高まるグローバルサウスの存在感とG7

 

「世界思想」1月号の特集「高まるグローバルサウスの存在感とG7」の一部をお届けします。

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 近年、人口に膾炙するようになった言葉の一つが「グローバルサウス」だ。2023年5月の広島サミットでもグローバルサウスとの連携が大きなテーマだった。ただし、定義が曖昧なこともあり、共同声明では、この用語の使用は見送られている。

 G20(主要20カ国・地域)では、人口世界一となった議長国インドが存在感を示した。インドは1月と11月に「グローバルサウスの声サミット」を主催し、100カ国以上の首脳クラスを集めている。

 グローバルサウスに明確な定義はないが、大まかには西側先進国を除く途上国を総称する言葉で、東西冷戦時代の「第三世界」とほぼ重なり合う。ただし、中国を含むかは見解が分かれており、インドは自らがグローバルサウスの盟主を自認する立場から、中国を除外する立場だ。他方、中国は国際会議などで、自らをグローバルサウスの一員としてアピールしている。

 この地域に注目が集まるようになったのは、その存在感の高まりゆえである。そもそも人口では西側諸国は圧倒的な少数派だ。さらに近年は新興国の経済発展が目覚ましく、ゴールドマンサックスの予想では、2075年、G7(主要7カ国)と称する国でGDP(国内総生産)上位10カ国に残るのは3カ国に過ぎない。3位に米国、あとは9、10位にかろうじてドイツ、英国が入るのみである。日本は12位まで転落し、かわりにインドネシア、ナイジェリア、ブラジルなど地域大国が上位を占める

 現時点での人口、GDPのシェアはグラフの通りだ。UNCTAD(国連貿易開発会議)の区分に従い、先進地域はヨーロッパ、北米、イスラエル、豪州、ニュージーランド、日本、韓国とし、その以外の地域を中国とその他に分けた。人口で見ると世界人口約80億のうち、その他の地域が50億人を超えており、圧倒的な存在感だ。実質GDPでは先進国がいまだ6割だが、冷戦終結時にはG7だけで約7割を占めていたことから、徐々にシェアを落としていることが分かる。

国際政治の地殻変動

 グローバルサウスの台頭は、すでに国際情勢に大きな影響を与えつつある。その象徴がウクライナ戦争と、イスラエルとイスラム組織ハマス問題に対する国際社会の対応である。

 少々乱暴だが、この二つの紛争を冷戦終結時の湾岸戦争(主権国家への軍事侵攻に対する対応)と、今世紀はじめのアフガンへの米軍派兵(対テロ戦争)と比較すると、その違いは明らかだ。かつては米国一強時代だったこともあり、米軍や多国籍軍の行動に中国、ソ連(ロシア)を含め、国際社会は大枠で支持を与えていた。

 しかし、現在は様相が大きく異なる。ロシアのウクライナ侵攻では、当初、ロシアへの非難決議こそ141カ国が賛成したが、ロシアの人権理事会資格停止については、賛成が加盟国の半数に満たない93カ国にとどまった。欧米主導の対露経済制裁に至っては大半の途上国が冷めており、インドなどは逆に対露貿易額を前年比3倍に増やした。広島でゼレンスキー大統領と会談したインドのモディ首相は、ウクライナの苦境に同情しつつも、ロシア批判には同調しなかった。インドは中国を牽制するために対露関係を重視しており、西側との協調よりも、自国の利益を追求した形だ。

 アフリカ諸国も同様で、食糧、エネルギーなどで依存するロシアに対して強硬な態度はとっていない。

 イスラエルによるガザでの軍事作戦に対しても、イスラム諸国を中心にパレスチナへの同情論は根強い。ハマスのテロは1400人を殺害したが、イスラエルの自衛権行使への支持はあまり高まっていないのが現状だ。

 「国家主権に対する武力行使」「テロによる大量虐殺」という最悪の事態に直面しても、国際社会の協調行動が難しくなっているという現実は深刻だ。近未来に予想される台湾有事や、朝鮮半島有事においても、同様の事態が予想される。米国主導の国際秩序(パックス・アメリカーナ)が終焉に近づき、世界は再び多極化したパワーゲームの時代に逆戻りしようとしている。

文明史的な転換期

 グローバルサウスへの重心の移動は、世界を主導する価値観の変動―つまり文明史的な大転換でもある。これまで西側主導の国際秩序で「普遍的価値」とされてきた「自由、民主主義、基本的人権、法の支配」は、キリスト教文明から生まれてきた。実際に先進地域ではキリスト教徒が64%を占め、圧倒的多数派である。

 しかし、中国を除くその他の地域の宗教構成を見ると、キリスト教は約29・6%にとどまり、イスラムが36・8%、ヒンドゥー教が23・4%と三つの宗教がほぼ拮抗する。かつて米の政治学者サミュエル・ハンチントンが唱えた「文明の衝突」を髣髴とさせる構図である。

 そのうえ先進地域とその他の地域では、宗教の優先度が大きく異なる。ピュー研究所の調査によると、先進地域で宗教が「非常に重要」と答える割合が26・63%に止まる一方、その他の地域では77・72%と8割近くにのぼった。さらにここには無神論・唯物論の共産党が支配する反宗教国家中国が絡んでくる。つまり今後の国際情勢を占ううえでは、政治、経済、軍事などの世俗的なファクターだけでは不十分なのだ。特に外交政策の担当者には宗教に対する基本的な教養、理解、分析力が必要となるだろう。

 今回の特集では、グローバルサウスをめぐる様々な論点のうち、PART1では中国の動向を、PART2では宗教との関係を扱った。PART3では日本の針路について考えていく。

 キリスト教勢力が植民地を世界に拡大した大航海時代以来の文明史的な大転換が起ころうとしている。それは国際政治においても大きな地殻変動を起こすだろう。キリスト教国家である欧米が主導した近現代は、多くの負の遺産も残したが、一方で「普遍的価値」を世界に広めるという肯定的な側面も持っていた。目下の課題は、グローバルサウスが台頭する時代にあって、わが国にとっても重要な「自由、民主主義、基本的人権。法の支配」をいかに次世代に引き継いでいくかということだ。G7の中で唯一のアジア国家である日本の果たすべき役割は大きい。

◆2024年1月号の世界思想 高まるグローバルサウスの存在感とG7
Part1「途上国の代弁者」誇示する中国の戦略
Part2 宗教をめぐるあつれきと不信感
Part3 国際的和解による平和構築日本に期待される役割とは

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