東北大学名誉教授 田中英道氏「20世紀支配したマルクス主義が家族破壊へ変容」

世界思想7月号を刊行しました。今号の特集は「マルクス生誕200年」です。

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【インタビュー】20世紀支配したマルクス主義が家族破壊へ変容

共産主義という理論体系を擁してプロレタリア革命を煽動し世界を混乱させた男、その名はカールマルクス。今年はマルクス生誕200年。現在もマルクス主義が、共産党や立憲民主党の政治活動、フェミニズムやLGBT活動等に大きな影を残している。つまりは「家族破壊思想」となって襲い掛かっているのだ

東北大学名誉教授

田中 英道 氏  

恐るべき情報統制で超大国・ソ連が存在した

 ーーー 20世紀世界を席巻したマルクス主義は冷戦崩壊でその帰趨は明らかになったが、なぜ冷戦時代など世界を二分する潮流となり得たのか?

 自分たちの都合のよい情報をドッと流すけれども、都合の悪いことには一切触れない。このことによってソ連という国が「理想化」されてしまった。ソ連は明らかに社会主義による国づくりが失敗している。伝統的なロシア人には合わないのだ。レーニンから一党独裁だったが、スターリンは反対者を粛清していく方法に終始した。情報を流すと同時に、それを批判する人間を殺すことを平気でやる。GPUなど秘密警察組織が異様に発達するも秘密裏だった。

 宣伝により、20世紀前半には共産主義礼賛者が増えていった。ところがいざ共産主義国を訪問すると、すぐウソとわかる。疲弊しきった官僚国家なのだ。そしてハンガリー事件やチェコのプラハ事件などで、共産主義の実態が認識され始めた1960年代、ソ連の支配体制が揺らぎ、「鉄のカーテン」のこちらでも社会主義の混乱と衰退が理解できるようになった。社会主義体制では自由が規制され、どう見ても人々の生活に活気が生まれない。国有化だとして私有財産を取り上げると人々は働く意欲を持たなくなる。人間の本来の所有感覚は実は重要で、それを増やそうという欲望の芽を摘んでいく社会、それはどう見ても発展性がない。60年代に行ったある国では、人々が疲弊し労働意欲もないことの笑い話として、「夕方5時になると、労働者はポケットから手を出す」と言われた。働いても働かなくても同じという意味だ。

 でもそんな事態を外に知らせないという情報操作があり、ソ連がアメリカを凌しのぐ巨大な力があるかのように映った。確かに軍事的には強大かもしれないが、人民は驚くほど抑圧されていた。「冷戦」というより「社会主義の衰退」だけがあったと言えるかもしれない。

 

冷戦崩壊後に顕在化したフランクフルト学派の影響

 ーーー 日本におけるマルクス主義の影響に関し、学生時代に感じたことと、現在のマルクス主義へのスタンスは変わったか。

 学生時代にはソ連の情報が非常に少なく、中国の情報も誤って伝えられた。学生時代は理想化していたから、意義があることと考えた。だが後に東欧諸国を見る機会があり、人民が非常に疲弊し抑圧されていて、社会主義では衰退するだけと思いその思想を捨てた。一方で、芸術家になろうと思うも、全て衰退期に入ったと感じ、学問の道に進み、研究者となった。

 しかしその観点から政治思想にも非常に関心を持ち、政治問題や社会の在り方について考察すると同時に、日本という国のよさについて歴史的に考え始めた。ソ連や中国、朝鮮半島が勝者であるかのような情報戦の中で、日本は言論・情報戦では負けた国と見なされたが、そうではないことが研究をしながらわかってきた。

 バブルが起こり、ソ連が崩壊して、ユダヤ金融資本に左右される資本主義、その思想の下に生まれた社会主義や共産主義は共に、批判されるべきと考えるようになった。決して労働者の思想でも何でもなかったことがわかったのだ。

