教育改革
日本神話に親しみ「建国記念の日」をお祝いしよう
2月11日の「建国記念の日」が近づいている。我が国の建国記念日は、初代天皇の神武天皇が奈良の橿原の宮で即位したとされる日だ。今年も「日本の建国を祝う会」主催による奉祝記念行事が盛大に開催される。日本国建国の記念を共に祝い、日本人としての歴史的な絆を強めていくことで、国家の復興を成し遂げていこう。
我が国の建国記念日は、明治期に、『日本書記』の記述をもとに制定された「紀元節」が由来となっている。紀元節は、神武天皇が即位したとされる「辛酉年春正月庚辰朔(かのととりのとし はるしょうがつ かのえたつのついたち)」を太陽暦で換算して紀元前660年2月11日と定められた。戦後、紀元節はGHQによって廃止されたが、昭和41年の祝日法改正により、「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことを趣旨として、2月11日が「建国記念の日」として国民の祝日に加えられた。平成24年2月11日は、神武天皇が即位されてから2672年にあたる。
2月11日には、建国をしのぶための政府主催の祝賀式典が行われてしかるべきだが、今年も政府主催の行事は行われない。そのことを憂えて、昨年、故西岡武夫参議院議長が管直人首相に、「2月11日に政府主催の祝賀式典を行うべき」との書簡を送った。しかし、今年は国会でそれを叫ぶ人もなく、ほとんどの国民は関心もない。多くの日本国民は「建国記念の日」の趣旨を知らず、2月11日をただの休日として過ごしているようだ。日本は皇室という世界最古の王朝を頂く国であり、世界で唯一、一国一文明を形成する国家であるのに、なぜこれほどまで「建国の記念」に国民が無関心なのか。根本的な問題は教育にある。
世界中で神話に基づいて建国記念日を設けているのは日本と韓国の2カ国だけである。(他の多くの国々は独立記念日や革命記念日をその国の建国記念日としている) 韓国は10月3日が建国記念日であり、日韓両国ともこの日を国民の祝日としているが、大きく異なるのが学校教育での教え方である。韓国の歴史教育の特徴は人物を中心に描いており、最初に登場するのは建国の祖「檀君王倹」である。韓国の歴史教科書は「檀君神話」から始まるのである。片や日本の歴史教科書はどうか。日本の歴史教育は遺跡や土器の発掘を手掛かりに考古学や地質学から始まる。そして飛鳥時代を分岐点として歴史学に転ずる。考古学から入ることで非科学的な神話は教えずに済むというのである。その結果、建国の経緯をよく知らず、自国の歴史に自信を持てない日本国民ができあがる。このような状況では、国民が「建国記念の日」を祝おうという意識を持たないのは当然ともいえる。
平成18年、安倍内閣時代に、戦後の偏向教育を是正すべく、教育基本法が60年ぶりに改正された。平成22年には、新教育基本法のもとで初となる中学校の教科書検定が行われ、昨年(平成23年)、各地区で検定を通過した教科書の展示会と教育委員会での採択が行われた。新教育基本法には、「伝統を継承し、新しい文化の創造をめざす教育」、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」などの文言が明記されている。検定を機に多くの歴史教科書に「建国の由来」が記載されることを期待したが、結果は見事に裏切られた。検定を通過した7社の歴史教科書のうち、神武天皇について記述のあるのは自由社と育鵬社の2社のみであった。それどころか、他の歴史教科書の皇室の系図は、蘇我氏との縁戚関係から実在が確実とされる欽明天皇が皇室の1代目として記載されている。(写真)
正式な天皇の系図では欽明天皇は第29代の天皇である。展示会場で本当に学習指導要領に準拠し、文科省の審議を通過した歴史教科書なのかと目を疑った。安倍首相の掲げた「戦後レジュームからの脱却」はまだまだ険しいと言わざるを得ない。とはいえ、昨年、各地区の教育委員会が行った教科書採択で育鵬社の歴史教科書が全国で3.7%のシェア(第5位)を獲得した。教育基本法改正により、教育改革の道は確実に開かれたのである。
