダの台頭も

アラブの長期独裁政権は、リビア(1969年以降、カダフィ独裁=自由度ランキング133位)、シリア(40年間、アサド父子の独裁=173位)、ヨルダン(立憲君主制だが事実上のアブドラ国王体制=120位)、サウジアラビア(1932年の建国以来、絶対君主制=157位)、オマーン(1970年以来、カブース国王=124位)、イエメン(1990年以来、サレハ大統領=170位)といった具合に自由度が低い。しかも、これらアラブ諸国はすべて若者の国である。アラブ全体で2020年には4億人を超すと見られるが、その6割以上が若者となる。彼らの失業率が高く、不満が渦巻いている。9・11同時多発テロの実行犯19人のうち実に15人がサウジ出身者だったことを忘れてはならない(アルカイダの温床だ)。加えて長期独裁で若者の失業率が高く、自由度の低い国は中央アジアへと連なっている。エジプトの行方は実にアラブのみならず、世界情勢を揺るがす。注視しておこう。

2011年2月3日

この記事は2011年1月27日に投稿されました。

オバマ一般教書「スプートニク・ショック」の意義

バラク・オバマ大統領は名弁士である。1月25日、オバマ大統領は「未来を勝ち取る(Win the Future)」をキーワードとする一般教書演説を行ったが、米国民の夢に訴える大演説だったといってよい。昨年の初の一般教書演説では「米国が2位になることは認めない」だったが、金融危機から約2年が過ぎ「株式市場は再び活性化した」と宣言し、「雇用や雇用がもたらす生活の質」という視点に立つことを求め、中国など新興国の台頭に対して米国が将来も世界的指導力を発揮できるよう経済競争力の強化を訴えた。その演説の中で飛び出したのが「スプートニク・ショック」だった。現在の状況を「我々の世代にとってスプートニクの瞬間だ」と強調し、チャレンジ精神の発揮を国民に訴えたのである。米国には精神的革命が何よりも必要とされているのだ。

「第2の真珠湾奇襲」となったソ連の宇宙開発

「スプートニク・ショック」とは何だったのか。これは1957年10月4日、「アメリカの食らった『第2の真珠湾奇襲』」と呼ばれたものである。この日、ソ連は米国を出し抜いて史上初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功したからだ。ロシア語で衛星あるいは同伴者を意味するスプートニクは直径83・6キログラムのアルミニウム製の球体である。周囲の密度と温度を測定する計測器を積んでいるシンプルな人工衛星だが、これを宇宙に送り出すには「第1宇宙速度」で飛ばさねばならない。この速度は高度200キローメートル以上で水平方向に毎秒7・9キロメートルの速度を与えれば地球の軌道に乗るというもので、これ以下なら物体は地上に落下する。これだけの力を出せるロケットがあれば、「第1宇宙速度」の壁を破り人工衛星が生まれる。スプートニク1号は人類で始めてこれをやり遂げたのだった。米国にとってこれが「スプートニク・ショック」である。その直前にソ連はICBM(大陸間弾道弾)の開発に成功しており、それに続く人工衛星は真珠湾以来の衝撃を米国社会に与えたのだった。
 当時、上院議員で後にケネディ大統領のもとで副大統領になるリンドン・ジョンソンは次のように述べている。「ローマ帝国が世界を支配したのは道路を建設する力があったからだ。その後、海の時代となって大英帝国が世界に君臨したのは船を持っていたからだ。次に空の時代となり、我々が力を得た。ところが今、共産主義者が宇宙の時代の足場を築いたのだ」。しかもこのショックの覚めやらない1ヵ月後の1957年11月、ソ連はライカ犬を搭載したスプートニク2号の打ち上げにも成功した。焦ったアイゼンハワー大統領は1957年12月、屈辱挽回をこめてロケット打ち上げを敢行するが、重量がスプートニクのたった50分の1(1・6キログラム)の軽量にもかかわらず、わずか6インチあがっただけで墜落した(あがらなかった)。翌1958年1月にようやく打ち上げに成功したものの、「宇宙に浮かぶアメリカ・オレンジ」とフルシチョフに冷笑されるほどの小さな衛星だった。そこで米国は1958年10月にNASA(国家航空宇宙局)を創設し巻き返しを狙った。

