麗澤大学教授 八木秀次氏「東京都LGBT条例の危険性」

世界思想特集「席巻する”LGBT”」(9月号)に掲載されたインタビュー記事です。

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【インタビュー】東京都LGBT条例の危険性

2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を目前に、都はLGBT条例の制定を目指しているが……

 

麗澤大学教授

八木 秀次 氏

問題多いLGBT条例

 ーーー 東京都は、性的指向等による差別を禁じたオリンピック憲章の理念実現として、LGBT差別解消やヘイトスピーチ根絶を目指す「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念実現のための条例」(仮称、以下LGBT条例)の都議会制定、来年4月実施を目指している。

  オリンピズム根本原則の6に「オリンピック憲章の定める権利および自由は人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由による、いかなる種類の差別も受けることなく、確実に享受されなければならない」とあり、「性的指向」が入っているのを根拠に都は条例を制定しようとしている。「ヘイトスピーチの禁止」も入っているが、抱き合わせにすることで批判の分散を狙ったようだ。後者も運用次第で問題はある。

 都が6月4日に発表した条例案概要には、「1オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現」の目的として「性自認や性的指向等を理由とする差別の解消及び不当な差別的言動の解消への取組」とある。差別的言動はヘイトスピーチのことだが、文章の前段にもかかっているので、性自認や性的指向等を理由とする差別的言動を解消すると読める。

 また、「2多様な性の理解の推進」の目的には「性自認や性的指向等を理由とする差別の解消及び啓発等を推進」とある。「差別の解消及び啓発」の内容はまだ見えないが、これも運用次第では非常に窮屈な社会になってしまう。性的マイノリティへの配慮は必要とはいえ、同時に性的マジョリティの価値が相対化される懸念がある。

 都の責務として、「基本計画を策定し、必要な取組を推進」し、条例制定を契機として「企業等と協働したキャンペーンの活用」を挙げているので、同じようなPRが繰り返されるだろうから、そこで性的マジョリティの価値をどう守るか、とりわけ婚姻制度の意義をどう説いていくかが課題になる。

 

 次に「LGBT等の方々の一元的な相談窓口を新設し、全庁横串で適切に対応」するとあるが、「相談」が単なる相談に終わらず、性的マジョリティの価値や婚姻制度の意義を説く言動をも差別ととらえ、それらを発した個人や団体を公表し、社会的制裁を加えることもありうる。相談窓口を人権侵害救済機関のようなものにしてはならない。

 「全庁横串で」というのは男女共同参画と同じように、すべての政策の上位にある理念として置かれることで、それによりすべての政策が点検され、修正される可能性がある。その影響は、都立や都下の公立学校の教育内容にも及び、大きな権力と化す恐れがある。

 都民や事業者の責務として、「それぞれの立場で、性自認や性的指向等を理由とする差別解消の取組を推進」するとされている。内容はまだ不明確だが、例えば婚姻に基づく配偶者保護手当が同性カップルに及ばないと差別とされるかもしれない。

 

 性自認や性的指向等に関しては都民の中にも様々な意見があるので、学問的な裏付けをもって都の政策に批判的な立場の活動に対しても、不当な制約が課せられる恐れがある。例えば、信仰上の理由で反対する宗教団体の活動が制約されないかなど、クリアすべき課題は多い。

 

遺産相続の規定見直し

   ーーー 先の国会で、遺産相続に関する規定を約40年ぶりに見直す民法改正案が成立した。

    特徴は配偶者居住権など配偶者保護の観点を強めたことである。遺産相続に際し、都市部のように遺産が家屋敷しかない場合、夫が亡くなり妻と子供(先妻の子や夫の非嫡出子を含め)が遺されると、妻と子供との関係が悪いため遺産分割に伴い妻が家に住めなくなることもあった。

   法案の原案を作成した法制審議会で一番議論になったのは、夫の両親を介護した妻は、血族ではないため両親の遺産の相続権はないが、介護していない夫の兄弟は血族であるというだけで相続権があるのは不公平ではないかという問題。そこで、相続権以外の権利として特別寄与分を創設し、遺産相続に当たって相続人に金銭請求ができるようにした。その法制審に私もかかわり、1月に要綱案をまとめた。

   法制審では最後の半年間に、特別寄与分の創設に当たり、なぜ親族に限定するのかという意見が、複数の女性委員・幹事から毎回のように出てきた。彼女たちが言いたいのは、内縁や事実婚、あるいは同性カップルにも金銭請求ができるようにすべきで、社会的ニーズもあるということ。婚姻制度の形骸化につなががると感じたので、婚姻制度を中心とした民法の制度設計の理念から反論した。そんなことを議論し始めると、収拾がつかなくなるので、今の法体系の中で、困っている人たちを救済するのが先決だろう、と。

