露「特別軍事作戦」狙いは「帝政ロシア」復活だった

 米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は4月5日、米下院軍事委員会の公聴会でウクライナ侵攻について「少なくとも数年単位になる」との見解を示した。ロシアの脅威に対応するため、今後、東欧諸国で米軍事拠点の拡大を検討するとも述べている。ウクライナ支援疲れ、などの声も聞かれるが、この「戦争」は21世紀の帰趨を決める歴史的な重みをもっている。もしウクライナが敗れれば、武力で国境線をかえる、民主主義を葬り去ることが許される世界になるのだ。民主主義諸国にとって最も重要なのは、他国への侵略は自国にとてつもない代償をもたらし、割に合わないということを、ロシアに徹底的に理解させることだ。

露「領土奪還が任務」

  プーチン露大統領は6月9日、21年間に及ぶ戦争の末に領土を拡大した帝政ロシアのピョートル1世を引き合いに「特別軍事作戦」の真意をのぞかせた。ピョートル1世(大帝)率いるロシアが1721年、スウェーデンとの北方戦争に勝利したことに触れ、「彼は何かを奪ったのではない。奪還して強固にしたのだ」と語ったのだ。そして「領土を奪還し、強固にすることは我々の任務だ」と言明したのである。

 米CNNは、プーチン氏の侵攻目的が「帝政ロシア」の復活であることが明確になったと分析する報道を行っている。ウクライナ侵攻時からこれまで、プーチン氏は「領土奪還」について言及したことはなかった。本音が出たといわなければならない。
プーチン氏がバイデン米大統領らに要求してきた内容は、NATO側は現状以上の東方拡大をせず、ロシアに近い地域に兵器も配備しないと定める条約、即ち米国とNATOに対し、相互の安全保障を定める条約などの締結だった。ロシアの安全を確約する「法的保証」の要求だった。

 ロシアはウクライナのNATO加盟を認めない確約を求める根拠として、「他国の安全保障を犠牲にして自国の安全保障を強化しない」とした1999年、2010年の欧州安全保障協力機構(OSCE)決議を挙げている。ところが、ウクライナの安全保障を犠牲にしてロシアの安全保障を強化したのが今回の「特別軍事作戦」ではないか。真の狙いは領土奪還だったのだ。

ロシアの初代皇帝・ピョートル大帝の生誕350年記念イベントに出席したプーチン大統領

時代画すドイツの転換

「力の信奉者」・プーチンのロシアへの対抗は、力を備えた団結しかない。2月27日、ドイツ連邦議会は特別の日曜日セッションを開催し、ショルツ首相がこれまでの安全保障政策を大転換する内容の演説を行った。防衛費はNATOの水準、GDP2%に引き上げる。ウクライナ向け武器の直接援助を実行する。ロシア産エネルギー依存度を軽減するためガス輸入ターミナル2カ所を建設する、などの内容が打ち出された。

東西両ドイツの統一に継ぐ大転換といわれた。しかもショルツ氏は、安全保障政策には積極的ではないドイツ社会民主党(SPD)左派に属する人物。さらに、環境問題に力点をおいてきた緑の党と、財界を背景とする自由民主党(FDP)との連立政権である。ショルツ氏の決断に世界は驚いた。
永世中立国のスイスだけでなく、スカンディナビア3国はウクライナに武器を供給すると発表し、従来のパシフィズム(戦争反対論)を克服した。スウェーデンとフィンランドはNATOへの加盟申請を行った。

ロシアの「特別軍事作戦」が始まって4カ月。ウクライナ東部で戦闘が激化しており、停戦協議のウクライナ側代表団トップであるダビド・アルハミア氏は6月15日、ウクライナの死傷者数が1日最大1000人に上っており、戦死者は1日200~500人であるとした。

もちろんロシア側の被害も甚大だ。ミリー米統合参謀本部議長は6月15日、ブリュッセルでの記者会見で、露軍が装甲戦力を最大30%失ったと指摘し、事態は第一次世界大戦のような消耗戦になっている、と述べている。

ウクライナの穀物輸出が滞り、中東やアフリカなどが危機に直面している。理由はロシア海軍による黒海の港湾封鎖だ。欧州の穀物庫といわれるウクライナの輸出主要ルートは、南部オデッサ港からトルコのボスポラス海峡を通過するもの。ところが現状は、ロシア艦船による海上封鎖やオデッサ港に近づくことを阻止するためのウクライナによる機雷敷設の影響で2000万トン以上の穀物が国内に滞留している。

これまでの安全保障政策を大転換する演説を行ったショルツ首相

アジア・太平洋との連携

NATO国防相会議が6月15、16日とブリュッセルで開かれ、多くのウクライナ支援内容が確認された。米国の支援として、東部戦線で使用する155ミリりゅう弾砲18門、砲弾3万6000発を追加。高機動ロケット砲システム(HIMARS)用の砲弾の他、暗視装置や無線機も盛り込まれた。

特に注目されるのが、今回はじめて供与されることが決まった地上配備型の対艦ミサイルシステム「ハープーン」(射程100キロ超)2基である。狙いは、ウクライナ軍が南部オデッサ付近の制海権を確保し、露軍の黒海封鎖で停滞している穀物輸送を再開できるようにするためだ。ハープーン配備によって、ロシア艦船は近づけず、ウクライナ軍は機雷を取りのぞいて穀物輸送を開始できるようになるという。

中国はアジアでも米国主導の安保秩序を転換させる好機と考えている。ウクライナと経済・軍事分野で協力関係を維持するため、同国とロシアの一方に肩入れするのは避け、米国に対して他国への「内政干渉」で事態を不安定化させていると批判の矛先を向けている。台湾をめぐる主張と一貫する論理である。

警戒すべきは、ウクライナ侵攻とほぼ同時に中国は南太平洋島嶼国への工作を強め、安保協力関係を構築しようとしたことだ。ロシアが欧州、中国がアジアで勢力圏を確立し、新たな国際秩序を形成しようとしている

その意味において、6月末のNATO首脳会談が、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの首脳を招聘して開催されることを評価したい。力の団結が彼らの野望を砕くのだ。

6月16日、会見するNATOのストルテンベルク事務総長

思想新聞7月1日号 六・四天安門事件33周年抗議集会 堀江正夫先生お別れの会
主張・立民党の欺瞞的な「自衛隊応援議連」

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