アポロ計画成功は「勝共」の精神だった

だが、1961年4月に「ガガーリン・ショック」に見舞われることになる。4月12日にソ連が米国に再び不意打ちを食らわしたのだ。人類初の宇宙飛行の栄冠は、ヴォストーク1号のユーリ・ガガーリン少佐に輝いたのである。彼は宇宙から「地球は青かった。宇宙には神はいなかった」とのメッセージを全世界に送った。これは唯物論の勝利宣言ともいえた。「努力を怠れば我々は置き去りになる。そして『赤い月』が出現する」と、第35代米国大統領に就任したばかりのジョン・F・ケネディ大統領は危機感を深めた。そこでケネディ大統領は同年5月25日、「我々は月に行く」と宣言し、アポロ計画を全世界の人々に向かって発表したのである。「困難だから挑む。我々のすべてが働かなければならない」との訴えは、宇宙競争でソ連を追撃する米国の決意が秘められていた。以後、米国は威信をかけ国家事業としてアポロ計画を推進した。費用は240億ドル(約8兆円)、最終的には2万の企業と40万人が動員された。とりわけ「無数の宇宙工学的課題」の解決のために巨大な研究開発機構が形成され、アポロの前段階であるジェミニ計画などが進められた。
 これら計画はケネディ、ジョンソン、ニクソンへ受け継がれ、1968年12月に初の有人月旅行(月の軌道に乗る)がアポロ8号によってなされた。「神がいなかった」とのガガーリンに対して、ボーマン船長は地球へのメッセージとして聖書の創世記を朗読した、「太古に神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵をおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は『光あれ』と言われた。すると光があった」と。この成功のもと1969年7月20日、ついにソ連に先駆けてアポロ11号からニール・アームストロング船長らが月に着陸した。アームストロング船長が述べた言葉、「これは1人の人間にとっては小さな1歩だが、人類にとっては偉大な1歩である」は、こうした長い歩みの感激がこもっていた。まさに唯物論・ソ連との戦いを勝ち抜いた「勝共」の精神だったといってよい。

レーガンのSDI構想に引き継がれソ連終焉へ

こうした宇宙開発競争を継承したのは1980年に第40代大統領に就いたロナルド・レーガンだった。西側諸国はオイルショックによって経済的に打ちひしがれており「悪の帝国」(すなわちソ連=レーガン大統領)だけが勢いづいており、宇宙でも「サリュート」で宇宙ステーション計画を推進し、1歩も2歩も進んでいた。だがレーガン大統領はひるまずに「宇宙フロンティアの開拓」を訴え、1981年4月にスペース・シャトル「コロンビア」の打ち上げに成功、そして1983年にSDI構想(戦略防衛構想)を発表した。これは「スターウォーズ計画」と呼ばれたように、宇宙空間からレーザー光線やキラー衛星を使って敵の核兵器や核施設、軍事衛星を破壊しようというもので、当時、ソ連の人工衛星が7割を占めていた軍事衛星やICBMを大気圏で抹殺してしもおうという壮大なプランだった。当時、米国には「宇宙にまで戦争を拡大する」「膨大な経済的損出だ」といった批判が絶えなかったが、レーガン大統領は退かず、保守系マスコミとりわけワシントンタイムズ(文鮮明師創設)がSDI推進キャンペーンを張って計画推進を図った。ソ連はこのSDIに驚愕した。当時の状況を後にカルーギン元KGB(国家保安委員会)少将は「アンドロポフKGB議長(後の書記長)は80年代初め、SDI構想を察知してソ連国内と海外のすべての拠点に至急電報を密かに送った」(産経新聞94年10月6日付)と証言している。結局、ゴルバチョフ書記長は米国との軍拡競争に耐えられないと判断してペレストロイカを決断した。ゴルバチョフ政権時代のベススメルトヌイフ外相は93年2月、米プリンストン大学で「冷戦の終わり」をテーマに講演し「SDIが冷戦を終結させた」と明言している。「赤い月」の出現を許さないとするケネディの決意、そしてそのアポロの精神を引き継ぎ「悪の帝国」の解体をめざしたレーガンの確固たる信念によって冷戦は終焉に導かれたのである。

