緊迫の度を増す朝鮮半島 南北政権が直面する課題

 

「世界思想」6月号の特集「緊迫の度を増す朝鮮半島 南北政権が直面する課題」から総論部分をお届けします。

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 朝露の急接近は昨年9月の首脳会談ごろから目立ってきた。韓国軍と米軍は1月6日までに、北朝鮮がロシアに「KN23」(正式名称は「火星11」)と呼ばれる短距離弾道ミサイルを提供したとの分析を明らかにした。そしてその一部はウクライナへの攻撃に使用されたという。

 KN23は、北朝鮮が2019年に初めて試験発射したミサイル。最大射程は約900キロ、固体燃料を用いる変則軌道のミサイルであり、ロシア製に特徴が似ていることから「北朝鮮版イスカンデル」と呼ばれているものである。韓国内の軍事施設や西日本の在日米軍基地などが射程に入る。

異様な中朝露の関係

 国連安全保障理事会が1月22日、開催された。ウクライナ情勢に関する公開会合だったが、そこで米国のロバート・ウッド国連代理大使は「ロシアは安保決議に違反して北朝鮮から弾道ミサイルを入手し、ウクライナに対して少なくとも3回は使用した」と述べた。ウクライナ当局も、露軍がウクライナ東部ハリコフで使用したミサイルの残骸を分析したところ、北朝鮮の短距離弾道ミサイル「KN23」と確認されたとしている。

 ウッド氏はまた、5月20日、国連安保理でロシアが昨年9月以降、北朝鮮から軍需品を積んだコンテナ1万1000個以上を調達し、昨年末からウクライナに対して北朝鮮製弾道ミサイル(「火星11」)を12回近く使用したと、再び指摘し非難した。

 安保理の関係筋は、「北朝鮮はウクライナを核・ミサイル能力向上の実験場とみなし、弾道ミサイル使用時の命中精度などのデータをロシアから提供してもらっている」とも語る。

 北朝鮮に対する制裁の履行状況を調べる安保理の専門家パネルが、4月末で廃止となった。専門家パネルの委員の任期を1年延長する決議案に3月29 日、ロシアが拒否権を行使したため否決されたからだ。

 パネルが廃止になっても、様々な制裁決議が失効するわけではない。しかし監視体制が緩むことは避けられない。ロシアは2017年までは対北制裁決議に賛成して、専門家パネルの延長の決議にも異を唱えたことはなかった。国際協調よりも急接近した北朝鮮との関係を優先させている。

 北朝鮮は1月15日、最高人民会議を開催した。そこで金正恩朝鮮労働党総書記が行った施政演説に注目があつまった。金氏は、憲法を改正して韓国を「第1の敵対国」と位置付けるべきだと主張。「憲法にある『自主、平和統一、民族大同団結』という表現は、いまや削除されなければならない」と発言したのである。

 この命令は、祖父である金日成主席の下でなされた1972年の「南北共同声明」、祖国統一原則からの転換である。そして、次回の最高人民会議で憲法改正を議論するように指示したのだ。さらに会議では、北朝鮮の対韓国窓口機関である「祖国平和統一委員会」など韓国に関係する3機関の廃止が新たに決まった。

 一方、韓国・尹錫悦大統領は1月16日の閣議で、正恩氏の演説について触れ、「北朝鮮が反民族的、反歴史的な集団であることを自認した」と反発した。

 北朝鮮の崔善姫外相が1月16日、訪問先のモスクワでプーチン露大統領と会談した。軍事協力を機に外交で共同歩調をとるとの狙いがある。プーチン氏はロシアを訪れる各国外相とは会わないことが多いが、崔氏を厚遇した形になる。会談で崔善姫外相は、プーチン氏に訪朝を要請。北朝鮮外務省は20日、ロシアのプーチン大統領が崔善姫外相と会談した際に「早い時期に北朝鮮を訪問する用意」があると表明したと報じたのである。もしプーチン氏の訪朝が実現すれば、2000年7月以来、24年ぶり2回目となる。当時は、正恩氏の父・金正日総書記と会談している。

 報道によれば、ロシア側は崔氏に対して、「北朝鮮がウクライナでの特殊軍事作戦に関するロシア政府と人民の立場に全面的な支持と連帯をおくっていること」への謝意を表明したという。

