トランプかハリスか 大統領選結果で大きく変わる外交・安保政策

 

「世界思想」10月号特集【米大統領選2024 新政権が直面する国内「文化戦争」と外交安保問題】からビル・ガーツ氏の論考「トランプかハリスか 大統領選結果で大きく変わる外交・安保政策」をお届けします。

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 米国は11月5日に新しい大統領を選出するが、2024年の大統領選の結果次第で、米国と同盟国の安全保障政策の将来は大きく2つの道に分かれると予想される。

 トランプ前大統領は、バイデン政権下で過去4年間に実施された政策の多くを覆すことを掲げて大統領選のキャンペーンを行ってきたが、トランプ氏に負けるのではないかと危惧する民主党内の圧力を受けて、バイデン大統領は選挙戦から撤退した。

 バイデン氏の後任であるカマラ・ハリス副大統領は、米国の過去の外交・安全保障政策から最も大きく逸脱した人物の1人である。ハリス氏は外交・安保政策の経験がほとんどないまま大統領選に参戦した。彼女が主要な役割を果たした政策分野でも、彼女の真剣さや成功を示すことはできなかった。

対中国で「リスク回避」優先のハリス氏

メリーランド州ラルゴで、処方薬コスト削減のための政権の取り組みについて発言するカマラ・ハリス副大統領(2024 年8 月15 日=ホワイトハウスのFlickr から)

 トランプ、ハリスの両候補が掲げる今後の政策の詳細は、(本稿執筆の9月初旬時点で)公表されていないが、ハリス氏は極めてリベラルな左派政策を採用し、トランプ氏は外交政策よりもポピュリスト的な経済政策と国内政策を優先して訴え続けるとみられる。

 両候補の統治計画については、各党の大統領候補指名大会の政策綱領と選挙運動中の発言からほとんど読み取ることができる。中国に関しては、ハリス氏は副大統領として、バイデン氏の北京に対するアプローチを概ね支持する発言をしている。

 民主党の綱領は、中国は「増大する軍事・経済・外交・技術力をもって、米国主導の国際秩序を根本的に作り変える意図と、それを実行する能力を兼ね備えた唯一のグローバルアクター」であるとしている。

 この課題に対処するため、将来のハリス政権の対中政策は「厳しくも賢明な」政策を通じて紛争を回避することを目指す。これらの政策は北京の不公正な貿易慣行に反対し、中国が米国の開放性を利用して米国や同盟国の安全保障を脅かす技術を入手するのを防ぐことを目指している。

 副大統領の発言によれば、ハリス氏の中国に対する見解は、よりオープンなコミュニケーションラインを維持し、競争を平和的に管理する必要があるとしている点を含め、バイデン氏の見解と一致しているようだ。2023年9月、ハリス氏はCBSの「フェイス・ザ・ネイション」で、米国は高度に統合された経済を中国から切り離すことではなく、安全保障上のリスクを下げることを目指していると述べた。つまり、経済関係を多様化し、米中間の危機や紛争で混乱する可能性のあるサプライチェーンの確保を目指すということだ。このアプローチは「リスク回避」と呼ばれている。

 「撤退ではなく、米国の利益を守ることと、他国のルールに従うのではなく、ルールの面で主導権を握っている状況を確保することが目的だ」とハリス氏は述べた。

すべての政策に「米国利益優先」を適用するトランプ氏

 トランプ氏の対中政策のプランはまだ明確に示されていない。トランプ政権でホワイトハウスの国家安全保障担当大統領副補佐官を務めたマシュー・ポッティンジャー氏は、北京との関係を管理することから脱却し、世界第2位の新興経済大国との「競争に勝つ」ことを呼びかけている。

 トランプ大統領は政権第1期目に、40年にわたる対中関与政策に戦略的に大きな変更を加えた。同前大統領は、北京を戦略的競争相手と宣言することで、米国の対中政策に革命をもたらした。北京と新たな貿易協定の交渉を試みた後、同大統領は中国製品に関税を課した。

 トランプ氏のアメリカ・ファースト政策は、孤立主義であるとみなされて批判されてきた。しかし、前大統領の支持者たちは、彼のポピュリスト的なアプローチは、すべての外交・防衛政策に新しい基準を適用しようとしていると述べている。すなわち、すべての政策とプログラムは、それらが米国の利益を促進し、米国民を助けることを優先しているかどうかで評価されるべきだということだ。

 共和党全国大会の綱領は、米国を史上最も偉大な国として復活させることを呼びかけ、その偉業の達成に貢献した過去の愛国者たちに言及している。国家の「深刻な衰退」を逆転させることが最優先事項となるであろう。

 この綱領の大部分は、次のトランプ政権下で是正されるべき経済・金融・社会問題を含む国内問題に焦点を当てている。綱領は中国に関して、次期トランプ政権は中国からの「安全保障上の戦略的独立」を確保するために、中国の最恵国待遇を取り消すと述べている。

