根底に唯物還元主義の無機的世界観
ヘルベルト・マルクーゼ(下)
徳永恂著『フランクフルト学派の展開』によれば、人類は生の本能(エロス)が無制限に貪ろうとする快楽原則を、現実的には抑圧されること(現実原則)によって「文明」は発展してきた、という文明観を、フロイトが唱えました。
これは厳密には、抑圧そのものが「悪」ではなく、文明自体を否定してもいません。フロイトは「抑圧」や「負荷」によって文明や文化が生まれる契機となる、と見ているのです。
これは重要で、抑圧や負荷、ストレスさえなくなれば、すべては解決するかという問題です。ライヒなどフロイト左派の場合、ストレスを発生させるものさえ除去すればよい、性抑圧さえなくなれば、すべて円満に解決すると見たのです。
一方、マルクス流に解釈すると、抑圧するもの(権力)は打倒・殲滅されるべきもので、暴力革命で転覆することにより被抑圧者が自らその位置に立つことで克服できるとしました。
しかしフロイトはそう考えず、「本能の抑圧」→「支配のための労働」→「抑圧的文明」という「ペシミスティック(悲観的)なコース」を考えました。文明や文化を「抑圧された結果生じた生成物」と見たものの、それを全否定はせず、フロイト自身が単純な「性解放」を唱えなかった所以です。
ところがマルクーゼは「フロイトの文明論」を「正統的に評価し敷衍する」ことを標榜はしますが、既にフロムについてと同様、「フロイトからの逸脱」を意味しています。
つまり、「ペシミスティックなコース」を描くフロイトに対し、マルクーゼは「本能の解放」→「社会の活動」→「抑圧なき文明」という「オプティミスティックなユートピアのコース」というわけです。
ところで「快楽原則」を抑圧する「現実原則」のうち、マルクーゼが最も注目したのは、「労働=苦しみ」ということでした。確かにマルクスにしろキリスト教的西欧文明にしろ「労働=苦痛」という観念に貫かれていました。これを「喜びかつ遊びであるような労働」に変えることはユートピア的発想」と言えます。
労働と遊びの統一は形而上学的
ところが、これはすぐれて価値観や人生観(宗教観)の問題と言えるのです。この点に言及し論じることは、まさに唯物論や近代からポストモダンに至る諸思想が排除し無視してきた「形而上学」の領野に踏み込むことを意味します。
「学際的唯物論」を標榜したフランクフルト学派も、この例に漏れず、形而上学を否定します。
「労働と遊び(芸術)の一致」とは、マルクーゼの専売特許ではありません。飢饉や冷害による凶作に悩まされた農村に「文化芸術」を起こそうと「羅須地人協会」活動を行った宮沢賢治、農奴階級を啓蒙しようとインテリ階層が農村へ入っていく帝政ロシアの「ナロードニキ運動」などの試みでした。しかしこれは「下部構造」重視のマルクス主義とは正反対の「精神変革運動」でした。
死を敗北と見たマルクス主義とは異なる
さらにライヒとマルクーゼは共に「性の解放」を叫んだマルクス主義者と位置づけられますが、両者の相違点としては、フロイトにおける「タナトゥス」(死への本能)の捉え方にあります。死を欲望するタナトゥスという暗い情念について初期フロイトでは言及しません。このため、ライヒは沈黙します。
大多数のマルクス主義者にとり、「人間の死」とは「敗北」を意味します。長じて日本共産党の委員長となる宮本顕治が芥川龍之介の自死をイデオロギー的な「敗北死」と捉えたことがその典型です。「死ねば終わり」という価値観の唯物論者にとり、「死は敗北」を意味しました。連合赤軍事件で「自己批判と総括」を迫られ、リンチの果てに死んでいった自称「革命家」メンバーらは「敗北死」と捉えられたのです。これは紅衛兵を煽動した中共の文化大革命と同じ発想です。
マルクーゼはかつて「3M」ともてはやされましたが、3Mのうち、毛沢東やマルクスと異なるのは、タナトゥスについてある程度言及しているからです。
「無機的な世界の静寂さへの回帰」として「フェヒナーの恒常均衡の原則に支配され、生命は死に向かって絶えず下降していく」としています。一見、矛盾するように見える生の本能と死の本能は「矛盾」するわけではなく、「快楽と死の恐るべき融合」(=「ニルヴァーナ原則」)が成り立ち、人間は死を渇望する本能があるというのです。
しかし、鬱病による自殺願望のある人は「本能」のせいにされてしまいかねません。死を「快楽の成就」としか見ず「興奮の自由な放出=満足」と捉えるのは、まさに「唯物還元主義的価値観」にほかなりません。
死=無に帰す即物的還元主義思想に
後期フロイトの本能論を敷衍し、「死への本能」(タナトゥス)を快楽(満足)と見なすニルヴァーナ原則を強調したのがマルクーゼの主著『エロス的文明』です。しかしそれは、死ねば終わりという唯物還元主義にほかならず、伝統的に宗教が担ってきた死生観の機微を汲み取ることはできません。
ニルヴァーナ原則とフロイトの理論
