元法務大臣 保岡興治氏 「憲法改正がいよいよ最終局面に」

世界思想5月号を刊行しました。今号の特集は「時を逃すな、憲法改正」です。

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【インタビュー】憲法改正がいよいよ最終局面に

自民党で「改憲4項目」がまとまったことから、制定後71年にして初の憲法改正が最終局面を迎えた ー

 

元法務大臣・自由民主党憲法改正推進本部特別顧問
保岡興治

<本インタビューの注目発言>
  改憲案1.自衛隊を憲法に明記する。自衛隊の違憲論に終止符を。専守防衛は変えない。
  改憲案2.緊急事態条項を創設する。震災やテロに備える。国民主権の原則は守る。
  改憲案3.参議院合区を解消。各県から一人以上の参議員議員を。地方自治体の声を反映させる。
  改憲案4.教育の重要性を国家理念とする。高等教育無償化、私学助成合憲へつながる。
  憲法改正の国民投票実施は、国民主権主義の歴史を刻む事になる。国民的議論を期待する。

自衛隊を憲法に明記専守防衛は変えない

 ーーー憲法改正の焦点である憲法9条の改正案が自民党で定まった。9条をそのまま残し9条の2を新設するものである。それは、専守防衛を改めて宣言する趣旨の改正にもなると思う。

 私は基本的にハト派で平和主義である。その意味は、世界やアジアの情勢が今後極端に変化しない限り、日本は専守防衛を貫くべきと思っている。自衛隊は国民の大半から支持され、世界からも現在の国際的な自衛隊の活動は高く評価されている。

 一番重要なのは世界の信頼と評価で、平和の恩恵を受けている日本が、世界の秩序を守る上で最も厳しくつらい武力行使の事態から逃げていると思われてはいけない。犯罪を防ぐための究極の刑事罰としてアメリカや日本は死刑制度があるように、国際社会では、平和を維持し、秩序を回復するための実力行使としての武力行使はありうるとしている。それを日本は行わず、武力の行使は自国の防衛だけ、できるのは国際平和に必要な外国軍の武力行使の後方支援までという憲法の制約がある。

 もし、自衛隊のいる場所が戦場になると、自衛隊はそこから退去しないといけない。世界の平和と安定した秩序の恩恵を日本も受けているのに、日本が一番辛い義務は果たさないことはおかしいという理由で、専守防衛はナンセンスだと言う人もいる。そういう考え方に私も理解はするが、それでも現在の日本は専守防衛を堅持しつつ、国際的な評価を得ている事実を重く見て、それで良いと思っている。日本は、先の大戦で歴史上初めて占領され、焦土と化し、国民が二度と戦争をしないという強い意志で固まっている独特な国だと思う。日本は平和愛好国として日本の防衛環境がよほど変化しない限り、世界の中にあっても自国の防衛以外に武力行使をしない国家としての道を歩むことが、世界史的にも極めて重要な意義があると考えている。

 

 ーーー9条をめぐり自民党内でもいろいろな議論があったが、主な対立点は?

 2項を維持するか、削除するかだ。2項を維持するのは、専守防衛の根拠規定を削るわけにはいかないという立場で、そうしないと公明党が賛成しない。公明党が入らず自民党だけの発議にと、国民の過半数の賛成を得られない恐れがある。今の国会議員の3分の2を獲得した与党でも、その得た投票総数は国民の過半数にならない。選挙制度の仕組みで議員数が3分の2になっているわけだから、議員数が3分の2あるから国民投票でも有権者の過半数の支持を得られる発議かというと、そうではない。だから、野党も合意形成に参加してもらうことが大切である。現憲法の解釈の基本、すなわち9条2項による専守防衛の解釈を維持することは、国民投票や発議をクリアーするための絶対条件となると言っても良い。自民党案はこれを前提としている。2項維持でいかないと9条の改正は難しい。

 9条の2を加憲することで自衛隊違憲論に終止符を打つ。自衛隊違憲論の憲法学者は多く、その意見が教科書に紹介されているようでは自衛隊の士気は上がらない。国家の安全保障の根幹にかかわる一番大事な責務について、その任務に当たる自衛隊が違憲かもしれないという状態で、国を守るために命を懸けてくれと言えるのか。国を守るために命を懸けると宣誓する自衛隊員に、国会としてそれでいいのかということから、安倍晋三首相は自衛隊の合憲性を明確にするだけでも憲法改正の意義があるとした。

 今回の9条改正は、いずれ発議の提案理由を明確に示す際に、自衛隊を単に合憲とすることのみならず、改めて日本が戦後守り抜いてきた専守防衛の宣言もすることになると思う。それは戦後70年、国権の最高機関である国会がさんざん議論して得た結論が今の自衛隊であるから、その意味で、自衛隊は戦後70年の平和愛好国日本の象徴でもある。