日本の歴史、伝統、文化を世界に紹介できる人物こそが真の日本人であり、真の国際人である。誇りある日本人、世界平和に貢献する日本人を育成することが、教育界の使命であり、国家復興の起点となる。今年は『古事記』が編纂されて1300年に当たる。多くの国民が建国神話に親しみ、「建国記念の日」を共に祝うことを期待する。
2012年2月8日
国旗国歌訴訟 左翼教員の不法容認する呆れた判決
入学式や卒業式での国旗国歌への起立・斉唱を義務づけた東京都教育委員会の通達に従わず懲戒処分を受けた都立学校の教職員167人が処分取り消しを求めた訴訟で東京高裁は3月10日、請求を退けた一審・東京地裁判決を変更し、全員の処分を取り消す逆転判決を言い渡した(各紙3月11日付参照)。これは容認できない偏向判決と言わざるを得ない。判決は通達を合憲として違法性がないとしながら、処分は懲戒権の乱用とする。これは矛盾する判断である。通達が適切なら、なぜそれを破った行為に対する処分を違法とするのか、理解しがたい。こうした判決がまかり通ると左翼教師が全国で闊歩しかねない。東京都教委は直ちに上告し、最高裁で判決を引っくり返さねばならない。
国旗国歌訴訟の争点は2つである。それは①入学式や卒業式での国旗国歌への起立・斉唱を義務づけた通達が合憲・適法か、②通達に従わなかった教員を懲戒処分としたのは適切か、ということである。これに対して今回の判決はどのような判断を示しただろうか。大橋寛明裁判長は、①については「広く承認された儀礼であり、違法ということはできない」「教員らの歴史観や信条を否定し、皇国思想や軍国主義を肯定するものではない」とし、教員の立場を「全体の奉仕者」であると認め、「教職員は上司の命令に従う立場にあり、一定の制約を受けることはやむを得ない。個人的な思想や良心とは関係なく、他の教員とともに起立・斉唱する行動が求められている」と述べ、さらに「旧教育基本法が禁じた『不当な支配』にも該当しない」と断言、教職員らの行動は「都教委の教育現場への介入を過剰なものと決めつけて抵抗するという面を有する」とまで言い切り、通達やそれに基づく職務命令は適法で思想・良心の自由を侵害しないとの判断を示した。
以上の①についての判断は正しいものである。すでに2007年2月の最高裁判決で合憲が確定しているからである。同訴訟は東京都日野市立小学校の女性音楽教諭が起こしていたもので、入学式で「君が代はアジア侵略とむすびつく」として君が代のピアノ伴奏を拒否して都教委から戒告処分を受けたため「校長の職務命令(伴奏指示)は憲法が保障する思想・良心の自由を侵害する」と訴えた。これに対して最高裁は伴奏命令について「特定の思想を持つことを強制したり、児童に一方的な思想や理念を教え込むことを強制したりするものではない」として思想・良心の自由の侵害を認めず合憲との判決を下した。またピアノ伴奏で国歌斉唱を行なうのは学習指導要領などの趣旨にも合致しているとし、校長の職務命令はきわめて合理的との判断も示した。今回の高裁判決はこれを踏襲しており、まったく異論はない。
ところが②の通達違反を理由に戒告などの懲戒処分まで科す妥当性については今回、驚くような判断を示した。すなわち、「教員らの行動は職務怠慢ではなく、信念に基づいた真摯(しんし)な動機によるものだった」「国旗国歌と皇国史観を結びつける国民は少なからず存在し、教員らも立場を離れた一個人としては起立義務はない」「起立しなくても式典は混乱しなかった」などの理由を挙げ、「懲戒処分まで科すのは社会観念上重すぎる。懲戒権の乱用だ」としたのである。これは①の判断とは矛盾する理解しがたい見解である。
