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共産主義唯物論その2

「労働」を神の座に据える
[キーポイント]

共産主義の物の見方・考え方の最も基礎になっているのが唯物論です。その唯物論の特徴は3つあって、前回はその1つ「宇宙の根本は物質である」という物質観を見ました。すると、共産主義の物質観は「物質」の概念を歪曲したものであり、科学的な物質の定義を放棄した独善的な「哲学的カテゴリー」にすぎないということがわかりました。今回は唯物論の2つ目の特徴である「人間はサルが労働によって人間となった」という共産主義の動物的人間観をさぐります。

その主張

共産主義の唯物論をつくった立役者は、マルクスの盟友エンゲルスですが、彼の著作に『猿が人間になるについての労働の役割』があります。この著作の中に共産主義の人間観が凝縮されています。
 同著はエンゲルスの力作の1つで、『自然の弁証法』と同様、エンゲルの生前に発表されることはありませんでした。この草稿は30年にわたってドイツ社会民主党の文書庫にしまい込まれていましたが1930年、スターリン支配下のソ連で出版されて日の目を見ました。

それはさておき、さっそく『猿が人間になるについての労働の役割』を見てみましょう。
 同著の冒頭、エンゲルスは次のように語ります。
 「労働はあらゆる富の源泉であると、経済学者は言っている。たしかに労働は自然とともにあらゆる富の源泉である。つまり、自然が労働に素材を供給し、それを労働が富に変えるのである。しかし、労働はさらに、無限にそれ以上のものである。労働は、人間生活全体の第一の基本条件であって、しかも、ある意味では、労働が人間そのものをつくりだした、と言わなければならないくらいにそうなのである」

 エンゲルスによると、猿の手の発達→労働→コミュニケーションの必要性→言語器官の生成→言語の獲得→脳の発達→人間に移行―という図式で、猿が進化して人間になったといいます。「はじめに労働。その後に、そして今度は労働とともに言語―この二つが最も本質的な推進力となって、猿の脳はその影響のもとに、猿のものと瓜二つではあってもそれはずっと大きく、ずっと完全な人間の脳へとしだいに移行していった」。
 つまり、猿を人間に進化せしめた原動力は労働にほかならず、「労働が人間そのものをつくりだした」というのです。このように労働が人間を創造した、つまり人間の「創造主」は労働ということになり、労働が「神」の座に据えられることになったわけです。

こうして猿から労働によって人間になった後、人間はますます複雑な労働を行うようになり、農耕や商工業を行い、やがて芸術と科学が現れ、法と政治が起こり、人間の頭脳における空想的映像である宗教まで起こるようになったと共産主義はいうのです。
 このことは人間の本質が労働(生産活動)であることを意味します。むろん、人間には愛もあれば理性もありますが、それらよりも重要なのが労働ということになります。もし愛や理性が人間の本質であるならプロレタリアートによる、私有財産の廃止による、人間の解放という目的が合理化されず、したがって愛や理性によって、つまり宗教や道徳によって、人間や社会の問題を解決できるということになり、暴力革命は必要でなくなってしまいます。革命をめざす共産主義者はそれでは困るのです。
 だから労働を「神」の座に据えることでプロレタリアートを神聖化し、プロレタリアートによる暴力革命を正当化しようとしたのです。そして共産主義者はしばしば「労働しない者は人間ではない」といい、まるで危害を加える動物を駆逐するかのように資本家や反対者を粛清しました。こうして大量虐殺が共産世界では平然と行われたのです。また毛沢東の文化大革命やカンボジアのポル・ポトの農村下放で知識人らが「労働改造」を迫られたのも、労働が進化(改造)の原動力とされたからです。

猿が労働によって人間になった―はたして本当でしょうか。
 エンゲルスは「欲求はそのための器官をつくりだした」といい、労働と言語を推進力によって猿の脳が人間の脳へと移行していったといいますが、これらは生物学的にはあり得ない話です。かつてラマルク(1744~1829)は用不用説(第一法則)と獲得形質の遺伝(第二法則)を提唱しました。この説の有名な話は、木の下の葉を食べ尽くしたキリンが上の葉を食べようとして首を伸ばし徐々に首が伸び、その性質が子孫に遺伝していって現在の首の長いキリンになったというものです。しかし、その後、獲得形質は遺伝しないことが判明し、ラマルク説はもはやまったく相手にされません。
 そもそも脳生理学でいえば、言語を使用すること自体がすでに大脳皮質(新皮質)の発達した人間の脳を必要としているのであって、言語が猿の脳を人間にまで発達させることなどあり得ません。たとえば、自転車のペダルをいくら漕ぎ続けてもオートバイにならないのと同じ理屈です。