 
 社会主義体制が崩壊し、残酷な独裁体制が暴露されたにもかかわらず、その思想の方はいまだ隠然とインテリ、大学人、ジャーナリストに残るのは一体何なのかと考えざるを得なくなった。それがどんな思想に基づくかと考え、フランクフルト学派研究に行き着いた。

 マルクスは必然的に資本主義が矛盾を起こして必然的に革命が起きると言うが、実際には意図的に革命を起こしたロシアと中国を除いて起きていない。それをどう克服するかで、堤起された理論がこれなのだ。実はこのフランクフルト学派の研究は左翼の立場からだが、日本がかなり知られている。

 アドルノのほとんどの著作も、麗々しく出版されている。だが保守の人が読んでも何事かよくわからず、指摘する者はいない。カルチュラルスタディーズもポストコロニアリズムも、ジェンダーフリーにしても全部ここから出ている。つまり文化をこれらの思想で支配すれば、インテリと学生がこの運動について来るはずだ、というものだ。

 
 ルカーチやホルクハイマー、アドルノ、マルクーゼといったユダヤ人学者らにより、フランクフルト社会主義研究所から始まった運動だ。彼らは何をめざしたのか。もう労働者の革命は起きないと。労働者は皆サラリーマン化し、以前の階級闘争理論で運動は不可能だ。ではどうやって革命できるか。

 生活に困るほどでもなくなった労働者に決起を促すなど到底無理だ。だから今度は学生や一般の市民たちに疎外感を訴え、権力批判、権威批判の批判理論を教え、常に否定弁証法の切り口で永久批判をさせることだと。そうして混乱した社会を作り、折を見て政権を取る。しかし、それ以後のプランなどなくていい、というのがフランフクルト学派の考え方だ。

 

フロイト思想の導入で家族破壊思想が顕著

 そのため用いたのが「疎外」という概念だ。マルクスは社会的に疎外されていると言ったのだが、フランクフルト学派は同時にフロイト思想を導入した。
 
 フロイトは「人間は心理学的に疎外されている」「人間は元々心理学的に不幸だ」と考え、精神分析において「子供の時に作られる不幸な精神状態は、まさに家族、例えば母親との関係や父親との対立や緊張関係が原因だ」と述べた。つまり、家族の中での対立関係こそが家族を崩壊させる原因となるというのだ。

 これはエンゲルスが家父長制を家族の中での階級闘争と見立てたこととフロイトの思想が符合している。これを援用し、人間は不幸だから克服し革命を起こせ、としたのがフランクフルト学派で、これがある程度は成功する。ジェンダーフリーなどは、疎外された女性は自立すべきだとして、家庭を崩壊させる方向にもっていく。それで、「子供は不幸である」ということになる。男女平等政策などもその成果だ。

 

 それはユダヤの家庭では個人主義を重視するからだ。というのは、「家族が離散する可能性」とか「個人として強くならなければならない」という考え方を処世術として根底に持つ。それを一般の人々に押し付けるべきだ、というのだ。子は家族から離れて集団的教育をしようとするのは、その表れだ。すると母親や家族の愛情をできる限り否定的に捉える。それが「社会主義の目標」みたいになっている。初期のソ連ではそれをやろうとしたが破綻し廃止した。

 こうした破壊思想が、アカデミズムの世界でまことしやかに教えられ、国々の政府にも入り込んでしまい、男女共同参画法案などの法律が作られてしまう。「疎外されている」と意識させ、破壊闘争を引き起こす。こうした考え方は68年の5月革命で主流になった。当時マルクーゼやフロム、ライヒといった思想家らが現れ、そうした思想をどんどんまき散らした。

 

批判のための批判理論現代日本の野党が踏襲

 それで既成の家族や社会が崩壊していくとする考え方だった。それまで労働者がその中核にいたのが、今度は市民、ことに学生を中心にインテリが担い手となった。これがフランクフルト学派、アドルノやホルクハイマーらの「批判理論」に結実した。つまり権威や権力に対する反抗として、「常に批判せよ」と促す理論で、戦後のマルクス主義思想の基本となった。