懲戒処分とは言うまでもなく刑事罰ではなく、職務上の処分である。通達が合憲・適法であるなら、それに違反した行為について職務上の処分を行うのは当然のことである。処分をしないのは職務違反を容認することになり、通達の意味がなくなり、職場の秩序が守れない。都教委の担当者が「この判決で、法令や上司の命令に反しても処分されないという風潮が広まれば、学校運営が大混乱する恐れがある」(読売新聞3月11日付)と危惧するのは当然だろう。判決は「教員らの行動は職務怠慢ではなく、信念に基づいた真摯な動機」とするが、通達はそういう内面の心情を問うているのではない(これを問えばそれこそ違憲だ、最高裁判決もこのことを明確に示している)。そうではなく公務員としての「行い」を問うているのである。判決が前段で通達が「教員らの歴史観や信条を否定し、皇国思想や軍国主義を肯定するものではない」とし、「教職員は上司の命令に従う立場にあり、一定の制約を受けることはやむを得ない」したばかりか、「個人的な思想や良心とは関係なく、他の教員とともに起立・斉唱する行動が求められている」としながら、後段ではそれとは全く逆に信念に基づいた真摯な動機に基づく行動なら職務怠慢に該当しないとしたのは、支離滅裂な論理というほかない。こういう論理が認められるなら、そこら中で職務怠慢が生じ「全体の奉仕者」としての公務員の使命は果たせない。ゆえに偏向判決と断じざるを得ないのである。
どうも裁判長は懲戒処分の実態を知らず机上の空論を振りかざしているようだ。今回の懲戒処分を受けた都立学校の教職員167人の懲戒処分とは何か、それは懲戒処分で一番軽い「戒告」にすぎない。公務員の懲戒処分は①免職②停職③減給④戒告があり、このうち戒告は「職員の非違(法から外れる)行為の責任を確認し、その将来を戒める」という処分で、要するに上司に呼び出されて直接、お叱りを受ける、説諭されるということである。もちろん戒告処分を受けるとその後の昇給などに影響するが、処分としてはきわめて軽い。戒告より軽い処分がないのだから、戒告さえ行わないとするなら、もはや通達はなきに等しい状態に追いやられる。にもかかわらず「懲戒処分まで科すのは社会観念上重すぎる。懲戒権の乱用だ」というのは、馬鹿げた論理だ。戒告は社会観念上、けっして重いものではなく、これをもって「懲戒権の乱用」とするなら、公立学校のみならず公務員の職場は無法地帯に化してしまうだろう。
もし裁判長がそのことを百も承知で、今回の理不尽な判決を下したとするなら、左翼イデオロギーに偏した「赤い裁判官」と断じざるを得ない。通達を合憲・適法とする最高裁判決に従うふりをしつつ、本音を後段で露見させているのではないか。国旗国歌への起立・斉唱拒否を「信念に基づいた真摯な動機」とし、「国旗国歌と皇国史観を結びつける国民は少なからず存在」するといった見解がそのことを端的に物語っている。「少なからず」とは多いという意味だが、これは事実に反する。大半の国民は皇国史観と結びつけず、日本の国旗国歌と明確に認識している。
裁判長は「起立しなくても式典は混乱しなかった」とするが、これも左翼教員の言い分を鵜呑みにしている。式典を混乱しないように校長や良識教員がどれほど努力しているのか、認識不足もはなはだしい。2006年に東京地裁が「強制は違憲」の偏向判決を下すと、それに意を強くした左翼教組が全国で国旗国歌反対闘争を強め、学校現場は秩序維持に追われた。北海道では卒業式の国歌斉唱を妨害し戒告処分を受けた教諭が道人事委に処分撤回を訴え、同委はこの東京地裁判決を受けて「懲戒処分の乱用に当たる」として処分を取り消したため、北海道の教育界は北教組支配が一段と強まった(それが民主党議員の違法選挙事件を生み出したのだ!)。今回の高裁判決もそうした反対闘争強化に使われる。我々は偏向判決を断じて容認しない。
2011年3月11日
東京高裁「国旗国歌」合憲判決は当たり前だ
