国際勝共連合会長 太田洪量

 国民の中には、1989~91年にかけてのソ連邦解体で、共産主義は終焉した、と考えている人が多いだろう。

 しかしとんでもない、共産主義は終わっていない。それどころか、米ソ対決時より深刻な事態にあると見るべきである。
 その理由は第二次世界大戦終了時と同じく、米ソ冷戦終結時における、「米国の戦後処理の失敗」にある。

 第二次世界大戦終焉時、米国はソ連共産主義を壊滅させる戦略を徹底すべきであったのに、逆の道を行ってしまった。

 1945年2月のヤルタ会談で、米国大統領ルーズベルトはソ連共産主義に甘い幻想を抱き、スターリンに対日参戦を頼み、条件として北方4島の領有権と朝鮮半島38度戦以北の日本軍武装解除の権限を与えてしまった。

 ソ連は北方4島を略奪、北朝鮮を共産化、また東欧諸国を次々と共産化していった。そして1949年には中国大陸まで共産化され、世界は完全に分断されてしまった。

 米ソ冷戦終了時はどうであったか?
 ソ連が米国に白旗を掲げた約9ヵ月後、イラク・フセイン大統領(当時)は隣国クウェートを軍事侵攻した。ソ連が米国に屈した直後であるだけに、米国がその気にさえなれば武力を用いずとも、フセインを撤退させることは可能であった。しかし米国は1991年1月17日、湾岸戦争を始めてしまった。

 同年12月31日、核開発を進めていた北朝鮮は延亨黙首相(当時)がソウルを訪問し、朝鮮半島非核化宣言を発表し、翌年1月30日には北朝鮮はIAEA(国際原子力機関)に加盟した。この時、北朝鮮が核開発を完全に放棄に向かいつつあったことは確認されている。

 その背後には、ソ連崩壊を受けて、いわば米国を信じて身を委ねるしかないとの判断があったと推理できる。米国は周辺の日本、ロシア、中国を抱き込んで朝鮮半島の南北統一を進めるべきであった。米国主導による統一がなされたら、中国共産党独裁体制ももたなくなる。米国は結局、何もしなかった。中国共産主義を甘く見ていたからである。

 中国は、マルクス経済学は放棄したが、共産主義との思想闘争を専門とする我々の目は誤魔化せない。肝心要の弁証法的唯物論と唯物史観は固く維持している。そうである限り、中国は共産主義国家であり、共産党一党独裁体制の国家である。ソ連と違った方式で世界の覇権を握ろうとしている。

 米ソ冷戦終焉時の米国戦後処理の失敗の後、歴史の原則に基づく覇権拡大を意図し、今や米国の60%の経済力を誇り、軍事大国化を急速に進めている。かつてのソ連以上に危険である。さらに、米国をはじめとした西側諸国は、「文化共産主義」に侵食され弱体しきっている。

 人類歴史上、今ほど勝共運動が必要な時はないとの認識の下、国際勝共連合の公式サイトを刷新することにした。多くの国民にシェアしていただきたい。

国際勝共連合会長 太田 洪量

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