文化マルクス主義の群像〜共産主義の新しいカタチ〜(1)

共産主義の「正統と異端」の系譜

 

プロローグ・前編

 思想新聞で「ポスト・マルクスの群像」という連載がありました。最近、「マルクス後」の思想家をわかりやすくまとめて、との要望があります。そこでかつての主要論点だったフェミニズムの観点から、近年とみに目にするLGBT等の問題について思想的に解きほぐし、「文化マルクス主義の群像 〜共産主義の新しいカタチ〜」としてコンパクトに論じる連載を試みていきます。

 カール・マルクスは『共産党宣』で、「一個の妖怪が今、ヨーロッパを徘徊している、共産主義という名の妖怪が…。」と共産主義の旗を掲げましたが、口シア革命70年にしてソ連帝国は崩壊、野望は潰えたかに見えました。

 共産主義という名の「妖怪」を「近代科学」の衣装をまとわせて手なずけたのがマルクスとすれば、レーニン及びスターリンはその妖怪を怪物フランケンシュタインのように受肉化しました。かつては20世紀世界を二分した共産主義国家はベルリンの壁の崩壊以降、完全に破綻し、国家体制を握る「政治・経済としての共産主義」は、終焉を迎え、その残滓たる中国や北朝鮮も「終わりの始まり」を呈しているように見えます。

革命によらない文化解体の共産主義

 その一方で、日本をはじめ先進諸国では、国家権力打倒を目指した革命思想としての共産主義は影を潜めた代わりに、もっと身近で、根源的な「文化解体」としての共産主義、「暴力によらざる革命」が、知らず知らずに私たちの社会に根を深く下ろし、いつのまにか「主流」になろうとしています。まさに「マルクスの亡霊」です。

 「ジェンダーフリーに基づく男女共同参画社会」「自治基本条例による議会制民主主義のソビエト化」「伝統的家族制度の解体」という諸政策が蠢動し、末端の行政機関をも「陥落」させ、民主党政権で日本が亡国の淵に沈みかかったのは周知の通りです。

 これまで一部の識者が指摘、 ようやく政治家の間にも理解されてきました。それでもまだ、その猛威に右往左往しているのが偽らざる姿です。『孫子』の兵法に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」とあります。家族と社会守護する具体的方策を講じるためにも、敵の陣容、系譜をまず把握しておかねばなりません。

変遷するマルクス主義のカタチ

 さて、歴史的に共産主義形態は三つに時代区分できます。すなわち、①世界共産化を狙うインタ—ナショナルなど国際組織中心の「国際共産主義」②国家権力を奪取し共産主義国家樹立をめざす「国家共産主義」③体制転覆よりまず文化や社会的伝統 (その最小単位が家庭)を断絶させる「文化共産主義」です。

 冷戦期を演出した国家共産主義は一部継続しますが、わが国において冷戦後に顕著になったのは、フェミニズムを嚆矢とする「文化共産主義」なのです。それはまた、「個人共産主義」と言え、「人権」をタテに個人を社会的な紐帯から切り離す「アトム化」を促進させる点を押さえる必要があります。

 特にジェンダーフリー思想の理論的支柱が、フランスのマルクス主義フェミニズムの唯物論者、クリステイーヌ・デルフィとされますが、そこには脈々とした「マルクス主義の系譜」が存在するのです。

異端のマルクス主義に脚光

 この文化共産主義思想に連なるのは元来、革命による国家転覆・共産国家樹立を至上命題とする従来の「正統マルクス主義」にとって「異端児」でしかなかったものです。

 しかし「正統派」思想が「非真理」であるともはや誰の目にも明らかになった現在、「隠されたもうーつの戦略」として、核心的な左翼・マルクス主義者の注目を浴び、穏健派の人々の間にも時間をかけて緩やかに浸透するに至りました。

 そこで具体的に、上図 (共産主義系譜)を見て大まかな流れを説明しましょう。図の左半分がこの「体制共産主義」、つまり国家や世界の体制を転覆して共産化をめざしたお馴染みの革命家・政治家たちです。彼らは概ねマルクスとレーニンが敷いた「マルクス=レーニン主義」のレールを辿りました(ただし毛沢東の主導による「文化大革命」は結果的に文化共産主義に転化)。これがいわゆる「正統派マルクス主義」というわけです。

