エピローグ - 文化共産主義について

 行き過ぎた個人主義が日本を滅ぼそうとしています。若い人たちの間で、結婚や家庭に関心を持たない人が急激に増えているのです。この状況を変えられなければ、日本は少子高齢化によって滅ぶ世界で初めての国になるだろうと指摘されています。

 「行き過ぎた個人主義」が広がっているのは、決して民主主義が成熟したためではありません。ある特定の思想によるものです。それは伝統的な家庭を敵視し、個人だけを絶対視する思想です。

 実はこの思想は、共産主義から派生して生まれました。私たちはこれを文化共産主義と呼んでいます。具体的にはフェミニズムやジェンダーフリー、過激な性教育などとして現れます。この思想の源流が、怨みと復讐の思想である共産主義にあったのです。

 マルクスとともに共産主義を体系化したエンゲルスは、家族の在り方について次のように述べました。

 「近代的個別的家族は、妻の公然または隠然の家内奴隷制の上に築かれており、…夫は家族の中でブルジョアジーであり、妻はプロレタリアートを代表する」
(家族・私有財産・国家の起源:1884年)

 かつての日本では、夫が仕事をして妻が家事や育児をするという「専業主婦のいる家庭」が通常でした。そしてこれは海外でも同様でした。しかし文化共産主義者らは、この考え方を「性別役割分担意識」と呼んで厳しく批判します。

 社会では、生産手段をもつ資本家が生産手段をもたない労働者を支配している。家庭も同様で、収入のある夫が収入のない妻を支配している。だからこの家庭の在り方は解体しなければならないというのです。これが上述のエンゲルスの言葉の意味するところです。端的に言えば、共産主義の階級闘争論を家庭に応用したのです。

 

 共産主義の理論では、階級社会を終わらせるには労働者の暴力革命が必要であるとされました。同様に文化共産主義では、家庭という名の支配を終わらせるには、女性や子供に強い権利を与える、あるいは収入を与えるべきであると考えます。ちなみにかつての民主党政権が、子育てをする親への給付である「児童手当」を、子供自身への給付である「子供手当」へと変えたのもこのためでした。

 もちろん私たちは女性の就労に反対しているわけではありません。どのような家庭の在り方にするかは家庭内で話し合って決めればよいことです。また子供には権利がないというのでもありません。子供であれ大人であれ、人間には誰にでも等しく天賦の権利があります。

 

 私たちが断固反対するのは、家庭を「支配のための制度」と捉える価値観に対してです。人は家庭の中で生まれ、父母の愛の中で健やかに育ちます。このことは、子育ての経験があれば誰もが共感できるでしょう。そして大人になり、やがて結婚して家庭を築き、子が生まれて改めて親の愛を知ります。人は決して自分一人で生きる存在ではありません。家庭の中で、愛と命を受け継いでいくべき存在なのです。

 最近では、児童虐待の急増が問題となっています。個人主義ばかりが強調され、家族の大切さ、親の重要さが軽視された結果なのでしょう。今の日本が必要なのは、行き過ぎた個人主義ではなく家庭を大切にする価値観です。文化共産主義の蔓延は、必ず止めなければなりません。

それでは、文化共産主義の脅威についてテーマ毎に詳しく見てみましょう。

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