「ニルヴァーナ原則」という概念の「ニルヴァーナ」とはもちろん仏教用語で「涅槃」と漢訳。「ニルヴァーナ原則」について次のような解説記事があります。
「S・フロイトの多分に思弁的なメタ心理学的用語。仏教用語の涅槃(ニルバーナ)に由来するもので、〈涅槃原則〉ともいう。彼は《快楽原則の彼岸》(1920)において、ニルバーナ原則とは、刺激に基づく緊張をゼロにまで引き下げようとする心的装置の傾向(〈死の本能〉の表現)であり、快楽原則とは、その前段階の緊張をできるだけ低くかつ恒常的に維持しようとする傾向(〈生の本能〉の表現)であると説いた」(『世界大百科事典第2版』)
生命体(生体)が「死」によって有機物、さらに有機物から無機物へと「解体」していく過程は、化学的保存則から当然のことであるとフロイトは考えました。
しかし、「死ねば終わり」という死生観で、「精神や心理上の営みは、人間の死と共に潰え去る」とのフロイトの考えを、「後継者」と目されたC・G・ユングには受け容れられませんでした。フロイトにとり、ユングが「精神世界」=「オカルト領域」に奔るのに眉をひそめ、これを阻止しようとしたのです。
人生(現世)は「苦海」であり、死は極楽往生(楽=来世)を意味する点において、仏教はペシミズム(厭世主義)の哲学者ショーペンハウアーに通じるものがあります。実はフロイトやニーチェ、ホルクハイマーらの思想的バックボーンこそが、ショーペンハウアー哲学でした。
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臨死体験と死後世界の示すこと
さて人口に膾炙してきた「臨死体験」という考えが、この臨死体験において、体験者が一様に口をそろえるのが、「死後の世界とは楽」であることです。その意味で経験知からすれば「涅槃の境地」とはまったくのデタラメとは言えませんが、フロイトやマルクーゼら「唯物論者」にとってはむろん、「死ねば無になる」ことを意味します。
死は単に「生体が無機物に還ること」を意味するという考え方は結局、「生命は単なる物質の塊にすぎない」と見る「還元主義的価値観」を表しています。これは目に見える現象だけから判断すれば、それが正しいようにも見えます。人間は死ねば即、精神の営みは消滅するのは当然、と見るのは理解できます。
伝統社会に普遍的な霊魂不滅の思想
しかしその一方、人間が死んだからといって、精神の営みが即、「無」になるというのは、考えにくい、むしろ何らかのエネルギーとして残存していると考えた方が合理的ではないか、という考え方も成り立つのではないでしょうか。
そもそも人類の来し方、人間が物質存在であると同時に「霊魂」をもつ存在でもあるとの観念を、ほとんどの伝統的社会おいて残してきました。古代エジプトから世界の主要宗教に至るまで、その観念は継承・維持されてきたのです。
ニュートンの近代科学的アプローチを「形而上学」の分野に導入し、より厳密な意味で区別された「形而上学」を樹立しようとしたカントですら、「神の存在・霊魂の不滅性・人間の自由」を「実践理性において要請されるもの」として否定できませんでした。
もし「死ねば無になる」のであれば、なぜ人は墓や仏壇あるいは神社を造り、死者を弔う必要があるのでしょうか。「現世に生きる人々の記憶のため」という見方もあるでしょう。西洋ではエクソシスト(悪魔祓師)、東洋では陰陽師のような「専門職」の人々がみな「インチキ山師」だったのか──と。
「死ねば終わり」という人間観は、即物的還元主義に立っているため、「愛」という観念も即物的に捉えます。マルクーゼの『エロス的文明』でも「性器性欲論」に還元され、家族制度の崩壊を企てるのです。
ところで、左上の図表は『エロス的文明』に掲載してますが、マルクーゼ自身は次のように説明します。
◇
この図表は、生体の発生(第二・第三段階)から、二つの基本的性能が形成される段階(第五段階)を通って、その本能が、「変容され」、文明における人間の諸本能に発展していく(第六・七段階)に、ある外因性の要因で起こり……「歴史的に獲得される」ようになる。第三段階では、外因性の要因は、生体の発生によって生じた「弛むことのない緊張」であって、生命にとっては以前の段階より「満足」が少なく、苦痛が多いという「経験」から……死の本能が、生まれてくる。こうして死の本能は、基本的な欲求不満の外傷の結果としてあらわれる。この段階で、不足と苦痛は地球上の生物学的な出来事によって引き起こされるのである。
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マルクーゼのこの「生体の段階とニルヴァーナ原則」の解説こそが、フロイトを超えた「抑圧なき文明」へとつながるのです。
(「思想新聞」2026年8月1日号より)




