 19世紀未のドイツでエンゲルスの庇護の下にベーベルらと共に社会民主党を立ち上げたベルンシュタインはエンゲルス死後、修正マルクス主義を唱え、カウツキーらの「正統派」と袂を分かちます。

 ドイツ社会民主党ではマルクスの「教義」よりも社会改良をめざす右派と左派が分裂し、非合法化された共産主義が退潮。レーニン率いるボリシェヴィキが 10月革命を実現し、ソヴィエ卜・ロシアが国際共産主義の指導的地位を獲得、コミンテルン(共産主義国際結社)を組織しました。

 しかし、クレムリンの教条主義に反発し、大衆路線を指導した口ーザ・ルクセンブルクらの思想を糾合し、ヨ—ロッパの共産主義、すなわち「ユー口コミュニズム」が、正統派とは異なる「もうーつの共産主義」として形成されます。いわば「共産主義の異端児」で、これが図の右半分の「文化共産(マルクス)主義」となります。

構造改革路線とフロイトの糾合

 米保守派の大物、パトリック・ブキャナン氏が『病むアメリカ滅びゆく西洋』(邦訳=成甲書房)で指摘しているように、この「新しい共産主義」に戦略的筋道を与えたのが、ハンガリーのジェルジ・ルカーチとイタリアのアントニオ・グラムシです。彼らは主要な敵をキリスト教に基づく西洋文化、特にその家族制度に置きました。基本戦略はまず文化変革で次に権力奪取。戦術は制度の転換で、映画・芸術、教育、メディアを牛耳り文化教育制度を手中に収めるものでルカーチは実際、過激性教育などの政策に携わりました。

 グラムシが盟友トリアッティと共にプロデュースした「構造改革路線」は、イタリアを中心に浸透し、後に日本でも旧民主党の菅直人政権で政治中枢を牛耳ることになったのです。ルカーチらが関与しフランクフルト大学に設立された「社会科学研究所」が、ホルクハイマーを中心に「フランクフルト学派」として「発展」していきます。

 この学派の考えは従来、それほど主流視されてこなかったにもかかわらず、「文化共産主義」を考える上で非常に重要と言えるのは、この学派がフロイト主義とマルクス主義を結びつけることで、より「強力」な理論を築き上げます。W・ライヒとH・マルクーゼは、権威主義的家父長制打倒とセックスによる革命を唱え、性解放の嵐が全米に吹き荒れました。

ハード革命からソフト革命への転換

 このフランクフルト学派の考え方を更に「発展」させたものこそ、「構造主義」「ポスト構造主義」等に代表される「フランス現代思想」です。現象学派から実存主義ヒューマ二ズムが生まれ、マルクス主義と結び、ボーヴォワールを起点に 20世紀フェミニズムがポストモダン思想に連結。デルフィはミッテラン社会党政権下で女性抑圧基盤 (家父長制と文化伝統など「男女のらしさ」を形成するジェンダー)を破壊する政策、つまり専業主婦否定と伝統的文化、家族制度の破壊を促進した政策を実施。

 21世紀以降、LGBTこそ女性以上に抑圧された存在として脚光を浴び現在に至ります。実は図の「フランス現代思想家」のうち、R・バルト、M・フーコー、G・ドウルーズらはゲイであり、特にフーコーは、同性愛者の権利運動を展開し、その弟子筋にあたるのが、「反TERF運動」の理論的支柱のJ・バトラー米コロンビア大教授です。

 加えていえばN・チョムスキーやE・サイード、A・ネグリ、S・ジジェクら著名な左翼思想家たちは、「ポストコロニアリズム」「カルチュラル・スタディーズ」「キャンセル・カルチャー」の旗を掲げ、これらの思想を紛れもなく継承しています。
 そしてフランクフルト学派の「批判理論」から「批判的人種理論」が生まれ、今日の「ブラックライブズマター」や「アンティファ」の活動につながるのです。

 この「21世紀の共産主義」と言える「共産主義の新しいカタチ」は、ターゲットを国家の基幹部分ではなく、より根源的な文化・宗教、つまり、「ハードの革命」から「ソフトの革命」へ路線転換したのです。国民の文化さえ解体させてしまえば、国家体制は自ずから変わらざるを得ず、逆にいくら国家体制の下で法律や制度を変えても、構成者の考え方や価値観が変わらなければ、「革命」は成就できないと見たのです。

(「思想新聞」2024年1月15日号より)

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