日本にも共産中国に打ち勝つ責任がある

そのレーガン大統領の1984年の一般教書は「米国はよみがえった」との高らかな宣言だった。そして今日、オバマ大統領は「未来を勝ち取る(Win the Future)」と米国民に訴えた。米国は確固たる信念、建国の精神、神への信仰を取り戻さければならない。そうでなければ未来は勝ち取れない。単なる経済的、物質的利欲をもってしてはチャレンジが続かないからである。
 2009年1月20日のオバマ氏の大統領就任演説を今一度、想起してみよう。オバマ大統領は経済危機について「一部の強欲で無責任な人々のせいだけでなく、皆が困難な道を選び、次の世代に備えることができなかった結果、経済的困難にあえいでいる。この危機は本物であり、短期的で安易な解決方法はない」と警鐘を鳴らし、その上で「我々自身に、国に、世界に、喜んで義務を持つという認識、困難な任務に身をささげるほど精神を満足させるものはないとしっかりと認識することだ」と語り、「新しい責任の時代が来た」と訴え、さらにこう述べた。
 「我々の共通の防衛については、安全と理想とを天秤にかけるという誤りを拒否する。我々がほとんど想像できないような危機に直面した建国の父たちは、法の支配と人々の権利を保障する憲章を起草した。何世代もの血によって拡充された憲章だ。今日でもこれらの理想は世界を照らしており、その時々の都合で手放すことはない。…先の世代は、ファシズムや共産主義に対し、ミサイルや戦車だけでなく、強固な同盟と強い信念を持って立ち向かったことを思い出して欲しい」
 この精神を全米国民が取り戻すときに、米国の復活と繁栄があり、未来が勝ち取れる。このことはわが国を含め自由主義諸国の人々にとっても等しくいえることである。なぜならそれは共産中国に打ち勝つことを意味しているからだ。我々日本もまた責任を果たさねばならない。

2011年1月27日

この記事は2011年1月25日に投稿されました。

ベトナム共産党 ドイモイの影で軍・公安が台頭

ベトナム共産党は1月19日、グエン・フー・チョン新書記長(67)ら最高指導部の政治局員14人の新人事を発表した。党大会は5年ぶりで、一党独裁を堅持しながら市場経済化を図る「ドイモイ(刷新)」政策を継続し、政治報告では中国をにらんだ海洋の防衛などを盛り込んでいる。メディアは「ドイモイ路線堅持」(日本経済新聞1月19日付)ともっぱら経済政策に着目しているが、こういう視点は中国の経済だけをみて党独裁や軍事拡張から目を逸らすのと同じ間違いを犯しかねない。ベトナム共産党人事を正しく捉えておく必要がある。

東南アジア、南シナ海の戦略的位相

ベトナムは共産国であるが、対中戦略で考えれば、わが陣営に取り込んでいく必要がある。ベトナムの面する南シナ海は中東と北東アジアを結ぶ海上交通路であり、ここで中国はその全域を自国の領海と主張し、海軍力の強化を背景に威圧的な実効支配を進めており、日本のシーレーンも危ういからだ。米国は「航行の自由」を守る立場から同海域での米海軍艦船のプレゼンスを高めようとしているが、ここでベトナムが重要な役割を果たす。クリントン米国務長官は昨年7月、ハノイで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)地域フォーラムで「米国は南シナ海での航行の自由に国益を有する」と言明し、米国が今後、同海域への関与を強め、中国海軍の威圧的行動に苦慮するASEAN諸国を支援する姿勢を強調した。そして昨年8月中旬に米国とベトナム両海軍がダナン沖の南シナ海上で初めて「合同軍事演習」を展開した。表向きは「米越国交正常化15周年の記念行事の一環」とされたが、演習は本格的なものだった。米軍は最新級のイージス艦「ジョン・S・マケイン」を参加させ、公式参加ではないが訓練海域には原子力空母「ジョージ・ワシントン」を派遣、訓練最終日にはベトナム政府高官を同空母艦内の視察に招待した。米クリスチャン・サイエンス・モニター(8月12日付)は「これほどの驚きはない。憎しみをむき出しに1960~70年代のベトナム戦争を戦った両国が合同軍事演習を実施するとは」と書いたほどだ。
 ベトナムは地勢的に中国の影響を受け抗争を繰り返し、1979年には中越戦争も行い、中国への警戒心が強い。それだけに中国の東南アジア進出、南シナ海支配への対抗勢力としてわが国も関係を強化していきたいところである。経済的には日本の新幹線方式を採用した南北高速鉄道が決まっているほか、日本の衛星技術を活用したハイテクパークの建設、原子力発電所建設プロジェクトやレアアース(希土類)開発など日越経済関係も促進されている。

