グラムシとフランクフルト学派の共通項

 自ら「元共産党員」を公言する経済評論家の朝香豊氏は『WiLL』など保守系論壇誌に登場する経済評論家。動画版『WiLL増刊号』の他にも、自身の「朝香豊の日本再興チャンネル」を主宰。その「日本再興チャンネル」でアントニオ・グラムシとフランクフルト学派について採り上げている(3月18日)。

フランクフルト学派の理論的先鞭をつけたグラムシ

アントニオ・グラムシ(1891〜1937)

 朝香氏は冒頭、大学入試の「現国」で主要テーマとなってきたのが「近代批判」に関する評論に登場するのが、「モダニズム批判」「ポストモダン」という言葉。これらは結局、現代社会を構成する「近代資本主義」に対する批判である「近代の超克」「ポストモダン」ということになると分析。この流れがすべてに行き渡ってしまい、近代批判的な考えが、ある意味インテリの常識になっていると。


この近代批判について世界に対して大きな影響力を与えたのが、哲学上で近代批判を講じたフランクフルト学派だった。そのフランクフルト学派の源流はマルクス主義であり、この学派に理論的先鞭をつけたのがイタリアのグラムシだと。


その上で、グラムシの考えはある意味マルクスとは正反対の考えだと。マルクスの唱えた弁証法的唯物論では下部構造の経済的・物質的なものが上部構造の法制度や文化、精神的なものを規定するとしたが、グラムシは下部構造が上部構造を決めるとしたマルクスを「経済的状態を変えられないから革命は起きないというのは労働者の苦しみも解消できない」として「宿命論的堕落」と断じた。


それは経済後進国ロシアで革命が起きたことは下部構造発展が革命の必須要因ではない証拠だと認知した。逆にイタリアではカトリックの道徳観念が強いため人間の行動規範は縛られるから、伝統的価値観を潰さない限り社会主義革命など起こせないと悟った。だから革命の同志をマスメディアや教育機関に送り込んで社会を変える戦略こそが革命に寄与するのだと。
1926年にムッソリーニにより投獄され、1937年に釈放直後に死亡したグラムシの思想と今日呼ばれるものは、獄中期間に書かれ死後に出版された『獄中ノート』だ。

「ユーロコミュニズム」という共通項

マックス・ホルクハイマー(左)とテオドール・アドルノ(右)

  フランクフルト学派は1922年の第1回マルクス主義研究週間を基点に、24年からフランクフルト大学に社会研究所が設立される。その中心人物はM・ホルクハイマーで、ルカーチの『歴史と階級意識』、ホルクハイマー/アドルノの『啓蒙の弁証法』がフランクフルト学派のバイブルとして知られる。


その意味では、ルカーチとグラムシの接点は投獄前にあったかもしれないが、グラムシ思想がフランクフルト学派に展開したというのは正しくない。


しかし、「下部構造が上部構造を決定する」「資本主義の爛熟した先端社会で革命が起きる」とのマルクスの「予言」が誤りであることは、既に第2インターでも指摘されていた。フランクフルト学派がグラムシと同じ結論となるのも当然でその共通項が「ユーロコミュニズム」と言われるものなのである。


ポストモダンの流れで言えば、このポストモダン哲学の一潮流である構造主義哲学者として有名なアルチュセールも、まさにこのマルクスの下部構造重視の理論を否定したマルクス解釈を試みたが、最近でも「近代=資本主義」の問題をマルクス主義にかこつけて問う思考が注目されている(とメディアが喧伝する)


例えば、斎藤幸平氏の『「人新世」の資本論』のように、「マルクスの新解釈」を謳い、「資本主義は悪であり、社会が良くなるためには皆で貧しくなろう」が主な論旨である。これを激賞しているのが、フランス現代思想が専門の左翼知識人の内田樹氏などだ。


「新実在論」や「新実存主義」を掲げるドイツの新進哲学者マルクス・ガブリエル氏は「倫理資本主義」を説き、マルクスを部分的に評価はするが、一定の距離を置いている様子だ。


いずれにしても、本欄ではP・ブキャナン氏の『病むアメリカ、滅びゆく西洋』で指摘し、近年では『アメリカのマルクス主義』がポリコレとフランクフルト学派、グラムシらの思想が「文化マルクス(共産)主義」という点で共通していると言えるのである。

思想新聞5月1日付 1面・北、韓国に「核兵器使用」の脅し、2面・三重で新春安保講演会、3面・マルクス・レーニン主義、4面・共産主義「定点観測」

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