不破氏死去で党内抗争と崩壊へ向かう共産党

「思想新聞」2月1日号から【共産主義定点観測】の記事を紹介します。

共産党の理論的支柱

 日本共産党中央委員会名誉役員の不破哲三前中央委員会議長が、昨年12月30日午後1時20分、急性心不全のため東京都内の病院で死去した。95歳であった。喪主は長女の上田千加子氏。妻は5年半ほど前に死去しており、不破哲三夫妻が、共産党のイベントで仲良くしている光景はよく見られた。不破哲三氏は、妻に先立たれ、精神的に落ち込んでいたのは間違いない。

 不破氏は、長らく共産党の理論的支柱であった。マルクスの著作の解説本などを無数に執筆したほか、近年は「重鎮」として、共産党内部の党幹部同士の人間関係の確執や不和などを理論的に説明しながら抑え込んできた。彼の死去で、党内権力争い、党内抗争が表面化し、共産党が崩壊・解散する可能性も現実味を帯びてきた。

 また、志位和夫議長が年明けに表明した「国会議員からの引退」については、不明な点が多い。健康不安説、党内業務(赤旗配達体制の維持・財政活動・党建設活動など)に専門的に従事するためという説など、様々な憶測があるが、不破氏の「遺言」という説もある。

 不破哲三氏は、現委員長の田村智子氏を可愛がった。それは不破氏が、共産党員ではないがキリスト教的な教育者であった父の影響の下で育ったという子供時代と、田村智子氏が長野県小諸市のクリスチャンの親の下で育ったという子供時代と関係が深いと考えられる。志位和夫氏は、共産党船橋元市議の子供で、幼少時代から父親の肩車で共産党のイベントに参加していた。田村智子氏は、幼少時代から教会に通い、讃美歌の合唱を好み、早稲田大学進学後、初めて民青や共産党の活動に参加し、同盟員や党員と交流を深めるようになった。志位氏と田村氏は、考え方が根本的に違っており、不破氏は、田村氏寄りであった。

 知らない人が多いが、不破哲三氏は、共産党シンパ一族の出身であった。父・上田庄三郎は、共産党擁護のキリスト教教育者、不破哲三の実兄は参議院議員(東京選挙区選出)の上田耕一郎で、共産党中央委員会副委員長であった。共産党は、親や家族が共産党関係者ではない青年を、民青や党に勧誘しろと指導するが、不破哲三が党関係者の子供では信憑性がない。また、不破哲三の妻、不破七加子は、著作『道ひとすじ 不破哲三とともに生きる』(中央公論新社)を2012年に出版したが、党幹部で妻がこのような書籍を出版したのは、不破哲三の妻が唯一であり、不破哲三のワンマンぶりがわかる。

不破哲三氏の死去を伝えるNHKニュース

田村智子氏の失脚を恐れる

 不破哲三氏が最期まで恐れていたことは、可愛がっていた田村智子氏の失脚である。とりあえず志位和夫氏を名誉職に追い出したが、田村氏をよく思っていない党幹部は多い。田村氏は、早稲田大学に入学後、しばらくしてから民青に加盟し、さらに入党した。

 当時は、日本全国に少年少女団があり、子供時代から共産党の選挙の「お手伝い」をしていた同盟員や党員も沢山いた。田村智子氏は、そのような人たちを抜き去り、大学卒業後、民青東京都委員会勤務員、民青都常任委員、民青中央委員会常任委員などを歴任し、その後、共産党職員となり、現在の中央委員会委員長となった。かつて雲の上のような存在であった、民青中央委員会、東京都委員会幹部は、党幹部、都道府県議会議員、都道府県や地区委員長などを歴任した後、現在は顧問のように地域で活動している。そのような党員から田村智子氏への批判が噴出しかねない。小池晃氏、山添拓氏、田中悠氏など若手党幹部の批判も噴出しかねない。

 さて1月22日に、共産党は中央委員会第7回総会をオンラインで開催し、全党に総選挙勝利を訴えた。しかし内容は、「支部を基礎に」「党中央の方針に従う」のではなく、「共産党は大きな支部みたい」「地区委員会はみんなの大きな一つの支部みたい」というスローガンが強調された。今後、共産党内部で路線論争が激しくなり、分裂・崩壊に至る日も近いのではないか。

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