中国仲介の武器供給計画

 ここにきて北朝鮮とロシアの間に中国が入る武器供与の仕組みが進みつつあるという。4月21日、櫻井よしこ氏が「言論テレビ」の番組内で、西岡力・麗澤大学教授からの情報として紹介していた。金日成主席の誕生日である「太陽節」祝賀行事に参加するため訪朝していた中国共産党のナンバー3、趙楽際常務委員との間で4月15日、最終的な合意がなされたという。

 昨年来、北朝鮮が砲弾をロシアに供給され、その見返りにロシアは約30万トンの小麦粉を北朝鮮に送ってきたという。ところが相互が不満を持つ結果だった。北朝鮮からの砲弾の約半分が不発弾だったし、ロシアからの小麦粉は虫が湧いていたものもあったというのだ。ここに中国が割って入ってきた。

 今後、中国が北朝鮮に砲弾をつくる原材料を供給する。そして砲弾工場も新しく中国が作ってあげるという合意がなされたという。中国は費用を請求しない、無料で提供するというのだ。中国は表面に出ずに裏に回って北朝鮮とロシアに協力するという「悪い」ことをしようとしている。

 なお、中国が北朝鮮に原材料、部品を渡す方法は、白頭山の近くに恵山市(北朝鮮)が拠点となるという。地下にある軍需工場に中国からの物資を運びこむというのだ。偵察衛星に捕捉されないためである。

総選挙・与党惨敗 日韓が不透明に

ベトナム・ハノイで行われた米朝首脳会談(2019 年2 月28 日)。会談は物別れに終わり、その後、北朝鮮は核・ミサイル開発に突き進んだ

 中朝露の結束が進む状況下、韓国総選挙が4月10日に行われた。与党「国民の力」は惨敗、野党圧勝の結果となってしまった。与党「国民の力」は108議席となり改選前から6議席減となり、最大野党「共に民主党」は175議席で改選前から19議席増。さらに曺国元法相が率いる野党「祖国革新党」は比例に特化した戦いを行い12議席獲得し、第3党となったのである。

 今後、日米韓の結束は維持できるかが懸念される。尹政権はこれまで、大統領の権限の中心である外交・安保において大きな成果を上げてきた。北朝鮮の脅威を直視して自衛隊、米軍、韓国軍の共同訓練までも進めてきたのである。

 特に日本との間で日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)を正常化し、中国からの圧力を受けながらも「台湾海峡の平和と安定が重要だ」との認識を表明し続けてきたのである。

 しかし「共に民主党」の李在明代表は、選挙期間中に、「台湾海峡がどうなっても我々には何の関係もない」と発言していた。中国の台湾侵攻と北朝鮮の韓国攻撃が同時に起こる可能性が指摘されている中で、致命的ともいえる不見識さを露呈したのだ。とりわけ日韓関係の行方が不透明になるだろう。昨年3月、両国間の懸案だった元徴用工訴訟問題をめぐり、韓国政府参加の財団が賠償金相当額を支払う解決案を発表し、悪化していた日韓関係を「正常化」した。しかし野党は、「譲歩しすぎで屈辱的だ」と批判を展開、今後、「対日屈辱外交」の撤回を尹政権に求めることになるだろう。

 朝鮮のロシア接近の狙いは食糧支援というより、ロシアの高い軍事技術の習得である。そして孤立の回避だ。しかし、中長期的には国際社会からの一層の孤立を招くことになる。国際社会はロシアの蛮行を許さないからである。さらに中国は、北朝鮮を「隷属」的にしか扱わない。

 北朝鮮は結局、米国との交渉(日本、韓国を含む)により体制保証をうる道しか未来への希望はないはずである。そしてそのチャンスはトランプ前大統領の再選後に訪れる可能性がある。金正恩氏も理解しているだろう。ひそかな期待である。

◆2024年6月号の世界思想 緊迫の度を増す朝鮮半島 南北政権が直面する課題
Part1 「ジュエ」の成長ぶりに大きく影響を受けてきた金正恩の政治判断
Part2 東アジアの平和と安定に不可欠な日米韓連携 尹政権の不安定化に懸念
Part3 頭翼思想による南北平和統一の実現 文総裁の歴史的訪朝の真意

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