「世界思想」10月号特集【中事国軍パレード 中露朝の結束誇示~背景に透ける「弱み」と「焦り」】から
「総論」をお届けします。
中国が9月3日、「抗日戦勝80年」の記念行事と軍事パレードを挙行した。軍事パレードは6年ぶりだが、現在の中朝露の3首脳同席による軍事パレードは初めてとなる。習近平国家主席の強い思いが反映した形である。しかしこの背景には中国の「弱み」と「焦り」があるとえよう。
記念行事の正式名称は、「中国人民抗日戦争と世界反ファッシズム戦争勝利80周年記念大会」である。
当日の午前8時55分、習氏が先頭になり、自ら参席した要人らを率いるように天安門の楼上に姿を現した。広場に集まった観客からは万雷の拍手が沸き起こった。
習氏は自身の左右にロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記を座らせて軍事パレードを観閲した。参席した国の代表全体が、習氏を中心に、「対米共闘を1つの軸として結集」しているかのような演出がなされたのである。
記念式典での演説において習氏は、「中国共産党の呼びかけにより形成され抗日民族統一戦線の旗の下、近代以降で初めて外敵の侵入に完全な勝利を収めた」「中華民族の偉大な復興は止められない」と述べ、「現代の中国国民は、毛沢東をはじめとする中国の歴史上の重要人物の思想的派生と並んで、公式の共産主義思想であるマルクス・レーニン主義を堅持しなければならない」などと訴えている。
さらに、「人類は再び平和か戦争か、対話か対立か、ウィンウィンかゼロサムかの選択に直面している」として、多国間主義の重要性を主張した。
中国共産党の最高指導者に就いた2012年以降、中国は「いかなる強権にも屈しない」と述べ続けているが、今回の演説で、「世界一流の軍隊の建設を加速させ、国家の主権と統一、領土の一体性を断固守らなければならない」と強調している。
全く「筋」が通らない話である。中朝露はいずれも、国内では強権で統治し対外的には力による一方的現状変更をいとわない国々だ。日本の周辺に位置し、核戦力を増強している。
3カ国の連携は東アジア全体の安全保障環境に影を落とす重大な懸念であり、平和破壊の戦争勢力の結集なのである。
中露はまた、日本海や東シナ海で爆撃機による共同飛行を繰り返し、朝露はウクライナ戦争への北朝鮮軍の派兵や協力関係が強化し、その両国を支えているのが中国だ。地域に安定と平和をもたらす勢力ではない。
軍事パレードに先立ち、習氏はプーチン氏と会談。ロシア国営ガスプロムは、中露を結ぶ天然ガスパイプラインの供給量を年間380億立方メートルから440億立方メートルに増やすことで中国側と合意したことを明らかにしている。
一連の行事に先駆け、上海協力機構(SCO)の首脳会議(8月31日、中国・天津)が開催されている。習氏の狙いは、米国トランプ政権の関税政策などに反発する新興・途上国「グローバルサウス」を引き寄せ、米国主導の国際秩序に対抗する姿勢を示すところにあることは間違いない。
国営新華社通信は、首脳らを歓迎する晩さん会で習氏が「世界の不確実性が増しており、地域に平和と安定を各国に繁栄をもたらすSCOの責任はより重くなっている」と語ったと報じている。
天安門楼上の「盟主」の揺らぎ
軍事パレードでの演説は約10分で、10年前の演説の約6割だった。さらに10年前との違いは鮮明だ。当時は1期目政権の半ばであったが、「中国は永遠に覇を唱えないし、拡張主義をとることはない」と述べ、30万人規模の軍人員削減も打ち出している。
しかしその後、東・南シナ海への進出を強め、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」を通したインフラ(社会基盤)整備などを通して「グローバルサウス」への浸透を図っていく。そして国内では習氏「一強体制」を構築していく。10年前は中国の未来に対する希望があった。演説にそれがにじみ出ていた。
しかし10年後の軍事パレードは、「盟主」を演じる習氏の強い表現に、習政権が抱える不安や焦りがにじみ出ていたといえるだろう。
