露政治思想の碩学・勝田吉太郎氏逝去

共産主義の誤謬と危険性をドストエフスキー作品を通し分かりやすく解説

 

 国際勝共連合で長らく旧ソ連体制やロシア政治思想史、アナーキズム研究の碩学として知られ、1980年代の保守論壇に一時代を築いた勝田吉太郎・京都大学名誉教授が7月22日に逝去した。享年91。勝田氏は京大法学部を卒業後、長らく京大で研究職に携わり京大教授を退官後は、奈良県立商科大、鈴鹿国際大の学長を歴任した。

 勝田教授はまた本紙「思想新聞」や月刊誌「世界思想」で長年精力的に寄稿・講演してきた。特に、複雑な宗教と政治の問題を、露文豪ドストエフスキーの作品から読み解く手法は、勝冷戦崩壊への道を開く重要な貢献を果たした知識人の一人とも言える。

 

 19世紀後半に「神は死んだ」と哲学者ニーチェが「ニヒリズム社会の到来」を予言したが、ドイツとは全く隔絶したロシアの地でもドストエフスキーが小説という形式によって、より分かりやすくニヒリズムと神の問題対比して論じた。そしてドイツのマルクスもロシアのバクーニンも、「神」を失った無神論による社会主義・共産主義の樹立に向けて壮大な「実験」を試み、それが明確に失敗に終わったこと、その予兆はすでに、ドストエフスキーの作品の中に胚胎していることを見事に看破したのが勝田氏であった(『神なき時代の予言者』)。

 

 ニーチェは『権力への意志』でニヒリズムを「目標が欠落すること。〝なんのために?〟への答えが欠落すること」と定義したが、勝田氏は「ニヒリズムこそが現代文明における人間の危機という《死に至る病》だ」と断じた。要するに、人生の「意味」を失った状態、「生き甲斐」が欠落してしまった状態だという。

ニヒリズムを説いたニーチェ。しかし「正しいことは何もない」と考えはしばしば虚無主義へと陥らせる。

 そしてニーチェのニヒリズムは単に信仰上の神を失った状態、というのではなく、「人間を超える最高の価値」をも失った状態で、それを象徴的に「神の死」と言ったが、人間の人知や個人的判断を超えた地点にある尊いものを否定することで、あらゆる価値基準が相対化されてしまう事態、「無神論的ヒューマニズム」(神を追放した人間中心主義)の状態が到来するというわけだ。

 

 この無神論的ヒューマニズムを最も体現したのが、共産主義や社会主義と言える。実際に宗教や何らかの思想信条は「アヘン」のように目され、聖職者は殺され、東方教会のイコンは捨てられた。だがそうした宗教・文化を破壊したイデオロギー自体が実は「非科学的な呪術信仰」に過ぎなかったのである(ベルジャーエフ、K・ポパーの指摘参照)。

 

 ニーチェの分析したこれら「ニヒリズム=無神論ヒューマニズム」は、実はドストエフスキーが自己の文学で描いた内容だった。特に一連の作品で作中の人物を通じて決定的瞬間に述べさせていること、「もし神がいなければ、全てが許される」という命題だ。つまり最高の存在や善の存在として認識される「神」が、実は人間が作り出した幻影に過ぎなかったとしたら、我々が普通に持っている価値観や倫理・道徳観は崩壊する、ということである。実はフランスの哲学者のサルトルも、これを逆手にとって「神は存在しない、故に全てが許される」とマルクス主義実存哲学の立場を鮮明にしている。

 

 

 そうなると、英国の哲学者バートランド・ラッセルが「人間の抱く価値観は、カキが好きか嫌いかと同じ種類の問題に過ぎない」という「趣味」や「嗜好」でしかない、つまり完全な価値相対主義の前には、個人の倫理観とか見解は無力化されてしまう。「それは君の考え、でも僕の考えは違う」と一蹴されるだけだ。

 

 この価値相対主義の深刻さは、実は社会主義ばかりではなく自由民主主義社会の大きな問題ともなっている。

 生きる意味を喪失した自殺者が多く現れ、判で押したような「人命は地球よりも重い」などとヒューマニズムに染まりがちなのだ。

 人間の命を簡単に即物的に測るのではなく、人間には命を擲ち自らを犠牲にしても他者を助けようとする高貴な精神性がある例えば東日本大震災で犠牲となった名もなき人々の生き様に現れている。

 その精神的価値を説いたのが、勝田吉太郎教授であった。

 

 

 思想新聞文化共産主義 露政治思想の碩学・勝田吉太郎氏逝去 8月15日号より(掲載のニュースは本紙にて)

8月15日号 日米との連携より 親北の文政権 / アジアと日本の安全を守る全国フォーラム 都内で開催 / 主張 核抑止力で戦争惨禍から国民を守れ etc

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