憲法25条と生活権=シビル・ミニマム
松下圭一の構造改革理論 (下)
わが国の構造改革路線で代表的なイデオローグ(理論家)となった松下圭一による政策論が、民主党リベラル政権において次々に登場し国民から「ダメ出し」をくらったことを検証することで、反面教師にしなければなりません。
前回、「構造改革路線」の「直系」とも言える松下圭一・法政大名誉教授の理論と日本国憲法との関わりに触れました。前回の「参考文献」で紹介した嶋田陽一氏の論稿「民主党が奉戴する〝松下圭一イズム〟」では、「民主党の『政策集』とは、《松下圭一+α》と言ってよい」とし、「行政府を『カムフラージュされた一党独裁』を標榜する党(民主党=〝第二共産党〟)の下部組織に落とす〝反憲法の組織〟であって、革命的〝国家機構いじり〟の本意は、松下圭一の革命理論に精通すれば、ほとんどが氷塊的に誰にでもわかる」と述べていました。
嶋田氏は、「松下圭一とは、多くの民主党議員にとって、共産党色を隠したマルクス抜きの『透明な共産革命』を理論指導する大師匠」と断じますが、概ね正しい認識と言えましょう。
9条護憲論が色褪せて相対的に脚光
さて、そうした松下理論のうちでも、「市民自治の憲法理論」を振りかざしたように、現行憲法についてのスタンスを精査する必要があります。
リベラル〜極左までの左翼全般をカバーする憲法についての考え方においては、「9条の会」の存在のように、9条を金科玉条の「人類の宝」のごとく崇め奉る傾向が「世論」を制してきたように見えます。しかしこうした「オールド左翼」の旧態依然的発想は、総選挙の結果を見る限り、少数派勢力になってきました。憲法は時代にあったものに変えられてしかるべきだ、というのが世論の主流となってきたと言えそうです。なぜなら、憲法が60数年も一字一句変えられなかった弊害が、9条に限らず、他の条文にも及んでおり、多くの問題点がはらみ、そのことが、日本社会のダイナミックな変革を阻む要因となっていることを、もはや国民が常識として持つに至ったからだと言えるのではないでしょうか。
ところで、松下圭一氏の理論に立ち戻ってみます。松下理論は教条的な「9条第一主義」に立つよりも、その独自的な「新しさ」は、前回のチャート「現代民主政治の系譜と普遍基本法原理」に表されたように、「社会権」を強調したことにあると言えます。
すなわち、それが「憲法25条問題」です。同25条1項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」というもので、松下理論のキーワードの一つである「シビル・ミニマム」の根拠とされる条文なのです。元々この条文は、GHQ(連合国軍総司令部)民政局の手による「マッカーサー草案」とこれに基づく日本政府案にはなかったものでしたが、憲法審議の過程において鈴木安蔵(フランクフルト学派に連なる福本和夫の弟子)らの「憲法研究会」案を下に、社会党議員の提案で今日の憲法に加えられたものだ、と松下圭一氏は『政治・行政の考え方』で「誇らしげ」に述べています。しかし、この条文は永らく、「お飾り」(松下氏に倣えば「ワイマール憲法をモデルとしたアクセサリ」)的なものと見なされ、松下氏は以下のように述べています。
「今日の若い世代の方々は想像もできないでしょうが、当時、左派知識人の多くは農村型社会を前提に置いた日本型企業労働組合中心の革命を想定しただけでなく、とくに後発国型コミンテルン理論を反映して、社会保障などは労働者階級の『買収』で、社会主義運動の『堕落』となると考えていました。他方、憲法学者たちも、農村型社会の発想にとどまるため、当時は保守系・革新系を問わず労働権には関心をもちますが、この二五条は理念としてのたんなる宣言条項とみなしています。
この二五条が、前期的国家思恵から脱して、本来の権利性をもつようになるのは、日本が都市型社会に入りはじめ、生活権の政策・制度開発にとりくんだ一九六〇年代以降の市民活動、とくにシビル・ミニマムを掲げた革新自治体の群生からです」(『政治・行政の考え方』岩波新書)
「革新自治体」誕生により根を下ろす
例えば、「国民の生活が第一」とは、総選挙前「日本未来の党」に合流する以前に民主党から大挙離党して小沢一郎氏らのグループがつくった政党でしたが、この小沢氏が2009年の「政権交代」選挙で、スローガンに掲げたのが「国民の生活が第一」。松下氏はさらにこう続けます。
「この経済成長の過程で、日本の都市型社会への移行がはじまり、そこでは、とくに私がシビル・ミニマムと名づけた二〇世紀的憲法条文である憲法二五条の生活権をめぐって、市民活動の群生、自治体改革の展開がはじまっていきます。今回、自治体の政府としての自立をみとめた内閣法制局の解釈転換(資料①)は、第八章「地方自治」をめぐるこの市民活動、自治体改革の成果です」