 自民党の憲法9条改正案は、このような意味で専守防衛を内外に改めて宣言する意義につながると思う。その内容は平成27年の安倍総理の戦後70年の談話と同じで、過去の反省に立ち、日本はいかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては用いないことを誓い、そのことを将来の国民にも受け継いでいくという宣言だ。専守防衛の文言はないが、国の主張を武力では行わないとして、侵略戦争を否定し、積極的な平和外交をうたっている。平和外交から武力を永遠に除くという宣言まではしていないが、少なくとも戦後70年の国家の歩みを評価し、将来にそれをつないでいくとしたもので、私はこれが専守防衛の宣言だと思う。この宣言は、外国でも大変に評価の高いものであった。今回の自民党憲法改正案は、これにつながっていると思う。

 

 ーーー2015年の安全保障法制も専守防衛の範囲内で作られた。

 その通りで、これまでの政府の憲法解釈に沿ったものだ。それを逸脱しているというのは、集団的自衛権を否定していた内閣法制局の見解があったからだが、集団的自衛権にもいろいろなレベルがある。自国の防衛との関連が直接か間接かの違いで、わが国が直接武力攻撃を受けた場合、反撃するのは個別的自衛権で、日本の防衛を共にしている外国がそのために攻撃された場合、それが日本に対するものであろうが、まず外国への攻撃であろうが、これに反撃することは認められる。もしそれができなければ、その国は日本を防衛してくれなくなる。つまり、自国の防衛にあたっている外国に対する集団的自衛権の行使は許されるわけで、それはこれまでの政府の自衛の概念を超えていない。専守防衛のなかでの集団的自衛権に限定しているというのが安全保障体制だ。

 

 ーーー法律は後に制定されたものが前の法より優先されるので、9条に自衛隊を明記することに対して共産党は、本来の9条の意味を変えることになると批判している。

 一般的な法理の原則としてはその通りだが、自民党の改正案は9条の2項を維持し、9条の2で自衛隊の保持を明記するもので、従来の自衛隊は合憲との憲法解釈を追認するものだ。9条の2に9条2項の規定を前提とする趣旨を明確にするため、前条の規定は「必要な自衛権の措置」をとることをさまたげず、法律の定めるところによってそのための実力組織として自衛隊を保持することを明記した。加えて、シビリアンコントロールの趣旨や国会による統制も明確にした。

 

 ーーー立憲民主党や希望の党は、安保法制が違憲なので、その下で動く自衛隊を憲法に明記すれば、9条そのものが違憲になると主張している。

 安保法制が合憲であることを明確にするには、憲法にこれをそのまま書き込めばいいのだが、憲法は基本法で、細かい条文まで書くものではない。従来の憲法解釈に沿って安保法制は合憲だとしているので、それは憲法改正を発議するまでの憲法審査会における与野党合意形成の協議の中で適切に見直しをしたり、憲法改正発議後の与野党協議会による広報により明確にしていけばいい。

 

緊急事態にも国民主権の原則を守る

 ーーー緊急事態法に関する改正項目はあるのか。

 自民党のもう一つの憲法改正のテーマは、緊急事態条項の創設である。自民党案は、日本の災害国の事情が示す緊急性を踏まえ、有事やテロなどを除いて異常な大規模災害を限定して、災害により国会の権能が確保できない事態に備え、内閣の権限を一時的に強化して法律と同じ効力の緊急政令を制定できるようにする案としてまとめた。内閣が緊急政令を制定した後も、速やかに国会の承認を受けることを義務付けて、国会が内閣を統制できるようにする。平成24年草案と比べ、シンプルで明快な内容になっている。

 「法律の範囲内で」との文言が入っているので、法律で緊急政令の手続きや条件を定めることを前提にしているから、憲法を根拠に緊急政令が出しやすくもなっている。

 

 ーーー東日本大震災の時、民主党の菅直人政権は、災害対策基本法に緊急事態声明を出し政令を制定できると書かれているのに出さなかった。その理由を自民党の佐藤正久参院議員が問い詰めたとき、菅総理は答えられなかった。一般法に書かれていたにしても、憲法に規定がないので憲法違反になる恐れがあると考えたからではないか。

 菅総理がどう判断したかは分からないが、やはり憲法に緊急政令の根拠がないと、緊急政令を出すことに躊躇することが起こりうる。憲法に基づいて、あらかじめ国会が法律により緊急政令の枠組みを決め、その運用として発動し、国会の機能が回復すれば事後的に国会で承認し、もし承認されなければ失効するようにしなければならない。それが異常な大災害においても憲法が一番大事にしている国民主権主義を貫くということである。

 

 ーーー先生は以前、衆議院が解散された後に大災害が発生した場合、国民主権が毀損されることへの備えが憲法に欠けていると指摘していた。

 被災地選出の国会議員がいなくなった場合、選挙ができるようになるまでそのままでいいのか、また比例区の投票が確定されないので少数政党が不利になるといった問題が発生する事態への対処は、憲法の理念である国民主権を全うするために不可欠であり、極めて重要である。自民党の緊急事態条項は決してナチス・ドイツがヒトラーに全権を与えたようなものではない。大災害に限定して、その状況下でも国民主権が立派に機能するように配慮して、緊急政令や国会議員の任期の延期を定めたものだ。

 

参議院の合区解消の問題は?