 

 婚姻制度は、結婚は男女の間に限られ、しかも法的な届け出をし、戸籍に掲載されることで諸権利が発生し、そうした法律上の結婚だけが特別に保護されるという制度設計になっている。もちろん、結果的に子供をもうけられない夫婦はいるが、結婚した男女が子供を産み、育てるための制度である。単に当事者同士が気持ちが通じ合い、同居するようになるのを結婚とすると、子供を産み育てる結婚と、そうでない結婚との区別がつかなくなってしまう。その点をしっかり認識すべきだと主張した。

 結果的に私の意見が通り、現在の婚姻制度を守りながら、配偶者を保護する法案になった。法制審でも、個人的な体験を基に既存の価値や制度を破ろうとする意見が強烈に主張されるようになっている。都のLGBT条例制定においても、そうした主張が一気に噴き出す可能性がある。

 

分断される保守

 ーーー  LGBT条例に対して保守からの批判が少ない。

   都は条例案概要の作成に当たり、14人から意見聴取をしているが、私のような意見は皆無だ。むしろ、「同性婚について、従来の通説的考え方は、『両性』は『男女』であり、同性の婚姻は憲法策定時には想定外だったが、幸福追求権など憲法の他の規定と合わせて解釈することで同性婚も許容されるとする学説も最近になって出てきてはいる」という意見が主流である。婚姻制度の意義や価値、性的マジョリティの価値が軽視されている。

 

   さらに先鋭化させようとする市民団体もある。NGO(非政府組織)のヒューマン・ライツ・ウォッチは、「都と責務」「都民や事業者の責務」の部分に、「東京都と事業者は何人に対しても、雇用、教育、公に開かれた施設その他の空間やサービスのアクセスに際し、その人の真の又は認識された性的指向又は性自認を理由として差別的取扱いをしてはならない」の文言を入れることを求めている。

   「雇用」の文言が入ると、例えば、保守的な考えの経営者が性的指向や性自認を理由に雇用を拒否すると、社会的制裁を受けることになる。「教育」では、渋谷区のLGBT条例と同じで、性的少数者と性的多数者の価値を平等に取り扱うことが要請される。去年策定された文部科学省の学習指導要領では、まだそこまでは踏み込んでいない。中学校の保健体育では「異性の尊重、情報への適切な対処や行動の選択」、道徳では「男女は、互いに異性についての正しい理解を深め、相手の人格を尊重する」(異性の理解)がうたわれる。ヒューマン・ライツ・ウォッチの考えが、条例の文言に入らなくても、都の担当部局や市区町村での運用において入ってくる可能性は十分にある。

 

   都の条例は、LGBT差別禁止法の制定を求めているLGBT法連合会とは一線を画しているようだが、同じ方向を向いているので、程度の差にしか思えない。2年前、自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」(委員長=古屋圭司・元国家公安委員長)が中心になって制定を目指したLGBT理解促進法は最終段階で私も関わり、結果としてその時は制定はされなかったが、一般社団法人LGBT理解増進会(代表世話人=繁内幸治・自民党性的指向・性自認に関する特命委員会アドバイザー)の活動に稲田朋美前防衛相や橋本岳自民党厚生労働部会長らが参加している。繁内氏は神戸でエイズ患者の支援活動をしていたゲイの当事者で、稲田氏が自民党政調会長の時に、「同性愛者の中にも自民党支持者がいるが、自民党が取り合ってくれないから民主党(当時)に行っている。自民党がきちんと対応してくれるなら支持する」と言って近づいたと聞く。

   LGBT理解増進会が主催するシンポジウムが6月13日、経団連会館で開かれ、自民党の「特命委員会」のメンバーらが登壇し、稲田氏は「LGBTの問題は人権や尊厳の問題で、保守もリベラルも関係ない。五輪も控えているのに与党が真剣に取り組んでいないのは恥ずかしい」と述べていた。

   古屋氏は安倍総理から、一億総活躍社会の一環として進めてほしいと言われたらしいが、彼らがどこまで問題を認識しているのか疑問だ。一緒に活動している自民党の議員たちも、それほど深くは考えていないように見受けられる。2015年に発足した超党派有志によるLGBT議連では、自民党は馳浩・元文部科学副大臣が積極的に関与している。

 

