世界思想 1月号を刊行しました。今号の特集は「回顧と展望 2019~2020」 です。
平成31年として幕開けした2019年は、5月1日をもって新天皇陛下が御即位・践祚(せんそ)され、元号も令和と改まり御代替わりとなった、紛れもなく「時代を画す」1年だった。一方で、世界も一つの節目に差し掛かっている感を抱かせる。その象徴が、中国の天安門事件、ベルリンの壁崩壊と冷戦終結から30年というトピックだ。国内外情勢が激動し大きな時代の転換点にある今、日本は来るべき2020年をどのように迎えるべきか考えてみたい。
11月10日に開催された「祝賀御列(おんれつ)の儀」(パレード)
「歴史の終わり」と壁の崩壊
東西冷戦時代、自由民主主義の価値観に基軸を置く西側諸国と、共産主義や社会主義の理念の下で「労働者」(プロレタリアート)の天国を建設すると標榜した東側諸国とが繰り広げたイデオロギーの闘いは、自由民主主義に軍配が上がったかに見えた。
フランシス・フクヤマは当時の論文で「歴史の終わり」を高らかに宣言。実際にも東欧の共産主義国家が次々と倒され、「自由ベルリン」を周辺から孤立させていた壁も壊された。
かつて東ドイツから西ドイツへ、そして東ベルリンから西ベルリンへと亡命しようとした人々は命がけだった。「壁」に隔てられ周囲は社会主義社会と孤立した西ベルリンは、物資を空輸せざるを得なかったほどだ。
壁の崩壊が号砲となり、東欧諸国は軒並み共産主義による一党独裁政権のくびきから脱し「東欧ビロード革命」と呼ばれた。それらの国々は旧ソ連の影響圏を離れ、EU(欧州連合)加盟へ陸続と雪崩を打った。
しかし30年の時を経て、マーストリヒト条約で成立したEUの理想「万民よ、抱き合え!」(EU国歌=ベートーヴェン交響曲第9番第4楽章「歓喜の歌」)は、英国の離脱問題が噴出するなど激しくきしみ出している。
それでも、壁崩壊の歴史的偉業が色あせることはない。ベルリンの壁周辺では5千人が越境に成功する一方で、3千人が失敗して逮捕され、200人以上が射殺や溺死で命を落とした。自らの命を投げ出しても自由を得たいという思いは人類の普遍的欲求なのだ。
誇り高き言葉「ベルリン市民」
ドイツの帝都だったベルリンは第2次大戦後、連合国に分割統治され、1961年から東西を隔てる壁が東ドイツによって築かれた。J・F・ケネディ米大統領は、63年に西ベルリンを訪問し次のような名演説を行っている。
「2千年前、最も誇り高き言葉は『私はローマ市民だ』。今日この自由な世界で誇り高き言葉は『私はベルリン市民だ』」「ベルリンの壁は共産主義の失敗を如実に示している。……民主主義は不完全ではあるが、自国民を囲い込むために壁を建設したことは一度もない。必ず自由になる日はやって来るが、その時20年以上も最前線にベルリン市民がいた事実を噛みしめるだろう。どこに住んでいようと世界中の全ての自由を求める者は皆、ベルリン市民である。だからこそ、私はこの言葉に誇りを持っている」
事実、米国及びNATO(北大西洋条約機構)はこの西ベルリンを「自由の砦」として共産主義から死守し続け、89年11月9日、ついに「崩壊の日」を迎えた。その契機となった10月のライプツィヒの月曜デモでは、民主化要求の7万人デモ隊に東ドイツの秘密警察と軍が銃口を向けたが、天安門事件の再現を恐れた世界的指揮者クルト・マズア(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団音楽監督)が当局に平和的解決を訴え、発砲を免れたという。
87年にはレーガン米大統領がベルリンでの演説で「ミスター・ゴルバチョフ、この壁を壊しなさい!」と訴えた。その言葉通り、ソ連のゴルバチョフ書記長自身が、東ドイツのホーネッカー体制を見限ったことも壁の崩壊に大きく影響した。
「新冷戦」時代、自由の行方
東欧・ソ連崩壊の一方で、「自由の波」を拒んで命脈を保ったのが、共産主義の残滓、中華人民共和国である。30年後の中国は蓄えた力を背景に「自由の砦」香港を赤く染めつつあり、鄧小平がサッチャー英首相に約束した「一国二制度」も風前の灯火だ。
「新冷戦」と言われる現在、米国は超党派で、中国の香港やウイグルでの人権弾圧に対し、旗幟(きし)を鮮明にした。当時のベルリン市民を鼓舞したケネディのように、自由を求めて北京政府に立ち向かおうとする香港市民に対して、国際社会も最大級の敬意を表し、内外の支援を呼びかけるべきではないか。
激動の世界情勢は、大きな時代の転換点を示唆している。
<特集記事目次>
① 「中華秩序の夢」にひた走る中国~習政権へ猛省促す外交展開せよ~
② 激変する国内安全保障環境~防衛体制の本格的議論は待ったなし~
③ 激動の日韓関係~普遍的価値による連携を目指せ~
④ 家庭・家族を失った社会の危機~未来担う子供の養育環境改善が急務~
⑤ 災害に見舞われた1年~国民の生命と安全を最優先に~
⑥ 御代替わりとラグビーW杯~新たな時代の日本のブランドを示す~
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