文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜(44)

「市民自治」という名の“置き土産”

パルミーロ・トリアッティ(上)

パルミーロ・トリアッティ

 (1891〜1937)の盟友であり、グラムシ没後、イタリア共産党の最高指導者として、ユーロ・コミュニズムにおける「現実路線」の牽引者となった人物こそ、パルミーロ・トリアッティ(1893〜1964)です。

 トリアッティはグラムシ獄死後の1940年代にいわゆる「社会主義へのイタリアの道」を説き、「世界の共産主義運動はソ連型の社会主義に従って各国の革命を推進する」と「コミンテルン」式態度にあえて距離を置き、自国の(イタリアの道)改革を主張する路線で、「現状の社会が抱えている問題は表面的な制度や事象のみならず社会そのものの構造にも起因するものであり、その社会構造自体を変えねばならないとする」立場を明らかにします。

 これはいわゆる「構造改革路線」と呼ばれるもので、「社会民主主義とは異なるも暴力革命という手段を取らず、長期的な社会変革を目指す点で社会民主主義に近い」と見られる政治的立場です。
「構造改革路線」という時、日本に置き換えて想起する向きは少なくないかもしれません。故安倍晋三元首相が「悪夢の民主党政権」と呼んだ、2009年秋から3年半続いた旧民主党政権の政治スタンスこそが、まさに「構造改革路線」そのものだったからです。

アントニオ・グラムシ

 

 旧民主党政権や旧社会党を知らずとも、2026総選挙で公明党と「中道改革連合」を結成し高市自民党に惨敗した旧立憲民主党の「前身」と呼べる政党です。

 実際、旧民主党の中枢にいたのが鳩山由紀夫、菅直人、枝野幸男、岡田克也、小沢一郎、野田佳彦各氏。このうち最も意識的に「構造改革路線」による政策を採ったのが菅直人氏です。

 元共同通信記者の古沢襄氏の「杜父魚文庫ブログ」によれば、まさにトリアッティ理論の日本受容をめぐる旧社会党の群像が比較的詳しく書かれています(「杜父魚ブログ」2009年9月7日付参照)。60年安保闘争時代の政治部記者だった古沢氏の証言は貴重で、「トリアッティの構造改革論」と題された記事には、「トリアッティ〜江田三郎〜松下圭一」という明確な系譜、すなわち旧社会党から民主党政権への「思想的血脈」が明らかにされているのです。

 というのも、菅直人元首相は自著で「松下(圭一)理論を現実の政治の場で実践する」(『大臣 増補版』)と明記。首相所信表明演説でも、「松下思想は私の政治理念の原点」と掲げたように、松下圭一法政大名誉教授の「不肖の弟子」と称するほどの確信犯的「構造改革派」だったからです。

 特に菅内閣は、東日本大震災後の対応の拙劣さや安全保障への対応等で国民に「ダメ出し」されたわけですが、菅氏や官房長官を務めた仙谷由人氏ら民主党の「松下圭一スクール」は、その学派的政策を迷惑千万な「置き土産」にしているのです。それがすなわち、「市民自治」という考え方です。

形を変えて現れた《江田ビジョン》

 古沢氏は、民主党政権の登場で、「日本の構造改革論は共産党内の理論闘争に敗れ、社会党内でも敗北する憂き目に遭っている。しかし、この流れは民主党の旧社会党グループに受け継がれ、今では《江田ビジョン》が形を変えて復活しようとしている。その内容はトリアッティの《戦う構造改革》とはほど遠いが、イタリアやフランスに根付いた社会民主主義に近いものがある」としています。

 北欧的な社会民主主義と言えば、「理想の福祉国家」とのイメージが強いでしょう。そしてマルクス主義の代名詞とも言える「暴力革命」の否定(ないしは放棄)という考えで、実は多くの人々が「安心」し、「人畜無害」のように思っているのではないでしょうか。

 しかしながら、「市民自治」の考え方は今日、現実的に「自治基本条例」として成立し、多くの地方自治体で「まちの憲法」の名の下に知らない間に「地方議会」や「首長」の権限をすら脅かすものになろうとしています。すなわち、「市民自治」と言えばいかにも「民主主義の鑑」のように思われるものが実は、特定の思想を持ち一般市民を装った「プロ市民」組織に権限を与え、正統な民主的手続きを経て選ばれた「議会」や「首長」を上回る権限を与えかねない恐るべき怪物と化す││そこに実はマルクス主義独特の「戦略」が横たわっているのです。


【トリアッティの構造改革論】
 (【杜父魚ブログ】09・9/7)
 構造改革論は…イタリア共産党のパルミロ・トリアッティが唱えた理論。…戦後、日本共産党の佐藤昇氏がトリアッティ理論を紹介して、導入されたが、党内の理論闘争に敗れて、多くの構造改革論者が脱党した歴史がある。このグループが、社会党の江田三郎、成田知巳氏らの理論的な支柱となった。…江田氏は自民党の三木・松村派という社会党からみれば右にウイングを広げた政界再編成を目指して、政権奪取を目論んだ。「江田ビジョン」…は①アメリカの平均した生活水準の高さ②ソ連の徹底した生活保障③イギリスの議会制民主主義④日本国憲法の平和主義…という国民には分かりやすく新鮮な響きを持っている。
 日本の構造改革論は共産党内の理論闘争に敗れ、社会党内でも敗北する憂き目に遭っている。しかし、この流れは民主党の旧社会党グループに受け継がれ、今では「江田ビジョン」が形を変えて復活しようとしている。その内容はトリアッティの「戦う構造改革」とは、ほど遠いが、イタリアやフランスに根付いた社会民主主義に近いものがある。
 逆に左派社会党の理論は、社会党の消滅によって力を失っている。民主党は自民党的なものと、社会民主主義的なものの混在した政党である。参議院で過半数を得ていない現在、社民党や共産党の影響を少なからず受けざるを得ない。
 いわば過渡期にある政党といっていい。それが保守政党に回帰するのか、ある程度は社会民主主義的なものを残して発展するのかは、これからの課題といえる。江田氏はどういう想いで民主党の大勝利をみているのであろうか。

(「思想新聞」2026年2月15日号より)

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で