インフレ・汚職蔓延で保守派の苛立ち

だが、ベトナムが共産党の一党独裁国であることを忘れてはならない。確かにドイモイ政策の採用は1986年と古く、経済開放路線には歴史がある。しかし、経済をいくら開放しても国民の自由は認めず、独裁政治に固執し続けている。今回のベトナム共産党大会で何があったのか。それは中国の現況と極めて似ている。すなわち経済成長のひずみが噴出していることだ。インフレ率は10%を超え、対外債務が急増し、通貨を切り下げたものの、国内では貧富の格差が一段と広がり、共産党の汚職が蔓延している。国民の不満は中国と同様に軍事・治安力で抑えているが、このままインフレや格差が広がれば、不満は膨れあがる。そういう状況で5年ぶりにベトナム共産党大会が開催された。焦点は人事である。
 最高指導部の政治局員は15人から1減の14人となり、3分の1が交代した。序列1位の最高指導者だったノン・ドク・マイン書記長(70)と同2位のグエン・ミン・チェット国家主席(68)が引退。新たにグエン・フー・チョン新書記長(68)が就き、チュオン・タン・サン氏(61)が7月招集の国会で国家主席に就くと見られている。新任の政治局員に選出された5人のうち、最年少局員となったチャン・ダイ・クアン氏(55、中将)は公安省次官(公安警察統括)、ディン・テー・フイン氏は党機関紙「ニャンザン」編集長、ゴ・バン・ズ氏は党中央委書記(監察総監)である。これらの人物はいずれも軍・公安に関わる保守派で、実務派が増えたとはいい難い人事なのである(他の新任2人はファム・クアン・ギー・ハノイ市党委書記とトン・ティ・フォン国会副議長=女性)。
 つまり、今回の人事は党による規律の引き締めを図る保守派の巻き返しと捉えてよい。これは中国が共青同(共産主義青年同盟=改革思考が強いとされる)派を抑えて軍部・江沢民派の習近平が次期指導者になるのと似ている。党トップのグエン・フー・チョン新書記長は党中央理論評議会議長などを経て国会議長に就任した理論畑で「保守穏健派」ということになっているが、政治局員中67歳と最高齢であることから、要は実務派のノン・ドク・マイン前書記長の引退に伴い保守派が影響力を行使しやすい古参幹部を看板に就けたという印象が強い。しかもテクノクラート派の代表格で知日派のファム・ザー・キエム現副首相兼外相は66歳と比較的に高齢とはいえ、党中央委員にも落選するという想定外の事態があった(従って、今回政治局員からも外れた)。同氏は今年中の国会で副首相兼外相から外れるとはみられていたが、中央委員にも落選するというのは異例である。

ベトナムもラオスもテクノクラート派が後退した

このベトナム共産党の人事は昨年12月のラオスのブアソン首相の突然の辞任劇と共通性があるように思われる。ラオスでは党序列1位のチュンマリ書記長(大統領=74)が政治局では序列7位で若手のブアソン氏(56)を実質的に罷免し、変わりに序列3位で比較的に高齢のトンシン前国会議長(66)を首相に就けた(政府の公式発表ではブアソン氏は「家庭の事情」で辞任したとしている)。5年ごとの党大会までまだ半年残した時点での人事で、しかも序列上位で高齢の国会議長を首相に「異動」するというのは異例の人事だ。ブアソン氏は海外投資の受け入れ拡大と市場経済の導入促進などで国際社会からは一定の評価を受けていたテクノクラート・タイプの実務派だった。それだけに“罷免”が注目された。
 つまり、ラオスもベトナムもより「革命世代」に近い高齢者で、しかも実質的には党の思想を堅持しかつ軍・公安と意思の疎通がとれそうなバランス型の人物をトップ(ラオスの場合は首相)に就けたといえるだろう。ラオスの首相もベトナムの書記長も前任者が就任した4~5年前と比べると、グローバル経済の伸張で国内への海外からの投資額も格段に増え市場経済化も進んだ。こうした状況に党内の保守派や軍・公安が共産党一党独裁体制の維持に危機感を抱いており、革命政党としての共産党の結党理念に最も年齢的に近い長老格を首相や書記長として就けた。政治局の長老だけに、経済改革・発展のスピードに懸念を抱く保守派や軍・公安が行政府の実務派・テクノクラート派の行き過ぎを牽制するバランス役になれるということだろう(トンシン新首相もグエン・フー・チョン新書記長も決してカリスマ性のある指導者とはいえず、軍・公安が利用しやすい古参幹部という色彩が強い)。