世界の国は例外なく、国家を象徴する国旗と国歌をもっている。それは独立の象徴であり、その国のすべての国民の象徴でもある。それで、お互いに国旗と国歌に敬意を払い、尊重し合う。オリンピックで勝者を称える際、国旗を掲揚し、国歌を演奏するのは、国旗・国歌がその栄誉をもっとも体現しているからである。これは国際社会の常識である。だから、国旗に向かって起立し、国歌斉唱を求めるのはきわめて自然なことで、世界のいずれの国でも公教育の場で行っている。それを通じて子供たちがお互いの一体感を強め、敬愛し合い、社会や国のために生きようとする精神を培い、「良き国民」に成長するからである。そして、自国を愛するがゆえに他国も尊重するようになり、国際協調の精神も育まれる。こういう常識的な見方に立てば、東京高裁が1月28日、入学式や卒業式で教職員が国旗に向かって起立し、国歌斉唱する東京都教育委員会の通達を合憲とする判決を下したのは、実に当たり前の話である。判決は「通達は、思想・良心の自由を定めた憲法に違反しない」とし、通達などを違憲とした上で教職員に起立や国歌斉唱の義務はないとした1審・東京地裁判決を取り消し、原告側の請求を退けた。こんな馬鹿げた訴訟が平然と起こされているのは、国旗国歌を教育現場から抹殺しようとする左翼教師が徘徊しているからだ。いまだ、わが国は共産主義勢力が根を張っているのだ。このことを直視しておかねばならない。
今回の「日の丸・君が代」訴訟なるものはなぜ起こったのか。それは都教委が2003年10月、都立学校の各校長に対し、式典での国旗掲揚や国歌斉唱を適正に行い、校長の職務命令に従わない教職員は服務上の責任を問うとする通達を出したことに始まる。この通達は日本の公立校としては当然のことで、何らやましいものではない。それ以降、都教委は違反回数に応じて減給や停職などの懲戒処分を行ってきた。これに対して都立学校の教職員ら395人が都を相手取り、通達は違憲だから通達に従う義務がないとして、処分や減給などへの損害賠償などを求めて訴訟を起こした。1審の東京地裁で都側は「通達に基づく職務命令は、教職員の内心まで制約するものではない」と主張したものの、東京地裁は2006年9月、「懲戒処分まですることは思想・良心の自由を侵害する行き過ぎた措置だ」とし、1人3万円の慰謝料を含めて請求を認めた。それで都側が不服として控訴、東京高裁で争われた結果、都側が勝訴したわけである。
それにしても1審判決は呆れた偏向判決というほかなかった。何よりも奇異だったのは、国旗・国歌に対する認識である。難波孝一裁判長は「日の丸・君が代は第2次大戦終了まで、皇国・軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあり、現在でも国民の間で中立的なものと認められるまでに至っていない」と述べた。信じがたい認識である。日の丸と君が代があったから戦争が起こったわけではない。それを皇国・軍国主義思想と結びつけるのは、こじつけ以外の何ものでもない。それにどの世論調査を見ても、国民は国旗・国歌と認めている。1999年に制定された国旗・国歌法で、日の丸・君が代が国旗・国歌と明記されている。それを法に携わる教員(公務員だ!)が否定するとは、いったい順法精神はどうなったのか、疑わざるを得ない。こんな裁判官がいることを肝に銘じておこう。
すでに今日の視点(1月28日付)で論じたように、国旗・国歌法が制定されたのは、一部イデオロギー集団が日の丸・君が代を否定し、広島県で校長自殺事件が起こるなど教育現場に混乱がもたらされたからである。同法が論議された国会で、小渕首相(当時)は「(公教育は)学校指導要領に基づき、国旗・国歌について児童生徒を指導する責務を負っており、学校での国旗・国歌の指導は国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけるために行なわれるもの」と明確に答弁している。