目的は子供の福祉

 ーーー LGBT問題ではマジョリティの価値が崩されている。

 婚姻制度の意義は端的に言うと子供の福祉である。だから、夫婦は簡単に別れられないようにし、安定した関係の中で子供が生まれ育つようにした。少し前までは自明のことだったので、婚姻の意義などは教えられることがなく、民法の教科書にもあえて書かれていなかった。ところが、それが次第に認識されなくなったので、大村敦志東京大学教授の民法の教科書『家族法〔第3版〕』(有斐閣、2010年)には、次のように書かれている。

 「民法は、生物学的な婚姻障害をいくつか設けている。そこには前提として、婚姻は『子どもを産み・育てる』ためのものだという観念があるものと思われる。/(1)性別/民法は、婚姻の当事者は性別を異にすることを前提としている。同性では子どもが生まれないので、同性のカップルの共同生活は婚姻とはいえないということだろう。民法典の起草者は書くまでもない当然のことと考えていたので、明文の規定は置かれていない。しかし、あえていえば、憲法24条の『両性の合意』という表現、あるいは民法731条の『男は…、女は…』という表現や民法750条以下の『夫婦』という文言に、このことは示されているといえる」

 

 婚姻の社会的意義を考えると、子供が生まれる関係とそうでない関係は、制度として別の扱いをしないといけない。同性カップルで養子を迎えたり、第三者から卵子・精子の提供を受け、人工妊娠で生まれた子供を同性カップルが育てたりということもあり得るが、そのような環境で子供が心身ともに健康に育つかは疑問だ。

 アメリカの同性カップルでは、女児を養子に迎え育てている例があるが、幼い頃から思春期にかけてゲイの集会に参加してきたため、自身のアイデンティティ形成に悩みを抱えている者もいるという。生殖医療と結びついて複雑な状況になっているので、そうした事態が起こりうることも想定した上で条例や法律制定の議論をすべきだ。

 子供を育てたいという同性カップルの気持ちは理解できるが、優先すべきは子供の幸福である。マジョリティの価値があいまいになってくる中で、マイノリティの価値や主張だけが先鋭化するのは問題で、マジョリティの価値を再認識し、強めていく努力が必要だ。

 

ジェンダー・フリーの系譜

ーーー 思想的にはジェンダー・フリーの系譜にあるのか。

 1999年に小渕内閣で男女共同参画社会基本法が制定された。同法は自社さ連立政権の村山内閣の置き土産で、基本にある思想がジェンダー・フリーだ。男女には生物学的な違いがあり、その上で、男である、女であるという意識や男女それぞれの役割が生まれるというのが学問的にも常識的にも普通の考えだが、ジェンダー・フリーはその関係を転換させている。男女は生物学的にも差異はなく、違いは、男は妊娠する可能性がなく、女は妊娠する可能性があることだけ。これは1970年代から約20年間米国を風靡ふうびした思想で、それに基づいて基本法が作られた。

 同性婚の合法化を目指す人たちは地方自治体を狙っている。多くの自治体で同性婚を認めるようになれば、国の政策もその方向に動かざるを得なくなる。

 

ーーー 条例が憲法を超える傾向がある。

 本来は法律の範囲内でしか条例は作れないのだが、今は自治体のやりたい放題だ。その条例によって具体的に被害を受けた人が訴訟を起こさないと、抽象的に条例が憲法に違反しているというのでは裁判にならないから、絶対に憲法訴訟にはならないと思っている。そこで、上乗せ条例や特出し条例と呼ばれるものができていて、その典型が子供の権利条例や自治基本条例で、今の法体系にない条例が次々に作られている。

 

ーーー 憲法24条の「両性の合意」を変える動きはあるのか。

 都の条例案に対する意見にもあるように、彼らは24条には手を付けないようにしている。そうすると、逆に家族保護条項などでやり返されるかもしれないからだ。24条はそのままにして、13条の幸福追求権から同性婚は読み取れるとする戦略だ。9条はそのままにし、自衛隊は合憲とし、他の条文から集団的自衛権の行使はできないという理屈を展開するのと同じ。とりわけ24条には神経質で、そういう意味では、相続法制の改正には彼らも驚いていたようだ。

 

やぎ・ひでつぐ 昭和37年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士後期課程研究指導認定退学。平成14年、正論新風賞受賞。慶應義塾大学講師、高崎経済大学教授などを経て現在、麗澤大学教授。日本教育再生機構理事長、教育再生実行会議委員など。法制審議会民法(相続関係)部会委員を務めた。著書は『憲法改正がなぜ必要か』ほか多数。

 


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