このように松下氏自身が「シビル・ミニマムと名づけた二〇世紀的憲法条文である憲法二五条の生活権」と誇らしげに述べているように、社会権の中でも、「市民の最低限の生活を公が保障するシビル・ミニマム」の考え方が、いわゆる「革新自治体」の多発的な誕生により根を下ろしたと考えることができます。ここから、野放図な手厚い生活保障制度が常識となって、高度成長期にはバランスが取れていたと見なされたものが、21世紀を迎えた日本では、若年世代に大きな負担となってのしかかってしまったのです。松下理論はこのように、「社会主義国よりも社会主義的」とも称された日本の社会保障制度を下支えしたと言えるのかも知れません。
問題は、国も地方自治体も高福祉を基軸とする「大きな政府」により、国家財政が疲弊に疲弊を重ねていることで、国民の医療費など社会保障費は国家税収を超え、予算総額規模に達するのは驚かされます。
この「シビル・ミニマム」について松下氏自身によるチャートを示したものが上の別掲図です。松下氏の記述で興味深いのは、従来の左翼や革命を標榜する労働者らは、「シビル・ミニマム」などの社会保障は「労働者階級の買収にほかならず、社会主義運動の堕落」と見なし軽視したというのです。
確かに、体制を暴力革命によって転覆させようと思えば、社会保障という「アメ」(年金制度を確立したのはドイツの宰相ビスマルクと言われる)をもらうことは、体制を維持・延命させることに加担していると見なされたからです。構造改革路線はこうした拙速な暴力革命に異を唱え、「議会制民主主義による漸進的な二段階革命」を唱えていたわけです。
■ 参考文献 ■
「生活権」の保障に「シビル・ミニマム」据える松下イズム
17世紀にロックが祖型をつくり、まだ農村型社会にある1800年前後の市民革命時代からひろがりはじめた普遍基本法原理は、都市型社会にはいる20世紀には新しい課題に直面するのは当然です。とくに20世紀の現代憲法には二つの特性が加わります。まず、(1)権利主体が名望家層(地主・資本家)の男性家父から男女の市民全般へと底辺を拡大するとともに、(2)権利概念も自由権だけでなく、図のように社会権とくに生活権が加わります。①が都市型社会のデモクラシー、②が都市型社会のシビル・ミニマムとなります。①は周知ですが、②が憲法25条となります。
憲法25条1項「すべて国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」は、初めGHQ案、これにもとづく日本政府案にはなかったのですが、憲法審議過程で前述の「憲法研究会」案をもとに社会党議員によってくみこまれます。この25条1項があってはじめて、都市型社会における全市民の生活権ないしシビル・ミニマムの公共保障という課題に、日本国憲法は即応できたのでした。(松下圭一『政治・行政の考え方』)
「国会内閣制」は「下からの共産革命」
松下はまず、①暴力革命や(ポーランドなど東欧諸国のような)ソ連の侵略・占領による共産政権樹立方式を放棄した。(39歳のときの)1968年、チェコへのソ連軍の侵略が契機になったのかも知れない。次に、②〝上からの共産革命〟と〝下からの共産革命〟のサンドイッチ方式を考案した。
松下考案の非暴力の〝上からの共産革命〟とは、前述した「国会内閣制」のことである。「国会内閣制」とは、彼が書いた図から一目瞭然、三権分立否定にたったジャコバン独裁体制そのものをモデルとしている。レーニンの独裁体制は、(国家機関はすべて党の指揮下にあるため)党しか存在せず、その政治局は党の最高かつ絶対機関で、むろん国家機関ではない。
一方、ロベスピエールらの独裁機関「公安委員会」(1793年4月6日設立)は、表向きは国会(「国民公会」、92年9月20日設立、非合法)から選出された形をとった国家機関である。すなわち、松下圭一の「内閣」は、日本国憲法が定める〝内閣〟ではなく、フランス革命の「公安委員会」をイメージしており、それは日本国憲法を全面無視する妄想と暴論から生まれる非合法機関である。
松下が、自分の奇怪な言葉「国家主権型」と「国民主権型」を説明するに描いた『政治・行政の考え方』の33頁にある図の左側にある「内閣」とは、ジャコバン独裁体制の頂点で血塗られた独裁の執行機関「公安委員会」をモデルにしている。また、松下の三権分立全面否定論にかかわる奇怪な屁理屈は、この図に続く59〜60頁に書かれている。(嶋田陽一「民主党が奉戴する〝松下圭一イズム〟」『リバティ』2011年6月号参照)
(「思想新聞」2026年5月1日号より)




