学習指導要領には教師の指導義務がうたわれており、都教委はこれに基づいて国旗掲揚や国歌斉唱時の起立などを求めた通達を出し、それに違反した教職員を処分したにすぎない。にもかかわらず1審判決は通達違反を理由にした処分も禁じた。これでは学校の規律も公教育も成り立たない。おまけに難波裁判長は「原告の教職員は義務がないのに起立や斉唱を強要され、精神的損害を受けた」として、都に慰謝料の支払いまで命じた。理解しがたい判断だった。学習指導要領に明記されている教師の指導義務をまったく無視し、そのうえ通達に違反したものに慰謝料を払えというのだ。これでは盗人に追銭のような判決である。この判決に対して石原都知事は「控訴して戦う」として、戦いは東京高裁に移った。このような偏向判決を放置しておけば、国旗・国歌にとどまらず、愛国心教育も否定され、公教育が一部イデオロギー集団の「不当な支配」に屈することになるからである。
日教組をはじめとする左翼教組の「反日の丸・君が代闘争」は目にあまるものがある。左翼教組は「『君が代』は主権在民の憲法原理と教育基本法の民主的教育理念を否定するもの」(日教組1975年度定期大会・統一見解)などとして、これまで全国で組織的な「日の丸・君が代反対闘争」を引き起こしてきた。06年の東京地裁の「強制は違憲」の偏向判決に意を強くして反対闘争を一層強めていた。北海道では卒業式の国歌斉唱を妨害し訓告処分を受けた教諭が道人事委に処分撤回を訴え、同委はこの東京地裁判決を受けて「懲戒処分の乱用に当たる」として処分を取り消してしまったほどだ(北海道の教育界は北教組に牛耳られてきた)。
だが、この問題はすでに決着がついている。2007年2月の最高裁判決で合憲が確定しているからである。この裁判は東京都日野市立小学校の女性音楽教諭が起こしていたもので、入学式で「君が代はアジア侵略とむすびつく」として君が代のピアノ伴奏を拒否して都教委から戒告処分を受けたため「校長の職務命令(伴奏指示)は憲法が保障する思想・良心の自由を侵害する」と、処分の取り消しを求めた。これに対して最高裁は07年2月27日、伴奏命令について「特定の思想を持つことを強制したり、児童に一方的な思想や理念を教え込むことを強制したりするものではない」として思想・良心の自由の侵害を認めず合憲との判決を下した。またピアノ伴奏で国歌斉唱を行なうのは学習指導要領などの趣旨にも合致しているとし、校長の職務命令はきわめて合理的との判断も示した。これで音楽教諭の全面敗訴が決まったのである。
最高裁判決が言うように、公務員は全体の奉仕者であり職務に忠実に従わなければならない。こうした職務違反を許せば、学校の秩序が維持できず、学校運営に支障をきたらす。それでも音楽教諭が君が代は「アジア侵略とむすびつく」という信念を貫きたいなら公務員を辞し、活動家にでもなればよい。最高裁判決は、「思想・良心の自由」の侵害とする基準として①思想の強要(国が特定の思想を持つことを命じる)②告白の強要(踏み絵など内心を強制的に表明させる)の2点を示している。国旗掲揚・国歌斉唱に対する、音楽伴奏などの職務命令はこうした強要に当たらない。わかりきった話である。今回の東京高裁判決はこれを踏襲したもので、当然の判断を示したと言える。この種の裁判闘争はもう終わりにしなければならない。我々は左翼教組を指弾する。
2011年1月29日
戦後教育から脱皮し、子供らに公共心を
いま日本の教育は大きな曲がり角に立たされています。青少年による犯罪の多発化や凶悪化、低年齢化が進み、学校ではいじめや不登校、学級崩壊、学力低下などに陥り「教育は死んだ」とすら言われています。教育の再生は焦眉の急です。
戦後教育は戦前体制の否定からスタートしました。現行の教育基本法体制がそれです。同法の最大の欠陥は歴史や伝統、宗教心を教育の場から追い出し、個人主義を絶対化させ、道徳倫理を廃れさせたことです。これはひとえにGHQ内部の左翼勢力によって仕掛けられた「精神的武装解除」(バーンズ国務長官)だったと言えます。
