自民党総裁選、立憲民主党代表選という国家指導者を問う最中である。その論戦を聞いていると、何と日本人は小さくなったのか、との思いを禁じ得ない。小さくなったとは肝っ玉(肝魂)のことである。日本国家をかくあらしめるといった気力、胆力のことである。それがどうも響いてこない。一部の人たちは大衆迎合(ポピュリズム)の競い合いを演じているように見受けられる。目先のことばかりなのである。これでは危亡(危うく亡びようとしていること)から脱することができない。今、政治指導者に求められているのは危亡から「希望」へと国家・国民を力強く導く肝魂だ。
このことを歌手・谷村新司氏の『昴』で譬えてみよう。歌詞にはこうある。「目を閉じて 何も見えず 哀しくて目を開ければ荒野に向かう道より 他に見えるものはなし」。我が国もまた、「荒野に向かう道」のほかに見えるものはない。それほど内外の情勢はひっ迫している。もっとも一部政治家やメディアは目を閉じたままで、何も見ようとしない。そうであってはならない。しかと目を見開かねばならない。

自民党総裁選の候補者に、青年局が声明文を手交(9月12日)
今、問うべきは「米百俵」精神
谷村氏によれば、「昴」とは「物質の豊かさのシンボル」で、「さらば昴よ」とはそこから脱却し「精神的豊かさ」を目指そうという意味だという。そこに向かって力強く「我は行く」と歌いあげる。日本国の指導者たる者もまた行かねばならない。総裁選及び代表選に手を挙げた人々には果たして「我は行く」の覚悟があるだろうか。
今、いかなる指導者が必要かと問われれば、幕末の長岡藩の指導者、小林虎三郎のような人物と言わねばなるまい。戊辰戦争で敗北し焼け野原となった長岡で「米百俵の故事」を遺した人である。2002年に小泉純一郎氏が首相就任後の初の施政演説の結びに引用したことで知られる(以下、長岡市ホームページ参照)。
―長岡藩の窮状を知った支藩から米百俵が見舞いとして贈られてきた。食べるものにも事欠く藩士たちは、これで一息つけると喜んだが、小林虎三郎は米百俵を売却し、その代金を学校建設の資金に注ぎ込んだ―
作家の山本有三は戯曲「米百俵」で、こう描く。―虎三郎は「早く、米を分けろ」といきり立つ藩士たちに向かって「この米を、一日か二日で食いつぶして後に何が残るのだ。国が興るのも、滅びるのも、町が栄えるのも、衰えるのも、ことごとく人にある…その日暮らしでは、長岡は立ちあがれないぞ。新しい日本は生まれないぞ」―
この戒めは今に通じる。今日も少なからず国民は、その日暮らしの「米」を寄越せと叫んでいる。無論、「米」も必要ではあろう。だが、それだけでは刹那主義に陥る。刹那主義とは「過去や将来を考えず、この瞬間を充実すれば足りるとする考え方」(広辞苑)である。小林虎三郎はそこからの脱却を説いたのである。
もう一例、いかなる政治指導者が必要なのかと言えば、スペインの哲学者、オルテガが説いた「心の貴族」が思い当たる。オルテガは刹那主義的な人々を「大衆」と呼び、その日暮らしの心持ちを「凡庸な精神」と名付け、そこから脱却した人間像を希求した。
時代背景はダーウィン進化論やフロイト主義、さらにマルクス主義といった唯物思想が台頭した19世紀のことである。「(同世紀は)すべての過去の時代よりも豊かであるという奇妙なうぬぼれによって、いやそれどころか、過去全体を無視し、古典的、規範的な時代を認めず、自分が、すべての過去の時代よりもすぐれ、過去の還元されない、新しい生であるとみなしている」(『大衆の反逆』1930年)
この指摘はまさに21世紀の現在にも当てはまるだろう。歴史や伝統を顧みず、個人の欲望を極大化させ、その主張を政治へと持ち込むリベラル勢力のそれである。オルテガはこうした人々を「大衆」と名付け、その人々が台頭した帰結がロシアの共産主義とイタリアのファシズムであると捉え、「革命とは、既存の秩序に対する反乱ではなくて、伝統的秩序を否定する新しい秩序の樹立である」と看破した。
国を担う政治家は「心の貴族」たれ
この「伝統的秩序を否定する新しい秩序」こそ、わが国で今、闊歩している「夫婦別姓」「同性婚」といった「新しい秩序」を唱えるリベラル勢力すなわち文化共産主義者たちなのである。
オルテガはそうした大衆に対して「選ばれた少数派」を指し示す。それは社会階級の区分ではなく、人間の区分のことで「選ばれた少数者」とは、他人よりも優れていると思い込んでいる気取り屋ではなく、たとえ自分に課した高度の要求を果たせなくとも、他人よりも自分に厳しい要求を課す人を指す。これを「心の貴族」と呼んだ。
今日の日本の政治家で厳しく自己を律している人はどこにいるのか、と逡巡する。少なくとも指導者たる者は大衆迎合(ポピュリズム)ではなく、「心の貴族」でなければなるまい。刹那主義を克服し危亡を超えて「希望ある未来」を見据える。それが政治指導者の使命であると我々は考える。
【思想新聞 9月15日号】中国軍初の領空侵犯 120秒間、空自の警告射撃なし/真・日本共産党実録/連載「文化マルクス主義の群像」/朝鮮半島コンフィデンシャル