「世界思想」6月号から特集「総統選まで半年 正念場の台湾」から総論部分をお届けします。
2024年1月に台湾総統選挙が行われる。その結果が、中国の「台湾併合」のあり方を決定づける一因となることは確実だ。蔡英文総統は2期まで、3期目はない。台湾与党・民進党は3月17日、党主席の頼清徳副総統(63)の総統選出馬を確定した。
民進党は22年11月の統一地方選で大敗。頼氏は今年1月に党主席につき、綱紀粛正を図り党内では圧倒的な支持を得ている。これまで立法委員、台南市長、行政院長(首相)を務めた。行政院長時代に「台湾独立」を主張したため、中国との対立を招くと警戒する声もあるが、蔡英文総統の現状維持路線を受け継ぐことを表明している。
一方、野党・国民党は主席の朱立倫氏(61)が総統選への出馬を見送り、警察出身で人気の高い侯友宜・新北市長(65)の動向が注目されている。
中国共産党は22年10月の党大会、今年3月の全国人民代表大会(全人代)で、習近平体制・政権の3期目に突入した。全人代は3月11日、李克強首相の後任に、中国共産党序列2位の李強政治局常務委員(63)を選出。李強新首相は経済政策を担当するが、これは同時に、習氏が経済政策を直轄することを意味する。
中国ではこれまで国家主席が政治と外交、首相が経済という役割分担をしてきたが、露骨に国家主席が経済政策に関与することになる。李氏は、格差是正を目指す「共同富裕」など習氏の肝煎り政策推進に注力する可能性がある。
忠誠重視の布陣である3期目政権で習氏は、「中台統一」に道筋をつけようとしていることは明らかだ。
そのために重視されるのが、台湾を対象に世論工作などの任務を担う国政助言機関・人民政治協商会議(政協)のトップ人事である。10日、「中南海一のブレーン」との異名を持つ党序列4位・王滬寧氏が就任した。王氏は、台湾総統選を見据えて、今年2月に訪中した台湾野党・国民党幹部と会談している。
政協の人事では、筆頭格の副主席にこれまでより格上の党政治局員を選出し、習氏に近い宋濤・国務院台湾事務弁公室主任も常務委員に選ばれた。今後、台湾社会の分断を企て、対中関係改善を志向する国民党への融和姿勢を強めることは必至だ。
習氏は昨秋、中国軍の指導機関(中央軍事委員会)に、台湾を担当する東部戦区の前司令官(何衛東)を起用するなど台湾有事をにらんだ布石を着々と打っている。硬軟合わせた超限戦(軍事と非軍事の境界なき戦い)を展開することになるだろう。
「時」は中国の味方ではない
全人代(3月5日~13日)で李克強首相(当時)が政治報告で、23年の経済成長率目標を5%とし、昨年の目標(5.5%)より低く設定した。昨年の中国の成長率は3%だった。
中国経済の見通しは暗い。中国の権力機構には、党が軍と行政を指導する「建前」がある。改革開放政策で市場経済化が進むにつれて、経済省庁や中国人民銀行のトップが党中央委員や中央委員候補など党幹部を兼ねるようになった。結果として、彼らは党に対する一定の発言権を持っていた。
しかし3期目の共産党中央委員・委員候補には、中央銀行総裁や経済関連の閣僚が誰も入っていない。習氏の名代格である李強首相が経済政策を実行しやすい体制だ。逆に「専門家」の意見は反映されにくい。これがリスク要因となる。
習氏が経済を直接支配しようとする背景には、党が土地とカネを支配する仕組みの行き詰まりがある。「土地は人民のもの」という建前の元、土地配分権は、人民を代表する地方政府の党官僚が保持。地方政府の財政は土地使用権の移転(販売)収入で支えられてきた。
地方政府の全財政収入に占める土地使用権収入の割合は21年40%、22年29%に上る。国内総生産(GDP)に占める割合も不動産開発を中心とする固定資産投資が5割近く、住宅など不動産投資は関連需要を含め約3割だ。これまでは不動産開発、住宅ローンなどの融資が、預金とさらなる融資に回り、マネー市場を膨張させてきた。
ところが、昨年来の不動産市況の低迷で、成長と膨張の方程式が狂ってしまった。住宅価格の全国平均は、昨年初め以降、前年比マイナスが続いている。習政権は不動産市況のてこ入れに躍起だ。中国人民銀行に資金を増発させ、金融機関には住宅市場回復に向け融資強化を指令する。財政難の地方政府には地方債を大量発行させる。無理に無理を重ねているのだ。
しかし、これら一連の金融拡大には致命的な制約がある。外貨の裏付けのない資金発行は通貨乱発となって、人民元の信用を失いかねない。これまで人民銀行は元資金発行に対する外貨資産比率を高めることに腐心してきた。ところが同比率は徐々に下がり、昨年末にはついに6割を切った。
中国銀行はすでに大幅な資金増発に踏み切ったが不動産は供給過剰。カネを刷っても不動産市況は回復しない。人民元の信用が損なわれる不安だけが高まっている。外貨の主要な流入源である外国からの対中証券投資は昨年のウクライナ戦争開始後減る一方だ。中国は今が頂点。時は味方ではない。
中国台湾統一は世界の危機
仏マクロン大統領は4月5日、訪中して習近平国家主席と会談した。帰国の途次、台湾問題に関するメディアのインタビューを受け、欧州は中立的であるべきとの見解を示した。この発言には多くの批判が集中した。帰国後、軌道修正し「現状変更を認めないというフランスや欧州の立場は変わらない」と述べたが、欧州にとって「台湾有事」は所詮「対岸の火事」という本音が透けて見えた形だ。
台湾併合は、その手段が軍事的か平和的かにかかわらず、日本にとっては国家の一大事だ。軍事的手段による台湾併合だけが問題なのではない。
織田邦男元空将は「人民解放軍進駐の悪夢」を指摘する。昨年8月10日、中国が3回目の「台湾白書」を公表したが、1、2回目の白書と比べ、統一後も「(台湾は)自前の軍隊を引き続きもてる」「中国は軍隊を派遣しない」という記述が消えたという。
これは、習氏が台湾への「1国2制度」適用をやめ、統一後の人民解放軍進駐を決めたことを示しているという。織田氏は、仮に「平和統一」であっても、台湾に中国海軍、空軍が進駐すれば、周辺の制海権、制空権は中国に握られ、「日本―台湾―フィリピン」と連なる第1列島線は中国軍の動きを封じ込める機能を失い、米海軍のプレゼンスは後退するとの懸念を示した。
その結果、米中の核戦略バランスは崩れ、米国が日本に差しかけている「核の傘」は「破れ傘」と化す。日本の中国属国化は必至になると警鐘を鳴らしたのだ。
そして中国の覇権力は米国を越え、全世界を巻き込むことになるだろう。中国の台湾統一は、どのような形であれ世界の危機なのだ。日本と世界にとっても正念場だ。
◆2023年6月号の世界思想 総統選まで半年 正念場の台湾
Part 1 台湾を狙う中国の情勢
Part 2 米国の対中国戦略と日米台湾連携の行方
Part 3 「ポスト安倍」日台関係の分岐点
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