社会主義市場経済の矛盾に動揺する共産党

インドシナの共産党はこの4~5年で先進国からの資本の流入などが共産党独裁の社会に対して及ぼす影響の大きさに内心動揺するとともに、その影響を図りかねている側面もあり、経済発展を抑制する可能性も考えた上でとりあえず党の布陣を立て直したということではあるまいか。そもそも社会主義市場経済なるもの自体が根本的な矛盾を孕んでおり、その矛盾が表面化する徴候にこれらの党が危機感を抱いているのだ。このことを踏まえて共産国と付き合っていくべきだろう。

2011年1月25日

この記事は2007年4月15日に投稿されました。

「軍拡」へ思惑が一致/米に対抗、欧日牽制

大陸同盟の色彩濃厚に

米国がイラクに手こずっている間に中露の戦略的関係を強化し「パックスアメリカーナ」を切り崩して日欧にも圧力をかける…、そんな本音が聞こえてきそうな中露首脳会談だった。中国の胡錦濤国家主席は3月26日、モスクワを訪れプーチン露大統領と会談、軍事やエネルギー分野の協力強化などをうたった中露共同声明に調印した。戦略的関係強化の狙いは何か…。

 ロシア政府は今年を「中国年」としており、その開幕式典に出席するため胡主席はモスクワを訪問、それに合わせて中露首脳会談が開かれた。昨年は中国で「ロシア年」があり、これらは中露の蜜月を象徴している。
 むろん、中露はお互いを利用し合う戦略的関係にすぎないが、米欧日の民主主義陣営に対抗する点では思惑は完全に一致しており、大陸同盟的色彩を濃くしている。 胡主席とプーチン大統領が調印した共同声明は、①主権・領土保全問題の協力②エネルギー企業間の共同事業の推進③不法移民対策の協議④国連改革での認識共有⑤イラン核問題の平和的解決⑥北朝鮮核問題の外交的解決⑦上海協力機構(SCO)による中央アジア諸国との協力強化⑧中露印3カ国の協力拡大―などだ。
 首脳会談で注目されるのは軍事協力の強化である。会談後、プーチン大統領は「中露が結束して中央アジア、アジア太平洋地域の安全保障強化に貢献する」と強調、胡主席は「パートナーシップの強化と安全保障面で協力することで合意した」と述べ、両首脳とも安保協力前進を誇示した。

中国、露製兵器で軍ハイテク化

中国の狙いは明白で、ロシアからハイテク武器とエネルギーを手に入れるところにある。ソ連崩壊後、ロシアは外貨獲得のため武器輸出に走ったが、その一環で中国は92年、最新戦闘機SU27(フランカー)を買いつけて露製ハイテク技術を取得、90年代に飛躍的近代化を遂げてSU27と同30のライセンス生産に入れた。
 そして今年1月、独自の最新戦闘機「■10」の大量配備を発表した。「■10」は米国の主流戦闘機F16と同等かそれ以上の能力を有する。このため米軍は急きょ、沖縄・嘉手納基地に最新鋭機F22を配備したほどだ。
 中国はロシアから飛行制御技術や電子戦闘能力、ステルス機、艦船搭載機などを可能にするハイテク軍事技術のほか、大量の爆弾・核ミサイル搭載可能の超音速爆撃機ツポレフ(Tu)22Mバックファイアーを手に入れたがっている。
 またステルス戦闘機「■14」の開発を進めている。同機は米軍のF22に対抗するもので、これら最新鋭機導入が実現すれば、台湾海峡から東太平洋の軍事バランスが大きく崩れ、中国優位の構図が生じるとされる。
 中国海軍もロシアのキロ級潜水艦(93年)、ソブレメンヌイ級ミサイル駆逐艦(96年)の購入を足場にハイテク技術を取得、04年からは独自の“イージス艦”を配備するに至った。
 そして今年3月、海軍幹部が2010年までに空母を完成させると言明(文■報3月7日付)。温家宝首相は全人代の政府活動報告で「軍のハイテク化」を強調したが、その調達源はロシアにほかならないのだ。