パレードの様子をテレビで見た党関係者は、「10年前のような高揚感はなかった」と語ったという(読売新聞9月4日付)。 党と軍の抱える問題は大きい。これまで共産党統治の正当性として依拠してきた持続的な経済発展はもはや望めない。そのために、統治の正当性を示すための宣伝として「抗日戦争勝利」を利用している意味合いが強くなっている。
さらに、この度の「軍事パレード」の総指揮官は中部戦区の空軍司令官(中将)がその任を務めた。本来、総指揮は、現地の戦区を統括するトップの司令官が務めるのが「慣例」であるが、この度崩されてしまった。背景にあるのは、中国軍で再燃している大規模な汚職摘発があるのは明らかである。
中国軍・中央軍事委員会政治工作部主任の苗華氏の失脚が確定的となり、制服組トップの何衛東同委副主席も、失脚説が濃厚になっている。こうした中のパレードだ。習氏には、将兵の士気高揚の機会にしたいとの思いはあっても、それは無理というもの。習氏の足元が揺らいでいるのだ。
米トランプ政権の優先順位
トランプ政権の「狙い」は中国の覇権阻止にある。そのためには米国の力をまとめる必要があり、現状の分散状態を変えようとしている。何よりもまず、ウクライナ戦争の停戦である。さらにガザのハマスへの対応とその背後にあるイランの動きを封じなければならない。
そして関税政策だ。トランプ氏は就任演説で米国製造業の復興を誓った。国内は空洞化し工場労働者は貧困の中にあえぐ、本来米国内で生産されるべきものが中国および中国を背景にした第3国から流入する。必要な製品が中国中心のサプライチェーンにからめとられているのである。
関税政策は今、世界に混乱を引き起こしているが、米国の戦略的意図が共有されてくれば一定の時間はかかっても安定化すると思う。
米露首脳会談が8月15日、アラスカ・アンカレッジの米軍基地「エルメンドルフ・リチャードソン統合基地」で行われた。即時の停戦合意はできなかったが、米国によるウクライナの「安全の保証」をプーチン氏に認めさせた。停戦合意の背景となる抑止力を行使できる立場に米国が立ったのである。今後、欧州諸国との連携の下でウクライナのゼレンスキー大統領、プーチン露大統領会談実現に向けて圧力をかけ続けていくことになる。
日米欧主要7カ国(G7)が9月12日、オンライン形式で財務相会合が開催された。トランプ米政権はウクライナ侵略を続けるロシアへの圧力を強めるため、露産原油を購入する中国とインドに高関税を課すようG7に求める方針を明らかにしたのである。
米政権は8月、インドに50%の関税を課し、露産原油の調達をやめるよう迫った。英紙フィナンシャルタイムズによれば、トランプ氏は、中印に最大100%の関税を課すようEU(欧州連合)に要請したという。
トランプ氏はまた、年内に金正恩朝鮮労働党総書記との会談に意欲を燃やしている。8月25日の米韓首脳会談において、李在明大統領に対し年内にでも会いたいと語った。そして、10月31日、11月1日も韓国・慶州で開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議への参加を明らかにしたのである。何らかの働きかけがトランプ氏から金正恩氏になされている可能性もある。
中国の「抗日戦勝利80周年記念大会」と軍事パレード(9月3日)は、習氏が、露朝のトップを従えて新興・途上国「グローバルサウス」を引き寄せ、米国主導の国際秩序に対抗する姿勢を示したものであることは間違いない。
しかしそれ以上に、トランプ氏による露朝への戦略的外交の前に、何とか関係性を維持して孤立への道を防ごうとした行事だったといえるだろう。華やかさの陰に、習政権の「弱み」と「焦り」が隠されていたのだ。トランプ政権の次の一手に注目が集まっている。
◆2025年10月号の世界思想 特集・中国軍事パレード〜中露朝の結束誇示 背景に透ける「弱み」と「焦り」〜
Part1 「ポスト習近平」で内紛する中国共産党
Part2 米主導の世界秩序に新たな脅威をもたらす中露朝の結束」