■ 勝共理論 ②- 共産主義の哲学 = 戦闘的唯物論

まず共産主義の理論は、大きく3本の柱から成り立っています。哲学と歴史観と経済理論です。そして哲学では、主に以下の三つのテーマについて論じています。

①宇宙とは何か
②人間とは何か
③事物はいかに発展するか

共産主義ではこれらのテーマについて、「科学的に」結論が出たことになっています。共産主義が「科学的社会主義」と呼ばれるのはそのためです。

 

先に結論を言ってしまうと、

では「宇宙の本質は物質である、すなわち神はいない」といっています。

②では「人間は神の創造によってではなく、サルが労働によって進化して生まれた」といっています。

では「あらゆる物事の発展は闘争によってなされる」といっています。

これが組み合わさることで、「暴力革命は正しい」という理論になっていくのです。

このうち②人間論については「共産主義の人間観」で説明しました。③発展論に関しては「階級闘争論」で説明しました。この理論は唯物弁証法ともいわれます。ここでは残りの①「宇宙とは何か」の理論について紹介します。

 

哲学では長い間、「神はいる」と考える有神論と、「神はいない」と考える無神論とが対立してきました。なぜかというと、もし神がいれば宇宙や人間には創造された何らかの目的があることになり、神がいないのであれば偶然に発生した宇宙や人間に何の目的もないことになるからです。

 

共産主義は「神はいない」という立場、つまり無神論の立場です。その理由は「マルクスの動機」で説明した通り、マルクスが神への復讐を果たすために共産主義を書いたからです。

マルクスは神の存在を深く信じていました。そしてその神を怨んでいたのです。

 

そのため共産主義の無神論は普通の無神論ではありません。

「神を信じる人はそれでよい」という客観的な立場ではなく、「宗教は撲滅しなければならない」という攻撃的な無神論なのです。

私たちはこのような共産主義の立場を戦闘的唯物論と呼んでいます。

 

マルクスは無神論の根拠として当時の科学を利用しました。

彼が生まれたのは1818年で、当時はニュートン(1642~1727)力学が主流の時代でした。ニュートンの科学観は、簡単に言うと「あらゆる物質は均質な究極粒子からなる」というものでした。

 

皆さんは、中学の理科の授業で元素の周期表について学んだことがあるでしょう。水素から始まり、ヘリウム、リチウム…と並ぶ表のことです。当時の科学では、あらゆる物質はこの表の中のどれかの元素から成り立ち、かつその元素はそれ以上分割できない最小単位であると考えられていました。

そしてこの表の中には物質しかありません。つまりマルクスは、この物質観を利用して、世界には「精神性」が入りこむ余地はないといったのです。

 

こうしてマルクスは、「この宇宙は元素(=物質)だけで成り立っている。だから神はいない」といいました。

さらに「人間は存在しない神によって人間らしさを奪われている。だから宗教はアヘンだ」と宗教を敵愾視したのです。

 

しかし20世紀に入るとこの物質観は大きく転換されました。ニュートン力学では宇宙を説明しきることができず、量子力学が常識となってきたからです。量子力学では、物質を突き詰めると粒子性と波動性という二つの性質を併せ持つことがわかってきました。

これは唯物論の大前提が崩れたことを意味します。

アインシュタインは「星の運行に力を与えたのは神である」「われわれは神の存在を信じるべきである」などと語りました。今も多くの科学者が、神の存在を‘Something Great’(何らかの偉大な存在)といった表現で明かしています。

「科学的に神は存在しない」というマルクスの理論は誤りだったのです。


「物質はエネルギーに変換され得る」とし唯物論の間違いが明白になった相対性理論

 

マルクスが共産主義を著した目的は、当時のヨーロッパのキリスト教社会を倒すためでした。そのためにはまず、「神はいない」という理論で人々を説得しなければなりません。こうしてできたのが無神論です。

 

そして次に「世の中は間違っている」ということを示さなければなりません。こうしてできたのが人間観です。

「人間は労働者だから、労働者から搾取する資本家は人間として間違っている。資本主義社会は根本的に間違った社会だ」ということを示すためです。

 

そして最後に暴力革命を正当化する必要がありました。そのために書かれたのが唯物弁証法です。

共産主義の哲学は、すべてマルクスの怨みと復讐心を正当化するために書かれたものだったのです。

 

中国や北朝鮮などの共産主義国家では、体制に反対する人などが簡単に殺されてしまいます。その理由の一つにはこの唯物論、そして人間観があります。

共産主義では人間の精神は脳という物質の産物にすぎません。突き詰めて考えれば人間はただの物質であり、石ころと同じ価値しかもたないのです。

 

歴史が証明するように、共産主義が広がれば、人の命の重さが全く分からない社会になることは間違いありません。

 

【第三章】共産主義の克服 ー 勝共理論 
プロローグ
…共産主義は複雑で壮大な理論体系 

共産主義哲学の克服
…「人間をただの物質、石ころと同じ」と考える、恐ろしい哲学

共産主義の歴史観の克服
…共産主義の歴史法則は空論で、現実社会に当てはまらず

 

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