中露共同で火星探査も

中露は09年に共同で火星探査を実施することにも合意しており、大型宇宙プロジェクトを通じて中国は宇宙技術の取得にも乗り出す。今年1月に中国は衛星破壊ミサイル実験を行なったが、宇宙軍拡に拍車が掛かるのは必至だ。
 エネルギーも中国はロシアからの大量輸入を目指す。原油輸入は昨年、前年比20%増の約1600万トン(全輸入量の11%)になったが、さらなる増加を期している。
 昨春の首脳会談で合意している東西シベリアからの天然ガスパイプライン建設を速め2011年頃から供給を開始し、日本と競合する東シベリアからの石油パイプラインについては中国への支線建設の優先、極東サハリンでの天然ガスの共同開発を胡主席はプーチン大統領に要請した。

露は武器輸出の戦略的外交

一方、ロシアは中国への武器・エネルギー輸出によって外貨が獲得でき、同時に米欧を牽制する中国カードを切れる一石二鳥の利点がある。
昨年の武器輸出は65億ドル(約7900億円)と過去最高額となったが、その62%は中国とインドだ。これは05年度の74%から下がっているが、輸出量そのものは減っていない。反米チャベス政権のベネズエラへ戦闘機などを輸出するなど南米や中東への武器輸出が増加したからだ。
 プーチン大統領は3月にサウジアラビアなど中東諸国を歴訪、ここでも米製から露製武器への転換を求める「武器輸出外交」を展開した。旧ソ連は武器輸出を契機に軍顧問団を送り、その国を東側陣営に取り込んでいくのを常套手段としたが、プーチン大統領はそれを踏襲、「米国一国支配」を切り崩そうとしている。
 むろん、中国へのハイテク武器輸出もそうだ。中露首脳会談では合同軍事訓練の実施にも合意した。前回の05年8月の合同訓練は中国で行なったが、今年7月にはロシアで実施、中露だけでなく上海協力機構に加わる中央アジア諸国にも参加を求めている。

INF条約の破棄も目論む

ロシアはEUの東方拡大に不快感を抱き、とりわけ旧東欧諸国が米主軸のNATO(北大西洋条約機構)に加わることを極度に警戒している。
 米国はイランが2015年までに米本土を射程に入れる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を配置すると見越し、ポーランドに地上配備の長距離迎撃ミサイル(GBI)10基を配備する発射基地、チェコにそのためのレーダー施設を建設することで両国と合意している。
 これに対してロシアは、対イランは偽装でロシアのミサイル迎撃が本当の狙いだとして猛反発、配備反対を声高に叫んでいる。だが、ロシアのICBMは北極海から米本土に向かうので東欧配備の米迎撃ミサイル配備は何ら影響を及ぼさない。これを口実にロシアは中距離核戦力(INF)全廃条約からの脱退を目論んでいるのだ。
 ロシアの軍事アナリスト、パーベル・フェリゲンガウエル氏は「今日のロシア空軍は弱い。INF条約から脱退すれば、空軍力を補完するため今年から配備が始まる新型ミサイル『イスカンデルM』(射程300~500キロ)の射程を延ばし、ミサイル部隊の能力を飛躍的に伸ばすことができる」(毎日新聞3月1日付)と指摘している。
 こうした米欧対決にもロシアは中国の後ろ盾が不可欠なのだ。中露の戦略的関係は限りなく同盟関係化へと進んでいくことになると見られ、さらなる警戒が必要だ。

2007年4月15日

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