中国共産党弱体化の取り組みを再開

 トランプ氏はまた、中国共産党を弱体化させる取り組みを再開する可能性がある。ロイター通信はこの3月、トランプ政権が2019年に海外のソーシャルメディアを通じて中国政府に対する国民の反対を煽るためのCIAの秘密作戦を承認したと報じた。

 民主党の政策とは異なり、トランプ氏はレーガン政権に似た「力による平和」政策を採用するとも約束している。また、レーガン氏に倣い、トランプ氏は「第3次世界大戦を阻止」し、欧州と中東に平和を取り戻すと約束している。重要な要素には、米国全土を覆う「アイアン・ドーム」ミサイル防衛シールドの構築が含まれる。

 現在、米国の長距離ミサイル防衛は、限定的な北朝鮮のミサイル攻撃に対抗するために建設されたアラスカとカリフォルニアの2つの迎撃基地に限られている。

 第2次トランプ政権の主要ポストには、マシュー・ポッティンジャー氏を国家安全保障顧問に、ロバート・オブライエン氏を国務長官に、マイク・ポンペオ氏を国防長官に起用する可能性がある。

過去30回訪中のウォルズ副大統領候補は北京の資金援助に寄るもの?

 ハリス政権が誕生した場合には、現在ハリス氏の安全保障問題担当顧問を務めるフィリップ・ゴードン氏が、ホワイトハウス国家安全保障問題担当大統領補佐官に就任する可能性が高い。これは、バイデン氏の現在の対中政策の大きな転換を示すものとなる。

 ゴードン氏は、2019年に「中国は敵ではない」と宣言し、北京に対してより融和的な政策を求める書簡に署名した百名の外交政策専門家の1人だった。「我々は、北京が経済的な敵でもなければ、あらゆる分野で対峙しなければならない国家安全保障上の実存的脅威でもないと考えている。また、中国は一枚岩でも、その指導者の見解が確定されているわけでもない」と同書簡は述べている

 中国は2021年にバイデン政権に対して、関係改善の前提条件となる要求事項のリストを作成した。同リストの最上位には、米国が中国の共産主義体制を弱体化させ、取って代えようとしないという約束があった。

 バイデン氏と国務長官のアントニー・ブリンケン氏はともに、米国は中国の共産主義体制を弱体化させようとはしていないと繰り返し述べているが、この政策は北京と効果的に対処する上で大きな欠陥であると批判されている。

 ハリス氏の副大統領候補であるミネソタ州知事のティム・ウォルズ氏も、将来のハリス政権を融和政策に傾けるとみられている。教師および観光客としてウォルズ氏は中国を30回訪問しているが、これはおそらく北京の資金援助による訪問だ。ウォルズ氏は1989年6月の天安門事件後、中国で1年間教師として過ごした。この事件では、中国軍が非武装の民主化デモ参加者に武力を行使した。ウォルズ氏は後に、この悲劇が中国政府と中国の体制に対する自身の意見に深く影響したと述べた。

 安全保障政策センターの保守派中国アナリストであるブラッドリー・セイヤー氏は、ハリス氏とウォルズ氏が当選すれば、バイデン氏の関与政策を深化・拡大させると見込まれるため、北京は民主党候補を好んでいると述べた。「ハリス・ウォルズ政権は史上最も中国寄りの政権となり、中国は米国の力やトランプ政権第1期で示された強い反対勢力に阻まれることなく、国際政治における自国の利益を推進できるようになるだろう」とセイヤー氏は述べた。
セイヤー氏は、第2期トランプ政権は冷戦中にレーガン大統領がソ連を打ち負かしたのと同様に、中国共産党を打倒するという戦略的目標を掲げて中国に積極的に立ち向かうだろうと述べた。彼は次のように述べた。

 「2つの戦略的道が待ち受けている。1つは米国が中国共産党に勝利することにつながる道になるだろう。もう1つは米国の敗北を招く道だ。それは中国共産党が生き残り、繁栄することを確実にし、米国民、米国の国家安全保障上の利益、米国の同盟国に損害を与えることになるだろう」。
米国大統領選の重要なポイントは、中国がその大きな影響力を利用して、彼らの好む候補者を支持するかどうかだ。北京は今のところ、ハリスとトランプのどちらが勝利することを望んでいるかについては明らかにしていない。

 しかし、中国問題を専門とする米国のある軍事アナリストは、与党である中国共産党はほぼ間違いなくトランプよりハリスを好むと述べた。このアナリストは、中国はハリスの方が外交および戦略問題で弱く、経験が浅いため、操りやすいとみている、と述べた。

ジャーナリスト ビル・ガーツ
ビル・ガーツ ワシントン・タイムズの国家安全保障担当記者で、国際情勢に関する執筆で40 年以上の経験がある。邦訳された著作に「誰がテポドン開発を許したか: クリントンのもう一つの失敗」(文藝春秋、1999 年)がある。中国共産主義とアメリカのマルクス主義に対する批判と対案を提示する「Victory OverCommunism」という隔月のポッドキャストを主催している。

 

◆2024年月号の世界思想 特集・米大統領選2024 新政権が直面する国内「文化戦争」と外交安保問題
アメリカの文化戦争と2024年大統領選挙

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