 

 ーーー参議院の合区の解消も項目に入っているが、公明党が賛成しないようだ。

 東京への一極集中で人口が遍在する傾向が極めて大きくなってきているので、法の下に平等を定めた憲法14条に基づき、一票の価値の平等だけで選挙の合憲性を判断するという最高裁の姿勢でいいのかという問題がある。憲法には、選挙については法律で定めると書かれているが、最高裁は14条を根拠に厳しい姿勢で一票の格差を求めている。選挙区を定める際には、14条に加えて国民主権の実現としての政治・行政において基本的に大切にしている都道府県など、選挙区割りで考慮すべき要素を憲法の中に改正して加える必要がある。これが自民党の改憲提案の趣旨である。

 地域の声が公平に国政に反映されるようにするためには、その選挙区に議員が身近に存在するようにしなければならず、それも国民主権の要点の一つだ。一方、都会では人口増加に応じて議員数が増え、選挙区が頻繁に変わるという問題がある。議員1人がカバーする地域が、都会では極端に狭く、地方では広いという事態を、国民の声の国政への公平な反映という観点からどうするか考えないといけない。そうでないと、政治へのアプローチが密な国民と、そうでない国民との間に格差が生じてしまう。憲法が大切にする国民主権主義の理念もゆらぐ。その結果、国民の声が国会に通らないと国民の政治不信にもつながる。特に参議院議員は地方自治体の声を国政に反映させる役割として、今の仕組みにおいても、3年に一度の通常選挙で各県から最低1人は出すのを原則にすべきではないかというのが自民党案である。

 

 ーーーアメリカでは州の大小にかかわらず州選出の上院議員は2人と決められている。

 アメリカでは州によって上院議員の得票数に大きな差があるが、それが一票の平等に反するという議論はない。

 

教育無償化の問題は?

 

 ーーー幼児教育から高等教育までの無償化だが、これは日本維新の会の主張を反映したものか。

 維新の会は、教育無償化を憲法改正の大きな柱に位置付け、憲法26条を改正し「幼児期から高等教育に至るまで無償とする」と規定し、「経済的理由によってその機会を奪われない」ともしている。

 自民党は、維新の案では高卒で就職する人と大卒者との間に不平等が生じることを懸念している。進路の判断は学資だけでなく、家庭の経済事情や本人の考え方にもよる。さらに、高等教育をすべて無償化すると莫大な予算がかかるという問題もある。自民党案は、現憲法が教育を受ける権利や親の義務、また、義務教育の無償化を定めているだけになっているので、教育の重要性を国家の理念として明確に位置付け、教育立国宣言をする内容にした。教育が個人の人格形成や幸福の追求、また、国家の未来を切り開く上で極めて重要な役割を負っている点を強調して教育環境を整える努力義務に止める現実的な案になっている。また、個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することも明確にした。維新の案と同様な方向を向いていると思う。加えて89条を改正し、私学助成を明文上合憲とする改正案でもある。

 

国民投票はいつ?

 

 ーーー憲法改正案を国民投票に掛けるスケジュールは?

 自民党は昨年6月に改正項目を明確にして議論を深め、去る3月25日の党大会で「改憲4項目」について報告したので、今後、合意形成に向けての議論は、いよいよ具体的に進むだろう。走り高跳びに例えると、我々は憲法調査会設置以来、十数年かけて助走してきた。これから先、踏み切る位置を間違えてバーを落としてしまうようなことがあってはいけない。そのためには、懸命に走りながらも、国民の理解や政治状況、野党との協議などを踏まえ、一番いい踏み切りのタイミングを体感的に計ることになる。制定から71年を経て初めての国の最高規範の変更で、国会以外で初めて国政の重大事を決める国民投票が行われる。これは、日本の国家社会や政治、憲法に定める国民主権主義の実現にとって極めて大きな歴史となる。だから、憲法改正の中身と同様、憲法改正を実行すること自体に大きな意義がある。踏み切りのタイミングを間違ってはならず、政治家としての感覚を研ぎ澄まして臨むことになる。

 自民党は近く憲法改正案を衆参各院の憲法審査会に示す予定だが、政局がらみでいつになるかは未定だ。今後は野党も自民党と同じように走る状況にもっていかないといけない。野党も含めた国民的議論の盛り上がりが必要なので、忍耐強く事態に臨みたい。いずれにせよ、いよいよ最終局面に入っていることは間違いない。

 

 

【やすおか・おきはる】 1939年東京生まれ。鹿児島で育ち中央大学法学部卒業。裁判官、弁護士を経て1972年に衆議院議員に初当選。以後、法務大臣、自由民主党憲法改正推進本部長、裁判官訴追委員会委員長、裁判官弾劾裁判所裁判長を歴任した。2017年の政界引退後も、憲法改正推進本部特別顧問として引き続き自民党憲法改正案の策定に当たっている。


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