 これにより人々は不安になり混乱はするが、実は革命の展望などなくなっていた。なぜなら、ソ連でも計画経済はもはや不可能になっており、マルクス主義者は自暴自棄になりながら「革命を起こすことが必要なのだ」と言っていた。これは極めて無責任と言えば無責任だった。そして、永久に批判を続けていけば何かにたどり着く、崩壊させても構わないという考え方。それが1970年前後に大流行した思想だった。そうした批判の中で出てくるものは、社会主義とは言えない何かになっている。そうした言葉の批判だけの社会は、実体では成功などしない。それがようやくわかり始めている。

 だから無責任なことに、今の日本の政治でも共産党や立憲民主党などの柱になっている。つまり何の対案もなく、ただ批判する。それでもただ批判を続けていれば、それだけ人々を混乱させることができる、と。それもフランクフルト学派の考え方だ。

 

伝統・文化の上部構造こそが経済構造を決定

 日本人には思想が言葉によって作られる一種のイデオロギーだとつかめず、言葉通りの世界があると思い込んでしまう欠点がある。しかし、ユダヤ人政治学者ハンチントンがいみじくも「日本は独立した一大文明」と言ったように、日本は西洋とは違う独自の文明・文化を持ち、自国の文化や精神的伝統に自信と誇りをもっていい。

 それと同じことをアメリカの保守論客P・ブキャナンが指摘している。戦後現れたフェミニズムやジェンダーフリー、カルチュラルスタディーズなど、すべてマルクス主義を同根にする思想だ。しかしそんなマルクス主義が生き残っているかのように振る舞っているが、実はもうマルクス主義ではなくなっている。なぜなら、労働者や労働価値と生産価値の矛盾が資本主義を倒すなどと言うことは到底あり得ないから。そんな理論こそが間違っていたと。そうした経済価値説の分析が、資本主義には全く有効ではないわけだ。

 それに、彼らの「下部構造」の分析、つまり「下部構造=経済体制、上部構造=精神・文化で、下部構造により決定される」という考え方は全くの誤りだったのだ。実は「上部構造こそが下部構造を支配している」のだと。食べることを一つとっても、習慣の中で行われ、各国の文化や風土の違いで食べ方が異なってくる。つまり文化が需要を呼び経済も動かしているのだ。その文化や風土こそが「人間である証し」にほかならない。それを無視したマルクス主義は到底成り立ち得ない。だからマルクス主義が崩壊するのは当然だと言える。それに気がつき始めた兆候が、実はアメリカのトランプ政権だということになる。

 

【たなか・ひでみち】東北大学名誉教授。国史学会代表理事。1942年東京生まれ。東京大学仏文科・美学美術史学科卒業。仏ストラスブール大で学位(Ph.D)取得。東北大学教授、ローマ大学、ボローニャ大学客員教授、国際教養大学特任教授、歴史教科書をつくる会会長、国際美術史学会副会長を歴任。イタリア美術史の第一人者として活躍する一方、日本美術の世界史的価値を発信。著書に『イタリア美術史』『国民の芸術』『日本と西洋の対話』『戦後日本を狂わせた「OSS日本計画」』『日本美術全史』『日本の文化 本当は何がすごいのか』など多数。


「20世紀支配したマルクス主義が家族破壊へ変容」
東北大学名誉教授 田中英道氏インタビュー (世界思想7月号掲載)

●マルクス主義は20世紀最大の支配思想だ
●マルクス誕生地トリーアと「裏返しのユダヤ思想」
●ディアスポラでユダヤ人の存在がインターナショナル
●共産主義が資本主義後進国でしか起きなかった真実
●恐るべき情報統制で超大国・ソ連が存在
●冷戦崩壊後に顕在化したフランクフルト学派の影響
●フロイト思想の導入で家族破壊思想が顕著に
●伝統・文化の上部構造こそが経済構造を決定

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