民主化を標榜した戦後教育は機会均等化を促し、大衆教育社会を作り、経済成長を担う人材の輩出に主眼を置きました。1950年代半ばには4割程度だった高校就学率は75年には9割を超え、大学・短大就学率は60年の1割から75年には四割へと高まりました。この間、中級技術者の養成や大学の収容力の拡大、専門学校の制度化が採られ、経済成長を支える「人的資源の提供」の期待には応えました。
その一方で70年代に弊害が噴出しました。高学歴化は「受験地獄」「偏差値一辺倒」といった歪んだ競争社会を招き、他方では正常な授業ができない「教育困難校」「荒れる教室」が出現し、中退やいじめ、自殺などが社会問題化したのです。本来ならば、70年代に経済至上主義の生き方を改め、内面的な価値を見据えた人間像や国家像を再確立し、戦後教育路線を修正すべきでした。
80年代半ばに中曽根内閣が臨時教育審議会(臨教審)を設置し、硬直化した公教育の是正に乗り出しましたが、教育基本法体制の抜本改革に踏み込めませんでした。臨教審は新自由主義的な思潮を背景に政府の規制・領域の緩和や縮小ばかりに目が奪われ、「個性重視」や「選択の機会拡大」を強調、最終答申では「教育基本法の精神を教育現場に深く根付かせる必要」があるとし結局、基本法体制を補強するだけで終わりました。
80年代後半のバブル経済では「衣食が足って次の欲望を知ることなく即効的表皮的欲望に走った結果の金権社会であり、道義と文化の失墜」(西澤潤一氏)を招き、教育荒廃は一層進みました。こうして教育基本法が切り捨てた「公共心」「宗教的情操」「愛国心」が、戦前世代がいなくなるに従って日本社会から消滅していったと言えます。90年代の長い「平成不況トンネル」の中で噴出した官や民の数々の不祥事がこのことを端的に物語っています。
今日、子供たちの居場所である家庭は崩壊し、学校では「善く生きる」指針のはずの道徳心や宗教心を教えず、街やインターネットには有害情報が溢れ、非行・堕落へと誘惑し続けています。こうして少年犯罪や不登校の子供が増え、学力が目を覆うほど低下したのです。これを日教組などの左翼教育者は政府の詰め込み教育が子供たちから「ゆとり」を奪った結果だと問題をすり替え、文部省もそれに踊らされ「生きる力」を養うとの美名のもとに「ゆとり教育」を導入しました。
その結果、義務教育の年間授業時間は70年代には先進国ナンバーワンの6181時間だったのが、03年には4500時間にまで大幅に減少し、技術立国を危うくするほど学力が低下してしまいました。とりわけ大都市圏の公立校では学力低下や校内暴力などで「学校崩壊」現象が進み、これに対して私立校が学力やモラル教育に力を注いだため、子供を私立校に行かせる親が激増しています。いわば教育の「勝ち組」「負け組」の二極化が進んでいるのです。
教育再生には、第一に子供たちの宗教的情操を培い、道徳心、公徳心を高め、働く意義や社会貢献の価値をしっかりと持たせることです。これには教育基本法の抜本改正が不可欠です。戦後捨てた徳育を教育の柱に据え、道徳教育だけでなくボランティアや地域社会との交流など多彩な施策を採るべきです。
第二に、「学校崩壊」をくい止めるため国が責任をもって学力向上策を実施することです。これには「全国一斉テスト」を行なって学力の実態を把握するなど学校評価制を導入、そのうえで問題校への重点指導や改善勧告を行うべきです。生徒や父兄に学校を選択できる「バウチャー制」の導入も検討してしかるべきでしょう。
第三に、教師の質を向上させるため「教員免許更新制度」を採用することです。すでに中教審答申が同制度を取り入れるよう求めています。学習指導要領に明記された教師の指導義務を怠り、国旗・国歌を拒否するような教師に対しては厳罰で臨み、公教育の秩序を回復すべきです。
教育再生は安倍政権の最重要課題の一つに据えていますが、果敢に改革を断行しなければなりません。
2007年

