今年のノーベル平和賞は日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与された。「核兵器のない世界の実現に尽力し、核兵器が二度と使われてはならないことを証言を通じて示してきた」というのが授賞理由だ。被団協の受賞を祝したい。もとより真の祝いは核廃絶が実現してからのことだろう。直視しなければならないのは世界中に核兵器があり、「核のボタン」が押されかねない邪悪な戦争が続いている現実だ。「核廃絶」のアプローチを間違えてはならないと我々は考える。
世界は今、核廃絶の対極にある。「核拡大」が猛烈な勢いで進んでいるのである。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によれば、2024年1月時点の世界の核弾頭数は推定1万2121発(ロシア5580発、米国5044発=全体の約9割)。この2強に中国が割り込もうと、過去1年間に核弾頭を90発増強し、約500発を保有するに至った。
米国防総省は、中国は2030年に約1000発、35年に1500発の核弾頭を実戦配備すると推測している。そして北朝鮮だ。核弾頭数は50に上り、これを90に拡大可能な核分裂性物質を生成している。ミサイル開発も著しくウクライナ派兵も試みる「超ミリタリー国家」と化している。
「良心」への訴え必要だが不十分だ
被団協の活動は「(被爆の)筆舌に尽くしがたいものを描写し、理解が及ばない痛みや苦しみを世界の人々に訴え、それを理解する一助となった」(授賞理由)。もとより「核の悲惨さ」を訴えることは重要だ。とりわけ「核のボタン」を押し得る国家指導者たちに「二度と惨禍を招いてはならない」と、その「良心」に働きかけることは必要不可欠だ。
しかしながら、ウクライナ侵略戦争を始めたプーチン露大統領に「良心」があるか。あれば、何万という善良なウクライナ国民を虐殺し、何万というロシア国民を平然と死地に赴かせることはなかった。彼は「核兵器を持つ国だけが国家である」と言い放っている。
あるいはウイグルやチベットのみならず中国全土で民族浄化(虐殺)を企て、自由を奪い続ける中国の習近平国家主席に「良心」があるか。あるいは粛清を繰り広げ権力基盤を固めて「一人独裁」の栄華に酔う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記に「良心」はあるか。むろん人たる者には必ず「良心」があるであろう。だが、時に人は「良心」を曇らせ、失わせるのである。それが人の悲しい性であり、人類歴史だったことを想起しなければなるまい。
18世紀の英政治思想家エドマンド・バークは人類史をひも解き、戦史に記された犠牲者を約3600万人と累計し、戦争の破壊によって、世界の起源からの犠牲者はその1千倍、当時の世界人口の70倍に達するとし、「無数の争いをひきおこすような傲慢さ、獰猛さが、人間の本性のなかに存在すること」に警鐘を鳴らした(『自然社会の擁護』1748年)。
それから数世紀、世界は大戦、小戦を重ね続け、犠牲者の数はそのまた何十倍、何百倍へと膨れ上がった。邪悪な国家指導者や大衆のポピュリズムが時として「良心」を失わせる現実を直視しなければならないのである。
想起すべきは、もう一つの授賞理由の「核兵器が二度と使われてはならない」ためには(残念なことだが)、「毒には毒をもって制する」ことも考えねばならない。それが抑止力にほかならない。
核兵器について言えば、最初に原爆を可能にする核分裂を発見したのは、ナチス・ドイツ下のドイツ人研究者だった。ヒトラーはユダヤ人を600万人虐殺しても平気な人間だ。彼が「良心」に目覚め虐殺の手を止めるとは到底、考えられなかった。だから米国はドイツとの核開発競争に勝つために死に物狂い原爆開発を進め、英国がそれに協力した。ナチス・ドイツは原爆を手に入れる前に滅びたが、少なからず研究者は共産主義のソ連に連行され、原爆を完成させたばかりか、米国に先駆けて大型弾道ミサイルの開発を成功させ、西欧自由諸国の人々を核恐怖のどん底に陥れた。
そのとき、英首相ウィストン・チャーチルは国民に向かってこう宣言した。「核抑止力に貢献しようとすると、われわれは自身でもっとも最新式の核兵器とその運搬手段を保有しなければならない」(1955年3月)。
核抑止力こそが惨禍を防ぐ手段
1965年にマクナマラ米国防長官(当時)はこれを「相互確証破壊」と名付けた。核を使えば、自らも核の餌食になるので、相手が核をもっていれば使用できないという概念である。遺憾ながら、これが「良心」に目覚めない邪悪な独裁国に対する現実的な「核を使わせない」方法である。
こういう視点に立てば、「非核三原則」は百害あって一利なしだ。少なくとも核を使わせないために「持たず」「持ち込ませず」を改めねば、「二度と被爆の犠牲者を出さない」の誓いは全うできない。米国の核搭載原潜の寄港を堂々と認める。米軍の核兵器を自国内に配備し、有事にはそれを自国軍のものとして運用する「核シェアリング」(核兵器共有政策)も考慮する。核の惨禍から国民を守る手立てを真剣に考える秋である。
【思想新聞 11月1日号】ウクライナ侵略 北朝鮮 ロシアに兵士を派遣し「参戦」か/真・日本共産党実録/連載「文化マルクス主義の群像」/共産主義定点観測