1953年に遺伝子(DNA)が発見されて以降、生命科学の研究が盛んに行われていますが、こうした研究からも共産主義の動物的人間観は揺らいでいます。
 たとえば、動物体の基礎となるタンパク質の分子は20種のアミノ酸が数百個規則正しくつながってつくられます。百個のアミノ酸によってタンパク質が偶然にできる確率は10の130乗種類から1個を選ぶに等しいのです。これはとてつもなく低い確率です。なにせ地球の年齢45億年は10の17乗秒ですが、1秒間に1回の組み合わせでは10の17乗にすぎません。これに対してタンパク質ができるのは10の130乗回に1個。つまり小数点以下にゼロが130個並ぶ確率ですから、数学的にゼロといってもいいのです。全宇宙に存在する原子の数は10の78乗個といいますから、いかにタンパク質ができる確率が低いかが知れます。
 極小のタンパク質がつくられるにも、こんな確率なのに、地球の生命体は秩序正しく美しく存在するのはいったいどうしてなのでしょうか。生命が誕生した、そして進化したといってもそれを可能にしたDNA暗号とはいったいどこからきたのか、まったく謎なのです。京都大学名誉教授の故・今西錦司博士は「これは神が与えたんやと、そう言うてもええかもしれん」と述べているほどです(『進化論も進化する』リプロポート)。
 カリフォルニア大学バークレー校のウィルソンらは世界各地のさまざまな人種のDNAを採集して調べた結果、「すべての現世人類のミトコンドリアDNAは約14万年~29万年前に生きた1人の女性に由来している」と発表しています(イブ仮説=1987年)。人間の祖先は決して猿ではないというのです。
 今西博士は「人間は時がきたとき、完全な人間になった」としていますが、エンゲルスが言う「猿が労働と言語によって徐々に脳を人間のそれに移行させて人間になった」などという事実はどこにも存在しないのです。

反論のまとめ

【1】猿が労働によって人間になったとの科学的根拠は存在しない 
 猿が人間に進化したとする根拠はありません。現在の遺伝子学では人類全ての人が数十万年前の1人の女性を祖先としていると見られており、エンゲルスがいうように猿が数十万年を経過して徐々に人間に進化したとする見方は排除されています。ましてや労働という行為によって猿が人間の遺伝子を獲得することなどあり得ないことです。
 【2】労働者の側に立てば人格を認め、反対の側に立てば人格を認めない党派的な人間観によって大量殺戮がもたらされた。それこそヒューマニズムに反している
 労働を人間の第一の本質とすることによって、政治も経済も芸術も科学もすべて労働を基盤としていると見て、労働者側(実際は共産党)のみの人格を認め、反対者側の人格を一切否定しました。無条件に人間の自由や人格を認めることをしません。共産主義の平和主義も人道主義も戦略上のものであり、哲学的根拠が存在しないのです。利用価値のなくなった人間は動物扱いされ、ついには粛清(殺害)されました。その共産主義の歴史は実に彼らの人間観に由来しており、その責任を単にスターリンや毛沢東、ポル・ポトといった個人に帰することはできません。

共産主義による猿と人間の区別

「木によじ登る猿の群から人間の社会が生まれてくるまでには、たしかに数十万年の年月──地球の歴史においては、これは人間の生涯における1秒以上ではない──が経過した。しかし、ついに人間の社会は生まれた。ところで、猿の群から人間社会を区別する特徴的な違いとして、またもや見いだされるものはなんであろうか? 労働である」(エンゲルス『猿が人間になるについての労働の役割』)

代案

 統一思想では人間には霊人体があり、最初から言葉を使って話し、思考する、人格のもった存在として神から創造されたと見ます。したがって動物ではありません。人間にとって労働は万物主管の営みであり、もちろん重要ですが、それ自体が目的ではありません。労働によって得られた衣食住の生活必需品によって人間は生活するが、その生活において愛と真善美の価値を実現するようになっています。つまり、愛と真善美の価値の実現が人間の究極的な目的であり、労働はそのための手段なのです。

共産主義による猿と人間の区別

 「木によじ登る猿の群から人間の社会が生まれてくるまでには、たしかに数十万年の年月―地球の歴史においては、これは人間の生涯における1秒以上ではない―が経過した。しかし、ついに人間の社会は生まれた。ところで、猿の群から人間社会を区別する特徴的な違いとして、またもや見いだされるものはなんであろうか? 労働である」(エンゲルス『猿が人間になるについての労働の役割』)

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